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東京では、二つの「ルーヴル美術館展」が開催中。

国立西洋美術館のものは、3月のはじめにすでに訪れていたのですが、新美術館のものにも、この度訪れることができました。

前者はオールド・マスターのタブロー尽くしというものでしたが、後者は「子ども」が表現された作品を、絵画だけではなく、古代の出土品や、工芸品、彫刻などもふくめながら展観するもの。

社会における「子ども」の位置づけをうかがわせる作品も多く、社会史、教育関係者にとっても興味深いと思われる内容でした。ルーヴルのコレクションからの出品でしたので、印象派以降の作品は含まれていませんでしたが、19世紀以降に製作された作品などについても、併せて考えてみると、なかなか面白いのではないかと思います。

この日は、「アーティスト・ファイル」も再び鑑賞。
たいへん混雑していた前回にくらべ、かなり見やすく、ありがたく思いました。

木につりさげられたプレートが紫外線で紫色に変化するという平川滋子さんの作品。
前回は夜だったのでその様子が見られませんでした。しかし今回もからぶり。どうやら強い日光が必要なようです。
ただし、樹木自体は前回の様子とかわり、やわらかそうな葉が茂りはじめていました。
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by paginademaiko | 2009-04-22 11:14 | アート
川村記念美術館に行くときは、JRではなく京成線を使いたい。
それは、その駅前に魅力的なラーメン屋さんがあるから…。

その店の名は「元祖世界の ガンジーラーメン 中華料理みちのく飯店」。
場所は川村記念美術館行きのシャトルバス乗り場の向かい側。

このシャトルバスは1時間に1,2本なので、おのずとそこで長時間待つという状況が生じます…そしてこの郊外の美術館までわざわざ行こうと思うようなアート・ファンは、いやおうなく、ガンジーのポートレートを掲げ、アジア音楽を流し続けるこの店を正視することになるのです。

私がこの店に吸い寄せられたのも、まさしくそのような状況下にあってのことでした。

店の表は極彩色・蛍光色の看板でゴテゴテと飾られており、入るには少し勇気がいりましたが(ステラの80年代以降の作品が好きな方ならむしろ共感を覚えるかもしれませんが)、入ってみると、お店は大繁盛の様子。
メニューをみてみると、そこでさらに驚くのはメニューのネーミング。
「ミトコンドリアX」「クラーク先生次世代みそラーメン」「菅原道真候ラーメン」
等々、そのバラエティーさんは店名をしのぐほどワールドワイド。

この多様性に、一瞬味のことが不安になりつつも「坂本竜馬めん」注文した私ですが、その不安はみごとに裏切られました。
とっても美味しいのです!しかも具の量が非常に多い!
友人たちが頼んだものも、ことごとく美味しく。
わたくし、ガンジーの実力に完全にひれ伏してしまったのでした。

ですが…。
先週「マーク・ロスコ」を見に行ったところ、お店はシャッターが閉まった状態。
あとで確認したところ、昨年末で閉店したとのこと。
ショックでした…。
もっといろいろなメニューを食べてみたかった、と思います。

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川村記念美術館には、昨年「ロスコ・ルーム」が新設されたばかりですが、
そのストイックなロスコ絵画と、その対極にあるようなチアフルなラーメン屋という組み合わせがもう楽しめないのかとおもうと、私は淋しくてなりません。
今年は、桜が満開になるまでの時間がとてもながいと思っていたら、満開になるかならないかのうちに、葉桜のきざしが…。どうやらいつもの年とはリズムが少し違うみたいです。

4月11日、夕方。
銀座でオオノユキコさんの展覧会を訪問。
「明るさいっぱい!」という感じであった前回作とはずいぶん雰囲気が変化していました。
画面のなかに同居する単調な筆致と激しい筆致は、さらにその性質を強くし、色の作りかたもすこし複雑になっているような気が。そして構図は、盛り上がったり、屹立したり、傾いたりして、これまでの作品に比べると「安定」というよりも「冒険」を志向しはじめているように、私は感じました。
来年の展覧会も楽しみにしています。

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その後、目黒区美術館で、この日初日の「上野伊三郎+リチ コレクション展」を訪れました。
この美術館に至るまでの桜並木はほぼ散り終わり。

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同展は京都国立近代美術館でも見たもの。
それと比べると目黒は会場が手狭な感じが否めませんでしたが、建築の図面や、デザインの下絵などがぎっしり展示された様子は、実技の世界で働く人にとってはむしろ楽しめるような展示になっているかもしれません。
by paginademaiko | 2009-04-22 10:02 | アート
2日間で20時間以上電車に乗った旅から帰った翌日。
実家からお花見の誘いが。

この日は午後にでものんびりと「アートフェア東京」に行く予定だったのですが、花見も捨てがたいので、チャッチャと着物に着替えて、まずは「アートフェア東京」の会場、東京国際フォーラムに向かいました。

いつもご案内をいただいているギャラリーの方々、友人たちに挨拶をしたり、気になる作家の作品をチェックしながら、ひとまわり。
規模の大きなアートイベントは、1周目はとにかく早足で歩き、そこで気になったところを、2周目では立ち寄って行くというふうにしています。
この日は時間がなかったので1周しかできませんでしたが…。

お昼ごろ、上野駅から高崎線にのって埼玉県の北本まで。
駅で両親と合流し、母の運転する車で郊外へ。

まずは、丘陵地帯にあるリストランテでランチ。
明るい春の日差しのもとに広がる、農地や土手は様々な花で彩られていて、ビール片手にそれを眺めるのは至福のかぎり。

食事後は周辺を散策。
桜がたくさん植えられた公園もあったのですが、それ以上に心に残ったのは、湧水のある湿地帯。あぜ道には立派なプラムの古木が花を咲かせていました。
あまり整備されていない感じがこれまた良く…。

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湿地の向こうの森のなかには、いくつもの神社が。ひっそりとはしていますが、さびれている感じはせず、注連縄や幡なども小奇麗です。

続いて、車で吉見町まで移動。
「さくらづつみ」を訪れました。
土手の上はボリューム感のある桜並木、下は菜の花のじゅうたん。

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場所のせいか、風が強めでしたが、それもまた一興。
散りはじめの時季になれは、それは見事な桜吹雪になるのではないでしょうか。
by paginademaiko | 2009-04-13 22:22 | アート
奈良で目覚めた2日目の朝。

できれば東大寺周辺まで早朝散歩をしたかったのですが、意外と疲労がたまっていて、足に痛みがあったので、散歩はあきらめバスルームで足湯。
それでも仕度をはじめると、気持ちはシャッキリ。長い帰路への決意をもって宿を出ます。

奈良から京都へ。ホームにあるお気に入りのうどん屋でツルッとしてから、滋賀に入り、県立近代美術館を訪問。学生時代に本当にお世話になった(一緒にラーメン食べたり、鍋パーティーしたり、カツラや鼻メガネつけたり)した「温泉博士」ことH学芸員に面会し、いろいろとお話を伺い、展覧会を案内していただきました。

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さて、いざ東京へ向かうため最寄の瀬田駅から列車に乗り込みます。
お昼は米原で乗り換える際、ホームのうどん屋で、またしてもツルリ。ここのおうどんも大変美味しい。

大垣までいくと、幸運なことに浜松まで直通の電車がありました(大垣と浜松の間では、基本的には豊橋で乗換えをしなければならないのです)。普段勤務をしているのが神奈川県ですから、隣接する静岡県内に入ると、なんとなく家も近づいてきた感じ。

熱海につくころには完全に腹時計がなっていたので、金目鯛の押し寿司を買い込み、貸切のボックスシートでパクパク。

東京が近づくと、ほっとした気持ちと、旅が終わってしまう寂しさで、複雑な気持ちになりつつも、次の18きっぷのシーズンでは、どこに出かけようかしら、と思いはじめておりました。
by paginademaiko | 2009-04-13 22:17 | アート
4月3日・4日に関西方面へ行ってきました。
個人的な取材旅行であり、18きっぷを使用しての旅でした。

18きっぷを使用して東京と関西を行き来するのは、学生時代にしばしばやっていたことですが、1泊2日でこれをやる、というのは初めてのこと。
体力的にはあの頃よりもだいぶ衰えているはずなので、どんだけ疲れるんやろ…と少し不安に思いながらも、旅に出ることのワクワクと、ポケット時刻表を胸に抱きながら、出発いたしました。

なお、宿は京都…にとれず、奈良になりました(桜シーズンですもの!)。

6時頃に東京駅を出発。熱海、興津(小さい駅ですが、なぜかこの駅を始発とする列車があるのです)で乗り換え、浜松で下車、早めの昼食としてうなぎで精をつけます。
再び列車に乗って、豊橋で乗換えののち、1時半頃、金山(名古屋のすこし東の駅)で下車。
展覧会を一本取材して、3時ごろの東海道線でさらに西へ。

ふと日没までまだ時間があることに気づき、どこかで寄り道しようと思い立ちます。そうだ、以前から行ってみたかった近江八幡はどうかしら?

大垣、米原で乗り換えて近江八幡駅に降り立ったのは4時過ぎ。
路線バスに揺られること少々、古い町並みに到着。
夕方に差し掛かっていたせいか、観光客のすがたもほとんどみられず、それを相手とするような施設やお店も目につかず。有名な観光地にしては静か過ぎるなあとおもいながら、独り占め状態についニヤリッ。

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街には、近江商人ゆかりの伝統的な日本建築のほか、ハイカラな商店建築、そのほかヴォーリズによる洋風建築などもありました。

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夕闇がせまるなか、板塀に挟まれた路地を一人で歩いていると、なんとなく、「自分なこんな瞬間が好きで、きっと旅に出るんだよなあ…」としみじみ思ってしまいました。

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ふたたび、駅から新快速に乗り、京都でいったん下車。
二条城で夜桜を見て、奈良駅についたのは夜11時近く。
シャワーを浴びて、窓をあけて、闇のむこうにある春日山を想像しながら、冷たいビールを。そしてまた「自分はこんな瞬間が好きで…」と思うのでした。
by paginademaiko | 2009-04-13 22:15 | アート
新年度初日、101 TOKYO Contemporary Art Fair 2009へ。

場所がアキバということもあり、また海外のギャラリーも多く出店していたので、インターナソナル×サブカルなムードも一部で濃厚。

個人的には、好みでない作品が大多数だった気がしますが、そんななかでも、以前から興味を感じていた作家さんと言葉を交わすことができたのが収穫でした。
by paginademaiko | 2009-04-13 22:12 | アート
水戸芸術館でツエ・スーメイ展を見た帰りに、笠間稲荷まで足を伸ばしました。

記憶する限りでは、この街に訪れたのは初めてのこと。
日が西に傾きはじめた時分に訪れたためか、街の様子はいい具合に郷愁的。

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境内では、古そうな建築があちこちに。
特に興味深かったのは、手水舎。軒下の彫刻をみると…むむ!これはアノ「岩戸隠れ」を表したものではないですか!

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「岩戸隠れ」とは、古事記に語られるエピソード。アマテラスが弟スサノオの振る舞いに怒って岩戸に隠れてしまい、世界は真っ暗に…。そこで八百万の神々が相談して、岩戸の前でアメノウズメに躍らせて、どんちゃん騒ぎをしたところ、岩の中からアマテラスが顔をのぞかせたので、タヂカラオが引っ張り出して、世界には再び光が…。めでたしめでたし。というお話。

ちなみにこのときのアメノウズメの踊りは「胸をさらけだし」「陰部もあらわに」と伝えられているほどのセクスィなものであったとされています。

(写真のなかでは、中央で、大きな身振りで踊っているのがアメノウズメ、左側で岩をあけようとしているのがタヂカラオと思われます。岩のなかからは光がビーム状に放射されていますね。)

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笠間稲荷の名物のひとつが、クルミ入りのいなり寿司。
はじめて食べてみましたが、おや、と思うくらいの美味しいもの。カリカリのナッツと酢飯、それをくるむ甘からい油揚げの組み合わせは絶妙で、いくらでも食べられそうです。
by paginademaiko | 2009-04-13 22:10 | アート
青春18きっぷで、水戸までいってきました。

この日の主な目的は水戸芸術館の「ツエ・スーメイ」展。
西洋と東洋にルーツをもち、両親とも音楽家であり自身もチェロ演奏者という、ルクセンブルグ出身の作家による展覧会です。

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結論から申し上げましょう。
近年みた、大型のワン・マン・エキシビジョンのなかでは最上の類に入ります。

3割ほど作品を見た時点で、わたくし、陶酔しきっておりました。

最初に鑑賞者を迎えるのは「東西南北」という作品。
ネオン管で作られた「東」「西」「南」「北」の文字が、それぞれ実際の方角に合わせて上から吊り下げられています。
それらをつなく十字の線を頭上に思い描きながら、次の展示室へ。

その次の展示室に展開している作品は、「視線の基準」というもの。
小さなボンサイのようなものが主役となり、会場にちりばめられている作品。
植物はそれぞれ、その根元が中国の纏足のようにキッチリと布でくるまれており、長さ150㎝ほどの金属製の棒3本が三脚のような機能をもってそれを支えています。一見、様々なヘアースタイルで決めた樹木たちが、足を獲得して自由につどい、楽しく立食パーティーでもしているように見えますが、しかし、ここではその高さについても留意をしなければなりません。
壁には、ひどく目立つ色で、床から150㎝くらい、ちょうど人間の眼の高さと同じくらいの位置に一本の線がひかれ、そこには「視線の基準」という内容の言葉が英語で書かれています。つまり、長い足を獲得した樹木たちの高さは、ちょうどその高さと一致するのです。ここで、「盆栽」が人間の眼を愉しませるため、つまり「鑑賞する」ために生み育てられるものである、ということ、そして盆栽がその運命から逃れることの難しさを暗示しているように感じたのでした。

「視線の基準」のそばに設置されているのは「鳥かご」
ネオン管でつくられた、すこし大きめの、ドーム状のとりかご。
煌々とひかっていますが、入り口は開け放たれて、中にはなにも居ません。

同展示室の壁面には平面の作品も展示されています。
「名人-川端康成に捧ぐ」
写真作品。白と黒の碁石が、白い空間のなかにポツ、ポツと置かれている。
これは、川端康成の小説「名人」のなかに登場する碁の対戦場面における、碁の配置を再現し、記録したものだそう。
ただし、この作品の中には碁盤の目を確認することはできません。
見えないから、ついメッシュを想像したくなる…。
ん?これはまさしくさきほどの「東西南北」の作品で十字形を頭上に想像したときと、同じ感覚。

続く展示スペースは暗室。
ピアノ演奏をしている指を記録した映像作品が流れていました。
指には添え木がされて、とても痛々しく、不自由そう。
ガイドには「完全な音に至るための、不健康で不健全な方法を示している」とある。
たしかに、音色はとても美しいもの。

運命にとらわれた盆栽たちといい、鳥かごといい、この作家には、何かを人工的な「型」にはめるということ、そこから生まれる人工美に対する愛憎の気持ちがあるように感じます。

水の流れるような音がその存在を教えてくれるのは、「語られた多くの言葉」
明るいホワイトキューブの中央にしつらえられた、西洋の庭園にあるような円形の噴水。
その噴水中央に立つ彫像の上からは、なんと、水ではなくインクが湧き出ていて、彫刻の頬をベッタリと染めて、足元のインク・プールへと流れていきます。
インクとは、絵を描くためにも使われるものですが、実際には筆記のために使われるのが、より一般的でしょう。
知恵は、しばしば泉にたとえられるものですが、それをいちばん最初に視覚化するのがインクだと思うと、この作品は実はきわめてナチュラルな感覚に基づいている作品のようにも思えてきます。
小さな彫刻は、クピドのようにも見えます。
作家がタイトルに込めたメッセージを無視してもよいのなら、これは知恵ではなく、愛にまつわる想いや記憶が湧き出る泉、あるいはラヴ・レターを書いても結局相手手渡せず、陽の目をみなかったインクの塚、とも想像できそうです。

その次には再び暗室。
「ヤドリギ楽譜」という映像作品は、その名の通り、並木の木々に寄生するヤドリギを、五線譜上の音符に見立てたもの。
並木と並行に、絵巻のように映像は流れ(日本の絵巻と進行方向は逆ですが)ショスターコヴィッチの曲に併せて、ヤドリギがチカチカと音や光で呼応します。
お、ここでまた「目に見えない」五線譜を想像していました。

「東西南北」「名人」「ヤドリギ楽譜」は、いずれも人間が生み出した枠組みや規格を思い出させるという性質の作品でした。

ここまでの作品とあわせて見てみると、この作家は人間が文明を構築するうえで、あるいは生活を愉しむために生み出した、物理的、あるいは概念上の「枠や型」「きまりごと」に強く関心を持っているように思えてきます。
また、作家は、美しい造形をとおしてその関心ごとを表明することにより、我々に、それらに対する視座を与えているようにも考えられます。

そして、この作家がここまでそれをスマートにできるということは、作家自身が少なくともその「枠や型」「きまりごと」を軽やかに飛び越えて行ったり来たりできる人であることを示しているようにも思うのです。

前半では理知的な作品が多めでしたが、一方、後半ではどちらかというと感覚的で、ほのぼのとしたユーモアがある作品が散見されました。

そして、最後の作品は、ポスターやチラシにも使用されている「エコー」。
峻厳な山の壁面にむかって、作家自身がチェロを弾いている姿を記録したものです。
チェロの音はこだまとして風景を響かせ作家のもとへと届けられます。それはまるで、自然との壮大な対話。
展示室を後にした鑑賞者には、大自然にむかってチェロを弾く作家の赤い服が残像として、そして、こだまの音が余韻として残ることでしょう。

音楽とアートが重なりあう領域のアーティストという点では、ローリー・アンダーソンを思い出させる部分もありますが、カリスマ的、前衛的な色合いの強いローリー・アンダーソンに比べて、ツエ・スーメイは、よりグローバルでユーモアである気がします。そして、どちらかというと前者は音楽寄り、後者は視覚芸術寄りといってよいでしょう。

同じ女性であることを考えると、それは時代ごとに変化するジェンダーに対する考え方とリンクをしているようにも感じます。
(女性がマイノリティーの世界では、女性はある程度とんがっていなければ生きていけなかった時代と、そうでなない時代、みたいなもの)
by paginademaiko | 2009-04-13 22:00 | アート
平川滋子さんの作品は美術館周辺に設置されており、展示室内ではそのメイキング映像が上映されていました。

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作品は、日光にあたると色が変わる円形のプレートを、樹木全体に吊り下げるというもの。
私がこの作品を見たのは夜でしたのでそれは白っぽい色でしたが、記録映像をみると、それはまるでカイドウの花のような色でした。

この作品を最も楽しめるのは、もしかしたら美術館がまだ眠っている早朝、日の出のその瞬間かと。
この時期だったら午前5時くらいでしょうか。
by paginademaiko | 2009-04-13 21:52 | アート
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