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横浜美術館で「フランス絵画の19世紀」を見てきました。

19世紀フランスにおけるアカデミズム絵画の再考、というべき内容。
ダヴィッドやアングル周辺はもちろんのこと、ロマン主義やレアリスム、そして印象派が登場した時代については、アカデミズムと距離を置いたところに出現した様式や、その中間に生まれた作品なども紹介され、「19世紀のアカデミズムとはなんぞや?」「それが良しとした美しさとは?」と思わせる構成となっています。


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主題としては神話も多かったので、これから行かれる方は少しだけ知識を入れておくと、楽しみかたが広がるかもしれません。

第1章ではダヴィッド、アングルをはじめとした、なめらかでツルリとした表面による新古典主義作品の紹介。ただ、内容に関しては、実際にはロマン主義的なものも散見されました。例えば、トリオゾンの「洪水の情景」など。

つづいて、第2章ではコローの牧歌的神話画なども登場する一方、ヴェルネによる大画面の歴史画も。ですが、この章における私の一押しは、アリ・シェフェールの「聖アウグスティヌスと聖モニカ」。画面の外側にあるものへと鑑賞者の意識を向ける力が強烈な作品です。そしてイポリット・フランドランの「ウジェーヌ・ウディネ夫人」、これは人物を正面から捉えた、非常に厳格な雰囲気の肖像画。デコルテを出した黒いドレス、両手を重ねる姿勢にレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた有名な作品と重ねて見てしまう人も多いかもしれません。正面性の強さからは、神の世界への接近を感じますが、女性が身につけるリボンや首かざり、コサージュが、この高貴な女性がこの世の人であることを我々に再確認させます。


ミレーやクールベが登場するのは次の章。
ここで必見なのはカバネルの「ヴィーナスの誕生」でしょう。日本でも有名なこの作品ですが、いままで図版でしか見たことがなかった作品、実際に目の前にしてみて、発見が。ヴィーナスの目が、半開き!しかも強烈な流し目で、上方を見ているのです。そして、その上方を浮遊する天使も天使、赤ちゃん体型に似合わぬ悩殺光線を発しているのです。おもわず「エロい…」という言葉が口から出てきました。
この作品の後にもお色気美女が続きます。ムチムチプリプリポロンポロン。さらにジェロームの「酔ったバッコスとキューピッド」では、ちどり足のキューピッド、未成年の飲酒どころではありません。一方、子ども姿のバッコスは、毛皮や葡萄の葉を身にまといながら、おちんちん丸出し。

最後の章では印象派や象徴主義の作品とともに、カバネルに師事したコランの作品「フロレアル」も。草上に寝そべる女性はもはや神話の世界の登場人物ではなく…。この裸婦は、カバネルのそれとは違い視線を鑑賞者にむけていますが、あまり挑発的な感じはしません。その理由のひとつに、胸の形があると思いました。小ぶりなのです。寝そべると、おっぱいが薄ぺったくなるのは自然の摂理、それにしても…。ですが、これは、この作家なりのリアリズムなのかと。実際には、世の中の女性、大きなおっぱいの人ばかりではないのですよ!(やけに主張)


展示室最後の作品はドニ「フィレンツェの夕べ、浴女たち」。
泉のまわりに流れる幸福な時間。灰色を貴重とした色彩は古代の壁画を思わせますが、少し色あせた遠い記憶のようでもある。ドニはやはり偉大です。
by paginademaiko | 2009-06-29 11:41 | アート
かつて造船所であった場所を利用したアルセナーレ会場。
ここを目指して路地を歩いて行くと、サブエントランスを発見。
運河の向こうにそびえるレンガ壁には開口部が設けられ、来場者は橋もかねた通路によって誘導されます。

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壁の向こうには、広場を中心に向かって左に倉庫のような長細い建物、右には森。
広場に心地よい緑陰を作り出している樹木の枝先には、サクランボや桑といった果実に、咲きこぼれるような花、彩り豊かな空間です。そして鳥たちのさえずりも。
まずは、森の奥にある作品を見にいきます。

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電車のつり革のようなものが大量に吊り下げられている小屋を見つけました。
振付師・ダンサーでもあるWilliam Forsythe の作品です。
キャプションのそばには、「この輪をつかって会場の中を渡り歩くことができます」という説明あり、それならば、とやってみましたがやはり易しくない。ぐるんぐるんと翻弄され、まるで壊れたあやつり人形状態でした。いつか再チャレンジすることがあれば是非クノイチ姿で臨みたいところ。

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その左となりにある小屋の内部には、Bestué/ Vivesの映像作品。
おバカ系アートムービーの白眉。国際大博覧会には、やはりこういう作品もなくてはなりません。

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さらにその奥にある、塔のような建物の内部へ。
日常の雑貨が散らかった、見覚えのある空間…2008年の横浜トリエンナーレにも出品していたNikhil Chopra のスペースでした。今回も、そり落としたヒゲが床に…。

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森の中をぬけ、いよいよ大型の建物の中へと入ります。
この建物は中国とイタリアのパヴィリオンとして利用していました。いずれの会場も暗めでしたが、中国の作品は質感や重さで、イタリアのほうは光や明るい色彩をもって存在感を示すような作品が多い印象。

外に抜けると、造船所らしい眺めのなかに、Tamara Crcic の作品。
オレンジ色の救命ボートが幾つも浮かび、各々の真上からマイクが吊り下げられ、内部の声を拾っているような場面設定。
造形的には、今年になってからメゾン・エルメスで見たジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーの作品、あるいは新美術館の「アーティスト・ファイル」でのペーター・ボーゲルスの作品に通じるような気がする、人々の声を、そのあるじの姿を見せることなく多重奏的に表現した作品。

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このあたりで、遅めの昼食。
造船所時代のクレーンを仰ぎながら。

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つづく
Bunkamura で「だまし絵展」を見てきました。


アルチンボルド、アナモルフォーズ、見る角度によって見え方が変わる絵、トロンプ・ルイユ…。とにかく、ただ「見る」だけでとっても楽しめる展覧会。
とはいえ、やはり多くの研究者が関わって作り上げた展覧会ですから、美術史の知識と併せて見てみたり、作品どうしを丁寧に比較することによっても、魅力が際限なく増していくという奥の深い深い内容だと思います。

(私は、お客さんとして行く展覧会はとにかく「楽しむ」ということを大切にしているので、まずは「楽しんで」、興味を持った作品については「じっくり考える」ことにしています。)

広告媒体などでも使用されているペレ・ボレル・デル・カソの「非難を逃れて」。
ムリーリョやリベラを思わせるバロック風の作風なのですが、制作年が1874年と知って驚きました(第1回印象派展の年です)。もしかしたら、あえて古風な様式を用いることにより、額の向こう側とこちら側の時代の隔たりを強調し、空間だけではなく時間も飛び越えているような不思議さを演出したものなのでしょうか?

スルバランの「聖顔布」。
ゴルゴダの丘に登るキリストの汗を、聖ヴェロニカがぬぐったところ、その布にキリストの顔が浮かび上がった…そしてその布は聖顔布と呼ばれています。このテーマを扱った作品の多くは、ヴェロニカが両手でその布を広げているタイプのものですが、スルバランは暗い背景に布だけが吊るされた状態の作品を数多く残しています。
会場にもそのうちの一点が出ていましたが、その中心にあらわされたキリストの憔悴した顔が、非常に人間らしく、リアリティーがありました。人物とともに聖顔布が描かれている作品では「聖顔布」は物語の中の1アイテムを演じているに過ぎませんが、スルバランの作品では、この奇跡の布そのものの実在感が強烈に発せられる結果となっています。巧みです。

トロンプ・ルイユでは、先日までDMPミュージアムラボで特集展示されていた、ファン・ホーホストラーテンの作品も。

会場の中ほどには日本美術を扱った章がありました。
鈴木其一、柴田是真といった粋な江戸琳派作品は「だまし絵」という少し卑俗さをふくむ言葉を使うのがためらわれるくらい、サラリとした仕掛け、そして耽美な美しさ。
一方、国芳の茶目っ気あふれる「寄せ絵」はパーツのひとつひとつとなる人物や動物の無理な姿勢や一生懸命な表情に、ついつい笑いをこらえられず。

展示室終盤は、シュルレアリスムを中心とした20世紀絵画、そして現代美術。ヴァザルリやライリーなどのオップ・アートも出ていました。また、写真表現による策略の数々に、素直にだまされてみるのもまた楽しいかもしれません。

出品作品は、もちろん非常に素晴らしいものばかりだったのですが、
間口の広さと、奥の深さという意味でも、これはとても素晴らしい展覧会だと思いました。
by paginademaiko | 2009-06-27 10:17 | アート
東京藝術大学大学美術館で開催していた、「尼門跡寺院の世界」を見に行きました。

門跡寺院とは、住職の地位が代々皇族や貴族出身者によって継承される寺院のことで、うち女性によって継承されるものが尼門跡寺院と呼ばれています。展覧会によると、奈良・京都には今でも13か所が残っているそうで、今回はこれらの寺院ゆかりの資料が集められていました。

お寺ということで、信仰に関わる資料も多く展示されていたのですが、私が特に興味を持ったのは、貝合、源氏香、小箱のなかに入れた豆の数を音で当てる遊び道具、すごろく、カルタいったゲーム類。実際にやってみたら面白そうなものが意外と多く、それだけに、これらを使っていた女性たちがより身近に思えてきました。

信仰に関する資料としては、豆粒のようなお地蔵さんが竿にたくさん吊るされた「さおがけ地蔵」、花びら型の台紙に草花や王朝文化の情景が描かれた散華の数々が。

仏教では、仏前で花びらを散らすことにより供養と空間の浄化を行うという「散華供養」という儀式がありますが、この時花びらとして使用されるのが散華と呼ばれるものです。
さらに、この散華を載せるお皿は華籠(けこ)とよばれています。

ところで、滋賀県にはその美しさから国宝に指定されている華籠がありますが、私は幸運なことに一度だけそれを手にしたことがあります。率直な感想は、「花びらよりもカゴのほうが美しいなんて、いいのかしら?」。それは、花びらがやきもちを焼いてしまうのではないかと、こちらが余計な心配をしてしまうようなものでした。

展覧会の来場者のほとんどは女性、なんとなく「皇室ファン」みたいな感じの方が多いように感じました。
会場の中で、特に人が集まっていたパネルがありました。それは、尼門跡に入る女性がどのような一生を送るかを示した年表のようなもので、幼い頃に経験する儀式や、お寺に入る時期、お寺の中での役割、そして亡くなるまでについて記されていました。


「芸大コレクション展」も、訪れるたびに楽しく拝見しています。
今回は、会場入り口に、高橋由一の「花魁」と原田直次郎の「靴屋の親父」が並んで展示され、まるで画中の人物同士が視線を合わせているような状況に見えました。
お二人はどんな会話をするのでしょうか?もっとも、積極的な花魁さんにくらべて、親父は少々引き気味のように思えましたが。
by paginademaiko | 2009-06-27 10:16 | アート
水の都の足はなんといっても水上バス。

ヴェネツィアの滞在予定は、「6月7日午後入り・9日昼出発」ですので、券売所で「48時間有効券」を求めました。お値段28ユーロ。

早速に利用したのは、ヴェネツィア本島の外側を反時計回りに進む路線。
ビエンナーレの中心的な会場となる、Giardiniジャルディーニを目指しました。


この国際大展覧会は、ジャルディーニとアルセナーレという二つの会場のほか、市内各所でも展示が展開されています。展示のスタイルは大きく3つに分けることができ、ひとつは国別の「パヴィリオン」、もうひとつは「Exhibition」 と呼ばれる、キュレーターによって企画されたグループ展示、それから「関連イベント」からなります。それぞれの数は、公式カタログによると、参加国によるパヴィリオンが63か所、「Exhibition」の出品作家が104 名、そして関連イベントが44か所となっています。

サンマルコ寺院を左手に、なお水面を進むと…見えてきました、ジャルディーニの「森」が。ヴェネツィアは干潟の上にできた町で、その地上部分の表面はほとんどが建物に覆われているため、これほどまとまって緑がある場所は、視覚的に強い印象を受けます。

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下船。
船着場のそばでは、いきなり作品らしき物体を発見。ボートに積み込まれたコンテナは、参加国・コモロによる作品。
「大型の国際展覧会へのアプローチにおいて、コンテナに迎えられるという体験」は、2005年の横浜トリエンナーレを思い出します。しかし、ベルギー出身の作家による「アート・サーカス」の看板的作品と、アフリカの小さな島国で作家が港湾労働者ともに組み立てた作品とは、力学的アンバランスさがかもすユーモアという共通項をわずかに有しながらも、少し推察するだけで、素材の出自や記憶、メッセージの色会いは似て非なるものだと気が付きます。

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この作品は、長距離移動ですこしぼうっとしていた私に、目の前にある作品と、記憶の中に在る作品とを比較することのきっかけを与えてくれました。
そして私は初めてのビエンナーレで最初に出会ったこの作品のことをずっと忘れないでしょう。

ジャルディーニの入り口では、ビエンナーレの赤い看板がヌリカベのように、どっしりとアナウンスしていました。

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チケットを購入。大人1枚18ユーロ。
チケットにはジャルディーニとアルセナーレの入場券がついており、それぞれ一日有効とのこと。私は、この日は午後いっぱいを使ってアルセナーレをまわり、翌日ジャルディーニを見ることにしました。

ということで、この日はジャルディーニの会場には入らず、そこから徒歩でアルセナーレに移動。
ヴェネツィアの街は「曲がりくねった道と無数の路地(行き止まり多数含む)と網目のような運河」で構成されているため、迷って当たり前、という感覚で歩きます(そうでないと、不安になってしまう-これは前回の訪問から得た教訓)。

途中、市中にある会場を見つけたので立ち寄ります。目印は、赤いロゴがついたバナー。
最初に入った”Distortion”というプロジェクトの会場は個人の建物を使用したもの。
中庭では関係者が酒盛り(街中の展示会場ではこのパターン多し)。

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続いて、その向かいにある、古い建物を利用したオーストラリア館にも入りました。
ここは、ビデオカセットを使用した大型の立体作品がありました。この建物には、おそらくずっと昔からあったと思われる宗教画が壁面や天井に埋め込まれているのですが、私は、そのなかの福音書記者らしき人物がそのビデオカセットの山に目が釘付けになっているように見えてしまいました。古い宗教画がコミカルな役回りになってしまうことはある程度意図的なことのように思えましたが、それが許されているという状況に、このビエンナーレとヴェネツィアという街の関係を垣間見たような気がしました。

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このパヴィリオンでは日本人作家もエントリーされていました。
お砂糖を使った彫刻を制作するKen Yonetaniさん。会場では甘いサンゴが青い光のなかに浮かび上がっていましたが、その足元の砂地部分はまるで枯山水の白砂。

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つづく
午前中、激しい雨が降り続けた東京。午後になって小康状態となるも、ものすごい湿度。
できればお出かけしたくない気分でしたが、この日最終日の展覧会がいくつかありましたので、長靴をはいて家を出ました。

1ヶ所目、江戸東京博物館、「手塚治虫展」。

会場は若い人やファミリー連れも多くかなりの混雑、バナー類も多めで、やや雑然とした雰囲気。しかも、平面資料を収めた額やパネルは大きく傾いているものも数箇所みられ…(監視や巡回が機能していない状態?)。
直筆原稿や遺品などの資料がパネルや造作物に埋もれてしまっている感じがしたのも、少し残念。展示内容としては、もうすこしメリハリがあったほうが良いように思いました。
興味を感じる資料は多かったです。

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2ヶ所目、東京都現代美術館、「池田亮司展」。

おしゃれ系の若者が多数来場。
作品は、光や音を使用したインスタレーションが計7点。
極小の数字の洪水、暗い空間を襲う閃光、耳を通さず直接脳に打ち込まれるような音、結局私は10分で会場から逃げ出してしまいました(関係者の方、申し訳ありません)。
展覧会とは、やはり相性みたいなものもあるみたいです。

続いて、「トーキョーワンダーウォール公募2009 入選作品展」。
前回に比べ、魅力を感じた作品の数は圧倒的に増加。
113点の出品作品のうち、私が注目した作品10点を下記にピックアップいたします(会場陳列順)。

高田裕大「灯台もと暗し」
吉田早苗「untitled」
岩室里沙「石庭」
STARR Tyler「Base Jubilee」
佐藤翠 「Shelf Ⅳ」
伊藤和代 「新宿のスタンダード」
桝本佳子「ついついと草に立たる春日哉 -茶/壺、皿」
源馬菜穂「フラット」
宮崎雄樹「In done room-train」
阪江よしき「35°40´57〞N 139°45´09〞E」 


この美術館に訪れた際、私が企画展と同じかそれ以上に楽しみにしているのは、「MOTコレクション」のスペースです。
今回の展示は、ステラやダン・フレヴィンといった比較的ミニマムな作品から始まり、篠原有司男、大竹伸朗といったポップで元気な感じの作品、そしてアレックス・カッツ、伊藤存といったカッコイイ作品が展開していました。そしてこのフロアー最後の展示室に待ち構えていたのは珠玉の近代美術。特に、川崎小虎の「小梨の花」にはすっかり心を奪われました。視覚的な爽やかさと、情緒、ストーリー性をそなえた優品。

続いて、3階スペースにも魅力的な作品が続々。
名和晃平さんの平面作品は初めて見ました。白地に青い不定形が広がるペインティングですが、なんとなく河原温さんの「浴室」シリーズを思わせるような浮遊感を感じました。
出口直前の展示室には田中功起さんのインスタレーション。やはり好きです…田中さんの作品。
by paginademaiko | 2009-06-21 23:20 | アート
太宰治、生誕100年。
桜桃忌をむかえ、世間では静かな太宰ブーム。

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太宰治の作品なので、私のお気に入りは「津軽」。
そして、その文中のなかでいちばん好きなのは次の場面です。

太宰が快く思っていない作家の著作を知人宅で発見した時のこと。「何かアラを拾って凱歌を挙げたかったのであるが」、読んでみた部分は打ち込む隙がない。作家は負けおしみを言いつつも、次のような言葉を残します。
「けれども私は、本心は、そんなに口惜しくもなかったのである。いい文章を読んで、ほっとしていたのである。アラを拾って凱歌などを奏するよりは、どんなに、いい気持ちのものかわからない。ウソじゃない。私は、いい文章が読みたい。」

一方、はじめて読んだ太宰作品は「富嶽百景」、たしか高校の国語の教科書で。
そのなかの「富士には、月見草がよく似合う」という部分はいまでもはっきり覚えています(塊量感と、軽やかな色彩をともなった、歯切れの良い言葉!)。

青森県立美術館「太宰治生誕100年記念 太宰治と美術―故郷と自画像」、これは必ず見に行かねばなりません。
ローマ・テルミニ駅から、ユーロスター・イタリアでヴェネツィアへ。
この列車の愛称は“Frecciarossa”- 赤い矢。
実は、今回の旅で直接ヴェネツィアの空港に降りなかったのは、ローマも見てみたかったから、そして、イタリアの新幹線ともいえる赤いユーロスターに乗ってみたかったからなのです。

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ローマを出発するとまもなく都市の風景は消え、窓の外にはなだらかな地形が広がりはじめました。そしてそれに寄り添うように市街地や農地が点在。長い歴史を有するような建造物もしばしば出現、車窓はまるで泰西田園絵巻のようです。

途中、フィレンツェとボローニャ、パドヴァに停車。
フィレンツェではこの都市を象徴する「ドーム」の上部が見えました。
下車していないのに、その街の歴史的ランドマークを目にすることができるこの状況は、まさしく東海道新幹線が京都駅に停車する際に東寺の五重塔が見える様子とよく似ています。

お昼過ぎにヴェネツィア、サンタ・ルチア駅に到着。
駅を出ると、目の前に駅前通りならぬ駅前運河。出船入船、往来、往来。



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この地を訪れたのは8年振り、2回目です。
宿は当初は本土側のホテルが予定されていましたが、旅行会社の手配の都合上か、幸運なことにヴェネツィア本島、それも大運河に面した4つ星ホテルが用意されていました。

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Hotel Principe はオレンジ色の外観、運河に面したテラスにはゴンドラ乗り場が。
早い時間のチェックインでしたがありがたいことにすぐに部屋に案内されました。部屋は明るく、ベッドは大きく、なによりもバスルームが広い!

(以前ヴェネツィアに来たときはバスルームもついていないような安宿で、倉庫みたいなところでぬるいシャワーを浴びたような記憶が…たしか部屋には窓もなかったような)

午後2時過ぎ。
いざビエンナーレ会場へ!
ローマ、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港には、現地時間の夜7時近くに到着。

巨匠の名を冠したこの空港では、もう一人の巨匠・ミケランジェロによるダヴィデ像にそっくりな青年を目撃!クリンクリンの髪の毛、端正な骨格のお顔。足を肩幅に開きすこし腰をひねりたたずむその姿に、つい彼のハダカを想像してしまったエッチな私。

この空港と、ローマの中心的な駅であるテルミニ駅とは「レオナルド・エクスプレス」で結ばれています。車体にはレオナルドさんのセルフポートレイトがプリントされていました。

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駅に着くと「スパー」を見つけました。
「スパー」はコンビニタイプのものが日本にもありますが、ヨーロッパでは小さめのスーパーマーケット形式ものをあちこちで見かけます。以前バックパッカーをした際にも大変お世話になりました(ちなみにロゴのデザインはレーモンド・ローウィ)。

ここでとりあえずミネラルウォーターと果物を購入。ですが、ミネラルウォーターのボトルをあけた瞬間、「シュワッ」という音が…そうです、ヨーロッパではガス入りの水は、ガスなしと同じくらい一般的で、購入するときには注意が必要。旅先で軽くジャブを受けた感じです。

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この日の宿、Hotel Andreotti はテルミニ駅から徒歩5分ほど。
路面に面した部分にはホテルらしい表構えがなくすこし不安になりましたが、館内はエレガントな調度品に赤いカーペットが似合う、クラシックな雰囲気。木製のエレベータは情緒があり、グリーンで統一された室内もなかなか快適でした。

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朝食はコンチネンタルスタイル。
嬉しいことにお野菜もあり(ホテルによっては置いてないところも多い)、パンもトーストできました。飲み物はマシーンが置いてありましたが、隣のイタリア人宿泊客がホテルスタッフにカプチーノを注文しているのを見て、私も注文。

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(この宿には2日後にも宿泊したのですが、その朝食時には同ウェイター氏が私の顔をみるなり「カプチーノ、飲むよね?」と提案してくれました)

朝食後、荷物をまとめ、ヴェネツィア行きの列車に乗るためテルミニ駅へ向かいます。
ホテルの扉にある天使さんがお見送り。「イッテラッシャ~イ」。

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つづく
2年に一度、お正月をむかえるたびに、
「ああ、今年はヴェネツィア・ビエンナーレの年だ…」と思います。
そして、やがて夏が終わる頃「今回も、行けなかった…」としょんぼりするのです。

…が、今年は違います!
ある日「行こう!」と決意したわたくし、翌日にフリープランの格安ツアーを予約しその週末に飛んでまいりました。

(出発まで間もない申込みに関わらず丁寧に対応してくださった旅行会社の担当者さんには本当に感謝)


ずっと行きたかったイベントではありますが、今回思い切って決断した理由は「友人の出産」。アートの世界で、自分の道を切り開いてきた彼女が出産、そして育児の大変さに「自分が死んでしまうのではないかと思った」と語ったのです。「ひゃあ」と思うとともに2年後にはそうなっているとも限らない私(それは願望でもある)、では矢張り一人で行動できる今のうちにビエンナーレ初体験を、と思うに至ったのです。


航空会社は「中国国際航空」、成田から北京経由でローマへ向かいます。

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北京行きCA422便。朝8時半過ぎ、機内へ。自分の席は右列の通路寄り。窓側席ではビジネスマンが離陸前からすでにビールでいい気分でした。仕事が首尾よくいった帰路なのでしょうか。通路を挟んだ左側にもまもなくオジサンが着席、が、すぐに地上スタッフが慌ててやって来て「お預けの荷物のなかにライターが入っていましたので、ご同行お願いします」と、日本語がわからないおじさんを無理やり連行していきました(オジサン、チェックインのときの注意をちゃんと聞いてた!?)。


やがて安全指南の映像の上映が始まります。
音声は中国語と日本語が交互に流れるのですが、ここで「ん?」と思ったのは「お客様の健康のため、おタバコは禁止されています」というくだり。
私はこれまでてっきり、タバコは安全上の理由で禁止になっていると思っていたのですが…。


離陸後1時間ほどで機内食が出てきました。
「フィッシュ アンド ライス」を選びました。煮魚か焼き魚とご飯のセットかな?と想像したら、大ハズレ。見た目はほぼカツ丼という一品でした。

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(ちなみに、このフライトではアンディ・ラウ似の乗務員さんがいて、制服姿が大変うるわしく、うっとりする。かなりうっとりする。)

この日は機体が揺れることが多く、飛行機が苦手な私はその度に真っ青になりつつ”よつのふね”の困難を思って気分を紛らわせつづけました。
(なぜこの言葉が浮かんできたかは今から思うと謎なのですが、同義の”遣唐使”よりも”このほうが渡航する感じが強いからかと…緊張していたんですね)

成田より約3時間、やがて飛行機は着陸態勢に。
初めて見る中国の大地は、雨に煙りまさに水墨画の世界。

機内検疫を経て降り立った「北京国際空港」は非常に近代的な建物で、乗り継ぎへの動線もスムーズ。手荷物検査を受けてCA939便でローマへ向かいます。

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このフライトはさらに乱気流多し、でした。


つづく
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