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    [ 2012-05-08 09:32 ]
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    [ 2012-05-08 09:00 ]
  • 鹿児島本線、とんこつラーメン(西日本の旅2012 その7)
    [ 2012-05-02 18:10 ]
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    [ 2011-03-28 18:47 ]
  • これからのこと
    [ 2011-03-26 00:21 ]
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鳥取鉄道物語(西日本の旅2012 その14)
3月13日。

青春18きっぷの旅、6日目。

この日は、松江を出発して、鳥取経由で敦賀泊という行程です。

朝6時過ぎの鳥取駅。雪がはらはらと舞っていました。



乗車したのはこの列車。



なお、向かいのホームには「スーパおき」がやって来ていました。



鳥取までは3時間あまり。
車内はなかなか快適です。



米子駅にて、少々の停車。




あれ?

あのラッセル車用のディーゼル機関車は、木次線で臨時運行されているトロッコ列車「奥出雲おろち号」を牽引している機関車では?冬の間はこんなかたちで働いているのですね。ご苦労様です。




境線の「ゲゲゲの鬼太郎」ラッピングトレインを見ることも出来ました。



そして電気機関車も。



いい感じの色の列車も隣に並んでくれました。




そしてさらに東に向かいます。

かわいい。




ちなみにこの日の朝ごはんは、前日に安来駅の売店で購入したパン。
地元のベーカリー「長谷川製パン工場」さんのものなのですが、買った数種類のパンが、いずれも特筆すべき美味しさでした。惣菜パンの具もとても丁寧に作っているとお見受けしました。



「山陰最古の駅舎」の「御来屋」(みくりや)駅の停車時は、雪が本降り。




8時半頃、倉吉駅に少々の停車。
列車を降りて、空気を吸ってみます。

向かいから朱色の列車がやって来ました。



そして鳥取に到着したのは9時半をすこし過ぎた頃。

向かいのホームには若桜鉄道の車両がとまっていました。この列車は鳥取駅から群家まで因美線を走り、そのあと若桜鉄道へと乗り入れます。いつかはこの路線にも乗ってみたい。







鳥取駅からはバスで鳥取県立博物館へ向かいました。
こちらでは鳥取県の鉄道史をテーマにした展覧会「鳥取鉄道物語」が開催中。





内容そのものは、鳥取県の郷土史に強く関連したもので、地理の理解がないとなかなかついて行きづらい部分もありましたが、、解説が分かりやすくまとめられていたため、楽しく観覧することができました。

特に興味深かったのは、梨の輸送を目的に仕立てられた貨物列車「梨列車」です。これに関しては農家に対しての広報媒体も合わせて展示されていて、そこでは「出荷のためのマイカーのようにお使いください」というニュアンスで利用が勧められているというのが面白かったです。おそらく、時代を考えれば「自家用車」に対する憧れを利用した広報戦略だったのかもしれません。

昭和35年頃に撮影された写真には、梨列車を見送る数百人の人が駅に押し寄せている様子が写っています。有蓋車には「二十世紀梨初出荷」「日本一初出荷」と書かれた紙がペタペタと貼られ、列車全体にたくさんの紙テープが投げられ、そして機関車からは白い煙が勢いよく上がっています。祝祭的な雰囲気が伝わってくる、とてもよい写真だと思いました。

この列車は昭和40年頃まで運行されていたとのことですが、おそらくその後はトラック輸送に代わられてしまったのでしょう。


お昼前にはバスで鳥取駅に戻り、ここで鳥取県内唯一のイートイン。駅の中で見つけた、鳥取港直送のネタを使った回転寿司やさんで地魚の握りを少々いただきました。回転寿司といってもお昼時の前の時間帯だったため、美人の職人さんを独り占めして握っていただくことができました。とても美味しかったです。

そして12時過ぎの列車でさらに東へ向かいます。



(つづく)
by paginademaiko | 2012-05-08 09:32


空と庭の動的マリアージュ(西日本の旅2012 その12)
3月12日。

春の青春18きっぷの旅、5日目。月曜日。

この日は体調管理のために当初から設定してあった、連泊の中日。

ということで、午前中は持参したジャスミンティーをゆっくりと飲んだり、ビタミン補給にグレープフルーツを食べたりして過ごし、10時頃まで部屋でのんびりしてから出かけました。


まずは松江から山陰本線で安来まで向かいました。






この日最初の目的地は、月曜日でも開館している「足立美術館」です。

美術館は安来駅から離れた場所にありますが、送迎用のシャトルバスが出ています。所要時間は20分ほど。

田園風景のなかを進んでいるとなにらやデジャヴを感じました。そう、これは佐倉の「川村記念美術館」にバスで向かうときの感覚とそっくり。

美術館の外観は6、70年代のプライベートミュージアムらしい印象。




この美術館は美しい庭園で知られています。
順路は、前半は庭の鑑賞ポイント、後半は2階にある展示室に誘導されるような流れになっていました。

チケットカウンターを過ぎると、まもなく庭が現れます。
一部がうっすらと雪化粧していました。



この日は、晴れているかと思うと、急に雪が降り出したりして、庭は様々にその表情を変えていました。

指をさし示して来館者を案内する、創設者・足立全康氏の像。



順路に沿って進むと、和風建築になっている一画にやって来ました。
ここにはちょっと視覚的トリッキーな趣向を凝らした場所があります。

それは、床の間の壁がくり抜かれていて、その向こうに広がる庭園が一枚の掛軸のように見えるというもの。
これには「生の掛軸」という呼び名が与えられていますが、実際には庭園を眺める人々の往来も「絵の中」に入り込んできていますから、絵画というよりもメディアアートというほうが合っているかもしれません。





全体的に丸みを帯びた印象の庭園は、見れば見るほど土田麦僊の「舞妓林泉」を思い出しました。遠方の山も借景とした眺め。



京都の寺社の庭園には近代以降の建造物等によって借景が乱されてしまったところもありますが、ここでは美しく景観が守られているようです。

つづいて2階の展示室へ。
この日は「横山大観VS竹内栖鳳 日本画の二大巨匠が激突!」を見ました。

もともと竹内栖鳳が好きな私なのですが、どうしてもはなから栖鳳を贔屓しつつ観覧してしまいますが、しかしそこはさすがの足立美術館のコレクション、大観の作品も「紅葉」をはじめ名品揃いで、ちょっと大げさなサブタイトルも許せてしまうくらいの名勝負を楽しませていただきました。

もっとも、終盤で見た栖鳳の「雨霽(うせい)」で私は完全に打ちのめされてしまいました。やっぱり栖鳳はかっこよすぎます。


ちなみに、この美術館のガラス窓は、その存在をほとんど感じさせないほどきれいに磨かれていまいした。他のお客さんからは「どうしたらこんなにガラスをきれいにできるのかしら」と言っているのが聞こえてきました。おそらく、私の推測するところでは、額縁用の低反射ガラスを使っているような気がしているのですが…はたして実際はどうなのでしょうか。


本館を出る頃にはあられが降っていました。
庭もみるみるうちにトーンを変えてゆきます。



私はこれまで、この庭園については過剰に人工的である印象を覚え、本当のことをいうとあまり好感を持っていませんでした。しかしこの日は、冬の山陰の不安定な天候にさらされる庭を見て、まるで本物の「自然」と人間が作った「風景」の動的なマリアージュを見たような気がしました。やはり、実際に見に来てよかったと思いました。


その後、現代の日本画を展示する新館を経て、ふたたびシャトルバスで安来駅まで向かいました。


そしてここからは、この日の鉄活動がスタート。


(つづく)
by paginademaiko | 2012-05-08 09:00


鹿児島本線、とんこつラーメン(西日本の旅2012 その7)
旅3日目。

関門海峡を眺めながらふぐひれ酒を飲んだあとは、下関から博多まで向かいました。

まずは11:52初の小倉行きに乗車。
ここからはJR九州の管内になります。
九州に渡るのは10数年ぶり。



乗務員さんの制服は紺色。上腕部のワッペンに「運転士」とか「車掌」といった字が縦書きで表現されているのがなかなか個性的です。帽子はドゴール様式です。

発車すると、まもなく関門トンネルに入り、あっという間に九州に上陸しました。
九州の玄関口、門司駅を過ぎればまもなく車窓に門司機関区。
心のなかでキャアキャアいいながら通過します。
(よい写真が取れなかったのが残念)

小倉から快速列車に乗り換えて、博多には13時半頃に到着しました。

博多駅は本当に久しぶり。たしか16歳のときに沖縄を一人旅して、鹿児島行きフェリーと列車を乗りついで帰ってきたとき以来です。

自分が乗っている列車が、駅、とりわけターミナル駅に到着する際に、私がひそかにチェックしているのが「ホームの駅そば屋さんの有無」。鉄な旅人にとって大切な存在ですから。

ホームが多い駅ゆえで広くアンテナを張ってをもって観察してみると、それらしきものを発見…が、その正体は博多らしく「ラーメン屋さん」。

ということで、到着早々九州の味を楽しみました。



駅ではJR九州の「ソニック」(883系)も見られました。



やはりJR九州のデザインは独特。


(つづく)
by paginademaiko | 2012-05-02 18:10


絵本をお届けしました。
本日(3月28日)、みなさんからご寄贈いただいた絵本をまとめて、
避難所となっている東京武道館にお届けしました。






ご寄贈いただきましたみなさま、ありがとうございました。

by paginademaiko | 2011-03-28 18:47


これからのこと
3月のはじめに訪れた出雲大社の思い出が、実際は数週間前のことなのに、ずいぶんと前のことのように思えます。


2011年3月11日は、いまを生きる日本人にとって忘れられない日になりました。
地震、津波、そして、それによる原子力発電所の事故。いまだ被害の全貌が明らかになっていないばかりか、とりわけ原発についてははこの先も計り知れない被害の広がりが予想されます。



今から4年前の夏、私は福島原発の近くにある小学校を訪れました。
その時は、地域の小学校の先生を対象とした研修の講師としての訪問でした。そこは、駅前通りはまばらに商店があるだけで、少し歩くとすぐに果樹園や畑があらわれるような、とてものんびりとした町でした。

駅から小学校へと歩く途中のことです。「発電所にもしものことが起こったとき」の対処を知らせる案内板を目にしました。

このまちの人々は、原子力発電所が抱える「あってはならない」リスクと隣り合わせで暮らしているのだと思いました。しかもそこで作られた電気は、彼ら福島県民が直接使うのではなく、東京をはじめ、私たち関東地方の人間ため作られているのです。

私はその時、小さな罪悪感を抱いたことを覚えています。

その後常磐線でその近くを通過することが何度かありましたが、そのたびにその感覚はよみがえりました。

現在、私の住む町にある都立の体育館に、原発の周辺住民の方々が避難をされてきています。自分が出来ることはないかないだろうか、と考え、そこに避難をしている子どもたちのために「絵本」を持っていくことにしました。


その小学校を訪れた翌年2008年、ある絵画作品を見た感想として自分はこんなことを書いていました。

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京橋のart space kimuraで見た井上直さんの作品について

強い電圧が走る電線や鉄塔、原子力発電所が、暗い空の下、灰色の荒野に点在するというかなり不気味な絵画。 そして、その大地の上には三途の川の渡し守(カロン)のような人物-ただし肉体は描かれておらず透明人間が白衣を着ているよう-が、小舟をこいでいます。
(中略)
画面に描かれた世界は、人体にとって非常に危険なものが支配する土地だけれども、それを築造したのも人間ですし、なにより、我々はそこから生み出されるものなしに生活をすることはできません。
そして作家は、小船のこぎ手を「からっぽの白衣」としてあらわすことにより、鑑賞者がおのずと自分をそこにあてはめてみたくなるような仕掛けをこの絵画の中にしつらえているように思えます。そしてそれはおそらく、我々は危険なものにさらされることから、もはや逃れることはできない状態にあるということを我々に悟らせるためなのでしょう。

信仰対象が「宗教」ではなく「便利さ」となった近代以降の世界に生きる我々は、死の世界と地続きで生きなければならないのです。

2008年5月「カロン」より
http://arteymaiko.exblog.jp/7151690
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このテキストは、原発近くの小学校を訪れた体験なしには生まれないものでした。しかし、その時の自分は現在事実として目の前にあるこのような事態が起こるとは、もちろん本気では思っていませんでした。

今回の震災が、日本人にとっては、この100年間では太平洋戦争に次ぐ試練であることは確実です。そして、放射能による自然界への長期的な影響は、確実にそれ以上の災厄であり罪であるといえます。

今、そしてこれから私たちがすべきものは何か-普段よりも暗くて寒い街で仕事や生活をつづけつつ、毎日そればかり考えています。

まずは自分自身が前向きで、エネルギッシュでいなければならないという思いとともに。
by paginademaiko | 2011-03-26 00:21


日本画の夕
群馬県立美術館で「群馬青年ビエンナーレ」を見て、バスで30分ほどかけて高崎駅まで。駅からは徒歩1分の場所にある高崎市タワー美術館に到着したのは5時過ぎ。



こちらでは高崎出身の実業家、山﨑種二のコレクションによる展覧会「近代日本画の巨匠たち」を見ました。最初は「山種美術館の名品展のような内容なのかな?」と思いましたが、そうではなさそう。リストを見てみると、所蔵先の欄が空欄になっているものが多かったので、出品作品は個人や企業が所蔵しているものが多いのかもしれません。

序盤では横山大観や川合玉堂など東京を中心に活動した画家の作品が登場。もっとも長く立ち止まっていたのは奥村土牛の作品の前。「兎」はなにか気配を感じてふとふりかえった小さな兎を描いたもの。そこにあるのは一瞬の緊張感。頭上には山葡萄、画面下方には赤まんまの房3つ。兎をとりまく豊かな色彩が、その小動物の緊張感をドラマチックに彩っています。

続いて京都画壇より竹内栖鳳、上村松園などが取り上げられています。栖鳳の描く「孤鹿」は向こうへ跳ねていく鹿と、やや蛍光気味のピンクのツツジが快活な印象を与える作品。「老松朝陽」は抽象画のように思える大胆な構図と色使いで、ほとんどアクションペインティングの域です。

松園が描く美人たちはいつも「なにかを見ている女」。その目線を追いたくなり、そして、その心もようを探りたくなります。

土田麦僊の花鳥はサラサラと描いているようにみえますが、どれもみずみずしい。とりわけ素晴らしかったのは「柘榴叭々鳥」。この作品と対をなすように展示されていたのは小茂田青樹の「柿に百舌鳥」。カラリとした空気のなかに柿木の枝、実は3つ。そこにある空間のうるおいがすべてそこにとじこめられているような、豊かでふっくらとした相。

こちらの展示室は、4階から3階に降りるという動線となっています。後半は主に昭和50年代に制作された、工藤甲人や上村淳之などの作品が出ていました。

閉館時間をむかえ建物を出ると、景色は夕方色。駅に続く通路には「チェコフェア」と書かれた顔出しパネルがあり、試みたいと思うも、写真を撮ってくれそうな通行人が見当たらず通過。



この日は(実は二日酔いをかかえつつ)イベント列車を乗り継ぎ越後湯沢まで行き、温泉に入りそして高崎で3つの美術館を訪れるという、ちょっと狂気めいたコンテンツでしたが、その一日の終わりに美しい絵画を見たことにより、うまく着地した感じが。大満足の一日でした。
by paginademaiko | 2010-10-06 09:35


めくると
三菱一号館美術館で「マネとモダン・パリ」を見たのちは、地下鉄で外苑前まで移動。

こちらでは、neutron tokyoの「もりやゆき展 つづきを見に」のオープニングに伺いました。もりやゆきさんの作品は、2009年に中之条ビエンナーレで見たことがありますが、実は彼女はこのスペースのスタッフでもあり、実際には作品よりも御本人とお話する機会のほうが多かったりします。




もりやさんは京都出身。陶芸専攻ののちインスタレーションを手がけるようになるといったキャリアは、宮永愛子さんと比べられることも多いかもしれなません。しかし、もりやさんの作品は、宮永さんのような強靭さ(物理的なという意味ではなく)はありません。いきをひそめて、細い糸を慎重に手繰るようにして近づかないといけない。いうなれば、「定員1名」の世界。


作品はカーテンをまとっていたり、本の姿をとっていたりしていました。いずれも「めくる」という動作を促すもの。全体的に、展覧会のタイトルにあるように「見る」ということを意識させる作品が多いようでした。その行為を通じてアプローチさせたいのはおそらく「作家の内面」ではなく「鑑賞者の内面」。たとえばカーテンをめくったあとにふと「自分は、カーテンをめくる前に、一体なにを期待していたのか?」と考えさせるような感じ。

そういえば、もりやさんは中之条ビエンナーレではかつて酒蔵だった場所で「杜氏のみる夢」という作品を展示していました。彼女が興味を持っているのは、やはり自己の内面ではなくむしろ他者の内面なのかもしれません。

こちらのスペースを知り尽くしたもりやさんならでは展示方法も見どころのひとつ。例えば、吹き抜け部分に吊り下げられた立体作品は、動きに応じて室内に光の模様を描いたり、あるいは窓ガラスにその分身を映したりしており…周りの空間とさまざまなかたちで戯れているその様子に、しばらく見とれておりました。

余談ですが、会場では文化庁のN氏と遭遇。この方との「はっきりとした邂逅」は、昨年の8月、六本木のギャラリーでのことなのですが、その後この1年間のうちに様々な場所で遭遇。その場所は東京のみならず、たとえば大地の芸術祭に行った際、十日町の里山にある納屋のなかで出会ってしまったこともあります。氏とは、もしかしたら「はっきりとした邂逅」の前にも実際にはかなりの頻度で遭遇しているような気がしています。
by paginademaiko | 2010-08-09 16:53


オトナのクレパス
浦和に所用有り。その帰りにうらわ美術館で「再発見!クレパス画」を見てきました。

クレパスは「クレヨン」と「パステル」の長所を取り入れて開発された、日本生まれの画材です。クレパスのもととなった「クレヨン」は、19世紀から20世紀のはじめにかけてヨーロッパで発明されました。1910年代には日本にも輸入され、当時先進的な図画教育を行っていた私立学校で積極的に用いられるようになります。そのような学校のひとつであった成城学園小学校の教師・佐武林蔵はやがてクレヨンの製造販売の事業を手がけるようになり、その後1925年には改良の結果「クレパス」を誕生させます。その際に助言と指導を行ったのが以前より知遇のあった画家、山本鼎でした。

山本鼎は、お手本を見てそれを写す「臨画」という指導法一般的であった当時の図画教育において、子どもの想像力を基本とする「自由画運動」を提唱・展開させた人物であり、クレパスはこの運動にふさわしい画材としてその後急速に普及してゆきます。

というわけで「子どもの画材」というイメージが強いクレパスなのですが、この展覧会は、いずれも画家たちによって描かれた作品によって構成されています。それらは、4つの章-「人物」「花・静物」「風景」「抽象・構成・夢想」に分けられて展示されていました。

「人物」をテーマとした作品では顔、そして全身像を描いたが続きます。クレパス画というと子どもがよく使う画材であることから、明るい鮮やかな色を想像してしまいますが、例えば茶系でまとめられた中山巍の「顔」などオトナの雰囲気が漂うものも。全身像では寺内萬次郎の裸婦が数点出ていました。テラマンの裸婦はパステルでも悉くムチムチモッチリ肉感的。

花や静物を描いた作品ではやはり優しい感じの作品が多い気がしましたが、そのなかでも特に強い印象を与えられたのが、それぞれ脇田和と山本鼎によって描かれたほぼ同じ構図の「スイカ」の絵。脇田のそれは過剰なほどの赤さを見せ、まるでニヤリと笑う真っ赤な口のようであり、鼎のそれは逆に赤みが抑えられ、実直な写実性を感じさせました。

風景や抽象的作品を経て、会場の終盤には同館蔵による武内鶴之助のパステル画が展示されていました。武内による「空」だけを描いた一群の作品を見ていると、印象派の画家-とりわけクロード・モネのことを思い出します。モネは睡蓮池を描くにあたり、どんどんとその視線の角度を下げてゆき、最終的には水面ばかりを描くようになりましたが、武内はその逆に視線の角度を上に向け、そこにある光のみを描いています。

ギャラリーDで開催中の企画は「コレクションから―水彩、ドローイング小品集」。福原霞外という画家のドローイングが気になりました。
by paginademaiko | 2010-06-09 12:22


楓の窓
出張で葉山を訪れた際、山口蓬春記念館を訪問しました。
気持ちよい気候にもかかわらず、午後から天気が崩れるという予報のせいか、お客さんはほかに見られず。



美しい庭園でも知られるこの施設。石段を登っていくと白いあやめが清楚な姿を見せており、また、樹木をよく見てみると果実があちこちで実づいていました。もう少しすれば紫陽花が色づき始めそうです。



開催中の展覧会「想像と装飾の美 -デザイナ-・山口蓬春の視点-」ではデザイナーとしての蓬春の仕事、例えば装丁や舞台に関する資料等が展示されていました。また、本画に関しては紫陽花や貝殻といった夏らしい主題の作品をまとめて見ることができました。それらはいずれも、モダンでさわやかな雰囲気に満ちていました。

そして、この日は画室からの眺めが特筆すべきものでした。
吉田五十八の設計により1953年に完成した画室の、庭に面した壁面は、その面積のほとんどがガラス窓による開口部となっています。そしてこの日、その向こうの景色は大きな楓の木々によって完全に緑に染められており、室内からガラス窓を通して見ることによって、その眺めはまるで貴石そのものように感じられました。その色は、それを見ている自分の瞳の色が緑色になっているのではないかと思うくらいの強さでした。


by paginademaiko | 2010-05-31 13:16


ダイヤ改正前夜上野駅
金曜日の夜、仕事帰りに上野駅で夕飯を食べることになりました。

待ち合わせの時間までの間、アトレで「ストリート!2010展」を見たり、猪熊弦一郎の壁画を見たりしました。

ストリート!2010展」では東京藝術大学の学生による、平面を中心とした作品が廻廊のショーインドーに展示されているのですが…。感想は微妙なところ。





この日は「北陸」と「能登」の引退の日ということで、13番線ホームも訪れてみました。発車まであと1時間の時点で既にすごい人だかり。結局この日は同伴者がいたこともあり、お見送りは熱烈なファンに任せ、上野駅を去りました。



(ちなみに、「北陸」と「能登」のラストランについては、翌朝の「上り」をそれぞれ大宮駅および宮原・上尾間で-これは単に自分が乗っていた列車がすれ違っただけですが-見ることができました)
by paginademaiko | 2010-03-14 22:41

    

アート(たまに鉄道)に関する日々をつづるブログ。 Copyright (c) 2005-11 YAMAUCHI Maiko All rights reserved.
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