<   2009年 07月 ( 26 )   > この月の画像一覧

両国の江戸東京博物館で「写楽 幻の肉筆画」を見てきました。
この展覧会は、日本美術のコレクターであったギリシャ人、グレゴリウス・マノス(1850~1928)のコレクションで、現在コルフ・アジア美術館所蔵となっている作品を紹介するものです。

しかし、この展覧会については正直申しあげてポスターやチラシがやたらと「ギリシャで発見された 写楽の幻の肉筆画」ということを強調しており、集客意欲を前面に出しすぎじゃない?とすこし冷ややかに構えておりました。

a0061947_17511658.jpg


ですが、実際に展示をみてみると、桃山時代の屏風に始まり、魅力的な作品が続々。
屏風など比較的大型の絵画作品を集めた第1章では、狩野山楽の「牧馬図屏風」が見事でした。これは馬ばかりが野に放たれた百態(正しくは何匹か数ええていないけれども)。また、作者知らずの「韃靼人狩猟図屏風」は虎狩りの様子を俯瞰で描いたロマン主義的な作品です。周幽斎夏龍の「見立て琴高仙人図」は仙人のかわりに細面の美人を鯉に乗せた作品。鯉もなんとなく嬉しそう?

第2章から第5章までは版画が中心。初期版画、中期版画、刷物・絵本、後期版画と続きます。写楽の肉筆は第3章で登場、もともと扇に貼られていたものを剥がして保管されていたものだそうです。

季節柄、浮世絵版画のなかでもとりわけ記憶に残ったのが歌川豊国の「両国花火之図 三まへつゝき」。縦長の大判錦絵を横に3枚接いだもので、画面を横切る橋の上には花火見物の老若男女。彼らの頭上には花火があがり、空には雪のような水玉模様が見えますが、これは花火の火の粉や灰でしょうか(この作品には、同じく3枚続きで橋の下で舟を浮かべて花火を楽しむ人々を描いた作品があるそうで、これらをあわせて最大6枚続きの作品になるとのこと。その様子もぜひ見てみたいものです)。

今回出品されていたマノス・コレクションでは、座敷での一場面や遊楽、お買い物といった、庶民を主人公とした楽しそうな雰囲気を描いている作品が多く見られました。
マノス氏は外交官ではありましたが、来日したことはありません。ヨーロッパでこれらの作品を集めたといいますが、そのコレクションを見ていると、氏の興味の先は新奇な異国趣味というよりもそこに暮らす人々の日常に向けられているように感じられます。

いいなと思う作品が、予想以上に多かったので、カタログを購入することにしました。
展示室を出てから探してみると…ありました。が、やはり表紙には写楽一点、タイトルはもちろん「写楽 幻の肉筆画」。隣にちっさな文字で「ギリシャに眠る日本美術 云々」…そんなに写楽ばっかり強調しなくていいのにねえ。
(江戸博はけっして嫌いなわけではないのですが、建物や設備の面でずいぶん損をしていると、いつも思います。その分広報やデザインで展覧会の魅力をもっと出したらいいのに、とつい老婆心が出てしまいます)
by paginademaiko | 2009-07-31 17:50 | アート
東京国立近代美術館。開催中の「ゴーギャン展」を見に行きました。

a0061947_1729012.jpg


「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(1897-8年)が話題の展覧会、点数は普段こちらで開催している企画展にくらべやや少なめですが、初期から晩年に至るまでの作品が展示されており、タヒチ時代以前の作品も目にすることができます。

「我々は…」は、鑑賞のためのスペースが二つに分けられていて、作品寄りの「通路」は立ち止まらないで歩くための場所で、一方、この通路の外側は立ち止まって鑑賞する場所として設定されていました。
この「通路」を歩いてみました。前を歩く方がいきなり牛歩戦術(無意識とは思いますが)、すると後方から「立ち止まらないで下さーい」と監視さんの声、つい上野公園のパンダ舎を思い出してしまいました。

この作品は思っていたよりも小さいという印象。右から左へとむかって誕生から死までが表現されるという点では、観心十界曼荼羅みたいです。ですが、ここでふと気づくのは、西洋の絵画において一枚の支持体のうえで複数の時間を表現する場合は、日本とは逆に左から右へと時間が進むことが多い、ということ(たとえば、この作品と同じ頃に制作され作品では、ムンクの「生命のダンス」が挙げられます)。左から右への展開は、キリスト教関連の祭壇画にもしばしば見られるので、これと逆の進行方向をとることにより西欧文明との訣別を表したものなのか、あるいは死から生へのベクトルを暗示したものなのか…あくまでもこれは一鑑賞者による想像ですので、あしからず。

所蔵品ギャラリーでは前回見たときから少し作品が入れ替わっており、新鮮な出会いがありました。

第1章にあたる「文展開設前後」は一対の作品のように展示された青木繁と熊谷守一の小品から始まりました。このふたりは周知のとおり東京美術学校の同級生なのですが、ここで展示されている作品は彼らが20代はじめの頃に描いたものです。内容は、青木が赤を多用した抽象的な表現、そして逆に守一は粗いタッチによる暗い人物画ということで、それぞれ、我々が想像する彼らの代表作とは異なる趣き(むしろ守一の作品を青木の作品と思ってしまう人もいるかも知れません)。3フロアーにわたるコレクション展示のスタートにこの二つの作品をもってくるとは…。

「大正のヒューマニズム」では土田麦僊「島の女」。麦僊もまた、ゴーギャンの影響から南方にあこがれた画家の一人。この作品は八丈島に取材したものです。

「都市の中の芸術家」では近代化する社会を描いた作品や、あるいは海外で活躍した日本人の作品が展示されています。今回目が釘付けになったのは石垣栄太郎の「二階つきバス」。こんなに「ツッコミが入れたくなる作品」が東京国立近代美術館にあるとは…!!

特集コーナーで取り上げられているのは「坂本繁二郎」。
この方は青木繁の同級生として共に語られることがしばしばありますが、私はむしろこの作家の作品のほうが好きでして…。
この作家は馬を多く描いた作家として知られますが、とかくその肉体の美しさが強調されやすいあの動物の、かたち以外の魅力…たとえば、おだやかな気質や、人とともにある動物であるということ、しなやかな動きなどを描きだせるという点に素晴らしさを感じます。あるいはそれは静物についても同様で、能面や果物などを描いた作品がなんともよいなあと思います。

日本画のコーナーでは夏らしい作品が数多く展示されていました。
なかでも水面を真上からとらえた福田豊四郎「海女」はその海の透明感に、見ているこちらも海に飛び込みたくなります。また、海底へと向かう海女さんの豊満なお尻がたいへん魅力的です。

2階では「寝る人 立つ人 もたれる人」という小企画が開催中。
文字通り、寝ている人やたっている人などを描いた作品が展示されています。
萬鉄五郎の「裸体美人」。「いかにも守一らしい」熊谷守一の裸婦、現代の作家ではイケムラレイコなど。
ところで、会場後半では突然白髪一雄の作品が登場、別企画と一瞬思いますがそうでもなさそう。では作者が「立ったり」「斜めになったり」「横たわったり」する作品だからということ?とすると、その隣の草間弥生による突起物を並べた作品は…?おおっと、なんだかお子様には言えないようなことを想像してしまったので、素直に解説パネルを見て見ると画面を「人が立つ」地面に見立てた作品を集めてみた、という趣旨が読み取れました。
なるほど草間作品には突起物の間にクツが見えました。

思えば、こちらのコレクション展示では序盤まもなくと終盤に熊谷守一による人物像が展示されていましたが、前者は立像、その約60年後に描かれた後者は横臥像でした。
くしくもこれは、お釈迦様が生まれたとき、そして亡くなった時の姿に重なります。
ゴーギャンの大作に向こうを張って「生と死」を表現?
深読みしすぎですかねえ。

帰りはゴーギャン・バスで東京駅まで。

a0061947_17205747.jpg

by paginademaiko | 2009-07-31 17:21 | アート
サントリー美術館で、シアトル美術館所蔵の日本・東洋美術による展覧会「美しきアジアの玉手箱」を見てきました。

シアトル美術館の日本美術コレクションは、美術館創立者のリチャード・フラーと、戦後副館長を務めた美術史学者シャーマン・リーの眼と努力によって形成されました。この展覧会では、その収集品を中心に、考古資料、絵画、彫刻、工芸など50点あまりの日本美術が出品されています。

展示は、縄文・古墳時代の資料から始まりました。
暗い展示室のなか、車輪石、鍬形石がまるで大ぶりのジュエリーのように展示されています。続いて、木肌もあらわな毘沙門天、骨太ながらも穏かな姿勢は平安前期から後期への過渡期を感じさせます。鎌倉、室町時代からは絵画が多数エントリー。とりわけ高僧の絵伝、縁起絵巻は見所がたっぷり。

近世が近づいてくると華やかな屏風が続々登場、なかでも六曲一双「月に竹図」は粋な作品。うち一隻では画面の足元付近で月が半分だけ顔を見せ…あれれ、どうしてこんな位置に?とおもいきや、これは「水面に映った月」であり実物は画面上方の山の彼方に。水面に反映した月のほうが大きく描かれているので、主役はおそらくこちらなのでしょう。

そして今回の目玉ともいえる「烏図」。金地の背景に真っ黒なカラスがわんさかと描かれているこの作品、バッサバッサという羽音やギャーという泣き声が聞こえてきそうです。一見カラスは画面を埋め尽くしているようにみえますが、目を細めて見て見ると幾つかのブロックにわけて描かれていることがわかり、それが画面に秩序を与えているように思えます。

(具体的には、次の通り【左隻】右上から左下にかけて金地部分が対角線状にとられその左右にそれぞれ空を飛ぶものと地上に立つものが配される。【右隻】右から3番目の扇を折り返し点とするV字型の金地部分が確保され、それを囲むように3つのブロックにわけてカラスが描かれる)

この屏風には多くの来館者が集まっていましたが、その一方でこれと対面するように展示されていた「花見・納涼図」も見逃せない作品です。野山に緋毛氈を敷き、あるいは橋や舟のうえで歌舞音曲を楽しむ人々、見ているだけでこちらが楽しくなります。風景をかざる桜や柳も妙にクネクネしております。

会場後半では、中国美術、朝鮮半島およびその他のアジア地域に伝来した美術が展示されていました。




美術館を出まして、続いてShonandai MY Galleryへ。
川田琴美さんの作品…画面をていねいに作っているのに程よく力がぬけている感じがとてもよかったです。数年前の「穴」が頻出するシリーズについては完全にツボにはまり、ポートフォリオをみながら嬉々としてしまいました。




そこから徒歩2分の国立新美術館では、最終日も近づいた「野村仁 変化する相―時・場・身体」を見ました。
会場に入ってまもなく、この作家が「変化」というものをいかに強く意識しているかいうことがすぐわかりました。ひいては、どうやら「成り立ち」やそれを含めた「来し方行く末」への興味といいかえることもできそうです。

20代の半ばで発表した、朽ちゆく巨大なダンボール・タワーや解けるドライアイスを主役にした作品は若者らしいエネルギーと無骨さをはらんでいます。ですが、やがて作家は動植物や鉱物といった地上に存在するものや太陽や星の「姿や動き」をもとに、きわめて多様な表現を生み出していきます。さらには、太陽光エネルギーや宇宙からの電磁波を使った目には見えにくいものを使用したものまで。
まるでこの作家は、変化する磁場を求める旅人のようだと思いました(鑑賞者としては正直、ついていくのがたいへん)。

ところで、この展覧会には空を飛び行く鳥たちを撮影し、それを五線譜上の音符に見立てた作品がありました。
シアトル美術館のカラスの屏風と同様、こちらも鳥の生態を主役とした作品。
鳥が飛ぶ姿を単純に興味深いと思う心、そしてそれを美しい表現へとつなげようとするこころは、今も昔も変わらないようです。
by paginademaiko | 2009-07-31 15:10 | アート
「愛についての100の物語」。金沢21世紀美術館の開館5周年を記念した展覧会です。

a0061947_11473466.jpg


数ヶ月前にチラシを手にとったときから「見なければいけないなあ」…と思っていましたが、いろいろと考えた結果、自分の時間の余裕が少しだけあり、数々の関連イベントのうちジョン・ケージの曲が展示室で演奏される7月19日を選びました。

美術館に到着すると、ガラス張りの建物内部はお客さんがたくさん。特にチケットカウンター周辺は行列をなす人々で黒山の人だかり状態。現代美術の展覧会でこれだけの集客力とは恐れ入るばかり。

a0061947_1147575.jpg


午後2時。円形のプランをもつ展示室にて中川賢一さんによる演奏が始まりました。
「プリペアド・ピアノ」とは直訳すると「準備されたピアノ」。ジョン・ケージによって考案されたこの楽器(?)はグランド・ピアノの弦の部分にネジやボルトといった異物が挟まれたもので、鍵盤をたたくとピアノの音とは思えないような金属のこすれあう音や、鍵盤の位置に不似合いな高低音が響きます。
ジョン・ケージの楽曲をライブで聴くのは初めてだったのですが、曲というよりもやはりその楽器のインパクトのほうが大きかったですね。なお、この演奏ののちには「4分33秒」も聞く(見る)こともできました。

「愛についての100の物語」のキーワードはオープン・ダイアローグ(開かれた対話)
この展覧会ではそのタイトルどおり作品がとにかく多く、またパフォーマンスやワークショップも同時並行で行われており、なによりも来館者の多さから全体的にテーマパークみたいな雰囲気を感じました(正直、テーマパークに一人で来てしまったような寂しさを感じた…)。ですから、この展覧会は作品との「対話」をするというよりも、誰かと一緒にいって作品をみながら語り合うほうがいいように思います。

a0061947_11482277.jpg


ところでこの展覧会では粟津潔の映像作品「ピアノ炎上」(1973)が上映されていました。
固定カメラで撮影した記録映像のような手法を用いた作品ですが、その内容はきわめてシンプルで壮絶…。消防士のヘルメットをかぶった山下洋輔氏が野原に置かれたグランド・ピアノの前に座り、オルゴールを早回しにしたような小刻みの曲を弾いていますが、なんとそのピアノの下では薪が燃やされています。まもなくピアノはボンボンと燃え始め、やがて音を狂わせながら原型を失いはじめる…。山下氏はその間も演奏を続けます。最後のシーンでは燃え落ちたピアノの残骸だけが映し出されます。

帰りは京都経由で東京まで。京都へは特急「雷鳥」を利用。
いかにも国鉄時代の特急といったカラーに、イラストのトレインマーク。ホームで写真をとっていたテツ氏にお願いして、車体と一緒に写真を撮っていただきました。


a0061947_1150148.jpg

by paginademaiko | 2009-07-27 11:48 | アート
京都から金沢へと移動した、旅の後半。
ハイ・シーズンのため京都・金沢に宿がとれなかった私は、福井との県境近くにある大聖寺というまちに泊まることになりました。よく知らないまま訪れたこの街は、しかし、とても素敵な場所でした。観光を意図して訪れたのではない分、その出会いの嬉しさも一層。

a0061947_11514476.jpg


江戸時代は城下町として栄えたこの町を、泊まった翌朝自転車で廻ってみました。
西側には低い山が連なっていまして、そのふもとには神社仏閣が並んでいます。なかでも大聖寺藩藩主の菩提寺である実性院では境内全体が「ふんわり」とした萩の枝で覆われていて、まもなくやってくる花の時季を想像させました。

a0061947_11403884.jpg


また、市街地を囲む大聖寺川・熊坂川は川端に柳や桜の並木が続き、質素な小舟で遊覧することもできます。この遊覧船の発着場所にある建物は材木店の一部をリノベーションしたもので、ここでは昭和26年製の引退車両が待合室として使われていました。
このほかにも街中では古い町並みのなごりが各所で見られ「時の鐘」も目にすることができました。

a0061947_11412652.jpg


a0061947_11415073.jpg


a0061947_11511833.jpg


この街では二つのミュージアム-「石川県九谷焼美術館」「深田久弥 山の文化館」も訪問。
この地で栄えた九谷焼の歴史を豊富な資料とともに展示する「九谷焼美術館」は、企画展示で最新の学術調査にもとづく成果を発表する一方、現代の陶芸家たちの作品も展示やカフェ、ショップでとりあげるなど幅広いミッションを実践。「山の文化館」は山岳をテーマとした作品を多く著したことで知られる郷土ゆかりの文筆家・深田久弥の生涯を紹介する施設で、建物には明治期に立てられた絹織物メーカーの事務所を利用しています。ここでは番頭さんのようなおじさまが施設の紹介をしてくださいました。


a0061947_11423178.jpg


a0061947_114256100.jpg


大聖寺、またあらためて来てみるのもいいなと思いつつ…お昼ちかくの北陸本線で金沢へ向かいました。

(つづく)
by paginademaiko | 2009-07-27 11:43 | アート
午前中を滋賀県立近代美術館で過ごしたあと、午後ふたたび京都入り。
地下鉄東西線の蹴上駅で下車し、三条通を西に向かって歩きます。Gallery SUZUKI, アートスペース虹星野画廊に寄りつつ京都国立近代美術館へ。

a0061947_9385165.jpg


京都国立近代美術館では「前衛都市・モダニズムの京都」を見ました。
この美術館のある岡崎にて第4回内国勧業博覧会が開催されたのは1895年。同年には平安神宮が建立されています。展覧会はこの二つのプロジェクトを中心に据えながら、同時に京都モダニズムを牽引し、あるいは彩った人々にもスポットをあてています。

この展覧会を象徴的に表している資料のように感じたのは「平安神宮」の図面。描き込まれた人物が「タキシードにステッキ」の洋装紳士なのです。グランド・ツアーの旅行者がここまで来ちゃった?!みたいな状況ですが、まさしくこれが京都のモダニズムの気風なのかもしれません。

その後さらに西へ移動。烏丸三条の「文椿ビルヂング」内のカフェ・ギャラリー「ニュートロンギャラリー」を訪れました。このスペースのつくりはすこし変わっていて、まるでカフェフロアから一段上がったステージのよう。カフェとはガラスで仕切られています。お茶をのみながらガラス越しに眺めるのもよし、あるいは中にはいって作品と一体感を味わうもよしかと。

「文椿ビルヂング」は1920年の建物。これもまた「京都モダニズム」。

a0061947_939634.jpg


この日の宿は石川・大聖寺にとりました。
湖西線と北陸本線を乗り継いでこの小さなまちについた頃には、すでに夜の入り口。
荷物を宿に置いてからお食事処をさがしに出かけたら、思いがけず灯篭流しに出会えました。

a0061947_1273229.jpg
a0061947_1274335.jpg





(つづく)
by paginademaiko | 2009-07-27 09:20 | アート
6月18日の午前は京都から足を伸ばし、大津市の郊外にある滋賀県立近代美術館へ。現在こちらでは開館25周年を記念した展覧会「アメリカン・ハイ」が開催中です(記憶に新しい「コピーの時代」が開館20周年展でしたからなんとも時が経つのは早いもの)。

a0061947_942731.jpg


この展覧会は戦後のアメリカ美術を展観するという内容。
会場では50年代の抽象表現主義あたりからスタート。バーネット・ニューマン、クリフォード・スティル、モリス・ルイス、ケネス・ノーランドの大画面が続きます。また、ポップアートに入るあたりのエリアで背後に控えているジャスパー・ジョーンズの作品も見逃せません。

ロイ・リキテンスタインによって解釈されたモネの「日本風の橋のある睡蓮」は興味深い作品でした(看板やチラシの表面を飾っている作品です)。
「元ネタ」は水面に反映した風景を描いた作品ですが、リキテンスタインの作品では水面の一部にミラーのように反映する素材がコラージュされていて、それが設置されているスペースが映りこんでいます。つまりこの作品には「反映」の入れ子構造が見られるのです。
あるいは、この作品をモネが描いた庭に持ち込みそこに風景を映すことができれば、まさしくそれは「睡蓮」をめぐるトリニティの出現ですね。

ポップアートで中間地点を折り返し。
ミニマルアートのスペースではソル・ルウィットによるジャングルジム帝国、そしてそれを冷ややかに俯瞰するドナルド・ジャッドの「無題」。

最後はジョゼフ・コスースの「1つと3つのシャベル」。
ところで、シャベルは発掘と埋葬の二つを想像させるもの。
この展覧会『アメリカン・ハイ ―アメリカ美術の20世紀―あの頃すべてが輝いていた』のサブタイトル部分と併せて考えると、この作品はなんとも意味深げではないでしょうか?


(つづく)
by paginademaiko | 2009-07-27 09:04 | アート
国立国際美術館から三ノ宮へ移動し「ギャラリー島田」を訪問。
展示作品に興味を覚えます。一見素朴派みたいな絵ですが構図と色の作り方が秀逸です。ドニと山下清を思い出しました。作品の雰囲気から美大の大学院を出て数年くらいの女の子が描いているように思い込んでいましたが、実は作者は上村亮太さんといって50歳くらいの男性(ポートフォリオの過去作品見てさらにびっくり)。画中にはプールや、山を遠景とした風景、鉄塔がしばしば登場しますが、その多くに共通するのは遠近感のない画面のなかでこちら側と向こう側の世界を区切る境界線…これらはフェンスや電線、煙、ステッチの姿をかりているものです。
安藤忠雄の建築を殻としたこのスペースは、北野坂と平行した「ハンター坂」にあります。

a0061947_13391298.jpg


三ノ宮から兵庫県立美術館へ移動。こちらで見たのは「日本の表現主義」。
近代美術(特に大正期)が好きな人には、必見の展覧会!!!

a0061947_13373334.jpg


まずは「生命主義」と銘打たれた第1章。ポスト印象派あたりまでの表現に影響をうけつつも日本の風土を意識しながら表現している1910年代の作品を中心に構成。
満谷国四郎の「杏花」は花爛漫の杏の木の手前で穴を掘る人物の後姿がなんとも意味ありげ。牧野虎雄の「花苑」、この作家の描く庭はいつ見ても植物飽和状態。私は大好き。岸田劉生の「南瓜を持てる女」…劉生にしてはめずらしく乳房が露出されている作品。なんだか乳輪が大きめのように感じなくもないですが、やなぎみわにさんよる巨乳写真をみた直後ではむしろ上品。

続いて日本画。小川芋銭かな…?と思い近づいたら、大ハズレ。萬鉄五郎の日本画でした。そして岡本神章に甲斐庄楠音。デロリ系もしっかり抑えられています。
そのあと創作版画、雑誌の装丁、彫刻、工芸そして写真がつづきます。

第2章は「影響と呼応」というテーマのもと、ほぼ同時期に西洋で展開した前衛表現を取り入れた作品を紹介。萬鉄五郎、普門暁、東郷青児、そして神原泰や西村伊作によるそれぞれ表現主義、未来派、キュビスム、抽象表現的作品。
日本画でも非現実的な形状をもつ作品が登場。なかでも平井楳仙による「雪山之月」は強烈です。版画、デザイン、写真、建築、演劇、音楽が続きます。

そして最後の章では「生活と造形」として工芸を中心に展観。
コレクションによる展示室もたいへん楽しみにしていましたが、残念ながら展示換中とのこと。


兵庫県立美術館を出た後、六甲アイランドに移動。
こちらでは二つの美術館を訪れました。

「神戸ゆかりの美術館」では「-町景色・水辺の色どり-風景画コレクション」という展覧会が行われていて、川端謹次さんの作品も数多く展示されていました。幸いにも学芸員さんと作品を一緒に作品を見ることができ貴重な機会となりました。

あわせて、同じ建物の中にある「神戸ファッション美術館」も訪問。ビルのなかにあり
エントランスも比較的地味であったので、おとなしめ展示なのかしらと思いきや…この推測は見事に裏切られました。企画展「超絶刺繍」は刺繍がフィーチャーされた古今東西の衣装を集めた展覧会で圧倒的なボリュウムと密度。恐れ入りましたといわんばかりです。映画「下妻物語」の桃子ちゃんに是非見ていただきたい内容。


六甲アイランドには、このほかに小磯良平の美術館もあります。中庭に復元移築されたアトリエは必見です。
この人口の島にはこれまで3回おとずれましたがいずれも雨模様、いちどお天気の良い日にゆっくりと歩いてみたいものです。

この日は初めての神戸ディナーののち、京都で宿泊。

つづく
by paginademaiko | 2009-07-24 13:37 | アート
7月17日より、2泊3日で関西・北陸方面に出かけてきました。

朝、京都で荷物を預けてから向かったのは、国立国際美術館の「やなぎみわ 婆々娘々!」。
「マイ・グランドマザーズ」は一点一点見ごたえ有、人工美を追求したような完成度の高い写真。一枚の写真を撮るまでの時間と労力を想像すると素通りするのがはばかられます。
自分の50年後を想像してみる…「ぽたぽた焼き」のおばあちゃんみたいだったらいいなと思います。着物に割烹着、火鉢の側でお茶を飲む。かたわらに猫が丸まっていれば最高。

続く「フェアリー・テール・シリーズ」は怖すぎてじっくり見れず。
最後の展示室「ウィンドスウェプト・ウィメンズ・シリーズ」はヴェネツィアでの展示とほぼ同じスタイル。会場の隅には黒いテントが置いてあり、内部で映像が流れています。足がはえたテントが荒野を移動し、やがてそのなかからおっぱいまるだしの女達が出てきて踊り狂い、再びテントの中に戻って行く…という内容。

なお同フロアーでは「慶應義塾をめぐる芸術家たち」も開催中。
キャストは西脇順三郎、滝口修造、飯田善國、駒井哲郎、谷口吉生そしてイサム・ノグチ。


【今回使用したきっぷ】
「グッとぷらいす京都」(JR東日本 びゅう)
東京からの往復新幹線と宿泊のセット。私が京都に行くときはたいていこのシリーズを使っています。とにかくお得です。宿泊日や選択するホテルによって価格には幅がありますが、2万円台前半からあります。交通費の「片道分」が約13,000円ということを考えるとどれくらい安いかがわかりますね。(利用新幹線が指定などの条件つき)

今回はターミナル近く至便の「新・都ホテル」利用で28,000円。
幸運なことに一泊3万円以上するお部屋があてがわれ、しかも京のおばんざいが盛り込まれた優雅な朝食つき。普段だったらありえない贅沢さ。このプランおよび新・都ホテルさんに感謝です。

(ちなみに今回は変則的な1泊3日プランをオーダー、2日目の宿は自分で手配しています)


つづく
by paginademaiko | 2009-07-24 13:30 | アート
荒川の土手で行われた花火大会に行ってきました。

花火大会といえば、浴衣です。
ことしはピンクの花模様や、シフォンみたいな帯飾りをよく見かけましたね。
私は年相応に「銘 カルピス」と呼んでいる水玉×縞の浴衣に、うぐいす色の帯を選択いたしました。

a0061947_1029780.jpg


花火は、この数年間でずいぶん色数が増えた気がします。
青系だけでも浅黄やあやめ色、かわせみ色など様々。
具象的なかたちのスマイル、ハート型なども健在ですがあまり増やさないでほしいと思います。花火はやはり球体をベースにしたものが良いものです。

a0061947_10292083.jpg


この夜はスパークリング・ワインを持参しました。
実はかつて花火を見ているときにその泡を連想したことがあって、かねてよりこれらを同時に楽しんでみたいと目論んでいたのです。
ゴブレットも持参して気合十分。

草むらに足を投げ出し、光と轟音のなかいざ開栓。
結果は大満足。花火と泡が見事にリンク。まさしく五感を使った鑑賞時間。
これはおすすめできます、是非お試しあれ!
←menu