西日本に進路をとる(西日本の旅2012 その1)



今年度はいろいろな事がありました。
精神的にきつい時期も長かった。


3月8日。
また来年度もがんばるために、春の18きっぷの旅に出ました。
今回は少し長めで、8日間の行程。

大まかな目的は次の通りです。
いつものように、鉄道と美術館のセットです。

1日目 
(鉄)371系ホームライナー浜松

 
2日目 
(美)広島市現代美術館シャルロット・ペリアンと日本
(鉄)東海道線、山陽本線


3日目 
(美)大宰府天満宮宝物殿神戸智行展 イノセント・ワールド
   九州国立博物館
   福岡アジア美術館魅せられてインド
(鉄)山陽本線、鹿児島本線


4日目 
(美)島根県立石見美術館mte!ね。しまね
   島根県立美術館くらしとデザイン 『暮しの手帖』花森安治の世界
(鉄)山陰本線


5日目 
(美)足立美術館横山大観VS竹内栖鳳
(鉄)木次線


6日目 
(美)鳥取県立博物館「鳥取鉄道物語」
(鉄)山陰本線、舞鶴線、小浜線


7日目 
(美)金沢21世紀美術館押忍!手芸部 と 豊嶋秀樹『自画大絶賛(仮)』 」
   金沢21世紀美術館「モニーク・フリードマン展
   京都造形芸術大学 大学院(通信教育) 修了制作展
(鉄)北陸本線、湖西線、東海道線


8日目 
(美)愛知県立美術館うつし、うつくし
   静岡市美術館竹久夢二と静岡ゆかりの美術
(鉄)中央線のワム、東海道線、373系普通列車


それでは、旅のはじまり、はじまり…。


(つづく)
# by paginademaiko | 2012-04-16 07:59 | 西日本の旅2012春


あまぎ号
3月4日。

通勤のため東京駅の東海道線ホームに立っていたら、なんだか向かいのホームから「黄色い線から出ないでくださーい!」と殺気だったアナウンスが聞こえてきました。

どうやら最近リバイバル塗装された特急車両がイベント列車として走るらしい。
しかし先を急ぐ私は確認する間もなく普通列車に乗り込み出発。


ところが、私が乗った列車は品川で5分ほど停車することに。
そこで、「あ、あの列車が後からやってくるかも」と待っていたら、予想通りに登場しました。





あまぎ号というそうです。

# by paginademaiko | 2012-04-11 18:27 | 日常または放浪


雪の秩父鉄道
2月29日。
朝、目覚めたら、東京にしては大雪。

オフだから青春18きっぷで出かけよう!と一瞬思いましたが、今年はうるう年ということでこの日はまだ2月29日。

ということで、18きっぷとは関係のない「秩父鉄道」に乗りに行くことにしました。

家を出るときに、マンションの階段からも列車を少し撮ってみました。

EF81牽引の貨物列車。



小田急のMSE。




そして上野から高崎線に乗り、熊谷で下車。

まずはお昼ごはんを食べるため駅のおそば屋さんへ。
気合いを入れてミニカレー付きのセット。



「秩父路遊々 フリーきっぷ」を買って秩父方面に向かいます。1400円で秩父鉄道乗り放題なので、熊谷~三峰口(920円)を往復するなら元が取れます。このきっぷは通常は土日祝限定なのですが、沿線の花の名所の開花期に合わせて平日でも利用できる期間があり、この日は長瀞の蝋梅の開花期間という設定で利用することができました。



寄居駅で貨車を見かけたのでとっさに下車してしまいました。
濡れて、ちょっと哀しそうな顔のヲキフ。



終点である三峰口行きの下り列車が来るまで1時間もあったので、上り列車に乗って武川駅まで行くことにしました。

やって来たのは秩父鉄道7000系。



武川駅に着くと、向かいのホームからは影森止まりの下り列車が発車していきました。



雪の中の赤いデキとヲキフ。



この駅から乗った三峰口行きの列車は1000系でした。



扇風機もクラシックな感じです。



雪化粧の河原。



ディーゼル機関車。




三峰口に到着。





この頃には雪もやんでいました。歩いて秩父鉄道車両公園に向かいます。



駅にとまっている「蝋梅」ヘッドマーク付きの列車がよく見えました。



公園の入り口から、手前半分には無骨な貨車がいろいろと並んでいます。



無蓋車の中には雪が積もっていました。



デハ。



アメリカで1922年に製造された電気機関車。




帰りの列車に乗る前に、三峰口の駅前にある食堂へ。
お土産に秩父錦の小瓶を買いました。

ついでに、この後乗車予定の急行の中で飲もうと思って自分用にワンカップの秩父錦を買ったら、親切にもお店のおばちゃんが燗につけて、持たせてくれました。

三峰口から影森まではこの列車で移動しました。





影森からは、はじめて秩父鉄道の急行に乗車。
急行券は200円でした。



暖かい秩父錦を飲めば、冷えた身体も温まり、楽しい1日の締めくくりとなりました。



帰りは、熊谷から先の羽生まで行き、東武鉄道で東京まで。
フリーきっぷも十分活用できました。
# by paginademaiko | 2012-04-11 18:20 | 日常または放浪


JP
2月26日。東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を見てきました。




ジャクソン・ポロックは抽象表現主義の画家のなかで最も有名で、伝説的な画家。
若い頃のアルコール依存症、床に置かれたカンヴァスに絵の具を滴り落とす作家のポートレイト、黒く変容していく画面、そして自動車を暴走させたことによる突然の事故死…

日本で始めての大規模な回顧展とういことで、会場には20歳前後の作品から、44歳で亡くなるまでの作品が展示されていました。門外不出といわれており、過去にアメリカで行なわれたポロックの大回顧展でも出品されなかった、テヘラン現代美術館に所蔵されている「インディアンレッドの地の壁画」も展示されていました。このあたりは、イランとアメリカそして日本をめぐる外交・貿易関係の実情が反映されているような気も。

初期の作品はメキシコ壁画運動のアーティストの作品を思わせるような骨太さがあり、そして常に暗さも付きまとっているという印象。やがて画面は抽象化の方向を辿ってゆき、1940年代の中期以降はドリッピングによる細い線が重なり合い、絡まり合うような画風を確立します。

このうちニューヨーク近代美術館の「ナンバー7,1950」は絵巻のような横長のプロポーションが特徴的な作品で、様々な楽器の音を表現した楽譜のようでもあり(白がハープで、黒がオーボエとか)、文字が書かれた呪符のようでもありました。ポロックの功績は「オールオーヴァー」な絵画を生み出したことともいわれますが、画面の縦横比を変えるだけで、こんなにも具体的なイメージ(それは音符や文字に変換できるようなもの)を思い出すような画面になるということが非常に興味深く感じました。

しかし、わずか数年後の51年にはその様式を大きく転換され、画面は黒く粘質を帯びた、より太い線に支配されるようになります。実際にこの時期の作家はアルコール依存症が再発し、精神的に不安的な日々を送っているのですが、それを知らずとも、この頃の作品は見ているこちらも心が穏やかではなくなってしまうようなものでした。

結局ポロックは模索の日々のなかで突然の死を迎えるわけですが、もしこの画家がもっと長生きをしていたらその作品はどうなっていたのだろうかと思います。晩年にその色彩はモノクロームに向かいましたが、それを突き詰めて、究極にオールオーヴァーな画面として筆致すら見えない無地の画面に至ることも考えられます。また、ドランのように古典主義や写実表現へと向かうということも考えられます。自由勝手な想像を広げればきりがありませんが、そこで思い浮かぶスタイルの多くはポロックの没後に展開した様々な運動に実際に現れていることにも気付きます。例えば、ミニマリズム、スーパーリアリズム。

でも、もっと勝手な想像をしてみるなら、もしかしたら他のジャンルに没頭するという展開もあるかも知れません…20世紀の天才と言われる人物を例に挙げるなら、デュシャンのチェス趣味や、ジョン・ケージのキノコ研究みたいに。


この日の夜は目黒の絵画教室「ルカ・ノーズ」で講義。



日本美術史の概説と、日本美術を楽しむためのポイントについて3時間ほどお話しました。
# by paginademaiko | 2012-04-11 18:08 | アート


戦闘美少女
2月22日。

1月から2月にかけて続いていたハイプレッシャーな日々から一旦の開放。
朝のうちは若干ぼけーっとしていましたが、これではイカンと思い、この日初日の「文化庁メディア芸術祭」に行きました。





しかし、結局序盤で頭がフリーズしてしまったので、基本的に呆然としながら見学しました。そして「まどマギ」の展示室にヲタさんオーラむんむんの方々が結集していたのが印象に残りました。


自分も10代半ば頃までは、アニメやマンガが大好きで、アニメ雑誌の「アニメージュ」も毎月買っていたし、スクリーントーンを切り貼りしながらマンガを描くような時代もありました。でもいつの間にか興味を感じなくなってしまいました。それは年齢的なものもあるかもしれないし、所謂「萌え系」と呼ばれるアニメの興隆や享受層の拡大とも無関係ではないような気がします。

せっかくなのでここでアニメについても考えてみたいところですが、恥ずかしながら、現在の私は、瞳の大きな女の子がたくさん出てくるアニメについては、鑑賞方法がよく分からないというのが正直なところです。

以下に、かなり主観に満ちた文章が続きますが、自分は現役のアニメファンではなく、反論をされるとつらいものがありますのでどうかご容赦を。



まずは私の偏見から入ります。現在、大量に流通する少女系アニメというのは、プロットやキャラクター設定において享受者が好む「型(タイプ)」というものが存在し、これをうまく活用しているゆえにコマーシャリズムにおける一定程度の成功を獲得していると私は考えています。

たしかに、キャラクター設定における「型」は、能や歌舞伎においても見られ、むしろそれが鑑賞の一助となっているということが出来ます。あるいは、ヴィジュアルの継承という点では江戸狩野が行ってきた図像継承の方法論と比較することも可能でしょう。

しかしこんにちのアニメにおけるヴィジュアルについて考えると、(主に男性の)セクシュアルな視線に応えられる要素(例えば、過剰に大きな瞳、庇護を必要とする年齢を思わせ童形でありながら身体の一部がそれに比して成熟している、あるいは露出の度合いなど)がまるで護符のように備えられているという点で異なります。

一方、キャラクター設定についてですが、例えば「まどマギ」のように「戦闘美少女」と呼ばれる類型においては、彼女たちは様々なかたちで戦闘能力(魔法であったり機械操縦の能力であったり)を備えています。これをシンプルに分析すれば「美しさ」と「強さ」の双方を有することへの賛美、あるいは可愛い外見と戦闘能力のギャップに価値を見出すといったことが挙げられるでしょう。

注目すべきは、ここでそれぞれ対比されている要素が、伝統的には前者は女性に、後者は男性に求められてきたものであるということ。極端に言えば、マチスモな能力を愛くるしい外見で包んでいる彼女たちは「女性性と同時に男性性を有する」ということが出来るのではないでしょうか。

この、男性性を内包する女性に対して成人男性が「憧憬や愛好」を抱くことが、どのようなメカニズムで発生し拡大てきたかについての考察は、私にはなかなかハードルの高いものがあるのですが、いわゆるこのようなキャラクターの出現が1990年代以降に顕著にみられる動向であることを思うと、そこには80年代後半からの政策(85年の男女雇用機会均等法等)や経済情勢(バブル経済等)、そしてそれに続く「失われた10年」におけるジェンダー観の変化のなかで、男性が喪失した(ようにみえる)「男性性」の補填が、いわば「両性具有的な少女たちへの興味・愛好」というかたちで行なわれたのではないか、ということも想像されるのです。極端に言えばゼロ年代中盤以降に登場・拡大した「熾烈な競争のなかでポジションのために闘い続けるアイドルグループの少女たち」も、一種の「戦闘美少女」の類型に属するということが出来るのかもしれません。

「年端も行かない少女たちに闘いを強い(けしかけ)、それを商売とするとは何たることか」
あるいは、私の中の封建主義がそう言っている気もします。

もちろん「萌え系」アニメのなかには戦闘美少女系以外にも様々な類型がありますが、おそらく私がこれらのアニメと距離をもつことになった理由というのは、自らの青年期において実際に「男性」というものを精神的・物理的に知っていくうちに、流通するアニメに内在する「都合の良いジェンダー論」に対して違和感を覚えたからではないかと思います。


フィクションの世界に対して少しむきになって書いてしまった気がしますが…アニメファンの方、気分を悪くされたらごめんなさい。


この日は、北千住で会食ののち三菱一号館美術館の「ルドンとその周辺-夢見る世紀末」へ。




ルドンの「グラン・ブーケ」は、一見美しい花の群れと見せて、みればみるほど魑魅魍魎感たっぷり。マックス・クリンガーの、「女性が落とした手袋を拾おうとする男」の妄想ストーリーを描いた版画の連作「手袋」はやっぱり面白い…結局は「夢オチ」ですが。


そして、この展覧会のチラシやポスターをはじめとする広報戦略は独特でしたね。
フォントサイズや書体の選択、写真、余白のバランス…デザインの常識をあえて避けているとしか思えない感じで、最初は、入札した業者さんが根本的に素人だったのかな?とも思ったのですが、三菱一号館美術館ならイメージ戦略にお金を惜しむはずもないと考え直し、個人的には「意図的な違和感でインパクトを残す作戦」という結論でいます。


# by paginademaiko | 2012-04-11 18:04 | アート


波の間に間に
2月21日。

この日は所用で府中方面へ行きましたが15時頃には終了。
京王線で初台まで向かいました。

初台といえばオペラシティー。
その中庭でいつも歌っている「彼」。



そしてここでの目的はオペラシティー・アート・ギャラリーで開催中の「難波田史男の15年」。



10代後半から、32歳で亡くなるまでの約15年の作品が、時代ごとに幾つかの章に区切られて展示されていました。
作品の多くは紙に水彩やインクで描かれ、カンディンスキーやパウル・クレー、そしてアール・ブリュットの絵画に共通するような、抽象や具象の間を揺らいでいるようなイメージが描かれています。様々な色が使われていますが、それらはどこか哀しそうな色。

これらの作品から私が連想した言葉は「浮遊感と寂しさ」でした。

その制作人生は短いものでしたが、残された作品の点数は多く、その仕事の豊かな広がりを感じることができました。しかし、やはり禁じえなかったのは、俗っぽい言い方をすれば「きっと暗い人だったんだろうなあ」という感想。もう少し上品に言い換えれば「内省的な人物」となるでしょうか。その最期がフェリーからの転落死、つまり青い海に消えていった、ということも、そんな印象を持たせる一助となっているかもしれません。

生涯の大部分で青年期であった、つまり夭折の作家の作品を思うときは、あわせて「生きた時代」にも目を向けなければならないと私は考えます。難波田史男の場合、その活動期が1960年代から70年代前半という、高度経済成長期にあたります。試みに、ハイテンションな社会を想像しながら難波田の作品を眺めていたら、「時代」と距離を持ち、ひたすらに自己について逡巡する人間の姿が浮かび上がってきました。


続いてICC。この日はあまり時間が無かったので、観覧料無料の「オープン・スペース2011」のみ観覧。久々の訪問でしたが、様々なタイプのメディアアートを見ることができ、楽しめました。



印象に残ったのは、ハワイの沖合いに設置されたブイで観測される波の状況がそのまま反映されるというグリッド状構造物による作品、デイヴィッド・ボウエン「テレプレゼント・ウォーター」。観測データはアメリカ海洋大気圏局が「公開」しているデータを利用したもので、「自然-(パブリックな)情報-造型」が層状になっている作品といえます。ただ、アートとしてのメッセージ性が少し弱い感じがしたので、若い作家さんなので、その点については今後の展開に期待したいところ。

展示室入り口には、床下に埋められた展示ケースに様々な資料を展示することにより、20世紀の文化史をクロノロジカルに紹介するコーナーがあります。常設なので、いつ行っても見ることができますが、毎回毎回、私の心をとらえてしまうのは、オスカ・シュレンマーがバレエの再現映像。そこでは、球や円錐といった、どう考えても動きづらそうな硬質な衣裳(?)を来たダンサーたちがチョコマカと動いています。20世紀初頭にフランスに登場したキュビスム絵画は、運動や時間といった要素を幾何学的図形をともないながら画面のなかに出現させましたが、シュレンマーは逆にダンスという元来運動や時間をともなう芸術に、幾何学的図形を持ち込んだといえます。

今シーズンの「オープン・スペース」の入り口には、メディアアーティストたちのインタビュー映像もあり、その中にはローリー・アンダーソンの姿もありました。この美術館で行なわれた彼女の展覧会は、私がいままで見たメディアアートの展覧会のなかでも、最も「もう一度見てみたい」もののひとつです。まさしく、パワーとしなやかな発想のお方で、その姿を映像で見るたびにわけもなく勇気付けられてしまいます。
# by paginademaiko | 2012-04-02 20:02 | アート


尾形光琳と岳南鉄道


梅の咲く季節には熱海のMOA美術館に行きます。
というのは、この時期には尾形光琳の「紅白梅図屏風」が展示されるから。

今年は、まもなく貨物輸送が終了する岳南鉄道と合わせて訪問することにしました。


熱海駅からMOA美術館まではバスで10分ほどです。



いつもはこの屏風が展示されるころは梅の花が咲いていますが、今年は特に開花が遅いようで、まったくといってよいほど咲いていませんでした。



屏風と10分ほど対面して、熱海駅へ。
昼食に駅のホームでおそばを食べて…再び東海道線で西に向かいました。




そして吉原駅で下車。
ホームには撮り鉄さんが数名いました。


EF66とワムと製紙工場。



EF66と富士山。




ホームの静岡寄りには岳南鉄道との連絡通路があります。
ここを通って岳南鉄道のホームへ。

とりあえずマイ貨物時刻表を頼りに、まもなく発車する予定の貨物列車を探しますが姿が見当たらない。駅員さんに聞いたらこの日は運休とのこと。がっかり。本日の運行状況を確認して、上り貨物列車が見られるという比奈駅まで向かいました。

柱の曲線…モダニズム。



この朱色!



工場の中を進んでいくような眺めは岳鉄ならでは。



車窓より。ワム至近。



比奈駅で下車すると、ホームには鉄道ファンと思しき方が20名ほどいました。

ここには古参の機関車がとまっていました。



その時聞こえて来たのは、駅員さんが一般のお客さんを呼び出す声。
そして機関車へと向かうお客さんの姿。
「も、もしや…!?」

早速、窓口で問合せすると、乗車体験を行なっているとのこと。その名も「きまぐれ乗車体験」といい、機関車の運用の間に突発的に設定されるそうです。

ということで、即申込み!!
有料で、1人1500円ほどかかりますが、硬券の1日乗車券(大人と子供用が1枚ずつ)と記念乗車券が付いてくるので、そんなに高いという印象はありません。

まずは機関車の仕組みについて説明を頂いたあと、機関車に乗り込みます。

大興奮でついドヤ顔になる!




そして運転士さんが「これから200メートルほど動かします」と。


ええっ  ええええー!
「動 か し て も ら え る ん で す か !?」
(受付時の説明をよく聴いていなかった私)


思えば、これまでいろいろな鉄道のイベントに参加してきましたが、実際に運用されている列車の乗務員室のなかに入れる機会は希少。先日のJR貨物の大宮車両所に及んでは1万円のグッヅ購入者のみ乗車の権利が与えられるという状況で苦汁をなめたばかり。

興奮と唖然が入り交ざった状態の私を乗せ機関車は動き始めました。

まずは無線の誘導で後進します。
運転士さんが、運転士さんが隣で運転をしている…!
鼻血が出そうです。

そしてこのアングルでのワム。




前進。うわうわうわうわ。

そして運転士さんの席に座らせてもらい、計器類の説明を頂きました。

パン下げの指示。



車内では写真を撮りまくりましたが興奮しすぎのためか、まともに撮れた写真はほとんどなし。

私が降りたのち、ED402は貨物輸送のお仕事を開始。



入れ替え作業を眺める。

そうこうするうちに、ふと気付いたのはゴスロリ風のピンクのドレスを着た女の子の存在。カメラマンと思しき男の人が同伴している。アイドルさんかな?別によろしいのですが写真のアングルの中に入ると目立ちすぎるので、あまりありがたくない存在ではある。

と思っているところに旅客列車の並びの場面が出現。



写真を撮ろうと思ったら、彼ら、ヘッドマーク付きの車両の先頭付近で撮影開始。
思わず「ちぃっ」と舌打ちしてしまったのはここだけの秘密。

そして貨物列車は出発していったのでした。





吉原に戻る為の列車まで少し時間があったので、周囲を散策してみました。

転轍機の標識がたくさん。



太丸ゴシック体の駅名看板。



駅員さんが鋏を入れる場所。



そしてやってきた列車に乗って吉原まで。

吉原駅ではミラーを使ってセルフポートレイトを撮影。ふたつのミラーのうちもう一方には、ワムが写っています。



そして来た時と同じように連絡橋へと進もうとすると…頭上にこんなサインが。
なかなか個性的なフォントです。



JRのホームから、最期に正面(側面だけど)からのショットをばしっと。



天気にも恵まれ、よい岳南日和でした。
# by paginademaiko | 2012-04-02 19:58 | 日常または放浪


色彩に至る
2月19日。

この日の前半、北関東の某都市で「頭からケムリ」モードであった私。

午後に時間が出来たので、帰京の途中で埼玉県立近代美術館に立ち寄り、「清水 晃・吉野辰海展」を見てきました。ともに埼玉に在住し、1960年代に現代美術作家としてデビューした作家による2人展です。




会場は前半が清水さん、後半が吉野さんのスペースとなっていました。

清水さんは地図や色盲検査表といった既存の平面イメージや、ポストや廃材を使ってフロッタージュやコラージュによる作品を制作。つねに2次元と3次元の間を漂いながら制作してきたという印象です。近年の仕事としては横長の紺色の支持体に様々な色や素材の断片がアッサンブラージュされた作品が展示されていました。

若き日にネオ・ダダに触れた吉野さんは、のちに幼い日の記憶の中にある「犬」をテーマにした作品を制作するようになります。やせ細ったその犬は様々なスケールやプロポーションで繰り返し表現されていきました。近年では、ゾウや犬といった動物の頭部を持つ少女像を天然色で制作。ヒンズー教の異形の神々と、21世紀的少女系フィギュアを思わせる、かなり卑俗な印象のものでした。

この2人の作家に共通するのは、若さゆえのニヒリズムを多分に含むストイシズムのなかから、やがて鮮やかな色彩への希求が力強く芽生え、そしていま面的な広がりを見せているということ。

そして、若い頃の作品と、現在の作品のどちらが「好み」かということが、見る人によってハッキリと分かれそう、という点でも共通しているかもしれません。
# by paginademaiko | 2012-04-02 10:07 | アート


大宮車両所
2月11日。
とっても寒い日でしたが、私の心は朝からウキウキ。

この日はJR貨物の「大宮車両所」の公開イベント「EF65 535 生誕45周年記念ふれあい展示会」に行きました。

朝8時半。駅から徒歩10分ほどのところにある会場に向かって歩くと、入り口からこちらに向かって長―い列が。

並んでいる人は普段の鉄道イベントの来場者に比べて相当マニアックな空気がむんむん。そして試しに列の先頭までその様子を見に進んで行くと、さらにその濃度が増すという状況でした。東京総合車両センターの公開で見られるようなファミリー層はわずか。300人ほどの列のうち、女性は数名といったところ。これはスゴイところに来てしまった…。

開場。撮影やグッズ販売に応じて列は分けられ、そこを人々は進みます。
そんな中ベビーカーを押しているお母さんが居ました。えらい。




敷地内の上空には新幹線の高架が。




紅白幕の向こうの機関車が姿を表すのを待つ人々。
撮り鉄さんたちの熱気がすごい。



そしてピカピカに磨かれた機関車がお目見え。
黒山の人だかりの間からなんとかして撮影しました。



前後のヘッドマークはそれぞれ一定時間で取り替えられる演出になっていました。




カメラを構えた人たちはそのたびにものすごい勢いで撮影していました。




ただし、この日、残念だったのは、機関車の乗務員室に入室できる体験が、1万円のグッヅ購入者のみを対象としていたということ。趣味にお金を使える大人を優先し、子どもや若年層に門戸を閉ざしてしまうようなやり方ははっきり言って感心できませんでした。

こういうやり方って、JR貨物さんの将来の優秀な人材の確保のためにもならないと思います。


私はこの日、貧血が厳しかったので、倒れない程度にマイペースで見学。

おお!愛知機関区。



展示コーナーもありました。




そんななか、模型の機関車を見つめるちびっ子の姿もありました。
優秀な鉄道員さんになっておくれ~!


最新型のヘッドマーク!ではなく、薄型のモニタ。



現場で働く人たちの安全を守るヘルメット衆。



屋外にも面白いものがたくさんありました。
例えば、巨大なバネ。なんかすごいものが作れそう。



CAUTION集中地帯。



ん?長野総合車両センター?




こちらにもヘッドマーク付き機関車。



…といろいろ楽しんでおりましたが、もともと体調不良で会ったこの日、工場内の寒さはさすがに堪え、時おり目の前が真っ白になりそうな気配がしましたので1時間半ほどで戦線離脱。次の目的地へと向かうことにしました。

そして大宮駅で湘南新宿ラインを待っていると、タイミングよく貨物列車が登場。やってきたEH200は、先ほど大宮車両所でヘッドマークがわりにモニタを付けられていた機関車の一番ちがいでした。



そして渋谷から徒歩で青山方面へ。

青山では、古書の日月堂をのぞいて、根津美術館で「百椿図 椿をめぐる文雅の世界 」を見てきました。伝狩野山楽画といわれる「百椿図」は、珍しい品種の椿を描き連ねた、たいへん美しい絵巻でした。


この日の最終目的地は、羽田空港。目的はお出迎え。


夜のデッキには、飛行機の写真を撮ろうとする人たちがいました。
被写体との距離は列車とは比べ物にならないくらい離れているでしょうから、おそらくそれなりに高度なテクニックが必要なのでしょう。ましてや夜など。

私も試しに撮ってみましたが、カラオケの歌謡曲のイメージ映像みたいになってしまいました。




ちなみに空港にまつわる歌で私が好きなのは、テレサ・テンの「空港」です。
# by paginademaiko | 2012-03-28 09:14 | 日常または放浪


烏山線
この日は午前中に所用のため宇都宮まで。

行きは北千住から東武線で久喜まで向かい、そこからJR宇都宮線に乗り換えました。
久喜駅のホームで宇都宮線を待っていると、貨物列車が通過。機関車はEH500です。



朝ごはんは、宇都宮駅でおそば。



所用はお昼頃に終了。


ここまで来たら地元の美術館に行くべきところですが、宇都宮にあるふたつの大きな美術館のうち、宇都宮美術館は工事による閉館、栃木県立美術館では既に見た展覧会の巡回展を開催中という状況。

ということで、この日の午後は鉄活動に充てることにしました。

そして宇都宮駅の改札を入り、向かったのは…



烏山線のホーム。



初代東北新幹線を彷彿とさせるこのビビッド・グリーン!



2両編成のうち先頭側はクリーム色と朱色による「国鉄一般色」仕様。



早速乗務員室の背後に陣取ります。
運転士さんは研修中の模様で、試験官と思しき方2名が同伴。

途中、大金駅で行き違い。




この列車は宇都宮を出発して、途中の宝積寺駅より烏山線に入るという運用でした。
宝積寺からは30分ほどで終点の烏山に到着。


烏山線は、始点の宝積寺から烏山までの駅が全部で8つ、車両が8両ということで、烏山以外の7つの駅に七福神の神様がそれぞれあてられ、また、車両については全尊が描かれる1両をのぞいてそれぞれの車両に1尊ずつが描かれています。

私が乗ったのは毘沙門天号でした。



烏山駅の外観。



折り返しの上り列車の発車まで少し時間があったので駅周辺を散策することにしました。



ノスタルジックな焼きそば屋さん。



駅の近くではいちばん賑やかであろうと思われる酒場通り。



駅前のおそば屋さんでおそばを食べました。JR関東バスの経営のようです。



駅前にはバスターミナル。バスの標識が沢山並べられている様子が、まるでバスを待つ人々の列のように見えて面白いなと思いました。背後の壁が大谷石というのも栃木らしくて良い。



帰路の大金駅で行き違いのため停車。
やってきた下り列車は2両とも緑ライン仕様。



並びの撮影に成功。



半日だけの、ちょっとした鉄旅。
のんびりキハ音を楽しむことができました。

# by paginademaiko | 2012-03-28 08:48 | 日常または放浪


シダネルの野心
2月1日。
京浜東北線沿線でぶらぶらとお散歩。


家を出たのがお昼頃だったので、以前田端駅近くで見つけたタイ料理屋さんをめざして西日暮里駅から歩いてみました。

途中、鉄道グッヅのお店を発見。




そしてお目当てのタイ料理屋さんへ入店すると…

とてもフレンドリーなお店のマダムに熱烈歓迎されました。
「オジョウサンカワイイネ」と連呼され、激しくボディタッチされ…微笑みの国タイのホスピタリティは半端ではないことを実感。セットのお料理をいただきましたが、味は日本人好みにアレンジされているという印象でした。サラダバー、ドリンクもお替わり自由で、なかなか満足。

その後、田端駅から京浜東北線で北浦和まで移動し、埼玉県立近代美術館を訪れました。



なお、美術館のある北浦和公園には、先日まで六本木ヒルズに設置されいた黒川紀章のカプセルが設置されていました。ややデペイズマンな感じ。







時間に余裕があれば、別所沼公園の「ヒアシンスハウス」と合わせて見るのもよいかもしれません。


美術館では「アンリ・ル・シダネル展」を見ました。


シダネルは1862年生まれのフランスの画家で、同世代の画家としてはシニャック(1863年生まれ)やボナール(1867年生まれ)の名が挙げられます。

優しいタッチで庭園や郊外の美しい町並みを描いたその作品は、日本でも人気が高そうに思えますが、その作品を目にする機会は実は少なかったように思います。

展覧会で語られる、この作家の暮らしから察するに、芸術と庭に対する愛情はほぼ同格であり、どちらが欠けてもこの作家の姿はありえなかったのではないでしょうか。

作家が庭に対して示した愛情は、時に地域の姿を変えてしまうこともありました。アトリエを構えたジェルブロワという町では、作家が庭にたくさんのバラを植えたことで町の人々も各々の庭を美しい花で飾るようようになり、やがてこの町はバラの町として知られるようになります。住民のひとりひとりが「美しさ」について考え、行動した結果、コミュニティの姿が変わっていったというこの出来事は、こんにち様々な地域でその活性化を目的として企画されているアートプロジェクトを考える時、かぎりなく自然体に近い形で展開したムーブメントの先駆として特筆できのではないか、と思いました。

ただ、住民が庭を美しく整え、そこに人が集うことそれ自体をアートとみなすことは難しいという考えもあるかもしれません。しかし、シダネルという画家が庭の絵を描くということを通じて為そうとしたことについてもう少し考えてみると、それは「思想を、美を伴って具現化する」という、芸術家を芸術家たらしめる行いの延長に展開した出来事であることが見えてきます。

それをはっきり伝えてくれるのは、展覧会終盤に展示されていたヴェルサイユ宮殿の庭園をテーマにしたシリーズです。ここでは夜の噴水を描いた作品が数点ありましたが、その主役は噴水そのものではなく「人工」の水と「天」の光の「戯れ」だと私は思いました。

ヨーロッパにおいては「自然は征服すべき対象」という考えが伝統的にあり、ヴェルサイユ宮殿といったようなフランス式庭園についてはとりわけその思想を如実に表す例として知られています。それまでの人生において庭園という場を通じて人間と自然との幸福な関係を考え続けた作家が、その晩年においてヴェルサイユ宮殿をテーマとし、人工と自然が共につむぎ出した光景を描いたのは、その伝統的な自然観に挑もうとしたからではなかったからではなかと私は考えています。シダネルの絵は、一見するとやや耽美過ぎるようにも思えますが、私はこの展覧会を見て、シダネルという画家の本当の姿に、少し触れることができたような気がしました。


その後は、再び京浜東北線に乗って有楽町まで。
銀座で幾つかの個展をまわってこの日の散策は終了。
# by paginademaiko | 2012-03-28 08:25 | アート


瀧口修造とマルセル・デュシャン、ちょっとだけ青春回想
1月29日。

千葉市美術館で「瀧口修造とマルセル・デュシャン」を見てきました。

この日の午前中、ハイプレッシャーのもと頭からケムリが出るような状況下に置かれていたわたくし。気分はミケランジェロの「最後の審判」に描かれるヌケガラ人間。「このまま瀧口&デュシャンワールドに突入したら展示室内で卒倒するに違いない!」と思ったため、アリナミンVを一気飲みしてから千葉に乗り込みました。

なお東京駅より合流した同行者は、午前中に国立西洋美術館で「ゴヤ」を見たとのことで、凄惨な版画集にあてられたせいか、こちらも少々グロッキーな状況。




そんな微妙なテンションで展示室に入ると…展覧会最終日ということもあり、会場には熱心に作品に見入るファンの姿が。結局、その異様な熱気に引きずられるようにして、約300点という出品作品を2時間半かけて休憩無しで見てしまいました。

デュシャンの作品については2004年に国立国際美術館で開催された「マルセル・デュシャンと20世紀美術」が私にとってはひとつのテキストのような存在になっていますが、この展覧会は、デュシャンと瀧口修造という評論家との交流を軸として展開しており、西洋と日本、制作と評論といったものが豊かに綾なしながら展覧会を構成している印象を受けました。

この展覧会で知り、嬉しく感じたのは、デュシャンと瀧口の邂逅の場が、サルバドール・ダリの邸宅であったということ。というのは、学生時代にひとり旅で訪れたことがある場所だから。ここは、自分が訪れた芸術家の家のなかでは最も遠方にあるところだと思います。

フィゲラスという町から路線バスに乗って、田舎町の停留所で下車してしばらく歩いていったところにある小さな集落・ポルト・リガットの入り江にある家は、まさしくダリの絵画に登場するような不思議な形をしていました。

あたりにいる人懐こい野良猫たちと遊んでいるうちに、つい泣き出してしまった失恋したばかりの私…というのは遠い青春の1頁。脚本に仕立てて、ペドロ・アルモドバルに送ったら読んでもらえるかな?


延々と続く作品を見終わったところに登場したのは「実験工房」を特集した所蔵品展示。山口勝弘のヴィトリーヌ・シリーズや北代省三のモビールシリーズといったキネティックな作品が、良い具合に頭と身体の緊張感を解き解してくれました。


若干ナチュラル・ハイな状況になりながら、帰途、船橋駅で途中下車して駅前の回転寿司に立ち寄り、目の前のベテラン職人さんを独り占めしつつ熱燗数本を空けて…

ヌケガラ人間は元通りのかたちに戻ったのでありました。
# by paginademaiko | 2012-03-28 08:18 | アート


小さな洋館とドア手動エレベータ、神楽坂
1月28日。
この日は、元職場の先輩と、神楽坂を訪れました。

待ち合わせ場所は「アユミギャラリー」。
初めての訪問です。

都会の建物の中にひっそりと立つ、小さな小さな洋館。
かつては建築事務所として使われていた建物です。



こちらでは現代美術作家によるグループ展「Unknown Surface」を見ました。



出品作家の方と少々お話。



この日の神楽坂での用事はこれで終了、の予定でしたが、先輩の提案でもう一ヶ所寄り道。

訪れたのは「ミナト第3ビル」。印刷関係の古いビルですが、この中に3つの現代美術ギャラリーが入っています。



エレベーターはドアの開閉が手動で、ガシャン、と音を立てて乗り込めば、古いスパイ映画の中に紛れ込んでしまったような気分に。本当にこの先にギャラリーがあるの?と思いますが、その先にホワイトキューブが出現したときのサプライズと、ちょっとした安心感は、ちょっとクセになりそうな感じでした。

こちらでは、イムラアートギャラリー佐藤雅晴個展 ココちゃん)、MORI YU GALLERY TOKYOTHE FICTION INSIDE YOU 寺村利規 - Toshiki Teramura)、オオシマファインアート及川恵子 十方)を観覧。


神楽坂にはあまり足を運ぶ機会はありませんが、美味しいお店が多いと聞きます。今後オフ会やデートを企画する際は、ギャラリーはしご+食事というプランもなかなか良いのでは…と野望を持つのでありました。
# by paginademaiko | 2012-03-28 07:42 | アート


新鶴見機関区のワム
1月24日。

この日は勤務日。
前夜に雪が降ったので、少し早めに家を出ました。

横須賀線で新鶴見機関区の前を通ったら、ワムが止まっているのが見えました。





車内から写真を撮っていたら、そばにいたお兄さんがリュックから「鉄道ファン」の最新号を取り出して音読を開始…私、ライバル視された…のかな?
# by paginademaiko | 2012-03-28 07:14 | 日常または放浪


Mon hakoné
1月14日。
久しぶりに箱根に行ってきました。

お目当てはポーラ美術館の「Léonard Foujita mon Paris, mon ateriler レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ 」です。

私の住む場所からいちばん近いターミナル駅である北千住からは、箱根湯本行きのロマンスカーが出ています。が、私の場合定期が東海道線の大船まで使えるので、お正月のもろもろの出費のあとということもあり、小田原までJRを利用して行くことにしました。

まずは東京駅を7:24に発車する185系使用の普通列車に乗りました。






小田原駅で東海道線を下車。
そして、朝ごはんに駅の「箱根そば」で「肉しょうがそば」をいただきました。しょうがが大好きなもので。




小田急のホーム。箱根湯本行きの列車までちょっと時間があったので、列車の写真を撮ってみました。




停車中の「さがみ」。



新幹線の高架下から次々に列車が登場します。




そして、小田原から普通列車で箱根湯本に向け出発。
しばらくすると、レールが3本になっているのに気が付きました。



添乗していた乗務員さんに尋ねたら、「標準軌」を走る箱根登山鉄道の車両が、「狭軌」である小田急の沿線にある入生田駅そばの車庫に乗り入れるために、一部区間が供用仕様の3本レールになっているとのこと。勉強になりました。

箱根湯本からは箱根登山鉄道に乗車。
乗り換え時間はタイトでしたが、運良く、乗務員室背後の席をリザーブ!

そして、その時に同行者によって激写された写真がこれ…自分でもびっくりするくらいの満面の笑みであります。鉄ちゃんということを否定できないレベルのニヤニヤ度。怖い。





途中には3回スイッチバックがあり、これを利用した行き違いも行なわれます。



こちらが、私が乗った列車。
イラスト入りのヘッドマークが可愛い。



箱根湯本行きのヘッドマークには、また別のイラストが。



強羅駅からは、バスに乗ってポーラ美術館まで向かいました。



開催中の展覧会「レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ」では、2011年に同館のコレクションに加わった100点あまりのフジタの作品を中心に、フランスにおいて制作された作品が紹介されていました。

会場の序盤では、パリで交わったエコール・ド・パリの作家の作品とあわせ、フジタがパリで独自の画風に至るまでの軌跡が紹介され、続いて、フジタ特有の「白」の秘密に迫った研究の成果も発表されていました。そして会場の中盤以降は、戦中を日本で過ごした作家がフランスに戻ってから制作した、主に子どもをモチーフとした「小さな職人たち」シリーズのような小品が数多く展示されていました。

子どもたちが様々な上人に扮したシリーズはとても可愛らしかったのですが、できれば作家の名声を確実なものとした「白い肌」の魅力がが前面に出ている裸婦の作品ももう少し見てみたかったというのが正直なところ。しかし、展示の一部が借用作品であるとはいえ、これだけのフジタ作品を所蔵しているというのはすごいことだと思いました。

美術館でランチののち、せっかく箱根まできたので、強羅で日帰り入浴をすることにしました。

駅前の観光案内所で紹介されたのは駅から徒歩5分ほどのところにある国民宿舎「太陽山荘」。



建物自体が登録有形文化財になっている、風情のある温泉宿です。浴場は「離れ」になっていて、日帰り入浴客にも使い勝手のよいつくりになっていました。


帰りも強羅駅から登山鉄道で箱根湯本まで戻り、小田原からJRで帰京。



箱根に行ったのは4年振りくらいでしたが、私にはとてもいい思い出のある場所で、それまでは年に一度くらいは行っていました。今回は震災の影響か、以前は多く見られた外国人観光客の姿がほとんどありませんでしたが、また賑やかになってくれたらいいなと思います。
# by paginademaiko | 2012-03-26 17:33 | アート


乗り物・曼荼羅・モンパルナス
1月9日。


川崎と板橋のミュージアムをまわりました。

1ヶ所目。
東急宮崎台隣接の「電車とバスの博物館」。初めての訪問です。

模型ジオラマや実物の車両の展示、体験コーナーなどがありました。
子どもたちにもちょうどよいスケールという印象。

かつての東急の車両には、ずいぶんと可愛いものがあったのですね。



ドアの開け閉めや車内放送が体験できる車両もありました。







続いて向かったのは、川崎市岡本太郎美術館


向ヶ丘遊園駅で下車したら、ホームのメロディーが「はじめてのチュウ」になっていました。ここを最寄り駅とする「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」のオープンに合わせてでしょうか。


生田緑地の中を進み、美術館に近づくと神秘的な木立が現れます。
葉が茂っている夏は特に薄暗く、象徴主義の画家やマグリットが好みそうな風景だなと思います。



この日最終日を迎える展覧会「芸術と科学の婚姻 虚舟 (うつろぶね)」は3つの柱から構成されていました。



ひとつは細江英公と篠﨑 崇が大野一雄、岡本太郎、澁澤龍彦、土方 巽、三島由紀夫といった昭和の鬼才にささげたオマージュのシリーズ、ひとつは9人の現代美術作家による作品、そしてもうひとつは国立天文台、東京大学数物連携宇宙研究機構、理化学研究所による「宇宙」「脳」「細胞」に関する研究をベースとした展示です。

これらは展示室や壁によって隔てられることなく、大きな展示室にまとめて展示されており、その配置は展示室の中心から放射線状に展開し、そこに曼荼羅のような眺めを生み出していました。

作品は全体的に色彩や表現の点において灰汁の強いものが多かったのですが、(全裸でフルートを吹きながら駅前を失踪する男の映像とか)、そんななかで唯一静謐な存在感を放っていたのは藤本由紀夫氏の作品。神戸ビエンナーレ2009で氏の作品を見たときにも感じたけれど、様々な作品と同じ展示室の中においてあっても、確固としたテリトリーをもち、その侵食を許さない強さのある作品だと思いました。


この日最後に訪問したのは板橋区立美術館の「池袋モンパルナス展」。



戦前に池袋の郊外で形成された芸術家コロニーに関する展覧会です。
こちらも最終日で、会場は多くのお客さんでにぎわっていました。

会場には関係作家による代表作が数多く展示され、見覚えのある作品が多いという印象でしたが、会場にはアトリエの間取りを実物大で再現した展示もありました。


バス停のところにはこんなバナーが立っていました。



ここには、このように愛嬌のあるコピーがいつも掲げられいます。
美術館のスタッフの人柄が現れているなあと思います。

愛嬌て大事です。本当に。



# by paginademaiko | 2012-03-26 17:20 | アート


ペンギン君
1月8日。


通勤中に東京駅の駅弁屋さんの前を通ったら、SUICAのペンギン君が営業活動をしていました。




じっくり戯れたかったけれども、乗り換え時間が迫っていたため、一瞬だけ抱きついてサヨナラ。
# by paginademaiko | 2012-03-25 11:50 | 日常または放浪


ムーンライトながら
青春18きっぷをつかって旅する人々の多くに愛されている列車、「ムーンライトながら」。
恥ずかしながら、私は今までこの列車に乗ったことがありませんでした。

そしてこの日はその列車にはじめての乗車となりました。
翌朝は東京に到着後、そのまま仕事に向かう算段です。



深夜の大垣駅は、どこから集まってきたのか?と思うくらい大勢の旅行者が。
大きな荷物を持った若い人々の群れには活気があって、昂揚感を覚えます。

ただし、入線時刻は発車の直前。記念すべき乗車なので車両と一緒に写真を撮りたかったのですが、ホームにいっぱいの人が全員乗り込む時間さえもギリギリという状況で、撮影できたのは方向幕だけ。ちょっと不満を感じましたが、このバタバタ感も青春18きっぷの旅らしさと捉えることにしました。



ホームにいた人々が乗り込むと、すぐに列車は発車。
名古屋を過ぎる事には車内もかなりの乗車率になりました。
鉄道ファンらしき人の割合も多く、列車に揺られる時間をひたすら味わっているような人の姿もありました。


照明は消されること無く、眠るのには適したコンディションでありませんでした。
さらに私の場合は初めての乗車ということもあり、眠ったのはわずかな時間。


途中の駅でしばらく列車が止まっていることに気付き、窓の外を確認してみると、工場の煙突から白い煙がモクモク。富士駅でした。


列車は早朝5時過ぎに東京駅に到着。




東京駅に降り立ったものの、いつもの通勤列車に乗るにはあと3時間近くある。かといって一旦自宅に帰ろうものなら、そのまま眠ってしまいそう。

どこで時間をつぶそうかなと考えていたところ、向かいのホームに5:20発静岡行きの373系が登場。



その瞬間、キラーン!と頭がひらめいて、空き時間の使い道は決まりました。この列車に乗って熱海まで行き、大船まで折り返してくる。そして横須賀線に乗り換え勤務地の鎌倉まで行くことにしました。


途中、海がきれいに見える根府川駅付近では、タイミングよく日の出を見ることができました。この旅のエンドロールが流れてきそうな美しい眺め。



今回の旅は1日だけの休みを使った割と弾丸な旅でしたが、内容はとっても濃いものでした。やっぱり青春18きっぷの旅は、やめられないですね。
# by paginademaiko | 2012-03-23 15:00 | 日常または放浪


関西本線
近鉄四日市からは引き続き近鉄で津まで出て、ここからJRに復帰。
未乗車区間をなぞりながら大阪、そして京都に向かいました。

津に来たのは初めてですが、駅名標示がひらがな一文字であるというインパクトは予想以上のものでした。



津で昼食用の食料を買い込み、ここからは紀勢本線で亀山まで。
1両編成で、車内は混雑していました。





亀山から乗り換えた、加茂行きの関西本線はベンチシートのステンレスでがっかり。こちらも混雑していました。なかなかお昼が食べられない。



18きっぷの旅は、ボックスシートかベンチシートかで大きく気分も内容も変わります。
ボックスなら状況によっては車内で食事が許されますが、ベンチシートではなかなかそうはいきません。そして車窓に背を向けなくてはならないのも旅人としては不満なところ。ですから、始点から終点まで乗る列車がベンチシートだったりするととて残念な気持ちになります。


加茂からは大和路快速に乗り換え。
ここからの車両で、やっと昼食を開くことができました。





百済の貨物駅を車窓から見て大興奮しているうちに天王寺に到着。
この日は乗りませんでしたが、昭和な風情の水色やオレンジ色の車両も。



天王寺では「鐵道感」というカフェに行きました。
店内には様々なグッヅが展示されていて、座席は新幹線のシートが使われていました。鉄道ファンの集いの場という雰囲気。2階には大きなジオラマ模型もありました。





その後は片町線で木津まで行き、奈良線経由で京都まで。
京都駅では、学生時代によく利用した、東海度線下りホームのうどん屋さんへ。
関東ではなかなか食べられない「きざみきつね」にしました。





そして、このあとに待ち構えているのはこの旅で最大のイベント。
それに臨むべく、東海道線で大垣まで向かいました。
# by paginademaiko | 2012-03-23 14:31 | 日常または放浪


近鉄湯ノ山線で行くパラミタミュージアム
この冬の青春18きっぷ旅、第2弾の2日目。

この日の午前中の目的地は、三重県にある美術館「パラミタミュージアム」です。

朝ごはんは名古屋駅のホームのきしめん。



そして初めて関西本線に乗り、桑名まで。
大きな川を越えると、不思議と旅の気分も盛り上がっていきます。





桑名からは近鉄に乗り換えて四日市で下車しました。
ここから近鉄湯ノ山線で美術館最寄り駅に向かいます。



この路線の終点の先にある湯ノ山温泉は、恋結びの伝説がある温泉とのことで、車両には折鶴のイラストがあしらわれた、ピンクのかわいいヘッドマークが付いていました。



下車したのは、大羽根園という駅。
あたりには雪が残っていました。



美術館は駅から徒歩10分ほど。
こちらでは、「飛鳥園仏像写真展」を見ました。



この美術館では、その代表的なコレクションとして池田満寿夫の陶による般若心経にスポットをあてられることが多いようです。しかし、私が以前より見たいと思っていたのは、この美術館が開館したときに雑誌に紹介された際に掲載されていた、小嶋三郎一の静物画です。

この画家について、実は私は詳しいことをよく知らないまま来てしまったのですが、その展示室には、彫刻家山口牧生の希望によりその彫刻作品が展示されていました。

山口牧生は1927年生まれの彫刻家ですが、実は私にとって大学院の研究室(ちなみに実技系ではない)の大先輩でもあります。現在の職場でもデスク脇の窓からはこの彫刻が見え、見守ってくれているような気持ちでいます。ですから、初めて訪れたこの展示室で出会ったことには、少しご縁のようなものを感じました。


美術館訪問後、旅の目的は鉄道活動へとシフト。
まずは徒歩で最寄の近鉄湯ノ山線の大羽根園駅まで戻り、この路線の終点、湯ノ山温泉駅まで行きました。



「湯ノ山温泉駅」といっても、ここから温泉までは実際はかなり距離があるらしく、駅前からは温泉行きのバスが発着していました。

出た!関西名物「飛び出し坊や」!
これはキャラクター系のタイプですね。



首から血が出ているように見えるのは私だけでしょうか、左手も青くなっているし…心配です。

ラブラブさん向け「顔出しパネル」。



先ほど乗ってきたラッピング電車で四日市に向かいます。
前面に描かれている不思議なキャラクターのポーズをまねて、レッツゴー!!


# by paginademaiko | 2012-03-23 14:16 | アート

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