鎌倉巡空
鎌倉の5つの寺院を会場に開催されているアート・イベント「鎌倉巡空」を見に行ってきました。



最初の訪問地は長谷寺。こちらは江ノ電長谷寺駅から徒歩数分です。
お寺に近づくと、門の向うでバルーンが浮いています…これは加藤力さんの作品。
階段を上ると見晴らしのよい場所にいくつかの堂宇。本尊十一面観音は鎌倉の仏像のなかでもおそらく大仏さんの次くらいに巨大な像、しかしそれよりも印象的なのはその前に安置された御前立ち像の美形さです。



本堂のむかって左方に進むと、さりげなく奇妙な肌をさらす建物を発見、この会場で作品を発表するもうひとりの作家、渡辺五大さんによってアルミ箔で覆われた経蔵です。
これなら特殊な光線によるスキャンを受けたとしても大蔵経は安心!



(私が初めて海外旅行に行ったときには空港のX線検査からフィルムを守るために鉛のシートでコーティングされた専用のバッグを持参したものです…デジカメ全盛期の現代にはもはや使う人も少ないでしょうが)

次の目的地は徒歩ですぐ側のところにある、光則寺。
児童生徒や観光客で賑わっていた長谷寺に比べると、閑とした様子に古刹らしさがぐっと強まります。門からお堂にいたる境内は様々な樹木や山野草が植えられ、丁寧な手入れを伺わせつつもどこか野趣が漂うのはそれぞれが伸び伸びと育てられているためでしょうか。この時期、特に目立ったのは花というよりも果実…本堂向かって左手の木に実る柑橘系の実は、また酸っぱそうな色でしたが季節が進めば糖度を増し暖色のドットを風景に添えるのでしょう。



こちらで作品が展示されているのは石段を登り境内を見下ろせる場所、日蓮上人の流刑にともないその弟子の日朗上人が幽閉された土牢の前です。
作品は足元に平たく広がっていました。柳井嗣雄さんによる、楮と麻を使ったインスタレーションです。和紙の原料として知られるこれらの植物の繊維が、地面を絡みつくようにして覆うそれは、その場の記憶と併せるとやはり「束縛」というものを想像してしまいます。日朗上人を幽閉した人物はやがて日蓮に帰依するようになり日朗上人は解放されたといいますが、開口部を頑丈な格子で閉ざしたこの土牢は正視するには勇気が要りました。



続いて、江ノ電で鎌倉駅に戻り、横須賀線に乗換えひとつ隣の北鎌倉駅で下車しました。
北鎌倉エリアでは3つのお寺で作品が展示されています。このうち最初に訪れたのは建長寺。こちらでは法堂の空間そのものを使った景山健さんの作品がありました…がこれはかなり手ごわいものでした。

おそらく堂内に入る光量をコントロールすることで普段とは異なる空間を出現させたものだと思われるのですが、その差異が認識できないと、これを作品として捉えるのはかなり難しいと思います。したがって一見さん向きではないし、自分も普段の法堂の様子をはっきりと記憶していたわけではないので、微妙な後味というのが率直な感想です。イベン終了後にあらためて通常のコンディションの堂内を訪問すればこの時の体験の特殊さは確認できるかもしれませんが…。



建長寺のあとは浄智寺へ。こちらは高校時代以来の訪問。小さなお寺ですが、その境内は山門やそれに至る石段、仏像が収められたお堂、庭、竹林、鎌倉らしいやぐらがつぎつぎに現れる、様々な出会いが凝縮されている場所です。ここの「離れ」のなかにに設けられた千崎千恵夫さんの作品は、金属板で床が、木材で内壁が覆われた小さな空間を器とし、緑色の粉(お茶?)や緑青色の物質が配された、数寄者の空間。







このお寺の側の道をさらに進むと、森の中へと進む小道が現れます。その先にあるのはアートスペース「たからの庭」。こちらの建物は陶芸家の方が使っていた古民家をリノベーションしたもので、敷地には今でもその名残である窯の煙突が残されています。
ギャラリーではプロジェクトに関する展示や作家ポートフォリオを拝見でき、ダイニングではお茶と和菓子のセットを頂きました。



最後の訪問地は円覚寺。
小高い場所に建てられた庵の前庭に、水が張られたガラスの器がちりばめられています。これは鵜飼美紀さんの作品。鑑賞者はその容器の間を歩いてみたり、あるいは庵の縁側に座ってそれを眺めてみたりすることができます。すでに長い時間そこに座っているような雰囲気の先客がおり、自分もひとおとり作品の周りを歩いた後その並びに加わりました。



ガラス容器に湛えられた水は、表面が揺れ、波が生じているものもあれば、その隣ににあるにも関わらず凪いだままものもあります。たとえば池や青田ではその表面を風がなぞるとき、それが空気のかたまりとして(あるいは帯状に)進行していくのを目で確認することができますが、こちらの作品では不思議なことに、モグラたたきのようにまちまちに波が起こっていました。あっちでゆれたかと思うと、こちらでゆれる。小さく震えるものもあれば、大きく波打つものもある。それはなんだか楽団による音楽のようでもありました。
このプロジェクトで「出会ってよかった」と思った作品の、第1位です。
# by paginademaiko | 2009-11-19 11:36 | アート


新版画
江戸東京博物館で「よみがえる浮世絵-うるわしき大正新版画」を見てきました。

「新版画」とは大正から昭和初期にかけて制作・販売された一群の木版画。江戸時代の浮世絵の技法を踏襲しながらも、日本人だけではなく外国人作家も参加し多くの作品が創られ、作家と同世代の外国人コレクターによって広く海外にも伝えられました。この展覧会ではこの新版画について、その制作や流通に関わった人々にもスポットを当てながら紹介しています。



橋口五葉やフリッツ・カペラリといった作家たちが版元渡邊庄三郎のもと「新版画」といものを初めて世に出したのは1915年のこと。新版画がその誕生時から外国人作家を主要作家としていたことに、プロデューサーである渡邊の戦略も感じますが、一方で会場には1900年前後に相次いで来日した外国人による版画も展示されており、明治期にはすでに日本で版画を学びそれに従事する外国人が何人も居たということが分かります。

新版画運動にはその後次々と新しい作家が参加するようになります。名取春仙、山村耕花、深水に巴水…。チャールズ・バートレットやエリザベス・キースといった外国人の姿も。1923年の関東大震災では渡邊の店も罹災し大きな被害を受けますが、創作活動はその後も継続され、こんどは復興を契機に急速に近代化する東京の姿が反映されるなど、扱われる画題にも変化が見られるようになりました。

のちに海外に版画を広めることとなる吉田博もまたこの運動に加っています。その出品作品の中には「明治神宮の神苑」という版画を軸装した作品があり目をひきました。
また、震災後の渡欧・渡米に取材したシリーズは、線というよりもカラー・パッチで構成されたような、西洋絵画の影響を強く感じさせる作品が国際人として知られた吉田らしい作品だと感じました。

この展覧会では、先述のようにこの運動に携わった作家の作品が多く展示されていますが、ここで、人気作家として支持されるツボを知っていてそれを押し続けることができた作家として春仙と深水の名を挙げたいと思います。春仙については以前少し調べたことがあったのですが、まとまった点数を見るのは今回が初めて。その作品は、はっきりとした顔立ちと意志の強そうな目を持った人物が安定感のある構図で表現されており、そのままアニメーションにできそうな明快さがありました。また、ポスターにも向いていそうな春仙の作品が、「パブリック」な状態の大衆向けであったとすれば、小さな画面のなかに叙情性を篭めた深水は「プライベート」な状態に受けるという言い方も出来そう。もっと簡単に言えば同じ層がこれを鑑賞するのに際してにぎやかな場所でみんなで見るのに向くか、あるいは自室でひとりで眺めるのに向くかといったような…。

会場後半では、新版画のコレクターとして有名なロバート・ムラーのコレクションとその形成について紹介されています。ムラー旧蔵の作品は現在アーサー・M・サックラー・ギャラリーに所蔵されていますが、それよりもむしろムラーが来日した際の行程をまとめた資料が非常に興味深かったです。巡礼の如く各地の美術店を回っていた様子が伝わってきました。ムラー自身が撮影した美術店や作家たちの写真も豊富に示されています。



その後、博物館から徒歩数十秒のところにあるGALLERY MoMo Ryogoku で阪本トクロウさんの展覧会を見ました。今回の作品も大変美しい。「欲しい」と毎回思いますが、その作品にふさわしい場所を用意できる自信がないので、いまだにホワイトキューブで眺めさせてもらうばかり。
# by paginademaiko | 2009-11-19 11:26 | アート


アイ・ウェイウェイ
ワンダーサイト渋谷「大巻伸嗣 絶・景-真空のゆらぎ」を見たあと、地下鉄で六本木まで移動。
街はいつのまにかイルミネーションが増えていて、冬の装いです。



森美術館の「アイ・ウェイウェイ展-何に因って?」は1957年に北京に生まれたアーティストによる個展です。この会場で最初に出会う作品は、エスカレーターホールの天井を華々しく飾る巨大なシャンデリア。六本木らしいといえば六本木らしい。

最初の展示室には立方体やフレームによって形作られた多面体が並びます。在米経験のある作家ということでミニマル・アートと関連付けて語られることもあるようですが、自分はそのような印象は受けませんでした。というの表面の様相がジャッドやルウィットが追求したものとは全く異なるということ。たとえば紫檀による立方体はその表面になだらかな紋様が刻まれていてその質感や色は冷えて固まった血のようですし、あるいは1トンのプーアル茶を押し固めて作られた塊は、形状こそ立方体を保っていますが、一方その香りのテリトリーはその周辺空間や鑑賞者の身体を侵食していくような、工業製品ではありえないような生々しさがありました。

「1杯の真珠」は直径1メートルのお椀のなかに淡水(養殖)パールが山盛りにされた作品。その真珠の一つ一つを見てみると美しいといは言いがたいものがほとんど…完全な球体のものはほとんどなく、いびつなそれはほのかなピンク色のせいもあり芋虫のよう。最初は「パールライス」というニックネームを与えてやろうと思っておりましたが、近づいたところですっかり食欲を失いました。

スクール・バッグで蛇を形作った作品や10時間以上の映像作品を経て(開館時間が10時間を越える森美術館だからこそ上映できる作品!?)、今度は木を使った作品が続きます。このうち「中国の丸太」「中国の地図」ではアジア大陸内の中国の国土と、海南島そして台湾があわせてひとつの記号のように扱われている作品です。政治的な問題と関わってくるのでこの具体的な感想は控えたいところですが、地形をアイコンとして使用するということに関しては、ジャスパー・ジョーンズを連想しました。

展覧会も後半になると、既製品-新石器時代の壺も含む-を使った、様々な作品が展示されます。いずれも古いものに何らかの手を加え、あるいは破壊するという行為によるもの。例えば、新石器時代の壺に工業用の塗料を塗ったもの、唐時代の壷にコカ・コーラのロゴをペイントしたもの、あるいは漢時代の壷を落とす瞬間を記録した数枚の写真など。破壊と創造が時に同一のものであるということは、古今東西に共通するものですが、壷の無抵抗さを思うとやはりなんともいえない気持ちに。

しかし、古い物に対するこのような姿勢が、この作家が特別に持っているものなのか、あるいはこの作家と同地域・同時代に生きる人々の間で有る程度共通するものなのかどうかは、私にはよくわかりません。たとえば古色を帯びた仏像や建築に対して当初の姿に近づけるために補彩を行うべきかどうかということに関しても、中国と日本の間には大きく考え方の違いがあるように思えますから。
# by paginademaiko | 2009-11-19 11:22 | アート


11月のはじめ、トーキョーワンダーサイト渋谷で「大巻伸嗣 絶・景-真空のゆらぎ」を見ました。

仕事帰りに渋谷駅からワンダーサイトに向かいました。
建物に入り会場に近づくと、床面に砂のようなものが散らばっていることに気が付きます。
これはゴミ処理の最終段階で灰から生み出されるスラグと呼ばれる物質で、作家は展覧会においてこの黒い粒状の素材を大量に使用し、展示室ごとに強烈な「眺め」を出現させています。

インスタレーション数点からなるこの展示で訪問者が最初に出会うのは直径1メートルあまりのスラグの山。その頭上、天井には小さな穴が穿たれており、どうやらこの小山はそこから砂時計のようにスラグが零れ落ちてくることにより形成されたものであるようです。天井の裏側は会場内の螺旋階段を上ることにより見ることができました。そこには数十センチに及ぶスラグの層が…黒光りする粒状の物質が敷き詰められた様子からはかなりの重さを感じさせ、ふたたび螺旋階段を下りたのちは、その階下を重圧感なしに歩くことが難しくなります。

暗室仕様のインスタレーションのうち一点は、会場の一辺にスラグの砂浜が作られ、その反対側の壁面には都市の風景が遠景のように映し出されるというものです。この両者の間には水が張られており、鑑賞者はこの水辺越しに映像を眺めることになります。

この設定についてはやはり此岸と彼岸のようにとらえたくなります。しかし、鑑賞者が立つ「砂浜」がそのどちらであるかを判断するには少し考えなければなりません。
この作品で水辺を挟んで対比的に用意されているもの-「スラグ」と「都市風景」について考えてみると、スラグは我々が不要なものとして破棄したものが「焼かれ灰となった」ものであり、都市というのはまさしく我々の「生きる」場所です。これにしたがって前者と後者をそれぞれ「死」と「生」と捉えてみると「都市風景」を「此岸」、鑑賞者が立つスラグの浜を「彼岸」とと位置づけることができそう、ですが…。実際この部屋において物質として実在するのはスラグのほうで、また東京都の廃棄物処理施設から排出されたという足元の物体と都民である自分とそれは明らかに有縁であり、一方おぼろげに投影された都市の姿はあくまでも虚像です。とすると、この作品のなかで人々が立つスラグの浜はすなわち「此岸」の側である、ととらえるのが適切なのではないでしょうか。

隣の展示室で投影されていた焼却炉の炎と併せて考えてみると、スラグという物質が人間が絶えず生み出し続ける滓(おり)であることがわかります。我々は、一度廃棄したものはそれが物質として消滅するような感覚をどこかで持っていますが、実際はそうではなく、地上から消えることはないのだということを強く再認識させる作品でした。
# by paginademaiko | 2009-11-19 11:18 | アート


平面と立体
サントリー美術館美しの和紙(うるわしのわし)」に行ってきました。

展示室の入り口で迎えてくれるのは、紅白の花びらをもつ椿の「造り花」。あかい花びらは紅(べに)で、黄色いオシベがくちなしの実で染められているということを知り、愛おしさを感じます。その奥には薬師寺で使用されている紙製の花束が6種、こちらもやはり植物由来の染料で色づけされています。

会場は4つの章に分かれておりまして、それぞれ8世紀から17世紀に至るまでの歴史資料としての和紙、宗教的な場で使われる和紙、和紙を作る人々、そして生活用品としての和紙をテーマに構成されていました。

「造り花」による華やかな導入のあとは断簡や経典、そして経塚の関連資料などが続きます。周囲のお客さんは文字好きな人が多いと見えじっくり鑑賞している人が多かったのですが、漢字ばかりというのは実は少し苦手な自分、その中に登場した奈良国立博物館の「絵因果経」はまさしく光明。続いて、神事や儀礼などで使用される和紙の姿をとして、ぬさ、和紙による衣、そしてまた造り花が紹介されます。

私が最も時間をかけて鑑賞したのは、和紙の生産や使用に関する資料の展示。
江戸時代の紙見本帳である「百工比照」は様々な紙片とともに産地や名称が記されており、美しいだけではなく歴史資料としても貴重なもの。また、サントリー美術館所蔵の「職人尽図屏風」は6曲4双の屏風(出品されていたのはそのうち2隻)で、1扇ごとに様々な職人が描かれており、いくつかの工房ではその場で製品を販売している様子が確認できます。この作品では画中に描かれた各工房(店)を著す目印を探すのもまた一興、あるものは生産している品物のかたちを染め抜いた暖簾を垂らしたり、あるいはかさ屋などは様々な種類のそれを店の前に賑々しく立ててみたり。このほか、鍬形蕙斎による「今様職人尽歌合」には商品を手にもって歩いている人々が登場しそれぞれに「○○う里」(売り)という字が添えられており、生産ではなく販売をしている人が「職人」の範疇に登場することに興味深さを覚えました。

サントリー美術館の展示室は2層から成っており、途中で1回階段を下りる場所があります。吹き抜けのホールのようになっている階段部分はその階下が「第2展示室」になっており、今回はここに「2mのあかり」が展示されていました。これはイサム・ノグチによる「あかり」の直径2メートルにもなるバージョンです。この「あかり」がおさめられた方形の床と天井そしてこれらをつなぐ柱からなる構築物は、舞殿や須弥壇のようになにか宗教的なものを連想させました。あらためて出品リストを見てみるとこの作品は第2章「祈りの造形」の中に含まれているので、あるいは実際にそのような意味が与えられているのかもしれません。

階下の展示室では暮らしの中に根ざした和紙の姿が豊富な資料で紹介されます。
紙を支持体とする浮世絵版画、ちょうちんや紙製の着物といった実用品、あるいはおりがみや扇をモチーフとした屏風や染織などなど。着物の意匠見本帳である「ひいなかた」はイラストとともにその模様の説明や場合によってはおすすめの染め方などが書き添えられている資料であり、今回は紙にまつわる資料ということで、「紙ふ年」…おりがみによる舟の模様があしらわれた見本のページが開かれた状態で展示されていました。

おりがみと染織、といえば自分は折鶴の模様が配された小紋を持っています。鶴が表現されている着物はどこか仰々しい感じがしてしまうものですが、この着物ならおりがみによる鶴ということでそれよりも気軽にまとえつつ、しかも鶴が持つ「めでたさ」も備えているので、とても重宝しています…たとえば松の内で着物を着る機会があるときなど。ですから、おりがみ紋様を配した着物にはなにか共感のようなものを覚えました。

そういえば、着物や帯も平たいものを3次元へと立ち上げるという点ではおりがみとよく似ていますね。振袖のために結ばれる帯などは彫塑に近いものさえ感じます。平面から立体への変容は日本の造形文化を特徴付ける一様相なのでしょう。ゆえにこれらはもともと相性がよいものなのかもしれません。

「美しの和紙」は、実は平面と立体ということについて考えさせる展覧会でもありました。

# by paginademaiko | 2009-11-17 21:09


三鷹天命反転住宅
三鷹天命反転住宅にお邪魔しました。



丘陵地帯のようなダイニング、球形の部屋、あちこちに立つハシゴや垂直のバー、天井についた無数の金輪…ただしシャワールームが簡略なカプセルタイプだったのは少し不満、あ、でも球形の部屋そのものを湯船にするという方法もあり!?
# by paginademaiko | 2009-11-16 11:22 | アート


菊と、ふぐ
東京国立博物館で「皇室の名宝 第1期」を見ました。

「御即位20周年記念特別展」として皇室や宮内庁が所蔵する作品が一度に会するこの展覧会、10年前に開催された同名の展覧会と同様に今回も入場待ちが生じているよう。そこで平日の夕方をねらって訪れました。



少しだけ並んで入った会場は、やはり混雑していました。
会場前半は近世の絵画作品を中心とした構成。大型の屏風が矢継ぎ早に登場します。伝狩野永徳という四季草花図屏風、源氏物語図屏風は芦のような植物や柳が風に吹かれ、屏風のなかに空気が存在することを、はっきりとこちらに伝えてくれるような作品。「唐獅子図屏風」は永徳の作品と常信の作品をあわせ1双としてエントリー。しかしそれにしても大きい。

展示ケース前の人垣が最も「ぶあつく」なっていたのは伊藤若冲「動植綵絵」三十幅の前。
全作品が展示されているのを見たのは初めてでした。近づいて見ることはなかなか難しいのですが、若冲は細密なだけではなく構図の面白さが光るアーティストですから、すこし引いた位置からでも十分楽しめます。うち「菊花流水図」は図版で見たときの印象と同様「ふぐさし」にそっくりでしたが、それよりも驚いたのはなんとその左隣の「群魚図」には海の中を泳ぐ「ふぐ」の姿が描かれているということ。若冲がふぐさしを見たり食べたりしたことがあるかどうかは分かりませんし、作家自身がお寺に奉納した作品にお刺身の絵というのはさすがにないとは思いますが…しかし若冲は「野菜涅槃図」(京都国立博物館蔵、釈迦を大根で、弟子や動物たちを様々な野菜で表現した作品)など、ある種のブラックさをともなったユーモアを発揮する側面ももった作家でもありますから、その可能性についてはいまだ否定したくないところ。

後半では帝室技芸員による絵画と工芸が展示されていました。
大観や平福百穂といった日本画家たちによる作品はもちろん安定感と品のあるものばかりなのですが、そのなかでもっとも強いインパクトを与えられたのは清方の描いた「讃春」、これは隅田川の水上生活者の向うに巨大な近代的な橋が見えるという作品です。江戸時代までのそれとは異なる形状や役割(ここでは「用途」ではなく「役割」と表現したいのです)を備えた工芸作品も登場、独立式のケースに展示されているので見やすい…人が少なければですが。

くりかえしますが、とにかく人が溢れかえっていたこの展覧会、絵画・彫刻ともに比較的に大型の作品が多かったのでなんとか見ることができたのですが、これが小さな資料で、展示ケース内に平置きになっていたらほとんど見るのは不可能だったと思います。しかし手元のリストで第2期の出品作品を見てみると「正倉院宝物と書・絵画の名品」とあるではないですか…?!

しかもそのオープン直前の日曜日、8日夜に放映された「日曜美術館」(前週日曜朝放映分の再放送)では奈良国立博物館の正倉院展にあわせて正倉院特集が放映されていました。いいタイミングですねNHKさん?!
(日曜美術館が話題の展覧会について詳しく特集を組んでくれるのは大変ありがたいのですが、その影響力の大きさから放映が会場の混雑に直結することがしばしばなので、正直申し上げ複雑な気持ち)
# by paginademaiko | 2009-11-16 11:16 | アート


動線
かきつばたの時季にあわせた「燕子花図屏風」の公開が青山の風物詩となっている根津美術館、3年あまりの休館を経てこのたび新しい建物で展覧会が始まりました。
設計は隈研吾氏によるものです。

こちらでは来年の秋まで「新創記念特別展」と銘打たれた展覧会シリーズを通して、同館の名品が次々と紹介されます。この日見ました第1部は「国宝那智瀧図と自然の造形」というタイトルのもと、自然をテーマにした作品によるキャスティング。



この美術館が誇る「那智瀧図」が登場するのは展示室1。ここには平安から江戸までの絵画資料が展示されています。自然にある偉大な姿を持つものを神として信仰する日本の信仰形態を表す史料としてあまりにも有名で雄弁な「那智瀧図」は、学校の教科書で目にしたときからからそのイメージがコーポレートアイデンティティーのように刷り込まれていますが、実際に目にしてみると滝は至る所で小さな波濤が真珠のアクセサリーのようにちりばめられ、また画面の下三分の一より下ではモーグル選手の軌跡のような軽やかな動きを見せるなど、厳かなだけではない表情をそこに見つけることが出来ました。

江戸時代の作品では狩野山雪の「藤原惺窩閑居図」に注目。山雪といえば屏風を目にすることが多く小さな作品にはあまり接したことがありませんでしたが、この作品もやはり山雪らしく構図を組み立てるための線が水平、垂直、そして斜め45度のいずれかであるという幾何学的なつくり。会場に華やぎを与えるのは6曲1双の「吉野龍田図」、吉野は春、龍田は秋を司る女神の名前、ということでそれぞれに満面の桜とかえでもみじが描かれています。

その後展示室2から5まではそれぞれ書、仏教彫刻、古代中国の青銅器、明朝の漆工陶磁器が展示されています。そしてその次にやってくる最後の展示室は茶道具尽くしです。このうち展示方法で記憶に残ったのは展示室4、ここではほぼ同形の大型の足つき青銅器が3つ背中合わせにして展示されていたのですが、それぞれが異なる高さの台座の上に設置されていました。様々な高さかや角度から鑑賞してもらうための工夫と思われますが、単調になりがちな青銅器の展示において「見せたい」という気持ちが強く伝わってくるものでした。

旧建物では、エントランスホールではその空間の小ささゆえもあり、入館してくる人々と幾つかの展示室を行き来する人々の動線がここでぶつかり合うようなつくりとなっていました。自分が利用するときなどは入館の段階で実際以上に建物の中が混雑している印象を与えられ、ずいぶんこの建物は損をしているなと思ったことがあるのですが、興味深いことに新しい建物でも、展示室を回るうえで何度もホールを通らなければならないプランになっていました。特に展示室3は床面積が小さく、入ってもすぐホールに戻されてしまうような感じです。ホールのスペースがかなりゆったりとしているのでさすがに混線はしませんが、新しい建物でも動線の交差がみられることは意外でした。あるいは先代の建物の遺伝子をここにさりげなく残したということなのでしょうか?

なお、隈氏による美術館作品としてはこれ以外にサントリー美術館があり、こちら入館前の人々と展覧会を半分程見た人々との動線が2重になるところがあります(4階のエレベーターの前)。同じところを複数回通らせるというのはこの建築家特有の動線の引き方なのでしょうか?
建築についてはあまり詳しくないのですが、ギャラリー間では現在隈氏の展覧会が行われているので機会を見つけてぜひ行ってみたいと思います。

作品を見たあとは庭園へ。
庭というよりも森と呼びたくなるようなこちらは、広さもそれなりにあるものですが高低差という意味での「深さ」があり、面積ではなく体積でとらえたくなるような場所です。


また、美術館の向いのマンションでは10月12日に「古書日月堂」が同フロアーより移転・リニューアルオープン。この2週間ほど前に移転オープン展「事件を起こせ! 1950s~1970s 戦後日本・前衛美術の青春期」を見てきました。「…美術が事件だった時代。その一断面。」というコピーのこの企画、オレンジ色の空間に「事件」の遺留品である展覧会カタログ、公演プログラム、チラシ、そして平面の姿をとる諸々のものが用意され…興味本位で触れようものなら「怪我するぜ、いいのかい?」という声が聞こえてきそうで(あるいは隣で資料を開いていたおじさんが実際にそう言ったのかもしれません)、この日は店主の佐藤さんが出してくれた染織パターンなどをおとなしく眺めておりました。
# by paginademaiko | 2009-11-12 22:41 | アート


1917
浦和でうなぎの蒲焼とロシア・アヴァンギャルドの展覧会を楽しんできました。

JR浦和駅前に三角形の頭部を持つ女の子の石像が登場したのは去年のこと。彼女の名は「うなこちゃん」、うなぎの蒲焼発祥の地とされる浦和(さいたま市)の観光大使です。
生みの親はやなせたかしさん。うなじから左右にヒレらしきものが生えているのを見るとその三角形はもしやうなぎの頭部を象ったもの…?しかしどうみても「おにぎりちゃん」。やなせ先生は好きですが、うなぎを前面に出すならせめてウナギイヌに勝る個性が欲しかったと思います。

浦和がうなぎの町であることを知ったのは近年のこと。湖沼が多く中山道の宿場町として栄えたこの町で古くから旅人に供されていたのがうなぎの蒲焼であったそうです。さいたま市教育研究所では浦和のうなぎに関する学習用のホームページも作成しています。ちょっと読みにくいデザインですが…。


うなぎで力をつけたのち臨みましたのは、埼玉県立近代美術館「ロシアの夢1917-1937」。
革命期のロシア美術を見るには体力があるに越したことはありません…プロバガンダ、アジテーション!実現不可能な建造計画!

この展覧会では1910年代から30年代までのロシアのアートにスポットを当てています。アートといっても、今年2月に同館で開催された「青春のロシア・アヴァンギャルド」が主に絵画を取り上げていたのに対し、デザインや建築、ファッションが中心となっています。絵画に対してデザイン…と来れば、「では実用性のあるものが出ているのね」と思いたくなりますが、そこはロシア・アヴァンギャルド「用と美」の間に「イデオロギー」というものが割り込んだ形、あるいは「美」のうえに「イデオロギー」が上書きされた、と表現すれば、より実際に即したものとなりそうです。

展示はマレーヴィチが舞台美術と衣装を担当したオペラ「太陽の征服」(1913年)の関連資料で幕を開けます。展示室の隅にはタトリンの立体作品。壁に頼らなければ形を保つことができない、直線を多用した緊張感のある抽象作品です。

続く展示室には赤と白が対比的に表現された資料が並びます。1917年の革命後も、ロシア国内では革命派と反革命派による内線が数年間続きました。赤と白はこの二つの勢力を示す色であり、革命派は文字の読めない多くの国民にむけ色を使ったビシュアル・イメージにより「白」を攻撃したのです。例えばリシツキーの「赤き楔で白を撃て」というポスター作品では赤い三角が白い丸に突き刺さっていますし、陶製のチェス・セットでは赤と白の駒が用意されています…白は醜悪に表現されておりあまり使いたくない気がしますが。
そして、この革命に関するアイコンとして忘れてはならないのはタトリンによる「第三インターナショナル記念塔」。完成すれば高さ400m、内部には回転する立方体や議会が入る予定だっというこの建造物、構想と実現性の間にある断絶は神話の域に近いのですが、会場では「もし当時この塔が実際に建てられていたら」というCG使用による映像が上映されており、これは必見です(1998年、長倉威彦氏による監督・制作)。

1920年代に入るとレーニンの提唱により市場経済の導入が行われます。
ここへきて、革命前後以来、思想のメッセンジャーとして作品を発表してきた作家たちの仕事に変化が…すなわちコマーシャリズムに関する仕事の増加です。この時代に関する展示では、ロトチェンコやステンベルグ兄弟によるポスター、そして舞台衣装など映画や演劇に関する資料が豊富に集められ、会場全体を通してもっともにぎやかな雰囲気。このほかポットや食器も出品されていますがこちらもまた舞台やフィクション映画の小道具のような非実用デザイン。復元された家具の一部には実際に座ってカタログを読むこともできます。

会場を進むとふたたび平面資料が中心となりますます。こちらはヴフテマスという国立の芸術学校における学生の習作や、大型建造物のための設計応募案などが展示され、その意欲的な取り組みや斬新なプランを見るだけでもこの展覧会名にある「夢」の気配を強く感じることができます。

展覧会終盤では国策として農業から重工業への転換が図られた1920年代末以降の資料が展示されます。こちらには職員用食堂の普及を示す資料がありました。これは工場の労働者が昼食時に帰宅すると生産性が低下してしまうので職場で食事をすることが推奨されたというもの。さらに興味深かったのは歯車など工業製品をモチーフとするプリント生地。今見てみるとなかなかお洒落じゃないの、と思いますが実際はあまり売れなかったそうです。説明によると、要するに「こんな柄、枕やパジャマの生地には使いたくない」のが市民の本音…といったところ。なるほど…とりわけ労働者からすればそれはそうかもしれません。

革命当時には色や図形だけで表現されていたようなメッセージは、ここに来ると非常に具体的で説明的になっていることに気が付きます。それも敷居の内側まで入ってくるような。そしてついに1937年以降、粛清により多くの芸術家たちも逮捕・処刑されるに至り、ロシア・アヴァンギャルドは姿を消します。それは文字どおり「夢」の終焉…終演でした。
# by paginademaiko | 2009-11-12 22:31 | アート


江ノ電
鎌倉で開催中のアート・プロジェクト「鎌倉巡空」を訪れるため、久しぶりに江ノ島電鉄…江ノ電に乗りました。

「江ノ電グリーン」の車体!やはり江ノ電はこの色でないと。



新型車両でも内部のつくりは小さめ。
特にふたり掛けの席はいい感じに「手狭」でデートにおすすめでございます!

向いに座った恋人たちなんか「るるぶ」をふたりの膝のうえで開いてさ…
景色も見ましょうね!
# by paginademaiko | 2009-11-10 00:34 | 日常または放浪


花の立ち位置
仕事帰りに、山種美術館で「速水御舟-日本画への挑戦-」を見てきました。
この展覧会は同館の広尾におけるリニューアルオープンを記念し、同館が所有する御舟の一大コレクションを公開するといもの。新しい美術館の場所は恵比寿駅から徒歩10分ほどで、この展覧会の会期中は夜7時まで開館しています。

速水御舟(1894-1935)といえば、昨年平塚市立美術館で開催された企画展が記憶に新しいところ。
自分自身が御舟の作品をまとまったかたちで目にしたのはこの平塚の展示においてがはじめてであったのですが、豊富な資料からその画業の全貌を辿るこの展覧会では、様々な様式からの学びの様相を見取ることができる内容で、ゆえにその過渡期と見られるような不安定さをともなう(それは御舟絵画の魅力のひとつであるとは思うのですが)作品も少なからず含まれていたような気がします。

一方、山種美術館が所蔵する御舟作品は、その多くがひとつの企業コレクションに出自をもつゆえか、この展覧会に出品されている作品には一種の「好み」のようなものが感じられました。

1910年代の資料から構成される第1章では、10代後半の本画「瘤取之巻」に小下図や習作が続きます。里山や森林が次々に展開する「赤城路之巻」の習作は簡略に引かれた線がどこかコミカルで、木立のひょろひょろとした表情はまるで「よろけ縞」紋様のようです。イズがすこし引きのばれた小下図ではすこし写実的な表現になっていますが愛らしさは健在。その幅から、これがそのまま半幅帯になったらどんなに素敵だろうと、勝手に想像してしまいます。

続く第2章は「古典への挑戦」というテーマが冠せられ、名作が次々と登場します。
代表作「炎舞」はここに展示されていました。この作品については、モヤッとした印象があったのですが、実際に見てみて分かったことは炎それ自体ははっきりとした輪郭を持っているということ、そしてその周囲にある煙あるいは熱気は画面上3分の1ではかなり激しく渦を巻いているということです。炎の形は紛れもなく仏画において明王の背後に描かれるそれでした。火焔が画面の中心に据えられる構図からは、この作品を台座や持物だけで特定の尊格を表現する仏画と同じ文脈のものとして捉えてしまいたくなりそうですが、そうならないのは炎の周りを舞う蝶たちの存在ゆえ。

この章においては琳派風の大作も何点か出ていますが、そのなかでまず目を引くのが「翠苔緑芝」、4曲1双の屏風です。金地の背景に対し緑色の地面が島のように配されているこの作品、向かって右側の隻にはツツジや枇杷の木とともに一匹の黒猫が、左側には紫陽花と白兎が描かれています。小下図も同時に出品されており、本画と比べてみますと、下図では黒猫とともに白猫が描かれていること、そしてツツジの場所には朝顔が配置されていたことがわかります。なぜ下絵から本画にうつる過程で朝顔からツツジに変更されたかどうかはわかりませんが、実際の花暦を考えてみますと、朝顔は7~8月、紫陽花は6月、ツツジは4~5月というイメージがありますから、季節が右から左への進行する日本の絵画においてはやはり本画のような組み合わせのほうが、しっくりと来る気がします。
なお、このほか琳派風の屏風としては、「炎舞」とともに重要文化財に指定されている「名樹散椿」が出品されています。

最近リニューアルした日本美術を扱うプライベート・ミュージアムの多くに共通することなのですが、こちらの展示室もかなり暗め。これは作品に当てる照明の照度が低くても相対的に明るく見えるという利点があるためではないかと思うのですが、こちらでは会場のベンチに置かれたカタログの文字を読むには困難を感じました。

続く第3章では画家は1930年に渡欧をしていますが、この時の取材にした作品と画家が無くなる前年に制作した未完の大作「婦女群像」とその関連資料が展示されています。
ヨーロッパへ向かう途中で眼にした京劇をスケッチした作品は、サラサラとしたまるでスタイル画のような軽さ。御舟の人物画といえば「京の舞妓」のようなアクの強い印象があったので、これは非常に新鮮でした。「婦女群像」は6人の着物姿の女性からなる群像ですが、手前には上半身を起こして横臥する女性、奥には椅子にもたれる女性など、様々な姿勢をもって輪のように人物が集う構図からは西洋絵画の研究成果が反映されていることがわかります。

滞欧を経た日本画家が手がけたこのような群像表現として、思い出さざるを得ないのは土田麦僊の「大原女」。この作品は背景に広がる日本と西洋の伝統的な描法が融合した風景表現も見所のひとつなのですが、御舟の「婦女群像」が完成していたらはたしてその背景はどのような表現になっていたのでしょうか。

最後の章ではこの画家が40歳で亡くなるまでの数年間に描かれた小品や写生類が展示されていました。なかでも花の写生については線の美しさもさることながら、瑞々しい彩色はその香りまで伝えれくれるようでした。牡丹については第2章でも展示されており、比較をしてみると制作時期によるその対象の捉え方の違いを感じることができます。

これまで速水御舟については、どうしても大正期の細密描写のイメージが強く、湿っぽく執拗な絵を描く画家のように感じていました。しかしこの展覧会で私は、その作品がいつしかどんどんと「解きほぐされ」、伸びやかさを手にいれていくように感じました。そしてこのような印象に至ったことに関しては、やはり外遊関係の資料や、「婦女群像」関連の下絵といった豊富な資料の存在(これらの多くは個人蔵)も大きいように思えます。

山種美術館では年明けに横山大観と竹内栖鳳の展覧会を予定しているそう。
ということは、あの生意気な目線の猫さんもいよいよ登場でしょうか!?
# by paginademaiko | 2009-11-08 17:00 | アート


地べた
東海道本線で東京~京都間を行き来することは学生時代からよくやっていました。
しかし、青春18きっぷをつかえば2000円ちょっと、という安さをもってもおよそ9時間の行程というのは決してお気軽に臨めるものではありません。
そしてその長さを痛感し、旅人としての度量が試されるのが「静岡県」なのです。

ドーバー海峡を泳いで渡る人に例えてみましょう。フランス側から出発し、やがて背後にあった大陸側の岸辺の影は消え、その先にあるグレートブリテン島はまだ見えてこない…そんな感じ。

東京と京都のほぼ中間地点で、かつ駅数が多いということだけではありません。
強力な快速列車の不在。私はこの区間でほぼ例外なく、関西三都をむすぶ新快速のありがたさを思います。そしてことあるごとに至近に姿を見せる新幹線。高架の上を疾走する白い車体をみると、つくづく自分が「鈍行」で地面をなぞっていることを実感するのです。(もちろん普通電車も好きなのですが!)

前振りがいささか長くなりましたが、そのようにこれまでひたすら通過し続けてきた静岡県、その県庁所在地である静岡市と静岡県立美術館に今回初めて訪れました。

JR草薙駅で下車。ここから県立美術館まではバスで向かいました。
この美術館で見てみたかったのは「ロダン館」そして企画展「狩野派の世界-2009-」です。




狩野派のはじまりには諸説ありますが、そのうちのひとつに伊豆の出であるというものがあります。また、江戸時代には幕府とのつながりをもちながら画壇におけるその地位を維持し続けた狩野派はその直轄地である駿府でも絵画制作を行っており、静岡県立美術館では狩野派の資料を数多く収集してきたそうです。



こちらの美術館ではこれまで何回か狩野派の展覧会を開催してきましたが、今回の展覧会は過去の展覧会で公開してきた狩野派関連の資料に、新たに新収蔵の作品を加えた構成となっています。カタログに関しては、は今回の新資料のみが掲載された軽めのものが作られていました。そこで、出品作品が多く掲載されている過去の展覧会のカタログもあわせて求めようとしたところすでに在庫切れとのこと、これは残念でした。


展示は4つの章に分けられています。出品作品は展示替えもふくめのべ65点。屏風などは一対で1点とカウントされますから、実際には数字以上のボリュームです。

第1章は「室町から桃山へ」とし、元信や永徳周辺の作品を中心とした構成。それに続く章には探幽をはじめ17世紀に活躍した絵師達による作品が展示されています。室町の枯れた味わい、そして桃山の力強い趣と比べて見てみると、探幽の作品からは余白を活かしながら適度に垢抜けている感じがよく伝わってきます。

第2章では久隅守景と英一蝶の作品も出ていました。狩野派から出て、風俗画を能くした絵師として同時に語られることが多いこの二人の作品を同時に見たのはおそらく初めて。この二人の絵師、前者は農村の、後者は遊里の人々を活き活きと描いた、というように描く対象の違いとともに言及されることが多く、また自分自身もそのように捉えてきましたが、実際に作品を見てみることにより、新たに自分なりの視点でこの二人の絵師の違いを捉えることができました。その「違い」とは「地面との関係」…具体的な言葉で表現するならば「地べた」に対して「浮遊」と言ってもいいかもしれません。守景の画中の人物は地面と睦まじく接し、それとは対照的に一蝶作品に描かれる人物はどこか重力の小さい場所にいるような感じがするのです。

このほかこの章で興味深かったのは守景による「鍋冠祭図押絵貼屏風」。
作品の解説パネルに書いてあることが非常に刺激的な内容でして…鍋冠祭とは近江の国に伝わるお祭だそうですが、この祭では女性が鍋を頭にかぶるのですがその数は関係した男性の数であるということなのです。この作品には二人の女性が描かれていて、一人はいくつかの鍋を被っており、もうひとりは鍋を被らず。ちなみにこの二人には容姿の点で優劣がつけられています。
さまざまな研究領域の対象となりそうな作品です。

第3章では京狩野にスポットをあてています。
京狩野といえば、私としてはやはり山雪をカリスマ的な存在に位置づけたいのですが、ここであえて言及したいのは永岳という絵師。永岳については最近その研究論文を耳にすることがあり、この展覧会で作品を見ることをひそかに楽しみにしていたのです。

永岳の活動期は19世紀、私が特に時間をかけて鑑賞したのは「三十六歌仙歌意図屏風」です。この6曲1双屏風では画面の大部分が金雲で満たされており、その隙間ごとに人物が登場する小さな場面が見えます。また、その場面の側にはそれぞれ歌が書かれた矩形の区画が設けられています。この作品では金雲に取り囲まれた各場面がとても小さく、私はその「隙間」に見える人々の様子を「のぞき」見ているような感覚を覚えました。

ここで気が付いたのはこの作品特有の場面表現とそこに添えられた「和歌」という表現形式との関係性。この作品の主題となっている和歌というものの性質について少し考えてみますと、その多くは他の文学ジャンルにくらべ「少ない字数」で「私的な感覚・感情の発露」を主題とするものが多く、すなわち限定された字数によって内面世界を公開するものということができます。再びこの作品の「絵画」に立ち返ってみると、鑑賞者は小さく区切られた場面をのぞきみることによりそこから情報を得ることができるのですが、実はこの感覚は和歌の限られた字数のなかからよみ手の内面を推し量るような感覚とよく似ているように思えます。つまりこの作品は「プライベートなものを限定的に明らかにする」という点において歌と絵が足並みを揃えている作品ということができるのではないでしょうか。


最後の章では明治に至るまでの江戸狩野が紹介されています。
その終盤では芳崖、雅邦が登場。この二人の人物がいたかどうかで狩野派の300年というものに対する我々のまなざしは大きく違っていたと思うのですが、この作家たちが描いた作品をこの展覧会の文脈とあわせて見てみると、それはまるで狩野派と近代がぶつかり合う瞬間に発せられた光芒のようでした。


つづいて、ロダン館へ。
第一印象は「明るい!」、もっとも、その豪華なつくりには若干引いてしまうくらいなのですが…。アーモンド形のプランを持つ空間には天上から光がふりそそぎ、黒光りするブロンズ像の肌を照らしています。そしてその光はとても柔らかい。
これまでロダンといえば、国立西洋美術館で見ることが多かったのですが、それに比べてこちらでは作品の「見やすさ」というものをはっきりと感じました。
(もちろん、国立西洋美術館の環境も素晴らしいです)


独自の様式を確立してからのロダンの作品は、その肉体に苦悩を詰め込んだような彫刻が大く、重いです。展示されているのはブロンズ像が殆どですが、彫刻ではどちらかというとモデリングよりもカービングが好きな私は、大理石による「フギット・アモール」にひきつけられました。

「去り行く愛」と訳されるこの作品は、背中合わせで重なりあう男女の像。必死で女性の上半身にしがみつく男性、いくらなんでもそんなに強く掴んだらいけないと思ってしまうような激しい状況です。子どもでも知っているロダンの最も有名な作品「考える人」はなにやらひとりで崇高な思索をうちに抱いているようですが、「フギット・アモール」からはふたりの人間がいるゆえに生じる苦悩というものを感じました。

美術館を出る頃には風景も夕暮れ色、電車で静岡駅まで出で近海ものの魚と地酒を楽しみました。帰京のため利用しましたのは、この夏に出会い、すっかり気に入ってしまった7時30分発の東京行きです。
# by paginademaiko | 2009-11-07 20:10 | アート


ビュフェ、フジタ
ヴァンジ彫刻庭園美術館を訪れたのち、そこから徒歩15分ほどのところにある「ベルナール・ビュフェ美術館」を訪れました。

ビュフェは、若くして社会的名声を得たこと、そしてそれにより多くの作品が世に送り出されたことから様々な評価がある作家ではありますが、自分にとってはまだ学生服を着ていた時代にを覚えたアーティストの一人として親しみを覚えている作家であります。家の中で、「暗~い」感じがする都市の風景を描いた額絵を見つけそれを部屋に置いていたところ、父親がそれはビュフェの絵だと教えてくれたのです。


クレマチスの丘には素敵なレストランが幾つか用意されています。
全体的にお値段は高めで、店によっては予約制なのですが、それぞれオリジナリティのあるお皿を提供してくれます。この日利用したカフェレストラン「ジオノ」ではゆったりとした木製のテーブルセットが魅力的なオープンテラスを利用しました。ショップでは店名の由来ともなりまたビュフェの友人でもあったジャン・ジオノの絵本や地元産の青いレモンなども売られていました。




ビュフェの作品を収めるこの美術館では現在、企画展として「レオナール・フジタ展—よみがえる幻の壁画たち」が開催されています。
この展覧会は昨年全国を巡回した「没後40年 レオナール・フジタ展」の資料をもとに再構成されたもので、同展でも出品されていた3m四方の大作群も出品されています。

多くの資料は昨年、宇都宮美術館で見た「没後40年 レオナール・フジタ展」でも眼にしたことがあるものでしたが、今回あらためて着目したのは1917年頃に描かれた、眼の中に瞳を描かず面長の輪郭をもった女性達を描いた作品群。以前みた時はただただモジリアーニの影響を連想してばかりだったのですが、今回は他の来館者が少なかったせいか、あるいは廻廊という「引き」のとりにくい空間に展示されていたせいか、その作品をあたらめてよく見てみたところ、その手の表現は日本の、特に平安後期あたりの仏画、それも多臂表現における手の表現への近さを強く感じたのです。

「ライオンのいる構図」「犬のいる構図」は天上の高い吹き抜けのホールに展示されていました。展覧会の出品点数などは公立美術館を中心に巡回した「没後40年…」のほうが大きいのでしょうが、少なくともこの2点については、自分の鑑賞経験と照らし合わせ見ると両方の展覧会をあわせた数会場のなかでもこの美術館の展示がおそらくいちばん素晴らしいのではないかと推測できるようなものでした。

ビュフェの作品は、天上からの自然光が明るく降りそそぐ大展示室に展示されています。
この作家の作品はとにかく暗く沈鬱であるという印象がありますが、逆にこれだけ自然光を入れた明るい展示室というのはまた珍しい気がします。

午後1時過ぎ、シャトルバスで三島駅に向かい東海道本線でさらに西へ向かいました。
下車しましたのは、静岡駅より二つ手前の草薙駅。
ここから向かいましたのは、静岡県立美術館です。
# by paginademaiko | 2009-11-05 22:41 | アート


反映と断絶
幾つかの動機が重なり、静岡方面まで出かけてきました。

動機とは例えば…この夏ロダンについて調べる機会があったのですが、その頃から「行かなければ…」と思っていた静岡県立美術館-こちらには「ロダン館」があります-がこの秋からリニューアルのためしばらく休館をするということを知り「では今のうちに…」といったようなもの(実際に文章を書く際には西洋美術館の作品を見に行きました)。

この日最初の目的地は、三島駅からバスで30分ほどのところにある「ヴァンジ彫刻庭園美術館」。2003年に開館した同館を訪問するのは実は2回め。「クレマチスの丘」と呼ばれる公園や文化施設が点在するエリアの一角にあります。



この美術館ではイタリアの彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジ氏による作品を常設展示するほか、日本の現代美術作家による展覧会も開催しています。現在は第1回の所蔵作品展として「結び合う影」が開催されており、イケムラレイコさん、丸山直文さんなど5名のアーティストによる作品が出品されています。

興味深い内容でした。多くは具象作品であり、テーマのとおり「反映」「相互への投影」をうかがわせるものです。ですが、これに加えて私は「茫漠さ」「内なる世界への志向」といったものも感じました。曖昧な形や色彩をまとい、強烈な感情や主義主張を持たずただそこに漂っているようにみえる作品は、その作品の中で反映しあう構成要素同士によりその世界が完結しているようです…私はこれらの作品とこの我々が生きる娑婆世界との間には一種の断絶ようなものがあると感じました。おそらく我々がその世界の中に入り込んでみたところで呼吸をすることはほとんど不可能でしょう。



この美術館ではその名の通り庭園もまた見所のひとつです。
クレマチスの花はシーズンではないのでほとんど見ることができませんでしたが、以前11月に訪問したときにも見られた、地面から生えている小さなシクラメンがとても可愛らしいと思いました。秋のバラも大変美しかったです。


# by paginademaiko | 2009-11-04 14:45 | アート


軽井沢
「鉄道の日」きっぷを使って、久々に-おそらく10数年ぶりに軽井沢をたずねました。

この地には子どもの頃に馴染みがあって、その頃から様々なミュージアムを訪れていたのですが、中でも「セゾン現代美術館」はお気に入りでした。イサム・ノグチやボイス、パイクという作家のことを初めて知ったのもこの美術館においてのことでした。

軽井沢に最も近いJR在来線の駅は長野県境の手前、群馬県にある横川駅です。かつてはこの駅から線路が軽井沢方面へと延びていましたが、長野新幹線の開業とともにこの路線は廃止されてしまいました。現在、同区間では横川~軽井沢間にノンストップのJRバスが運行されています。

バスで軽井沢駅に到着したのは12時半をすこしまわった頃。
すでに紅葉が始まっており、木々は朱やこがね色に色づいていました。
駅前からは「軽井沢美術館・観光循環バス」というレトロなデザインのバスが発着しています。このバスには軽井沢に点在する美術館をつなぐ2種類のルートがありますがそれぞれ2~3時時間に一本というスケジュールのため計画的に利用するのがおすすめ(通年運行ではありません)。

駅から「貸切」状態のバスに乗り40分程でセゾン現代美術館に到着しました。木立の奥に見える建物は目立とうとせず森の中に身を潜めているような印象があります。その前に広がる起伏の豊かな庭には渓流と呼んでもよさそうなせせらぎが流れており、そこここに彫刻が点在しています。





モビールが天上から出迎えるロビーで受付を済ませ、通路のような展示スペースを進みます。ここ展示されたカンディンスキー、クレー、シュビッタースそしてミロによる作品は20世紀美術への案内役をつとめているようです。

やがてこの細長いスペースの先に、外光の入る天井の高い部屋があらわれます。
ここにはロスコ「ナンバー7」が展示されていました。ロスコは川村記念美術館で見ることが多くその場合展示室が暗めであることが多いので、このように明るい光のもとで見るロスコはなかなか新鮮でありました。

キーファー「革命の女たち」、アバカノヴィッチ「ワルシャワ 40体の背中」は中学生の頃に見て強烈な印象を受けた作品です。前者はその匂いとひやっとした空気の感じを、後者は頭部が認識できないその丸まった背中を見て、うなだれているために首から先が見えないのか、あるいはすでに首から先が無いのかと疑問に思ったことを覚えています。

開催中の企画展「ART TODAY 2009」では岡田修二さんと安田佐智種さんの作品が紹介されていました。

岡田修二さんは顕微鏡写真を使って作品を制作されているそうです。
画面はいずれも大型で横長、そこにほぼモノクロで水の中に漬かった枝葉が描かれています。チラシでみた時にも感じたことですが、実際に作品を見てみても「よくわからない」…もうすこし正直に言ってみると「なにか不吉な感じがして、あまり近づきたいと思わない」。水はどこかトロリとした質感を感じさせ、ほとんど枯れてしまっている葉はそれに捕らえられてしまっているようです。これらのイメージが彩度を失っていることは、その巨大さと相俟って、人間以外の生物による視線を思わせました。

順路に従い2階に進むと、今度は安田佐智種さん作品が展示されています。高層ビル群を素材とした写真は、特殊な魚眼レンズを使用したのかと推察したくなるようなバロック的パースペクティブを有しています。実際には同じ都市を撮影した数百の画像からその断片を組み合わせて1点の作品に仕上げられるとか。
飲み込まれそうな恐さから少し距離をとって鑑賞したい岡田さんの作品とは対照的に、安田さんの作品は作品に近づきたくなる気持ちを起こさせるものですが、しかしじっくり見すぎると足元をすくわれてしまいそうになります。


企画展示のスペースを過ぎると、再びコレクションによる展示が始ります。
まもなく、カラフルだけれども表面はフラットなポップ・アートの作品群が登場。続いて横尾忠則、大竹伸朗そして岡崎乾二郎とだんだん画面の盛り上がりが増してゆきその展示室出口に待ち構えいたのはゴッテリとした篠原有司男のバイク作品。そのバイクの進行方向に視線を移すとそこに最大規模のティンゲリー作品「地獄の首都№1」がそびえるという怒涛の展開は面白過ぎました。このティンゲリーの作品は定時になると約10分間のパフォーマンスを見ることができます。

これらの作品を過ぎると同時に色彩は去り、キーファー「オーストリア皇妃エリザベート」が登場。布、リボン、髪の毛を使った作品は階下の現在国立新美術館で開催中の「THE ハプスブルグ」でも注目のあの女性です。

展示を見終わり、カフェに入ってみるとこちらにも作品が展示されていました。

再びバスに乗り、今度は軽井沢駅近くの「脇田美術館」で下車しました。
1991年開館のこの美術館は洋画家・脇田和(1908-2005)の作品を収める美術館です。
この美術館の中庭にある作家のアトリエは吉村準三の設計によって1970年に立てられたもので、美術館ではこれにちなんで建築をテーマにしたワークショップなども積極的に行っているようです。



脇田和の作品は、これまで何回か実際に見たことはありますが実際にまとまった量を見るのは初めてです。この作家は鳥や花が多く描いたことで知られていますが、どの作品でもこの作家特有の境界線のあいまいなフォルムと暖かな色彩が画面の中に満ちており、視覚だけを頼りに見ていると一種のとらえどころのなさを感じます。そこで、それをふちどる枠の向こうへと手を伸ばしたらどんな感じがするだろうかと想像してみました。すると、すこし生温かい感触を覚えました…わずかに暖気の残っている炬燵に手を入れたときのような。

バスでも美術館でも殆ど他にお客さんを見ることがなかったこの日。
秋の軽井沢はひと気の少なさからいくばくかの寂しさがありますが、色づいた木々や舞い落ちる葉、そしてその結果日差しが地面にまで届くようになった森など、風景の色合いは夏よりもむしろ明るさを増しているように思えました。
ひっそりとしていながらもどこか華やかな感じはこの時期ならではの魅力的な表情です。
# by paginademaiko | 2009-11-04 14:23 | アート


醤油の町で
午前中、板橋区立美術館と三鷹市民ギャラリーで展覧会を見ましたこの日、午後の目的地である野田に向かうため、三鷹駅から中央線で御茶ノ水まで行き、千代田線に乗り換えました。

JR御茶ノ水駅でホームに下りると、目の前に「聖橋」が現れました。
この日の午後は山田守の展覧会を訪問する予定でしたが、これもこの建築家による設計です。山田守の代表作はこれ以外に、日本武道館や京都タワーがあります。



途中で昼食をとり、野田市郷土博物館を訪れるため常磐線柏駅から東武野田線で野田まで向かいました。「醤油の」という冠詞が与えられるこの町を訪れるのは初めてでした。
クリスマス・ツリーのような形の大きな木とセットになっている駅舎は三角屋根を持つかわいい雰囲気です。



資料館までは徒歩10分程です。
この間、おそらく地場産業である醤油関連の企業の建物があちこちに見えましたが、日曜日ゆえか、あるいはすでに稼動されていないのか、妙に静かでした。これらの建物は古いものが多く、つくりは低層。秋の午後の光のもとでみるとそこはあたかも昭和の眺めでした。

資料館の建物は塀にかこまれた敷地のなかにありました。日本的な屋根つきの門が訪問者を迎えます。





校倉造を参考にしたという長方形のプランを持つ建物は、吹き抜けがかなりの割合を占めており、2階部分はむしろ壁沿いに回廊がつけられているような印象です(チラシ内では「中2階の廊下」と表現されています)。1階・2階とも壁に沿うようにして展示ケースがありますが、この展示ケースはその壁面奥上部、鑑賞者の視線に入らない位置に窓が付いていてここから外光を取り入れる仕組みになっています。
1階には特別展会場として山田守関係の資料、2階では醤油関係の資料が展示されていました。



緑豊かな敷地内には1959年竣工の資料館のほか、「市民会館」があります。
この市民会館は、その言葉から公民館や文化ホールのようなつくりの建物を想像してしまいそうですが、実はこちらは元々はこの町で醸造業を営んだ人物の邸宅(大正時代、国登録有形文化財)。美しい庭に面した縁側は最近では吉永小百合さん主演のアクオスのCMのロケでも使われたとか。



この市民会館は市民を対象としたプログラムが大変充実していて、ホームページにおける報告を見るだけでもその積極的な姿勢に驚かされます。基本的には元邸宅の部屋を使用しているので参加者は畳の上で講義や実習をすることになります。文化施設というのはハコモノ行政への批判としてしばしば槍玉に挙げられますが、近代的な設備を持たずともこれだけの活動を展開していることをみると、その意見にも納得したくなります。

機器類が発達したこんにち、様々な場所での学びが可能になっています。例えば大型のモニターを天上から吊り下げなくても、プロジェクターを持ち運べばどこでも映像が上映できるといったように。日本においては人口減少や省資源に対する観点から建築の世界ではこれまでのスクラップ・アンド・ビルド方式からリノベーション方式へシフトするべきであるという動きが強まっていますが、このような形での文化財の利用は、ひとつの理想的なケースとして注目すべきものだと思いました。

駅に向かう頃にはあたりは暗くなり始めていました。
古い工場建築を見ながら歩いていると…どこからか醤油の匂いが。
視覚だけではなく嗅覚でもそのノスタルジーに酔い痴れます。



小沢剛さん、ぜひこの町で醤油画による醤油デッサンワークショップなどを企画されてはいかがでしょうか!?
# by paginademaiko | 2009-11-03 06:58 | アート


ヨシダファミリー
都内とその近郊の美術館を訪れました10月11日。

実は、この日は板橋区立美術館と野田市郷土博物館の2ヶ所を回る予定だったのですが、板橋に行く途中で手元にある様々な展覧会チラシを見ておりましたら、三鷹市民ギャラリーの「THE YOSHIDA FAMILY展 世界をめぐる吉田家4代の画家たち」がその週末まで!これはえらいこっちゃ、ということで無理矢理スケジュールを修正しました。

板橋区立美術館を予定より早めに出て、成増から池袋、新宿を経て三鷹に11時過ぎに到着。
三鷹市民ギャラリー「THE YOSHIDA FAMILY展」では吉田家ゆかりの4代7名の美術家の仕事が紹介されています。このうち吉田博(1876-1950)の作品については東京国立博物館の本館における展示等最近眼にすることが特に多く気になっておりましたが、これらの機会ではひとつの展覧会につき1点ないしは数点のみという出品数でしたので、その作品がまとめて出品されるこの展覧会を大変楽しみにしていたのです。



この展覧会では博の父や妻、そして子や孫にあたる諸氏の作品が展示されていました。現代のことですから無論表現における世襲というものはほとんど見られないのですが、この展覧会ではこのファミリーに共通するキーワードとして「旅」というものを設定していました。つまり、それぞれが「旅」を通じて独自の表現を追求していったと…。

最も興味を持ったのはやはり吉田博の作品です。堅実かつ非常に垢抜けているという印象を持ちました。その風景画を支配する光や透明感は卓越したものがあり、かつ画面からは伝統的な風景画とは一線を画す近代ならではの構図が読み取れます。クロード・ロランが写真機を持っていたらきっとこんな風景を切り取っていたのではないかとも思いました。
# by paginademaiko | 2009-11-03 06:53 | アート


御赦免
会期終了間近の展覧会に駆け込みで行くことはよくあります。
10月第2週の週末はまさしくそのケースでした。
この日訪れた展覧会は次の3か所。

板橋区立美術館「御赦免300年記念 一蝶リターンズ~元禄風流子 英一蝶の画業」
三鷹市民ギャラリー「THE YOSHIDA FAMILY展 世界をめぐる吉田家4代の画家たち」
野田市郷土博物館「建築家山田守と野田市郷土博物館」

板橋区立美術館では「御赦免300年記念 一蝶リターンズ~元禄風流子 英一蝶の画業」を見ました。
生誕や没後○○周年を記念した展覧会というのはよくありますが、御赦免を起点にするとは…展覧会のタイトルからして面白そうではないですか。
英一蝶はもともと多賀朝湖という名で活動していましたが、幕府によって三宅島に流されます。この絵師が1709年に御赦免となり江戸に戻ったのちに名乗った名が「英一蝶」であり、この展覧会はその御赦免・改名300年を記念して企画されたものです。

美術館へ主なアクセスは、都営三田線の高島平駅と東武の成増駅の間を結ぶバス。
成増から乗ったバスは座席がほぼ埋まっている状態で、乗客の大半が美術館前のバス停で下車しました。美術館の入り口は絶えず来館者が出入りし、かなり活気のある状況。
館内に入ると特設のチケットカウンターも設けられていました。



作品にあわせて、展示室は暗め。江戸時代の絵画を多く所蔵するこの美術館は毎年「江戸文化シリーズ」という企画でこれらの資料を中心とした展覧会を開催していますが、とりわけユニークなのはそのキャプション。今回は原題をさしおいて、その現代語訳が大きく記されており、加えて一蝶が描いた一休さんがキャラクターのようにキャプションの中に登場し、作品についてのコメントを述べていました。

英一蝶はその作品の中で遊里や農村での場面を多く描いていますが、そこに描かれる人々の多くに「弾力」を感じます。健康で、足腰の力や筋肉がしっかりしているような気がするのです。

一蝶の代表作といえば「布晒舞図」です。
遠山記念館所蔵のこの作品を実際に見たのは初めてでしたが、名品という言葉がふさわしいということをあらためて強く感じました。
横長の画面の右寄りに、赤い衣装を身に着けた女性が、右手に扇左手に白く長い布を持して舞っており、左寄りには鼓、三味線そして謡を担当する3人の男性が朗らかな表情でそれぞれのパートをこなしています。最も目を楽しませてくれたのは、女性のからだを取り巻くようにひるがえる布の動き。華やかさと緊張感を感じますが、それはまるで女性の表情とリンクしているようです。
宗達の「風神雷神図」のリボンと比べてみたいとも思いました。

この展覧会は大盛況で、カタログは再販分も含めて売り切れとか。
# by paginademaiko | 2009-11-02 15:05 | アート


マイネという名の


10月中旬、横川駅に隣接した「碓氷峠鉄道文化むら」を訪れました。
「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を使用し軽井沢の美術館へ向かう途中のことです。



この日は「鉄道の日」ということで入場料が無料でした。
鉄道好きの人が結構多いのかな…と思いきや、園内は高齢者のグループや家族連れなどでホノボーノした雰囲気。



こちらには様々な古い車両が展示されています。
特に懐かしかったのは長野新幹線が開通するまで碓氷峠の急勾配を力強く走っていた特急「あさま」の車両です。軽井沢に行くことが多かった自分は、この特急がまとったグレイッシュ・トーンの帯の色が大好きでした。最後の日には沿線までその最終列車に手を振りに行ったものです。



また、ここで見てみたかった車両のひとつに「マイネ」があります。単純に自分の名前に似ていることから気になっていたものなのですが…。これは戦後に進駐軍のために使用された一等寝台車で、一部コンパートメント仕様になっています。内部を除くと、西洋風の調度が伺えました。





開園10周年というこの施設はその浅い歴史を感じさせないほど郷愁的な色合いでした。
引退した車両の内部は、ちぎれた網棚がそのままになっていたりしてどこか物悲しさが。
私はやはり現役の…自分を乗せてどこかへ連れて行ってくれる車両さんのほうが好きみたいです。


# by paginademaiko | 2009-10-29 22:00 | 日常または放浪


淡々
関西方面から戻ってまもなく、10月だというのに台風接近中の東京。
京都からやってきた友人と国立新美術館の「光 松本陽子/野口里佳」に行って来ました。

展示室はちょうどU字型のプランをもち、野口さんと松本さんの展示がそれぞれ別の入り口から始まり展示室のいちばん奥が通路で行き来できるというつくりになっています。
我々は、野口里佳さんの作品が好きだという友人の希望により、その展示から見始めることにしました。

野口さんの展示は富士山を被写体としたシリーズ「フジヤマ」から始まります。
「富士山」といっても美しい円錐形を持つ姿ではなく、登山をしながらとったと思われるような岩場や荒地が記録されています。人物が写っているものもありますが、それは偶然写りこんだに過ぎないというような状況であり、画面の中の主役をとらえることは難しく、茫漠とした地面と空の色からただただ乾いた空気が感じられるばかりです。
富士山をその形状ではなく表面のつらなりとして捉えるということに関しては、富岡鉄斎が草分け的な存在といえると思います。ぜひ一緒に並べて見てみたいと思いました。

続く「星の色」は海中の写真。深い青色の中に沈む岩(人工的な構築物にも見えます)と魚が写っています。そんなに数の多くない魚たちは「フジヤマ」シリーズの人影となにか共通するものを感じました。空と地表、水と岩-ずいぶんと長い時間そこにあるものを横切って行く人や魚たちは、画面のなかに「時間」という概念を与え、またそれによって永続性という概念を想起させるように思えました。

チラシやポスターなどで使用されている「太陽」は画面のほぼ中央を、あいまいな輪郭を持つ日輪が支配するというシリーズ。太陽の周辺には街や公園といった風景がこれもまた不鮮明に。調べてみたらやはりピンホールカメラで撮ったものだとのこと。

この写真家への興味がぐぐっと盛り上がったのはその次の展示室、「マラブ」シリーズ。こちらもピンホールカメラによるものです。画面の中では木々に囲まれた庭のようなところにぽつねんとペリカンのような鳥が佇んでいます。少しずつ位置や姿勢を変えたものが収められた写真を見ていくうちに、鳥はどうやらこちらを意識しているように思えてくるのですが、しかし彼(彼女)は逃げる気配も近づく様子もありません。ただそこに居るだけ。
この淡々とした感じ…良いです、非常に。

この展示室の奥には一枚の壁を隔てた向こうの小さな部屋には写真が1点のみ。
それは淡い色の中に浮かぶひとりの女性のシルエット。
つ、鶴いや「マラブ」の恩返しという展開!?

櫛型の手を持つ重機で水を掬おうとする「水をつかむ」は、わかり易くいうと「ザルで水をすくう」ような状況にあるのですが、そのダイナミックさから、「大声での禅問答」みたいな作品だと思いました。

会場後半では光に肉薄するような主題の作品が多くなります。
これらの作品も大変美しかったのですが、この中で異彩を放っていたのが1点の映像作品。
島袋道浩さんとの共同制作によるアニメーション(?)作品は、笑いのツボに見事にはまりました。

続いて、松本陽子さんの展示スペースへ。
松本さんの作品は同系色の色がもやもや・ぎっしりと表面を覆う抽象絵画で、1980年台から90年代にかけてはアクリルによるピンク系の絵画、近年では油彩を使用した緑色系の作品を制作されています。

この日は展示室の奥から入り口にむかって進んだので、新作から古い作品へとたどるという流れになりました。各展示室は「ピンクの絵画」「緑の絵画」といった名称でくくられ、その壁面はこの展覧会のために各地の所蔵者のもとから集められた大型の作品によって埋められています。ひとつひとつの作品に近づいて鑑賞するよりも、むしろ作品から離れて、例えば展示室の中央に置かれたベンチに座って見回すというのがこの展覧会ならではの贅沢な鑑賞方法のように思いました。


国立新美術館を訪れたときは、その近くにある「Shonandai MY Gallry」にも訪れるようにしているのですが、さすがにこの日の雨の激しさは半端ではなく、やむなく挫折。
# by paginademaiko | 2009-10-26 12:17 | アート

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