西洋趣味日和
インターンズ、今年2度目の集合。今回は東京在住メンバーのうち3名で。
場所は上野。国立西洋美術館のインターンとしてロダンのお膝元で邂逅した私たちにとっては庭みたいなものです。

この日の目的は東京都美術館で開催中の「ボルゲーゼ美術館展」への訪問。



今回はさらに強力なゲストとして、メンバーの大学の先輩で、イタリアルネサンスがご専門の女史もご参加。紅茶で染めた貝殻をあしらった指輪が素敵なお嬢様風のお方です。
これは充実した集いになりそう、いざルネッサーンス!



ボルゲーゼ美術館のコレクションはイタリアの貴族であるボルゲーゼ家出身であるシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿のコレクションを基に形成されており、ボルゲーゼ家の夏の離宮がそのまま美術館の建物となっています。今回の展覧会は15世紀から17世紀のイタリア絵画を中心に構成されており、その目玉作品としてカラヴァッジョとラファエロの作品が広報用画像として大きく取り上げられていますが、おそらくこの美術館の収蔵作品で最も有名な(かつ、自分が見てみたい)のはベルニーニの彫刻「アポロとダフネ」あたりでしょう。

会場を入ったところには少し広めの空間が設けられており、壁面全体に美術館の写真が展示されていました。白い外観のたてものはいかにも夏向けの建物といった雰囲気、風景に添えられたレモンの木ががなんとも可愛らしい。

「序章」における最初の平面作品は「パウルス5世(カミッロ・ボルゲーゼ)の肖像」。最初は油彩かと思っていたのですが実際はモザイクと知り驚きました。こちらの立つ位置によって様々に反射の様子を変える、たいへん美しい作品です。このほかボルゲーゼの建物を様々な角度からとらえたエングレーヴィングもあり、当時の建物周辺の様子を想像しながら先へと進みました。

第1章では15世紀ルネサンスの作品が展示されていました。
ここでの主役はやはりラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」。優美な女性像の表現で知られるラファエロですが、実際にこの絵に対面してみるとこの金髪碧眼美女はニコリともせずむしろ不機嫌そうな表情。この作品は画家が23歳頃に描いた作品だそうですが、ゲストの先生によるとラファエロの若い頃の作品は表情がきつめものが比較的多いとのこと。
作品と対面する壁にはこの絵の来歴に関する解説がありました。なんとこの作品は長い間一部が塗りつぶされていてそこには車輪が描かれていたことから、車裂きの刑にあった聖カタリナとされていたとのこと(カタリナはキリストと「神秘の結婚」をしたということで知られる聖人であり、国立西洋美術館にはヴェロネーゼによる「聖カタリナの神秘の結婚」という作品がコレクション展示室に展示されています)。
この作品を洗浄した結果、下の層にあらわれたのは一角獣(当初は犬であったという説も)。西洋美術において一角獣は貞操を寓意するものです。当初のアトリビュートの復活によりこの気高そうな女性が守ろうとするものが信仰から再び貞操に戻ったことになります。

このほか大きな存在感を示していたのがボッティチェリとその弟子達による「聖母子、洗礼者聖ヨハネと天使」です。これは華やかな色彩で覆われた大型のトンド。画面中央に聖母子、その左下にひざまずくヨハネ、そして聖母子の背後左右にそれぞれ3人ずつ天使が配されている作品です。6名の天使たちの顔を見ていると、どうやら天使の描き手は少なくとも2名以上いるように思えます。頭の形がいがんでいたり、プロポーションが不自然なのが若干気になりますが、トンドの中に大人数を詰め込んだためかもしれません。
一方、この作品では細部表現にいくつも見所があり、とりわけ衣に配された金糸刺繍の表現が大変美しかったです。載金尽くしの名品、神護寺の「赤釈迦」を隣に並べて見てみたいと思いました。


この章に「特別出品」として展示されていたのがアルキータ・リッチによる「支倉常長像」。慶長遣欧使節として南米経由でヨーロッパを訪れた常長は1615年にボルゲーゼ邸を訪れているのです。この作品では、画面左寄りに白を基調とした装束を身につけた支倉常長が描かれ、その右側には下半分に黒い犬-これは忠節の象徴でしょう、そして上半分には窓が描かれています。窓外には大砲を撃つ船、その上空には十字架を持った人物を中心とした群像と鳥、光が描かれており、これは聖三位一体を表現しているように見えます。忠誠心と信仰心に拠って多難な航海を経てやってきたサムライの絵、というわけですね。

ここで階段を上がりまして、展示は第2章に入ります。今度は16世紀のイタリア絵画が展示されています。

シピオーネ・プルツォーネの「聖ヨハネと聖アンナのいる聖家族」は、質感の表現が素晴らしい作品。マリアが被るヴェール、幼児形で表現されたヨハネの着る毛皮、人物の毛髪の表現などが、どれも触れてみたくなるような極上さです。

この章では裸婦を描いた作品も多く展示されていました。そのなかで対照的だったのはジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ジョーヴァネに帰属した画家による「眠るヴィーナス」と、ブレシャニーノの「ヴィーナスとふたりのキューピッド」。前者は横中の画面全体に野外で眠る裸婦を描いた作品ですが、顔は美しく表現されていながらも豊満な肉体に比して不自然なほどに小さく(10頭身くらいか)、この作品ではその首から下の部分が主役となっていることが感じられます。一方後者は縦長の画面のなかに裸婦が立っている状態で描かれていますが、顔の部分がくっきりと描かれているのに対して胸の辺りより下の部分がややピントがぼけている状態です。こちらのヴィーナスは美人であるだけではなくどこか勝気な表情、この作品は前者とは対照的に「身体よりも顔」が主役である作品といえます。

さらにもう1階分階段を上りますと今度は17世紀の作品による第3章が始まります。
この展覧会では人物表現が中心となっていえる作品が大多数を占めているのですが、こちらには蔬菜類を主人公とした、非常に興味深い作品-カラヴァッジョの追随者とされる作者による「二匹の蜥蜴がいる静物」がありました。横長の画面には、卓上に野菜や果物が微妙な間隔を置きながら散りばめられ、その中に向かい合うトカゲが描かれているという内容ですが、幅180㎝以上の横長の画面の中に数十種類のアイテムがゴロゴロと置かれている様子は静物画というよりも風景画や歴史画を思わせる雰囲気があるのです。野菜を使って何らかの情景を表現しているのでは…と伊藤若冲の「果蔬涅槃図」思い出し、この情景から連想される主題を想像してみたり、あるいは画面右上、セロリの束が「ハの字」方に配置されその下にも野菜が置かれている部分からはセザンヌの静物画「宴の準備」を連想したことから構図研究のための試みではないかと考えてみましたが(この作品は08年横浜美術館の「セザンヌ主義」では「人物画」に分類されていました)結局謎は解けず。

この展覧会ではダヴィデとゴリアテを主題とした作品が、それぞれ第2章と第3章に展示されていました。第2章の出品作はドッソ・ドッシのフォロワーとされる人物によるものですが「ダヴィデの顔がおっさん過ぎる!」と一同ツッコミ。一方第3章のバッティステッロの作品では「ゴリアテの顔がいくらなんでもでかすぎる!」とツッコミ。わがままな鑑賞者たちです。後者については見得を切っているようなダヴィデの少し大げさな表情がいかにもバロック的でした。

会場終盤では幸運なことに私の好きなスペイン出身の画家、フセペ・デ・リベーラの作品に出会うことも出来ました。この画家の作品からは「容赦ないリアリズム」というものを感じるのですが、この展覧会に出品されていた「物乞い」も息を呑むような凄みがありました。暗い背景を背にして表現された、老いた男の上半身。深く刻まれた顔の皺、日に焼けた鼻と頬、汚れた衣服。その表情に卑屈さは感じられず、相手がどのような行動を起こすかを見守る仙人のようです。

作品によってはカラヴァッジェスキとして位置づけられることもあるリベーラですが、陰影の強さはたしかにカラヴァッジョからの学びが感じられるものの、一方でバロック美術の特徴である「身振りの大きさ」は最小限に抑えられ、それによって見る者の視線をその皮膚にまで引き寄せるような不思議な魅力があります。

今回は女子4名ということでショップも楽しく鑑賞(?)。ラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」の中で描かれているペンダントが再現され限定販売ということで一瞬盛り上がりましたがそのお値段と実際のつくりをみて、通過。

2時間休憩なしでタブローを見続けたのでさすがにおなかが減りました。そこで、この界隈に詳しい元東博職員の推薦で、根津方面に5分ほど歩いたところにある隠れ家的ティーハウス、「peco」へ。



こちら、外観は和風民家ですが中は西洋アンティークで飾り付けられたカントリー調です。スコーンには兎の焼印、ティーポットのカバーは手編みのようです…なんて女の子的世界!最近は人と会うときは専らアルコールばかりなのでこのような清楚な雰囲気でのティータイムは新鮮でございました。



# by paginademaiko | 2010-02-01 14:56 | アート


ルカノーズ
三杉レンジさんが主宰する絵画教室「ルカノーズ」で授業をしてきました。



スタジオは目黒・不動前、商店街の中の酒屋さんの3階にあります。



授業では、まず前半を使って日本美術の流れを簡単におさらいしてから、後半は異時同図法や金雲の用法などを例に日本美術特有の時間表現を紹介したり、「見立て」表現やメディアとしての「ひいながた」等を紹介しました。



3時間という長い時間でしたが、みなさん熱心にメモをとっておられ、またたくさん質問も頂けました。ありがとうございました。
# by paginademaiko | 2010-02-01 14:38 | アート


ここに来ていました
2009年夏の東京国立近代美術館で開催された「ゴーギャン展」に合わせ、東京駅と美術館の間を運行していた「ゴーギャンバス」。黄色い車体に、展覧会のロゴや「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」のイメージが貼り付けられていましたね。

当時、私も乗りました

その「ゴーギャンバス」のその後の姿を目撃しました。
黄色い車体はそのままに、しかし無地の状態となって足立区内で活躍しているようです。


# by paginademaiko | 2010-02-01 14:34


強盗
松涛美術館で「村山槐多 ガランスの悦楽」を見てきました。

大正時代を駆け抜けた画家、村山槐多(1896-1919)の展覧会。
早熟、デカダン、ガランスと言った言葉とともに紹介されるこの青年の作品は、これまで東京国立近代美術館や長野の槐多庵で見たことがありますが、このようにまとまった数を見るのは初めてです。



展示は地下1階から始まり、続いて地上2階へと至ります。

激しさとともに耽美さが存在するのが、デカダン。
少年に宛てて書かれたラブレターが展示されていました。紙の色はピンクです。熱烈な言葉が綴られています。実際にはほとんど言葉を交わすことが無かった彼のことを一方的に「ジョコンダ」(「モナ・リザ」のイタリア語タイトルから?)と呼んでいるあたりはかなり自己満足的なものを感じますが。

そして、ラブレターとともに展示されていたのは、その少年の似顔絵。プロフィールで描かれた物憂げな少年像を見ていると、槐多少年がこの絵の前で取っていた行為はひとつしか思い浮かびません。そしてその想像はそのまま、数年後に制作された油彩「尿する裸僧」のイメージへとつながっていく。あれは尿ではないのかもしれない。

槐多は文学青年でもありました。投稿するだけではなく、自分で雑誌も作っていました。
10代半ばで作ったその雑誌の名は「強盗」。凄い名前です。

恋愛に関する心理状態を考えるとき「泥棒」という言葉が思い浮かぶことがあります。動詞にすれば「盗む」「奪う」。ルパン3世「カリオストロの城」で最後に銭形警部がヒロインに向かって語る言葉は有名です…「ルパンはとんでもないものを盗んでしまいました。それはあなたの心です。」あるいは「東京事変」の「修羅場」にも記憶を奪われることを畏れるような詞が出てきますがむしろそこには逆説的に「記憶の略奪上等!」みたいな気配があるように思います(少なくとも自分はそう感じました)。

それは恋愛に限ったことではないのですが…しかし槐多は何を「強盗」したかったのでしょうか。

同年に書かれた「肖像(男)」は顔の部分を消しつぶした跡がありました。その激しさに、佐伯祐三の自画像を思い出した人も多いのではないでしょうか。


二人の少年を描いた油彩「二少年図」は江戸川乱歩の旧蔵。乱歩が同性愛者であったことを思うとその一枚の絵からはさらに物語が広がってゆきそうです。

油彩では「カンナと少女」の周りに人垣が出来ていました。
エンブレムのように記されたサインが社会的に居場所を獲得しつつあるという自信をこの作家が感じていたことを表現しているように思いました。

デッサンのなかで印象に残ったのは「信州風景(大屋駅)」。まるで電車のなかから走り描きしたような線づかいなのですが、良く見ると画中に列車が描かれていますから、そうではないようです。では槐多自身がその足で走りながら描いたのか?…そんなことはないと思いつつも、それはその人生を「駆け抜けた」と表現される槐多にふさわしい眺めのように思えました。汽車をも追い抜かすほどのスピードで。

2階展示室は素描類を中心とした構成となっており、男性器がデッサンやメモのなかに時おり登場していました。今年に入ってから見た展覧会-まだ1ヶ月しかたっていませんが-では、なぜかこの部分を表現した作品を目にすることが多い。「レベッカ・ホルン」(東京都現代美術館)、「日常/場違い」(神奈川県民ホール)、そしてこの展覧会(ただし槐多の場合は挿入の対象まで表現されていないけれど)。

時代が「勃起」を求めているということなのでしょうか。

この日はその後、シンポジウム「ものの組み合わせには何かルールがありますか。」が行われている「YUKA CONTEMPORARY」に移動しました。既知の作家さんが何名か参加していることで初めて訪問したのですが、こちらはオープン4ヶ月という新しいスペースとのこと。椿山荘から神田川を挟んだところにあるとてもよい場所。椿山荘の美しい庭園と併せて訪れるのによさそうです。


# by paginademaiko | 2010-02-01 14:24 | アート


ベルリンのふんどし野郎
先日、仕事帰りに神奈川県民ホールで「日常/場違い」を見てきました。



開館35周年を記念した、現代美術作家6名によるグループ展。

木村太陽さんの展示は、紙やダンボール、マネキンを使った作品など。
「Sleepwalkers/Positivity」は、カーテン短めの試着スペースのなかに下半身裸の少女のマネキン(実際には足の部分だけしかない)が身を寄せあっている作品。林立する生足は膝や足元まで白いパンツが下ろされています。なかには隣の人とパンツをシェアしているものも…二人三脚みたいです。一方、ダンボール製の迷路のような「巣穴」では這うようにして中を進んでみるとなかでレコードにまつわる映像作品が3か所ありました。紐で硬く結ばれたタコが再生中のレコードの上で回転する様は絵的には面白いのですが、ちょっと自己満足的。木村さんの作品には微量のユーモアが内在していることは明らかなのですが、笑いのツボにはまりそうで結局はまらないような、ちょっとサディスティックなところがあります。

続くスペースに作品を展示していた佐藤恵子さんは経歴がとてもユニーク。出品リストのバイオグラフィーによれば、助産婦として10年あまり働いたのち、イギリスとオランダの大学で美術を専攻して現在オランダ在住となっています。その作品は、いずれも床面に素材を広げるスタイルのものが3点-「砂とガラスの破片」「土と切り株」そして「割れた食器」…ですが、残念なことに印象はどれもいまひとつ。切り株の作品に関して言えば金属部品や電池などを菌類のように配置している点が表現としては面白かったのですが、照明がフラットすぎて全体的に急ごしらえ的な質感が露呈してしまっているのが気になりました。また、食器の作品についてはリノリウムの床でやるには少し無理があったように思います。

一方、この展覧会でもっとも気持ちよい衝撃を与えてくれたのは久保田弘成さんの作品「Berlin Hitoritabi」。体操競技用の鉄棒のような巨大な構造物の鉄棒部分に旧東ドイツの大衆車トラバントが串刺しになっており、それがぐるぐると回転するという作品です。この「装置」そのものは屋外に展示されていましたが、展示室内にはベルリンでそのパフォーマンスを行ったときの映像が上映されていて、とにかくこれが最高にかっこよかった。ふんどし姿の作家が操作盤を動かしますと車が回転し、同時に大音量で流される「無錫旅情」と「望郷じょんから節」にあわせて早くなったり、ゆっくりとなったり、あるいは後ろ向きになったりするのです。その力強さに添えられた叙情性が素晴らしい。演歌はもっと現代美術に取り入れられていい!という思いを強くいたしました。ちなみにわたくしは火曜日の8時台は大抵HNK総合を視聴しております。



なおこの展示室には「性神式」という作品もありました。ピンクの自動洗車機に電信柱が突入するという構成。電信柱の手前側には木の根がモジャモジャと絡みついています(台風の後の橋げたを思い出しました)。これはおそらくタイトルからしておそらく性的な行為を表現しているものと思われますが…それにしてもすごい迫力です。先日レベッカ・ホルンの展覧会で男性器を模した作品を目にしたときはそれを正面から見るのにすこし憚れるような気がしたものですが、久保田さんの作品くらい豪快になると自分もそれにつかまって一緒に洗車機の中にはいりこんでやろうかというくらいの気持ちになります。展覧会公式ホームページによると久保田氏は若干20代半ばにして「世界男根彫刻大会第3位」という経歴の持ち主とか。

藤堂良門さんの作品は、石の間に分厚いガラス板を挟みこんだ作品。石の採集地を見てみるとノルマンディ、ゲルニカ、アウシュビッツなど…歴史的な出来事の地ばかりであることに気づきます。石の塊というのはしばしば沈黙の象徴として捉えられるものですが、この作品ではそこにガラスを挟むことで内部に光をあたえ、それによってその石自身が内包する記憶に鑑賞者の意識を向けさせているように思いました。

とろける林檎の作品「truth.2005」の印象が強い雨宮庸介さんは、今回「わたしたち」というタイトルのインスタレーションで参加していました。壁面に設けられた細く小さい扉を開けるとそこはロッカールームを見立てた空間。扉を閉めようとするとそれはロッカーの扉を模したもので自分がロッカーのなかから出てきたような演出になっています。薄暗い空間のなかではロッカールームを舞台とした不思議な寸劇が投影さていましたが、閉館時間が迫っていたためほどんと見ることができませんでした。

泉太郎さんは大きめのアサンブラージュが並ぶ「さわれない山びこのながめ」のほか、映像やプロジェクションを用いた作品を多数展示。映像作品で面白かったのは、背もたれなしの3人掛けベンチの脚の先にマジックペンを取り付けて、そのベンチを男3人がかりでかかえて動かすことによってドローイングするという作品。

泉さんの作品のうち、展覧会の出口付近に登場した比較的大きなプロジェクション作品は、他の美術館の展覧会ポスターが貼られた壁面の一部をスクリーンとしていました。他館の、しかも開催中の展覧会のうえに投影してしまうなんてちょっと強引じゃないの…と思いつつ、よく見ると画像の奥にはポスターの図柄は見えず。どのような技術を使っているのかな、と思っているうちに閉館時間となり鑑賞者の存在お構いないしに会場に照明が点き、画像の投影が打ち切られてしまいました。が、そのおかげでそのスクリーンの実態が明らかに。そこでは、実際に映像が投影される部分にあわせてポスターが裁断され、代わりに白無地の紙があてがわれているようでした。自分が広報を担当している展覧会のポスターだったらちょっと悲しい。せめて会期終了後にしてあげて、とおもいつつもそしたら作品の緊張感はとたんにユルくなってしまうでしょう。許してあげることにしましょう。

帰りみちは、中華街をぬけて石川町駅まで。
東京に戻るにあたり根岸・京浜東北線に乗るためです。



その週末の24日に根岸・京浜東北線から209系が引退するということで記念ヘッドマークをつけた車両が運行されており、見られたらいいなと思って気にしていたのです。しかし、この日も見られず。



なお、24日は事前に運行情報を仕入れてから仕事帰りに新橋駅のホームで待ってみたのですが、やってきたのは新型。その後1時間くらいホームで待ってみたのですが、結局見られませんでした。20代の前半に好きになった人が京浜東北線沿線で働いていて、度々お世話になりました。ありがとう、そしてさよなら水色の209系。
# by paginademaiko | 2010-02-01 14:13 | アート


エニグマ
松戸市立博物館で「躍動する魂のきらめき 日本の表現主義」を見たあと、再び常磐線に乗り水戸芸術館に向かいました。
目的は「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」です。

建物に近づくと、敷地内の芝生広場に黄色いテントを発見。
この展覧会の関連企画として遠藤一郎氏が行っているパフォーマンス「愛と平和と未来のために」のベースキャンプのようです。


遠藤氏はこの展覧会の会期中、パフォーマンスとしてほとんど毎日この敷地内で終日ほふく前身をしているのです。折りしもこの日は一般の来場者を巻き込んだワークショップを開催中のようで、野外ステージの上に数名の人々がほふく前身をしている様子が見えました。この寒い中、石の上を這いつくばるなんて、どんな奇特な客なのでしょう!?と近づいてみると見覚えのある顔…アーティストの浅見俊哉氏ではないですか。
しっかり記録させていただきました。



寒いのでさっさと建物の中に入ります。

ボイス作品との出会いはたしか1993年頃、自分が13、4歳くらいだったと記憶しています。場所は軽井沢のセゾン美術館。そこで上映されていたナム・ジュン・パイクとのパフォーマンスの記録映像“コヨーテ”でその名前を知りました。当時の率直な感想は「動物が乗り移ったように変な動きと声を繰り返すおじさん」。当時自分はまだ子どもだったので彼がドイツ人で名前の綴りがBEUYSということも知らず「声を使うからボイスという芸名を使っているのかな」くらいに、しかしその映像はかなり強く記憶に残ることになりました。

水戸芸術館で開催されている展覧会「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」は、1984年にボイスが来日した時の記録を足がかりとしてボイスについて再考するというものです。日曜日ということもあり、会場はいつもよりも混んでいるように思えました。来場者は40代以上が多いのかなと想像していましたが、実際には学生~30代といった、ボイスの来日の様子をリアルタイムで経験していないと思われるような世代が多いような気が。





展示の前半は日本の美術館や個人が所有するボイス作品と来日時の記録、後半は来日時に関わった日本人のインタビュー映像を中心に構成されていました。
特に映像資料の人気が高いようでした。この会場を通じて人々が強く関心の対象としていたのは、この作家による作品ではなくてその人物そのもの。これはこの展覧会のもっとも大きな特徴といってもよいかもしれません。

ボイスは2度来日をキャンセルしたあと、84年の夏に西武美術館での展覧会を契機として日本にやってきました。その8日間の行程のなかで実施されたのが、東京藝術大学における学生との対話集会。水戸芸術館の会場ではその時の様子がプロジェクターで上映され、画面の中をを埋め尽くす聴衆の人影はそのまま展示室を埋める鑑賞者へと続き、壁沿いに立ち見している私にまで当時の熱気までもが伝わってくるようでした。映像の中で聴衆にひとり対峙するボイスのかたわらには赤いバラが一本。質問する学生は、顔がこわばるほどに緊張している者、あるいはまるで攻撃するかのように早口で言葉を発する者など、静と動の差はあれど誰もが異様な興奮状態にあることが伝わってきます。

ここで作家に対してぶつけられた質問のいくつかには、ある共通点がありました。それは「(社会の変革をめざし、政治や環境問題に関する活動をしているあなたが、大企業である)西武の招聘に応じて来日したのはなぜか」という疑問に由来するもの。これに対してボイスは、「自分与えら得た仕事にこつこつと携わることもまた尊敬に値する行為である」といったような内容のコメントを大きなジェスチャーをともないながら述べるのですが、それに納得しないのかあるいはその言葉の意味が理解できないのか同様の質問をする学芸が引き続きあらわれる、といった状況が続きます。学生たちとボイスの対話がいまいちかみ合っていないことは瞭然でした。ボイスは発言の端々で「芸術大学の学生は甘いやつらばかりだ」みたいなことを言うのですが、そこには「社会を変革し」「未来を考える人として」、彼らを何とかしたいがその気持ちをうまく伝えられないもどかしさ、みたいな気持ちがあるように感じました。

この映像のなかでボイスの言葉と同じくらい印象に残ったのは質問する学生の様子。ボイスに興味を持っているから会場に集まっているのは事実だとおもうのですが、その来日のの理由や作品について懐疑的な質問を投げかける者の多いこと。考え方によっては「この企業が招聘してくれたおかげでこの作家をこの目で見ることができ、しかも直接質問ができる、ラッキー!」という考えも出来なくないように思うのですが…(おそらく私ならこれに近い考えを持つでしょう)。「血気盛ん」で「理論武装好き」であるという、すこし前の時代の学生像がそこには感じられました。また当時の若者の間では、「熱狂」ということが今よりもずっと「恥ずかしくないもの」としてあったように思います。

一方、作品に関しては、正直なところ今回の展覧会では思っていたほど心魅かれなかったというのが事実です(「カプリ・バッテリー」は好きです)。一方、来日当時この作家に関わった人々のインタビューの映像には引き込まれるものがありました、それはまるで語り手が霊媒師としてヨーゼフ・ボイスという人物の姿を眼前に出現させるような面白さがありました。

ボイスの作品や活動についてはルドルフ・シュタイナーの思想を良く知らないと理解できない、というような言われ方もしばしばされますが、「社会彫刻」や環境保護についての考えというのは21世紀に入り「特殊さ」というものを減じながら-言い換えれば「普遍さ」というものを増しながら-再び私たちの眼前にたちあらわれてきているように思います。

実際のところ、この作家の評価についてはその来日当時、様々なものがあったことも事実でした。しかし今現在もこの人物に興味を寄せる人々が後を絶たないのは、彼が「行い」の人であったことと同時に「謎めき」の人であったことに大きく拠ると思います。そして、本人が望んでいたことかどうかは分かりませんが、彼が「熱狂」というものを引き寄せる性質の人間であったことも確かなようであったようです。「謎めき」をまとうことは、20世紀に生きたカリスマ的と称されるアーティスト像の形成には不可欠の要素であり(場合によっては戦略的にこれを演出する場合も)、そして同時に「熱狂」が加わればそこに「伝説」が出現するのは当然のこと。ボイスはまさしくそのようなタイプのアーティストだったのでしょう。

ボイスが生み出した(あるいはボイス周辺において発生した)多くの謎や伝説を、人々はその死後20年以上が経った現在になってはようやくそれを少し冷静に読み解くことができるようになってきたようです。それは社会そのものが変容していることを示しているということができるのですが、逆にいうと50年後や100年後にそれがどのように受け止められているかは、想像することが少し難しいように思います。

そして今現在の私はというと、この作家について思うことがあまりにも整理できないことを情けなく感じるばかりです…。
# by paginademaiko | 2010-01-31 21:19 | アート


嵐と太陽
1月17日。
この冬最後の18きっぷの日。常磐線に乗り、松戸と水戸に向かいました。

松戸で訪れたのは、松戸市立博物館の「躍動する魂のきらめき 日本の表現主義」。
この展覧会は夏に兵庫県立美術館でも見ており、その時にはとにかくその作品数の多さに驚愕したものです(カタログの厚さも!)。松戸の展示室面積はおそらく兵庫の1~2割程度しかないように思われますが、そこに、どのようにあの展覧会を詰め込むのか!?という興味とともに訪問しました。
この日は水戸芸術館とセットということで博物館での滞在時間は1時間(無謀です)。

カタログによるとこの展覧会は以下のように章立てされています。
序章:予兆
第1章:表現Ⅰ-生命主義
第2章:表現Ⅱ-影響と呼応
第3章:表現Ⅲ-生活と造形
エピローグ



チケットもぎりの手前から展示は始まっていました。
朱色のテーブルセットがゲストを迎えます。続いて、兵庫県美では会場中盤で登場していた映像および音声の資料もこちらに。見たい聴きたい…が時間が限られている為とりあえず先へ進みます。

展示室に入ってみるとそこはまるで迷路のように細長いスペースが待ち構えていました。
入り口をふさぐようにして「ごあいさつ」パネルを一読し、まず向かって右側の作品を見始めます。

黒田清輝による「大磯鴫立庵」は、描かれているもののすべてが赤い輪郭線で囲まれている作品。制作は1896年。「外光表現を日本に持ち帰ってきた黒田清輝が、白馬会結成の年にこんな表現主義的な作品を描いていたんですよ!」とステートメントしているよう。

(風景画の中に赤い輪郭線を与えるという表現は、熊谷守一が平面的な様式を確立させる前の段階にも現れていますし、あるいは先日松涛美術館で見た村山槐多の作品にもそのような表現が見られました。このような「赤い線」については興味を感じるとこころです)

晩年の荒々しい筆致の作品「嵐」についても表現主義的な激しさが指摘されているようですが、私の見方ではそれは「野分けのなかの秋草」、つまり実際に風が吹いていたからこのような表現になったというような気がします。たしかに晩年の黒田の作品は筆致がどんどん荒々しいものになっていくのですが、それを表現主義の文脈の中でとらえることができるかどうかは、個人的にはちょっと分かりませんし、風に乱れる草というのは非常に日本的なモチーフという気がしますから。ですが、当時の美術界において「嵐」という言葉が多かれ少なかれ1910年にベルリンで創刊されたドイツ表現主義ゆかりの雑誌「Der Sturmデア・シュトゥルム」(日本語で「嵐」という意味)を連想させるものとして通っていたことも実際あったでしょうから、この作品タイトルを見るかぎり表現主義との関係を否定することは出来ません…不勉強のため推測の域を出ませんが。

この展覧会は、絵画や彫刻だけではなく、デザインや建築、音楽、演劇に至るまで領域が幅広いこともあり、とにかく点数が膨大。手元のカタログによるとこの展覧会のために集められた作品・資料は計509点。松戸会場でも出品リストをざっと見たところ350点程が展示されるようです。

「序章」の終盤で現れたのは後藤慶二による本の装丁。三木露風『生と恋』の表紙は尖頭型のアーチの下に彼岸花のような植物が堂々と表現されている作品。一本の太い茎の先から赤い花びらが飛び出している様子に、ファウンテンという言葉を想起しました。
後藤の装丁では、このほかにも表紙に「屹立するもの」…例えば威圧的な建造物、煙突、そして噴水といったものがその中央に据えられているものが目立ちました。第1章のテーマ、「生命主義」への扉のような位置づけでしょうか。

第1章ではまず川上涼花「鉄路」、山脇信徳「樹」、岸田劉生「自画像」など、白昼夢のような、どこか熱を帯びたような風景画や人物画が登場します。あまり「引き」をとりすぎると後頭部が背後の作品にぶつかりそうになりますので、作品の表面を目でなぞるようにしてソロリソロリと壁に沿って進みます。牧野虎雄の「庭の少女」は椅子で憩う少女が描かれた作品、人物のまわりでは草花が人の丈よりも高く繁茂しています。どんな植物が描かれているのかと見てみますがいずれもその実態をとらえにくいものばかり。例えば画面右寄りには朝顔のようなかたちの花が描かれていますが、その色は実際の朝顔ではあまり見たことがないような、オレンジ色に近い朱色。現実と空想の間にあるような植物というのはルドンやエルンストの絵画にもよく登場しますがやはり少し怖さを覚えます。

村山槐多の作品も何点が出品されていました。「房州風景」はほの明るい地平がむこうに見えるという槐多にしては静的な絵ですが、その地平をそめる光に、当時の画家たちの多くが抱いた「南方への憧憬」を見出すことができます。一方「裸婦」は画面いっぱいに骨太そうな女性のヌードを描いた作品。画面右上に大きく描かれた「槐」の一文字が「塊」に見えてしまいそうな量感です。

関根正二の「子供」は神々しさに満ちた作品。画面中央に朱色の衣を着た少年が描かれ、そのまわりは忘れな草色に塗られています。質感や色の感じはイコンを思わせますが、てのひらを上にして腹前で重ねられている手は定印を結んでいるように見え、衣の色とあわせて仏教の聖職者のような気配を感じさせます。この画家はこの作品の描いたその年のうちに20歳で世を去るのですが、このような作品を見ると、神がこの青年を手元においておきたいという気持ちから天上に呼び寄せてしまったのではないかと思ってしまいます。

このほか、日本画では秦テルヲ「血の池」、広島新太郎「玉乗り」などちょっと情念めいた作品も展示されています。その後も版画、写真、装丁、工芸などがとにかくギッシリと続きます。

「影響と呼応」と題された第2章では、20世紀以降の西洋の美術運動、例えば未来派や抽象絵画、ドイツ表現主義などに強い影響を受けた作品が展示されていました。ここに出品されていた東郷青児の「あしたのジョー」みたいな自画像は見るたびに衝撃を受けます、この人がのちに過剰に甘美な作品を描くことになることを思うと尚更。
この章では雑誌「Der Sturm」も展示されていました。

とにかく点数がすごい。丁寧に順路を記したサインがあったものの、会場構成も複雑で、目がぐるぐるしてしまいそうでした。予想していたことではありますが、第2章の半ばでで時間切れ。残る第3章「生活と造形」は工芸関係の資料が展示されていましたがほとんど見ることができませんでした。

なおこの展覧会はカタログによると第3章の次に「エピローグ」が用意されていますが、松戸の出品リストによるとこの章に関する資料は展示されていなかった模様。

カタログの「エピローグ」の頁に掲載されている作品は2点。淵上白陽の「題不詳(太陽)」と藤牧義夫の「赤陽」です(いずれも「参考図版」と付されていますから実際にはどの会場でも展示されていないのかもしれません)。

時代が戦争へと向う1930年代において、表現主義的な活動が次第に排除・圧殺されていくなかで生み出されたこれらの作品に対して、カタログの扉解説では次のような言葉を与えています。「そのまさに消えんとする表現主義の輝きを二人の作家の作品に象徴させてみた。奇しくも彼らは光源を直視し、表現主義にとっての根源的指標であった光やきらめきへの没入と憧れを思いのたけ表現している」。

淵上と藤牧による作品はそれぞれ写真と版画で太陽を表現したものです。しかしその光はくぐもった光をまとっていて、どこか弱々しい。特に、藤牧の作品については画面右上に表現された太陽を避けるように、画面の主役である大通りは画面左上へと延びており、太陽と社会・人間との微妙な関係を表現しているようです。ここで比較すべき作品として挙げたいのが第1章で登場した川上涼花の「鉄路」。画面の上辺中央には黄色い巨大な太陽が描かれそこをめがけて太く力強く線路が伸びるという内容の作品です。道路・鉄路を文明の象徴と考えてみると、それらと太陽がどのような関係で表現されているのかをこの2つの作品を通じて比較すると非常に興味深いものがあります。

太陽といえば川上の「鉄路」をさかのぼること2年、1910年には高村光太郎が「緑色の太陽」を著しています。今年は「嵐」と「太陽」から100年にあたる年なのですね。
# by paginademaiko | 2010-01-27 11:38 | アート


睦び月、鎌倉
明日が最終日となる、神奈川県立近代美術館 鎌倉「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」に私的訪問しました。

かねてよりこの展覧会を一緒に見てみたかった方へのお誘いがやっと叶ったかたちで。



この展覧会はその会期中、様々な方と語り合いながら見る機会がありましたが、そのたびに新しい発見や考え方に出会うことが出来ました。
作品についてはもちろん、一緒に見る人についても。

是非、大切な人と見ていただきたい展覧会です。

その後、八幡宮のぼたん園と鏑木清方記念美術館も訪問。



鎌倉駅に戻る途中、今小路踏切では国鉄カラーの特急車両に出会えました。


# by paginademaiko | 2010-01-23 21:40 | アート


インターンズの集い 縄文とネパール料理編
国立西洋美術館インターン(2003年度)の同期生で、新年の集いを催行しました。
第1部は東京国立博物館「土偶展」の鑑賞、そして第2部はネパール料理「クンビラ」です。



今回用意していただいたVIPルームは、天蓋付きの、貴族のダイニングのようなお部屋。
民族衣装姿のネイティヴのボーイさんがサービスしてくれました。



このメンバーが集まれば現代アートからバカトークまでテンション炸裂です!
(筆者後列左端)




なお、この日お呼びしたゲスト氏からは、「Sex and the Cityみたい」というお言葉を頂戴いたしました。
ほめ言葉かどうかは微妙ですが。
# by paginademaiko | 2010-01-18 18:08 | 日常または放浪


雪景かな、雪景かな
金沢21世紀美術館で「オラファー・エリアソン」を見た翌日は、18きっぷを使い、高山線経由で東京まで戻りました。

富山の朝は、激しい雪。
駅前の交差点ではブリキのおもちゃのようなかわいいデザインの路面電車に遭遇しました。



駅では、前日到着時から目をつけておりました「立山そば」へ(好きなのです、駅の麺どころ)。かけそばに添えられたかまぼこには「立山」のロゴ入り。

ところで、平日の朝ということもあるかもしれませんがホテルのロビーでも、立ち食いそば屋でも、スーツ姿のおじさま方からの視線をチラチラと感じました。
女ひとり旅が珍しいのでしょうか?
そういえば、おとなりの県になりますが「能登半島は失恋した女性が行くところ」というのを聞いたことがあります。


高山線は基点の富山と岐阜を一本でむすぶ普通電車がないので、富山側から向かうと2ヶ所-「猪谷」と「美濃太田」での乗換えが必要になります。
本数自体も少なく、特に猪谷~美濃太田間は1日3本しかありません。

富山から猪谷までほぼ定刻どおりに運行。
今日は18きっぷだけで東京まで戻れるかも…という甘い期待もつかの間、猪谷駅到着時、にわかに暗雲が。
岐阜側からやってくる予定の折り返し列車が到着してないのです。

駅の窓口は閉じられて駅員さんの姿は見えませんでしたが、作業服を着たJRのスタッフと思しき方が事情を説明。この先の雪により遅延が生じているとのこと。待合室で待つ乗客に対して運行状況をこまめに報告してくれ、そのたびに「電車が来ましたらお知らせするので寒いのでどうぞこちらで待っていてください」と声をかける様子がとても丁寧。



はげしい雪の中、駅舎を出てみました。駅前には郵便局、おみやげ店に喫茶店などがありましたが郵便局以外は営業している様子もなくひっそりとしています。


猪谷からの電車は定刻より1時間ほど遅れて出発。行き先は美濃太田で、所要時間は約4時間です。クラシックな雰囲気の青いボックスシートに、それまでの緊張感も程よく解かされ、長時間の乗車にむけてハードカバーの本を開きます。



が、1時間ほど走ったところでアナウンス。「この電車は本日に限り高山止まりとなります」。
えーっ!

次の普通電車は3時間後。
このままでは今日中に東京に戻れなくなってしまう。
ちょっと焦ってしまったわたくし、今まさに発車しようとしていた特急に他の乗客が乗り移るのを見て、つい自分も乗ってしまう。が、前日も荒天で特急に乗ったため所持金はわずか(富山でお金をおろす予定も、あまりの雪深さに実現に至らなかったのです)。一刻も早く普通電車に復帰しなければなりません!

時刻表を調べてみたところ、「下呂」から、この駅を始発とした美濃太田までの普通電車が出るよう…ということで、下呂駅で降車。
待ち時間は約1時間半。これはまさに「温泉に入っていきなさい」という啓示でしょう。

観光案内所で地図をもらい、雪の中を転んだりしながら日帰り入浴ができる施設を探しますと、駅から3分程のところに中規模な和風旅館を見つけました。建物の中に入ってみると、ロビーはひっそりとしておりフロントに人影見えず。これは無理か?と思っていると奥から50歳くらいの女性スタッフが出てきたので訊ねると、日帰り入浴OKとのこと。その温かい物腰にほっとします。



お風呂は建物の最上階にあり、雪景色が一望できる露天風呂もありました。顔に雪を受けながら素晴らしい眺望を満喫。予定にはないコンテンツだけに、旅の醍醐味に酔い痴れます。お湯は無色透明に近く、湯の中で腕を触ってみると、すべすべ。つるつる。
昼の露天風呂に入ることの良さは、ひとつは景色がよく見えるということと、もうひとつは自分の身体を自然光で見ることができるということ。すなわち現実を直視できるというわけです。

13:55発の美濃太田行きは定刻どおり出発。美濃太田を経て岐阜につく頃には積雪はほぼ消えていました。ここからは東海道線で東京まで。

当初は静岡で夕飯を食べてから19:30発の373系に乗る予定でしたが、時間的にその余裕がなくなってしまったので、名古屋駅で下車し、一本後の電車に乗るまでの15分間でホームのきしめんを食べました。エンゲル係数の低い一日です。

この日の移動時間は、待ち時間を含め15時間。
厚さ3㎝の森鴎外の評伝が、丸ごと読めました。
鴎外の小説のなかでは「雁」がいちばん好きです。次に読みたいのは「青年」です。
そのうち津和野にも行ってみましょうかね…。
# by paginademaiko | 2010-01-18 17:57 | 日常または放浪


虹の地平
金沢21世紀美術館オラファー・エリアソン あなたが出会うとき」は、開館5周年を記念した展覧会です。


オラファー・エリアソンについては、今年の夏に森美術館の「万華鏡の世界」に出品されていた作品を見て好きになりました。その投影光を使ったインスタレーションは、美しいだけではなく鑑賞者との有機的なつながりを感じさせるものです。

美術館に着いた頃には、雪はやんでいました。



入場前に、「ご入場のみなさまへ 注意とお願い」という紙片を渡されました。
そこには「作品には触れない」「強い光を使った作品は光源を直視しない」等の指示がありました。鑑賞前の注意事項もこれくらいはっきりとアナウンスしてくれると、展示室ごとに注意点を小出しにされるよりもむしろ印象は良いかもしれません。

展示会場は、結局2周しました。

企画展スペースの入り口付近に配置された作品は「スターブリック」。黒と黄色の虎カラー(?)があまりオラファーらしくない印象です。その次に現れるのは展示室をそのまま作品とした「あなたが出会うとき」。展示室中央に光源が置かれており、それに円筒状のカバーが掛けられている作品ですが、このカバーは真上から見るとCの形をしたパーツが2枚組み合わされたもので、それが回転することにより生じたスリットから、光が外部に漏れ出すという構造になっています。この光の扉が開かれた先に鑑賞者がいればその影は壁に大きく投影され、スリットの移動によりやがてそのシルエットは闇の中へと溶けていきます。
この、「光との邂逅」が「あなたが出会うとき」ということなのでしょうか?

続く展示室は「一色の部屋」と名づけられています。オレンジ色の光で充満された空間に、少々気分が悪くなりすぐに出てしまいましたが、ここは2回目に訪れたときにはすごい発見が…それは後述。

「目になった身体」はビデオインスタレーション。モニターの周囲にミラーが立体的に配され、万華鏡のような構造になっています。画面の中では2つの手が手話のような動きをしており、それが周囲に増幅して映し出される様子はまるで印相によって構成された曼荼羅のよう。

「人生は線によって営まれる」はスクリーンの向こう側に、細い金属棒によって構成された複雑な多面体やメッシュによる球、螺旋状の物体が吊り下げられており、その奥から強い光を当てられることにより、これらのシルエットがスクリーンに投影されるという作品。

余談になりますが、以前訪れたオーストリア応用美術博物館ではイスのコレクションをこのような方法で展示していました…シルエットだけを見せることによりまずはそのフォルムに注目させようと思う工夫ですね。



「グラデーション」「虹色」はこの展覧会のいたるところで現れる構成要素です。
その隣の展示室にある作品「ゆっくり動く色のある影」では光源とスクリーンの間を鑑賞者が歩くことにより、そのシルエットが様々な色で出現します。こちらもそれに応えるようにいろいろな速度で右往左往してみます。

床面にスポットライトの丸い光が投影されただけに見える「ワナビ」は、「ミスター・ビーン」のオープニングを思い出す人が3割程いそうな作品。

その後も光の照射、投影による作品が続きます。

手元の資料ではタイトルが確認できないのですが№19の作品は、光源の前を歩くと、様々な色のシルエットがスクリーンに投影されるもの。しかもそれだけではなくそのスクリーンの裏側は万華鏡のような仕掛けが施されており、投影された人影は、裏側から見るとさらに増幅して見えます。

この仕組みに気づいたところで、しかし私はひとりで来館したためこれを確認することができません。万華鏡側に立ち、スクリーンの向こう側を他のお客さんが通ってくれるのを待ってみますが、たまたま通りかかった二人組のお客さんはこの装置を眺めるだけで通過。おしい…と思たその時、ふと監視スタッフの女性がイスから立ち上がり、スクリーンの向こう側をまわって、数秒だけ影を生み出したあと、無言で元のポジションに戻りました。
はっとする私。私のために歩いてくれたようです。監視さんにお礼の言葉を述べます。
すばらしいホスピタリティ!

この作品の側には「愛が十分な壁でないとき」。
中庭に面して立てられたぶあつい壁に穴があけられ、その向こうに見える景色が万華鏡の「素材」として機能する作品。筒の断面は手前から奥に向けてサイズを減じていく多角形であり、その奥に結ばれるイメージも複雑な形となります。

この作品を見たあと、その中庭を貫くガラス張りの廊下に立っておりますと、突然アラレが降り始めました。カラカラという音をたて、建物の壁や屋根、地面にぶつかり、はねる様子は雪とはまるで異質なもの。急いで先ほどの「窓万華鏡」に引き返しますと…万華鏡のなかで白い粒々が踊っているように見えました。

はじめ小さかったアラレはやがて直径1センチ以上の雹になり、音はカラカラからガラガラへ。別の中庭にある作品「スイミング・プール」はどうなっているかな?と見に行くと、プールサイドはすっかり真っ白になっていました。



展覧会終盤では、壮大な空間を思わせる「虹の地平」と呼びたくなるような作品と出会いました。円形のプランを持つ大きな展示室に展示されているその作品は「水の彩るあなたの水平線」という名前。展示室の中央に巨大な水盤が置かれ、その中央にある光源がみなもに虹色の輪を作り出し、また、壁にも人間の身長よりもやや上方に虹色の帯が投影され部屋を一周しています。ここで思い出したのは、この夏の皆既日食の時にNHKが南方の島から中継していた映像。その島が日食の陰に入り暗闇に包まれたとき、水平線付近に360度わたり朝焼けのような光が出現したのです。
ほかにお客さんもいなかったので、床に座ってしばらくその景色を眺めました。

チラシやポスターに使われている「あなたが創りだす空気の色地図」は霧で充満した空間が赤青緑の光で染められている作品。ひとりで歩くには心細くなるような霧の濃度です。この作品は複数の鑑賞者がいたほうが、人が突然現れたり消えたりする感じがわかって面白いかもしれません。

そのあと、会場をもう一周してみました。
先ほど短時間で通過してしまった「一色の部屋」に入ってみると…二人組のお客さんが歩いていました。その二人が、なんと、モノクロなのです!自分の服や持物を見てみると…これもモノクロ。トートバッグの緑色もスキニーの赤も認識できず、すべて灰色の諧調。オレンジの光はすべてのものから色を奪っていたのです。
(思い出すだけで目がチカチカしています)
この作品も、展示室にひとりで入るとその面白さが十分に味わえない性質のものといえます。

オラファーの作品をまとめてみることが出来たのはよかったのですが、率直な感想としては、この夏森美術館で見た「投影される君の歓迎」がひきつづいちばん好きな作品に位置づけられそう。なお、この展覧会では二人以上で見たほうが、作品と戯れる喜びをより一層感じられるよう。これから見に行く方は、お誘いあわせのうえ訪問されることをおすすめいたします。
理系や医系の方とお出かけになるのもよいかもしれません。


その後、コレクション展も観覧しました。タイトルは「shift-揺らぎの場」です。

フランシス・アリスのペインティングは小さな画面ですが、神話的主題を感じさせるテーマやナイーブアートを思わせるちょっとヘタウマな描写、すこし荒れた感じのマチエルがメキシコ壁画運動ゆかりの作品を思わせるもの…とここで手元の出品リストを見てみると1959年生まれのこのアーティストはメキシコ在住とのこと、出身はアントワープだそうなのですが。

映像作品ではアン・ウィルソンのものが面白かったです。白い背景を舞台装置とし、糸やまちばりのようなものがコミカルに動くアニメーション。登場人物たちはそれぞれ無関心そうに動いたり、あるいはいさかいを起こしたりしています。「この人、糸をみているうちにそれが動き出したのを目にしてしまったんだろうなあ…」と思う。

日本人作家では、村山留里子さんと須田悦弘さんの作品がありました。
村山さんの作品は、近年ほんとうに目にする機会が多い。ビーズや造花が過剰に盛られたシリーズの支持体は、今回はコルクでした。それも木から剥ぎ取ったばかりの形を残したもの。

今回はゴッテリ装飾系の作品以外に、巨大なシートが天井から吊り下げられたのちその裾を床に横臥させる作品も展示されていました。
展示室の入り口から見るとそれはまるでデジタル処理によるモザイク模様のようでしたが、実際は極彩色の小さな布をはぎ合わせたものです。目を細めて眺めてみると、なんとなく「踊る人物」みたいなイメージが浮かんできましたが、見る人によって様々なものが出現しそうです。また、この作品は裏側から見たほうが美しいと思うひとも多いかもしれません。それは向こう側からの光をうけてまるでステンドグラスのようであり、あらわになった接合部がその作業量の過大さを表していました(同じタイミングで会場に入ってきたフレンチスピーカーも裏側から見たときの反応が大きかった気が)。
装飾過多な立体作品がバロックならこちらはゴシック。

精巧な木彫によって植物を模した須田さんの作品は、今回は雑草とバラをモチーフとしたものが展示されていました。雑草については床の隙間から生えている状況もふくめ非常に的確だと思ったのですが、バラの作品については微妙なところ。白い壁面の上寄りのほうに、パープルベージュのバラの枝が一本とりつけられ、そこから数枚の花びらが散っているという状況。壁の上部にバラの枝がくっついていることも、精気のない花の色も、花片が散っているのもどこか演出過剰気味。あるいは、すこしいやらしさを含んだこの雰囲気は、意図的なものなのでしょうか?

長期インスタレーションルームではピーター・ニューマン氏の映像作品「フリー・アット・ラスト」が上映されていました。
スカイダイビングをしながらヨガをする人物をとらえた、一見するとちょっとおバカ系なムービー。出品リストには「自身の外の世界を身体感覚で直に受ける興奮状態と自身の内面へと向かう精神的な行為であるヨガという瞑想の動作は、アプローチは異なるが、ともに、世界における人間の存在を捉えようとする姿勢が窺える」と書いてあります。その字面は理解できないことはないですが、この作品はリテラルよりもむしろフィジカルに味わうべきものかと。カメラマン自身も空を飛んでいるので、その映像は突然天地がひっくり帰ったり、あるいはダイバーが画面の中で急に小さくなったり、消えてしまったりするなど、見ているうちにこちらも緊張感と浮遊感にさらされます。ヨガができるひとはポーズをとりながらの鑑賞を是非。

最後に、ジェームズ・タレルの部屋へ。
雷鳴も聞こえたこの日、空は少し不機嫌そうな色でした。



夕食は、出発前に勤務先の大先輩からご紹介いただいた「もりもり寿司」、金沢駅前店で。
チェーン店の回転寿司ですが、内装もほどほどに垢抜けており、「1月13日…」と冠された手書きのメニューに、期待が高まります。


私はわがままな客なので、回転寿司に行っても「シャリ小希望」をいいわけに職人さんに握って頂くことが多いのですが、少し残念なのは2貫ずつ提供されるとあまり種類が食べられないということ。ただしこちらのお店では複数のネタが1貫ずつセットになった企画のお皿も豊富にあり、赤身、白身、貝などを様々に味わうことができました。


特に印象深かったのは、さざえ。脳天に響くくらいの歯ごたえとその後に来る甘みに、なんとなく栄螺形兜(東京国立博物館)の勇ましさと愛嬌を思い出しました…。
そのほか事前にリコメンド頂いていた「がすえび」もいただくことが出来ました。
豊かな漁場が近いせいか基本的には素材を生かすスタイルが中心のようですが、白身がさりげなく昆布で〆てあるあたりは、都市らしい食文化の気配が。お魚の説明など、いろいろ良くしてくださった、感じの良い職人さんにも感謝です。

宿泊地である富山へ向かうため、再び金沢駅へ。
ここではホームで「能登・北陸 撮影スポット」という貼り紙を見つけました。車両のイラストからはフキダシが出ていて、そこには「3月12日(金)の出発を最後に、みなさんとお別れすることになりました」と、あります…。



富山駅から歩いてこの日の宿「東横イン」に向かいます。雪のかさが半端でなく、キャリーバッグは全く機能せず。

こちらのホテルはシングル4300円~なので、交通費とあわせても今回の旅の予算は8000円代におさまる計算です(今回は荒天のため一部特急をつかってしまいましたが)。ちなみに、東京~金沢間は、新幹線+特急を利用すると往復交通費だけでも25,000円かかります。
また、こちらには部屋に加湿器が常備されていました(ビジネスホテルに宿泊するときに気を揉むのが空気の乾燥で、私は熱湯をバスタブに溜めてから寝るなどの対策をしています)。さらに女子にはボディケアグッズのプレゼント付き。アロマな入浴剤が冷えた身体にありがたかったです。


(つづく)
# by paginademaiko | 2010-01-18 17:38 | アート


日本海へ
ひと冬に一度は雪景色を見に出かけたいと思っています。

昨年、一昨年は東武鉄道で会津方面に向かったものですが、今年は金沢21世紀美術館「オラファー・エリアソン」にあわせて、1泊の行程で金沢まで行くことにしました。

今回も青春18きっぷを利用。行きは高崎線、上越線、信越本線そして直江津から北陸本線で金沢へ、帰りは富山から高山本線に入り岐阜まで出たのち、東海道線で帰京という計画を組みました。

大雪が予想されたこの日、すこし天候に不安を抱きながらも朝4時半頃に自宅最寄り駅を出発しました。金沢には午後3時半頃に到着する予定です。


上野で5時13分発の高崎線に乗車。
大宮駅では、金沢から上野に向かう急行「能登」がホームに止まっているのを目撃!旅の瑞兆でしょうか…?車内で夜明けを迎え、高崎から先は上越線で水上まで向かいます。
上越線に乗ってしばらくすると車窓に雪が見え始めました。



水上で乗り換え。この駅は跨線橋がレトロで可愛らしい。ここからは緑の帯の電車に乗り換え長岡まで。しだいに積雪はボリュームを増し…気が付けば車窓の向こうは完全なる雪国に。空は穏やかです。



…が、越後湯沢を前にして車内放送が。
この先の区間が、日本海側の荒天により電車に遅れが発生しているとのこと。
金沢に到着する時間が遅れると展覧会を見ることができなくなってしまいますので、ほくほく線経由の特急「はくたか」を直江津まで利用することに。
ここから乗車する、到着ののち折り返しとなる車両にも若干遅れが生じているようですが、とりあえず一度改札を出て、みどりの窓口できっぷを購入しました。

するとまもなくアナウンス…「はくたか」が一部区間で運転見合わせ。
このまま一日運休だったらどうしよう、と思いつつも待合室で待つこと約1時間。
運転再開となった「はくたか」が越後湯沢に到着しました。



越後湯沢を出発したときには青空でしたが、北越急行線内を進むうちに空は灰色になり激しく雪が降り始めました。

まつだい通過時には「大地の芸術祭」でおなじみ、「農舞台」が雪に包まれているのを見ることができました。「農舞台」内部には大きな窓を備えた河口龍夫氏の作品がありこの夏にも見てきましたが、河口作品については先日東京国立近代美術館で回顧展を見たばかりなので、あらためて雪景色の中で見てみればまた新たな感想が生まれそう。



日本海側に近づくと風が一層強まり、電車は風量を鑑みながらの運転に。予算の都合上、できれば直江津で普通列車に復帰したかったのですが、遅延の幅が増している状況から、時刻表と相談の結果とりあえず富山県の魚津まで「はくたか」に乗ることにしました。

11時半頃、日本海側に出ました。
荒海。「荒海障子」の手長足長も逃げ出してしまいそうな激しさ。



富山県内に入ったあとも運行状況が不安定であることから、結局、普通電車には戻らず「はくたか」で金沢まで行くことにしました。

富山あたりでは青空も見えましたが、2時間あまりの遅延を経て降り立ちました金沢は雪。
路線バスで金沢21世紀美術館に向かいます。


(つづく)
# by paginademaiko | 2010-01-16 15:14 | 日常または放浪


林檎菩薩
春・夏・冬にやってくる「青春18きっぷ」のシーズン。
そのシーズンごとに、すると心がけていることは…。

まだ行ったことがない美術館に行ってみること。
まだ乗ったことがない路線に乗ってみること。

日帰りの場合、行き先は最初から決めていることもあれば、旅の途中の気分で決めることもあります。

その日は、まずは中央線で都内を出発。
5時に家を出たときにはおぼろげだっ旅のプランは夜明けごろには次第に輪郭をはっきりと見せ始め…小淵沢から小海線に入ることにしました。
小海線は以前から乗ってみたかった路線。山梨県の小淵沢と長野県の小諸を結んでいます。



小淵沢駅を出発するとまもなく、線路は八ヶ岳方面に向かって右へ右へと大きく弧を描きます…素晴らしいイントロダクション!
線路の左右には、冬枯れの森や平地が次々と展開。いずれも地面はふっくらとした雪に覆われ、青空の下の光景はその反射で一層明るい。



小海線で最初の下車駅は小海駅です。
駅前食堂で昼食をとったのち、路線バスで「小海町高原美術館」へ向かいました。


バスで山を登ることしばし…美術館は温泉施設と隣接してありました。
建物は安藤忠雄氏による設計です。
中に入ってみると、すこし21_21 DESIGN SIGHTに近いつくり。ただし、すこしとんがった気質を感じさせる21_21に対し、こちらはもっと快適そうな印象です。





開催中の展覧会は、「テキスタイル・アート展 織り成すイメージの海へ」
4名のアーティストによるグループ展です。

麻を素材とした佐々木律子さんの作品は平面のものと立体のものがあり、いずれも波打つ表面や繰り返す襞をもったヴォリューム感のあるもので、色は緑系が多いようです。雪で覆われた中庭にむかって開かれた大きな窓の手前には、ずん胴の円柱状の物体が細長い台の上にいくつか並べられた「absorb」という作品が。それはまるで盆栽=人工の小さな庭のようであり、安藤建築特有の、緊張感のある形の中庭とは対照的にこれらの庭はずいぶんとぬくもりを内包しているように感じました。

上野真知子さんのスペースでは、色の洪水のような写真を使ったインスタレーション、そしてそれとは対照的な細いワイヤーとテグスによる魚網のような作品が展示されていました。
新作となる前者では、ミラーシートと写真が表裏となった正方形のシートを渦巻状に切ったものが天井から吊り下げられています。一方、展示空間いっぱいに張り巡らされた網状の作品は、その一部に楮の繊維を絡ませ、また、至るところで下向きの円錐形を形作りその先端は床面に接しています。それはまるで水中の渦あるいは竜巻のようだと思いました。ポップな造形の前者と、造形というよりもひとつの現象であるような後者は、ひとりの作家が作ったものとしては随分雰囲気が違うもののように思いましたが、それでもその形においては垂直方向に作用するスパイラルな動きが見出される点で、なにか通じるものがあるようです。


展覧会を見終わったとところでまだ2時くらいでしたので、こちらの美術館の方に小海線沿線でおすすめの見所を教えていただきたいと請うたところ、「奥村土牛記念美術館」を紹介していただきました。

そこで再び小海線に乗車し、そこから小諸方面へ3駅のところにある「八千穂駅」で下車。この区間で利用した車両はハイブリットでした。



奥村土牛記念美術館は駅前にあります。
美しい日本建築である建物は、もとは大正末期から昭和にかけて建てられた、企業の集会場。町への寄贈を機に、戦後の数年間をこの町に暮らした土牛の美術館としてリニューアルされたそうです。今年は開館20周年とのこと。



こちらは本画を所蔵していないとのことで、下絵や素描、版画、それに作家ゆかりの品々が展示されていました。いかにも日本画家の、というようなしっかりとした下絵も資料として見ごたえがあったのですが、特にこころ魅かれたのはもんぺ姿でハシゴに上り、片手を伸ばして果実を収穫する女性を描いたスケッチ「リンゴ狩り」(1941年)。姉さん被りにつつまれたお顔は垢抜けないつくり、ですがどこか品のある容貌につい勝手に「林檎菩薩」と呼びたくなりました。

このほかにも、犬や猫、花のスケッチなどもありました。これらを見る限り、奥村土牛という画家はデッサン力が特別優れているという画家ではないのですが、しかしそれ以上にこれらの作品からは、「描くことが好き」という気持ちが強く伝わってきました。
(特に猫については、モデルがおとなしくしてくれていなかったせいか、かたちを捕らえるのにかなり苦心している様子でした)

この美術館からすこし歩いたところには酒造会社があり、その敷地内には「酒の資料館」があります。ここは入場無料、ですが入ってみるとスタッフの方もいず、酒蔵を利用した展示室の中は暗い…不安に思い会社の事務所を訪ねてみると、照明はセンサーで自動的に点くとのこと。中に入ってみると酒造のための道具類や酒器などが所狭しと並べられていました。ただし極寒、特に靴を脱いで上がる場所は冷え性の方は要注意です。とても面白いところなのですが。



この日の旅のお土産はこちらの酒造会社の日本酒「井筒長」。
(あまりにも身体が冷えてしまっていたのでその場で飲んでしまいたいくらいでしたが…)

帰路は小海線で小諸まで出て、軽井沢からバスで碓氷峠を越えて信越線・高崎線で。
# by paginademaiko | 2010-01-12 09:56 | アート


90分でたどる日本美術の流れ+日本美術を楽しむための10のキーワード!
東京・目黒の「絵画教室ルカ・ノーズ」で講義を行います。


テーマ:90分でたどる日本美術の流れ+日本美術を楽しむための10のキーワード!
日時:1月30日(土) 13時~16時
会場:ルカノーズアトリエ(地図

詳しい内容についてはこちらをご参照ください。


# by paginademaiko | 2010-01-09 21:59 | お知らせ・報告


Dialogue between
東京都現代美術館「レベッカ・ホルン展 -静かな叛乱 鴉と鯨の対話」。
1944年ドイツ生まれのアーティストによるこの展覧会は、造形作品と映像作品により構成されています。



最初に訪れたのは3階展示室、こちらは立体と平面による作品が展示されています。

会場に足を踏み入れると、そこにはちょうど人間の頭の高さあたりに銃口向けた短銃が、左右の壁の前に設置され向かい合うという作品「相互破壊の場」。
銃口に挟まれた場所を通らなければなりません。「この前を通るの、嫌だなあ…」と思いつつ通過したところ、直後に銃声の音がして、泣き出したくなる…。

ビクビクしながら次の展示室へと進みます。
3階の展示の前半は細い支柱とモーターを使用したカラクリにより物体がゆっくりと動く作品がいくつかあります。
こちらは鋭角に肘を曲げたような支柱が根幹部からそれぞれ左右に4本ずつ伸び、各々の先にナイフが取り付けられた「ジェイムズ・ジョイスのためのヌーグル・ドーム」という作品がありました(少し「かに道楽」の看板に似ています)。向かって左のナイフにはそれぞれ「L」「O」「V」「E」という文字、右側のそれには「H」「A」「T」E」という文字が描かれており、モーターの回転により支柱が動くとこれらのナイフがお互いを攻撃しはじめます。なお、この作品の向い側の壁には、長い棒の先に男性器を模した部品がとりつけられ、それがモーターの回転によりオウムガイへの中に出たり入ったりするという作品がありました。

そういえば東京国立近代美術館フィルムセンターでは大島渚特集が組まれていたっけ



廊下部分ではその短辺部分でそれぞれ2点の映像作品-「ペンシル・マスク」と「雄鶏の羽根のマスク」が上映されていました。
いずれも犬のハーネスのような構造のマスクにそれぞれ鉛筆や羽根がつけられたものをアーティスト自身が被り、それを用いてドローイングしたり、男性の頭部と触れ合うという内容。フェティッシュな妖しさに満ちていることは間違いがないのですが、マスクの間からのぞくまなざしの強さに、この作家の悟性を読み取りたくなりました。

続く展示室は暗室仕様、「鯨の腑の光」という作品。会場の真ん中に長方形のプールが置かれ、いくつものプロジェクターからは作家による詩が壁面にむかって投影されており、一部は水面に反射したものも鏡文字として壁に現れていました。床には大き目のクッションが置いてあるので休息もかねてしばしこの作品に見入ります。

このフロアで最も大きなL字型の展示室には、いくつかのインスタレーションと平面作品が展示されていました。「鴉の木」はクネクネと湾曲した枝が床から上方に伸び、その先にカラスのくちばしのようなパーツが取り付けられた作品。モーターが動くとそのくちばしがパクパクと開閉するのがなんとも可愛らしかった。この展覧会においてほほえましさを感じた唯一の瞬間です。

この展示室にはその後、壁面のかなり高い部分で黒い液体が噴霧された痕跡を示した「ペインティング・マシーン」や、逆さづりのグランド・ピアノから突然その中身が飛び出す「アナーキーのためのコンサート」など、挑発的な作品が続きます。

3階における最後の展示室には、壁にかけられた立体作品が2点。
「バタフライ・ムーン」は標本箱を思わせるガラスケースの中で、青い蝶が羽根を開閉させる作品、そして「ピーコック・ペンシル・モーニング」は扇状に展開する細い金属棒の先に鉛筆が取り付けられた作品です。

レベッカ・ホルンの造形作品をまとめて見てみての感想は…。
素材の組み合わせ方や、攻撃性、性的なものへの志向についてはダダイスムの文脈を強く感じたものですが、しかし博物学的な趣味の濃さは、それよりもむしろ時代をさかのぼり、ヴンダーカンマー(驚異の部屋)に通じるものとして考えたほうがよいかもしれないと思いました。

1階にある映像作品は全て見るには1日はかかるようです。この日は時間が無くてそれぞれ一部分ずつしか見ることができませんでしたが、座り心地のよい一人掛けソファが長時間の鑑賞をサポートしてくれるのはありがたいですね。


MOTコレクションも急ぎ足ではありますが見てきました。
1階部分はエルネスト・ネトによる大型インスタレーションから始まり、アメリカの抽象表現主義、岡﨑乾二郎の特集展示、そしてアメリカのポップ・アート。

続いて、3階に移動。MOTコレクションでは今期から「クロニクル」というシリーズが始まるとのことです。収蔵品により戦後日本美術の再考を目的とするこのシリーズ、今回は「1945、1951、1957」年にスポットを当て、それぞれの年にあった出来事を軸とし、前後の数年間を含みながら作品を紹介していました。1945年に関しては靉光、戦争画、そして井上長三郎の「東京裁判」など戦争・敗戦に関する作品など(鶴岡政男の「重い手」(1949)を見ることができたのは個人的にとても嬉しかったです。自分が始めてこの美術館を訪れたのは高校生の時ですが、それはこの作品を見に来るためだったのです)。1951年はタケミヤ画廊関係や実験工房関係の作品、そして3階最後の展示室では57年に関しては具体の作品が出ていました。マチウや白髪一雄といったアクションペインティング系の作品は、1階の最初の展示室で展示されていた抽象表現主義とつながるものですから、コレクション展示全体を通じての着地点として、気持ちよさを感じました。
# by paginademaiko | 2010-01-05 23:09 | アート


actually, luxuary
やや曇り空の1月3日。
午後、東京都現代美術館に向かいました。

地下鉄半蔵門線の清澄白河駅で下車。
深川資料館通りを美術館方面へ5分ほど進んだところには、左手に「深川いっぷく」、そして通りを挟んで右手に「深川Labo」が現れます。

「深川いっぷく」は調剤薬局をリノベーションしたコミュニティスペース&ギャラリー、「深川Labo」はギャラリー(マキイマサルファインアーツのサテライトとのこと)。
いっぷくさんの前には、Laboの御主人によるピーマンさんが座っていました。



いっぷくさんではレンタサイクルも行っているようです。
江東区周辺のギャラリーを効率よく回るのに利用してもよいかもしれません。


都現美では二つの展覧会を見ました。
最初に訪れたのは「ラグジュアリー:ファッションの欲望」。京都服飾文化研究財団のコレクションによる展覧会です。



会場は地下1階の展示室です。
ここで初めてチラシを手にとりました。A3二つ折りで、外面はマットな手触りですが内面はコーティングされたツヤのある表面という、触覚を刺激するつくりになっています。
また、出品リストは会場で掲示されていたテキストがそのまま掲載されているという充実ぶりでした。

最初のセクションのテーマは「着飾ることは自分の力を示すこと」。これはパスカルの言葉だそうです。こちらでは権力と直結したファッションとしてヨーロッパの宮廷文化のなかで生み出されたデザインが展示されるほか、それら古典的な様式や手法に刺激をうけて生み出された現代のデザイナーによる作品も展示されていました。

展示室に入ってすぐのところで紹介されるのは、ドレスのトレーン(引きすそ)について。
上流階級のハレの場において使用されたそれは、身分によって長さが規定されるとのこと。
キャプションにある「一種の身体拡張」という言葉に納得しました。
身体拡張といえば、続いて登場したロココ調のドレスをまとったマネキンの頭部も相当なもの。「豪奢」という言葉よりもむしろ「爛熟」という言葉を思いました。そのコンテキストとなる文化の崩壊の手前という意味で。

こちらで強く反応せざるを得なかったのは、玉虫の羽を刺繍したドレス。
かつてムガル帝国では玉虫の羽を使用した衣装が作られていたそうですが、イギリスがこの地を支配するようになってからはこの手法を用いたテキスタイル製品を西欧に輸出したとのこと、展示されていた姉妹用のペア・ドレスには玉虫約5000匹分の羽根が使われているそうです。玉虫といえば多くの日本人が思い出すのが「玉虫厨子」ではないでしょうか- 法隆寺に伝来するこの6世紀の厨子はかつてその表面が玉虫の羽根で覆われていますが、残念ながらほとんどの羽根が剥落してしまっています。ドレスの表面を覆う羽根の輝きを見ながら厨子の当初の状態を想像してみました。
(玉虫厨子には約4500匹分の羽根が使用されていると推定されています)

やがてファッションの世界のメルクマールとなる人物や出来事が語られるようになります。例えば、20世紀初頭のポール・ポワレ、60年代のカルダン、あるいはリキステンスタインの個展で関係者が着用した、アーティストの作品としてのドレスなど。

「ファーとブランド」のテーマのもと展示されていた、襟元に毛皮をあしらった赤いコートには見覚えがありました。「CASA Brutus 日本のモダニズム建築 100」(54号,2004)の表紙で、代々木体育館を背に浜崎あゆみさんが着ていたのが、多分このコート。
(CASAの表紙をミュージシャンが飾るのは珍しいことなので印象に残っていたのです-浜崎さんは代々木体育館のファンということで、誌面にはインタビューが掲載されています)


2つ目のセクションのテーマは「削ぎ落とすことは飾ること」。
英名はLess is more。これはおそらく建築家、ミース・ファン・デル・ローエの言葉からの引用ですね。こちらではシンプルで心地よいものを目指す、目には見えない「ラグジュアリー」を追求したファッションが紹介されていました。

前章で展示されていたものが、社会的身分や「まとい手」への従属物として作られてきたものとすれば、こちらはそのような文脈から切り離された場所で生み出された衣服たちといえるでしょう…そしてそれらは形状において自由を獲得した模様。
生地そのものの華美さは減じていますが、まるでオブジェのようなシルエットを獲得した衣服たちは、心地よさを追及するというよりも、実際は身体への反抗をひそかに含んでいるように私は感じました。

これに続くのは「ひとつだけの服」と題された細長い展示室。
こちらにはメゾン・マルタン・マルジェラが展開するライン、「アーティザル」の作品が左右に並びます。これらはいずれも使用済みの様々な製品-それはゴミとなる運命のもの-を使用したもの。この中で特に造形的な美しさを感じたのは、食器の破片を針金でつなぎ合わせたウエスト・コート。陶器のかけらというのは場合によっては触れるだけで肌を傷つけてしまうもので、見た瞬間は不快感に近いものを感じてしまうのですが、しかしそれらは元来、我々の身体の内部に流し込むものの待機場所として機能していたもので、身体とりわけ胴部との密接な関係を思わせる素材でもあります。チラシではモデルの女性が裸身に直接この衣装をまとっていますがやはりこれが正しい着用方法であるような気がします。陶器と肌の間で交わされる関係のうち、唇と食器のふれ合いを相思相愛の関係と例えるならば、これは愛憎関係と呼べるかも。

最後のセクションは妹島和世さんがデザインした空間に、コム・デ・ギャルソンのコレクションが展示されるという企画。ここでは透明のアクリル板をパーテーションとした小さな空間が会場に散在しています。これらの空間のプランは円形、あるいはそれがアメーバの分裂のように枝分かれした形となっており、衣服はその中にまるで宙に浮くように展示されていました(実際はワイヤーによって天井から吊るされています)。

色彩豊かで、ヴォリューム感のあるデザインのドレスが並ぶ空間はまるで宝石箱のようでしたが…。本当のことを申し上げますと、家を出る前にテレビで今いくよ・くるよさんを見てしまったせいか、途中からくるよさんが頭の中をちらついて仕方がありませんでした。

あのフワッフワのドレスの大回顧展を一度開催していただきたいものです。
どやさ~!


(つづく)
# by paginademaiko | 2010-01-04 16:35 | アート


今年の展覧会初め-土偶、ケントリッジ
本日、今年の「展覧会初め」に行ってきました。
上野と竹橋の2部構成です。

お昼過ぎ、上野に到着。
例年の通り東京のお正月は良い天気で、国立科学博物館のクジラも気持ちよさそうです。



東京国立博物館では「博物館で初もうで」の関連企画である獅子舞、寅をテーマとした企画展示、そして「国宝 土偶展」を見ました。



その後、博物館の近くにある寛永寺を訪問。こちらでは「博物館で初もうで」の関連企画として、博物館の入館者は無料で根本中堂を拝観することができます。



続いて、竹橋の東京国立近代美術館を訪問。こちらでは本日より開催の「ウィリアム・ケントリッジ」を見ました。





木炭による描画や黒いシルエット、モノクロームのコラージュ等を使ったアニメーションなどは暗く、不穏な雰囲気に満ちているものでした。
こちらでは壁面に映像が投影されるという展示室がたくさんあったのですが、場合によっては椅子があまり置いていない場所もありましたので、ゆっくり見たい人は床に座り込めるような服装で行ったほうが良いと思います。ただしこれらの映像は見ていて心地よさを感じるという性質のものではないので、すべての映像を目にするには体力以上に気持ちの準備のほうも必要かもしれません。

平面・映像以外の作品もいくらかありました。興味を覚えたのは、平置きされたイメージの中央にミラーのような表面を持つ円筒が置かれ、そこに映る画像を見るという「アナモルフォーズ画」。たしか2点ほど出品されていましたが、うち1点は平置きイメージがアニメーション画像として天井から投影されていました。
ケントリッジの映像は非常にあくが強いので、これくらいの造形がともなっているほうが見やすい気がします。
# by paginademaiko | 2010-01-02 21:46 | アート


与えられたとせよ;パントンの照明と椅子
脱ぎたい…そして、裸で…。
そのような気持ちになってしまいました、「ヴェルナー・パントン」の会場に於いて。



1924年生まれ、デンマークが誇るデザイナー、ヴェルナー・パントン。
東京オペラシティーで開催されていたこの展覧会を訪れたのは会期終了間近、12月24日。
自分の勤務形態では祝日の翌日が休みとなる為、天皇誕生日の翌日に当たるクリスマス・イヴは基本的に毎年休みなのです…この美術館は祝日の翌日も開館し、かつイルミネーションが見られるということでこの日に足を運びやすく、自分は昨年もこちらに展覧会を見に来ておりました

会場に入ると、黒い背景の暗い部屋に、パントンデザインのカラフルな椅子が次々と登場。
トランペット、ピーコックと名づけられた椅子は粗いメッシュ状の構造で形作られた基盤に鮮やか且つ深みのある色のクロスで包まれたクッションが座面として取り付けられた作品。パントンは様々な素材で個性的な形状の家具を製作していますが、それらに共通するのはいずれも深みのある美しい色をまとっているといこと。彼は「自分の好きな色の椅子は座り心地がよい」という言葉も残しています。

その先には、夜を思わせる紺色の空間。シフォンのような同色のカーテンで包まれた円形の舞台には組み合わせ自在のシステム家具でしつらえられた空間が、このデザイナーが考える居住空間の一例を示しています。

この展示室の後半では、パントン・チェアーが登場。試作段階から現在に至るまでのエディションが時系列に沿って並べられていました。そしてその隣に展示されていたのは…「ご主人の前でヌードになる」という1970年の作品。パントンの椅子の前で、金髪の女性モデル、アマンダ・レアが次々と服を脱いでいくという連続写真です。最後の写真は、パンツを脱ぎ終えた女性が、ついでにカツラも脱ぎ去っているのがどこかコミカル。

この写真に刺激されてかどうかは、分からないのですが…。
その後、箱状の空間に照明が様々なレヴェルで吊り下げられている作品を見ているうちに、私はふと脱ぎたくなってきたわけです。


パントンのデザインの特徴には、プラスチックといった新しい素材を積極的に用いているということ、そして家具や照明の「高さ」に対する考えがが従来のそれから大きく脱却しているということが挙げられます-たとえば吊り下げタイプの家具や、床近くに設定されたランプシェードなどー。特に照明は、それ自体が美しい形を持っているだけではなく、光もその形状に拠って様々な表情を見せるものであり、それは部屋全体を美しく見せる意図が明確に感じられるものです。
女性の身体を実物以上に美しく見せてくれることも間違いないでしょう。

多くが有機的な形をもつ家具の場合も、裸での鑑賞がある意味正しい作法と呼べるかも。プラスチック製の家具の場合はちょっと冷たいかもしれませんが…。

会場内に設けられた「ファンタジー・ランドスケープ」というスペース、そして大画面での映像資料の前では起伏のある床(壁)が用意され、そこに身をゆだねることも出来ました。最初から最後までカッコイイ展覧会でした。

この日はクリスマス・イヴ。
オペラシティーには例年の如く大きなツリーが出現しておりに華やかな雰囲気でした。




2009年は、その後12月27日に目黒区美術館の「文化“資源”としての炭鉱展」、28日にワタリウム美術館にて「ルイス・バラガン邸をたずねる」を見て展覧会納め。





今年も様々な作品、方々に出会うことが出来たことに感謝します。
そして来年も様々な素晴らしい出会いがあることを期待しつつ。
# by paginademaiko | 2009-12-31 18:41 | アート


≒未完の気配
川村記念美術館で「色彩と静寂 月光のアンフラマンス」を見て来ました。



「アンフラマンス inframince」という言葉については、実は良く知りませんでした。
美術館の広報媒体によると、生みの親はマルセル・デュシャンであり、彼によればアンフラマンスとは目に見えない「次元の境界線」、例えば2次元と3次元の境界域などを示す概念だそうです。この謎に満ちたアーティストによると、身近な事象に例えるならば、席を立ったあとに残る温もりもまたアンフラマンスであるとのこと。すなわち「存在」から完全なる「不在」への移行の間には、その人の微かな体温のみが存在する時間・空間があり、これを「境界域」と見做しているというわけです。
美術館によるテキストによれば、デュシャンはこの「境界域」に潜むものに芸術の源泉を見出した、とも語られています。なお、展覧会名にて「月光の」という言葉が添えられているのは「夜が明けてなお早朝の空に消え残る月もまた、アンフラマンスと言えるでしょう」とのこと。

デュシャンの名が出てくるだけで妙に身構えてしまうのは自分でも情けないばかりですが、気を持ち直して「それって要するに、エレベーターに乗ったときに感じる残り香で、直前までそこに居た人が男性か女性かを察してしまうような感覚じゃないかな…?」と思ったり、また、「アンフラマンスの領域を知覚するには視覚以外の感覚も必要そうだ…」と思いながら、美術館に向かいました。

美術館に到着しますと…池のほとりに、球をゆがめたような、様々な色の塊がごろごろと転がっています。これは益田洋美さんの作品、「PLAY THE GLASS」。
建物の入り口に向かう途中、右手の森の中にもいくつか発見しました。



企画展の展示は2部からなっています。第1部は、通常はコレクションから日本美術が展示されている1階の展示室を会場とし、順路終盤にある2階の企画展示室が第2部の会場となっています。

第1部、入ってすぐ右手のガラスケースの中には2つの作品がありました。デュシャンの『マルセル・デュシャン・ノート』、そして南北朝時代の「十一面観音菩薩像」です。デュシャン・ノートはさておき、「観音」は「音を観る=視覚をもって音を認識する」という意味を持つことから、視覚と聴覚の境界域のアレゴリーとしての登場でしょうか?

ただ、カタログによるとこの展覧会には仏教美術関係の作品がこれ以外にも「当麻曼荼羅図」と「地蔵菩薩独尊来迎図」(3点とも出光美術館蔵)が出ていますから、この3点は「様々な世界」-例えば六道など-を、その境界域を超えて遍歴することできるものを表現した作品として展示されているのかも知れません。

この部屋を出ると再び展示はコレクション展示となり、いつものようにシュルレアリスムやダダの作品が並ぶ展示室を進みます。

1階から2階に上がるための階段に近づくと、廊下の左手にロスコ・ルームへの入り口、そして廊下の突き当たりには天井近くに小さな窓があり、その向こうは森となっています。
この窓はまるで一枚の絵のようであり、その奥の緑色はロスコ絵画の重力から自分を解放してくれるようだと、私はいつも思います。

2階も引き続きコレクションによる展示、今度はアメリカの抽象表現主義以降の抽象絵画が中心となります。最も多くの作品が展示されているのはフランク・ステラ。シェイプド・キャンヴァスによるペインディングや立体的なパーツがコラージュされた作品が豪快に展示されています。ステラの作品は色面を白っぽい線が隔てるという、比較的古めの作品が好きなのですが、実はこの線は「塗り残し」によるもの(おそらくマスキングテープを剥がした跡)。

日本の伝統的な絵画においては「塗り残し」によって何かを表現するということはごく普通に行われてきたものです。例えば月、雲、そして雪。
では、ステラのような作家が塗り残しを画面の構成要素とする理由とは何なのか。

西洋美術においてセザンヌの「塗り残し」が多くの議論を呼んできたことは周知の通りですが、それは「塗り残し」が「未完」の象徴であるからです(一方、日本美術において「塗り残し」が議論の的とならないのは「何も書かれていない部分」がが画面を充足させるための重要な構成要素のひとつとして認識されてきたからです)。そう考えてみると、工業製品のようにフラットなカラー・フィールドで覆われたステラの絵画の構図を支える線が「塗り残し」であるといことは、「完成」のなかにひそむ「未完」と見なすことができるのではないでしょうか。この作品は企画展「色彩と静寂 月光のアンフラマンス」の出品作品ではないけれども、「完成」と「未完」のはざまにあるものとして、あるいはこの作品もアンフラマンスの領域にかかる作品といえるような気がしました。

第2部の入り口には小野田賢三さんによる「Twilight」がありました。
プロジェクターから光の三原色が投影されることにより壁面に白い矩形を生み出しており、その投影された光の前を横切ると、自分のシルエットが赤や黄色、青といった色で壁面に現れるという、体験型の作品です。

会場内に入ると、松本陽子さん、ホセ・マリア・シシリア氏による少し暗めの絵画が展示されていました。蝋を使用した支持体が特徴のシシリアの作品は、かつての鮮やかなタイプのもののほうが好き、近作のそれは固まった血のような色が少し苦手です。

その先にはエンマ・クンツのコーナーがありました。
クンツは(1892-1963)、スピリチュアルなもの、あるいは自然界にある薬草や鉱物などを使用した治療を手がけた人物です。会場には、定規と色鉛筆によって無数の幾何学的な模様で埋められた方眼紙が展示されていました。その展示面積、作品の点数の多さ、そして広報媒体での作品の扱われ方から、この展覧会で最も重要な位置を占めているのがこの人物であるのは確かなのですが、そこに展示されていた作品を、アートと見なすかどうかは、微妙なところ。アートとそうではないものとの境界域にあるという意味でのエントリーという解釈も出来るのですが…。

第2部ではその後、渡辺えつ子さんや伴美里さん、小池隆英さんによる明るめの絵画作品が続きます。栗田宏一さんの「moom_water_soil_sun」は、日本各地から採取した土がシャーレに入れられたものが等間隔に、縦横27×27=729個並べられるというインスタレーション。土の色の多様さを認識させるものですが、カタログによると、最初に水を与えられたそれが乾燥し、ひび割れていくという「変容」もまた作品の一部であるとのこと。
アンフラマンスの文脈で考えるならば、「採集」と「造形」の間から派生したアート、といこうとになるのでしょうか。

(採取した土を用いた作品といえば、先日、YUKARI ART CONTEMPORARY で見た“南条嘉毅「際景」~伊勢詣Ⅰ~”は、風景画を描く際にその場で採取した土を使うという方法で制作された作品が出ており、非常に興味深かったです。なによりも、絵が非常にかっこよかったですし…)


展示室を出たところに置かれていたのは渡邉修さんの「暗箱」。箱型のピンホール・カメラのような仕組みを持つ作品です。ただしピンホールは丸い穴がひとつではなく、不定形の穴が無数にあるというつくり。箱の手前側に張られたスクリーンには窓の向こうにみえる夕暮れ時の風景が穴の数だけ逆さまに映っており、風景のかけらが反復する様子にはさざれ石の肌にも少し似ていました。
# by paginademaiko | 2009-12-31 18:30 | アート


『装丁をめぐる旅』第4章 静岡アートギャラリー
掛川の「資生堂アートハウス」を訪れたのち、東海道線で今度は東に向かい、静岡駅で下車。こちらでの目的地は、今回の展覧会をもって展覧会事業を終了する「静岡アートギャラリー」。こちらでは、「THE LIBRARY」と「この場所で」という二つの展覧会を見ました。

こちらの施設を訪問したのも初めて。
駅前のビルの中、という立地はとても便利ですが、スペースのつくりはいかにもオフィスビルという雰囲気です。



「THE LIBRARY」は本をテーマにした、45組のアーティストによるグループ展。多くは実際に触れることも出来ます。作品によっては触る際には白手袋をはめなければならないのですが、これは作品に触るときの緊張感も同時に演出させ、作品との出会いをひとつの「体験」として記憶させる巧みな仕掛けとしても機能しているように思いました。

個人的に好きなアーティストの作品も多く出ており、また作品のコンセプトがパネルで丁寧に展示されていましたが、やはり天井高や照明が不十分なスペースに小さな作品がたくさん並べられているという状態は作品の魅力を伝えるには決して良い環境ではなく、(大変失礼な言い方になりますが)公民館で子どもの作品を展示しているような軽さを感じてしまいました。これは同スペースにて同時開催されている「この場所で」の展示にも言えることであって、例えばワタリドリ計画さんの作品は内容自体はすごくユニークなものなのですが、ヘタウマ系の作品ということもあって、その面白さを伝える以前に粗雑な印象が先立ってしまうような気がしたのが何とも残念でした。

ただ、この二つの展覧会の企画自体は大変素晴らしいということはここではっきりと述べておきたいと思います。また、美しくまとめられたカタログも資料的価値の高いものです。
決して恵まれているとはいえないハードに対して、このような魅力的な企画を展開されているということに対しては素直に敬意を表したいと思っています。

なお、来年は北口に「静岡市立美術館」が開館し、このスペースでの活動はそこへと引き継がれるそうです。新しいスペースで展覧会を見るのが楽しみです。
来春には市内にある県立美術館もリニューアルオープンとなりますから、静岡ではアートに関する熱いトピックが続きそうですね。



# by paginademaiko | 2009-12-31 18:28 | アート

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