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天気のよい8月のある日。久しぶりに、高崎を訪れました。

上野駅13番ホームより乗車。
夜行列車も発着するこのホームは旅の始まりの気分を盛り上げるのにふさわしい。

(今日たまたまマンガ「鉄子の旅」を読んでいたら、トラベルライターの横見浩彦さんがこのホームで北斗星の乗車にのぞむ際「つまりこのホームは北海道の延長線上なんだ!! だからここはもう北海道なんだ!!」と力説されていました)

ここには朝倉文夫先生の彫刻があり、我が家では勝手に「三美神」と呼んで待ち合わせ場所によく利用しています。(正式名称は「三相 智情意」)

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高崎では、二つの展覧会を訪問。
1ヶ所目は、高崎市タワー美術館の「日本画★大冒険」。この美術館は駅の東口からデッキで直結、至便。開催中の企画は日本画の作家たちによる「METAⅡ」のメンバー10名のグループ展です。

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美術館はビルの4階と3階に入っていて、展示は4階からスタートします(ちょうどサントリー美術館のように、途中で1フロアー分階段を降りるという動線)。

展示室に入って左側に、まず武内啓さんの作品。
汁気多め、モヤモヤとした乳白色の霧のなかをさまようような感覚を覚えます。よくみると、四肢、五肢…に枝分かれした影が見えはじめます。それは岡本太郎がしばしば表現した人形(ひとがた)や「ハウルの動く城」に出てくるそれに似ているようです。この人形は漂っているようにも見えますし、飛び交っているようにもみえますが何せ霧が濃くってよくわかりません。しかしこの作品は第1印象よりも眺めているうちにたいぶ動的な作品のようです。

黒・青・白系の顔料が、ノベーッ、ツーッと広がり・垂れる樋口広一郎さんの作品はまるで重力との共同作業。抽象表現主義みたいな表情も感じられますが、そこになんとなく絶望感や悲壮感が漂っているのがこの作品独特の魅力かなと思います。

会場に入ったときから「あの辺になんだか人拓系絵画があるぞ…」とチラチラ気になっていたのは吉田有紀さんの作品、実際に近づいてみるとそれは青紫色による、モヤモヤと球の集まりでした(「葡萄人間あらわる」なんてコピーが浮かんでしまいました)。表現としては面白いと思いますが、視界の隅に入ってきたときには人体を感じさせる一方で、しかし実際に見てみるとそうではないようなので、かえって不気味。生活空間には据えたくない作品。でも置く場所を選べば面白い効果をその空間に与えるかもしれない。

会場の折り返し地点には峰岡正裕さんによる極彩色の作品。その後階段を下りて3階会場へ。

佐藤裕一郎さんの作品は、紫と白による縦方向のグラデーション。紫は、古来日本人にとって特別な色の1つで、色調によって様々な名前が与えられていますが、この作品を支配する紫色にはどんな名前がふさわしいでしょうか。その一方、実は第1印象で想起したのはダン・フレヴィンの作品。しかしその微細な光は人工の光というよりもまるで夜明けの兆し。

山本直彰さんの作品…直前に目にした佐藤さんの作品が惑星だとすればこちらは恒星という感じ。

濡れたカラスの羽を敷き詰めたような梶岡俊幸さんの作品は、じっくりみているとその渦のなかに巻き込まれてしまいそう。続く斉藤紀彦さんの作品、「はるおか」「なつやま」はローズピンクの大理石のような表情。柔らかい色彩にどこか硬質なものを感じました。

長沢明さんの作品は、会場のなかでその画面に目をうつしたとき、その色から「碧色の水辺をそなえた古代遺跡」を思い出しました-中央アジアあたりの。よく見てみるとそれは鳥、その姿も愛らしいのですがそれが鳥とわかる前の新鮮な感覚が忘れがたい作品。

大型の木製のパネルを支持体としてそれを屏風状に仕立てた岡村桂三郎さんの作品は、先日「高島屋美術水族館」(全国の高島屋を巡回中)でも拝見したばかりですが、その作品を目にするとき、私はいつもつかみどころのなさみたいなものを感じます。というのは画中に描かれた生き物(場合によっては架空の)は暗い画面の奥にいてなかなかその形を捉えることが難しく、そこで自分が絵の表面に近づけばそれは幾分たやすくなるのですが、すると今度はその全体像が捕らえにくくなってしまう…。というわけでいつも岡村さんが表現する動物たちには逃げられてばかりなのです。
by paginademaiko | 2009-08-31 16:35 | アート
ジョルジュ・ビゴー。日本史の教科書でおなじみの風刺画師。
先週「ジョルジュ・ビゴー展 碧眼の浮世絵師が斬る明治の日本」を東京都写真美術館で見てきました。

1860年にパリに生まれたビゴーは早熟な人であったようです。12歳でエコール・デ・ボザールに入学、16歳で中退したのちは新聞や雑誌の挿絵を手がけ、ゾラの小説の挿絵も担当しています。折りしも当時のパリはジャポニスム・ブーム。ルイ・ゴンスの『日本美術』の制作にも関わったこの青年は、81年にマルセイユから日本へ向かいます。

しかし、実際に彼が来日した頃の日本は、急速に近代化するまさにその時代でした。はじめビゴーはその様子をほほえましく素直に記録していますが、次第にその主題は変わり始めます…。

(余談ですが、にビゴーが来日後はじめて出したタイトルはそれぞれ「あさ」「おはよ」「また」なのですが、私は「また」という書名に興味を覚えました。書名として少し違和感を覚えるのがその理由ですが、「あさ」と「おはよ」というタイトルと併せて考えてみると「また」というのはどうもmatin…マタン、フランス語で「朝」の意、に由来するように私には思えるのですが。あるいは「リターンズ」というような意味合いなのでしょうか?)

その作品は、だんだんと社会や政治への風刺色が濃くなり、同時に官憲からの目が厳しくなっていきました。憧れて来日したこの国はこのフランス人にとってどんどん住みにくい場所になっていったのかもしれません。1899年、ビゴーは日本人の妻と離婚し、息子を連れて帰国、まもなく再婚をします。その後は日本帰りの風刺画家として活動していましたが、その後、家族の療養のためにパリ郊外のビエーヴルに移住、ここでエピナール版画と呼ばれた大衆版画の仕事を得、1927年にこの地で没します。

ビゴーの作品は戦争や政治を描いたものが多いのですが、しかし彼が本来持っていた興味の対象は、そのようなものよりもむしろ市井の人々による日常の情景にあったのではないかと私は思います。それは彼が日本に来る前に描いていたスケッチ、そして来日後まもなく出した版画集、そして「隠遁後」てがけた挿絵の類からも感じられます。

ところで、ビゴーが描く日本人は滞在期間が長くなるにつれて「日本人てそんなにサルっぽくないよ!」と思うような、ある種ステレオタイプなものが増えていきます。そんな、日本人の姿を描いた作品のなかで最も記憶に残ったのは『日本人の生活』(1890年)の表紙になった、庭を背にして室内に座る着物姿の少女をスナップショットのように捉えた作品。見た瞬間、思わず黒田清輝が帰国後まもなく描いた「舞妓」(1893)の、その表情と重なりました。おそらくそれは目に見えるままの姿かたちを、それを愛らしいという感情を伴いながら表現した作品だったのでしょう(あるいはそれは当時国際社会のなか日本が「大人のふりをしている子ども」と揶揄されていたことを鑑みると、極東の島国は「無知なおさな子」であってこそ愛玩すべき価値がある、という考えを読み取れるのかもしれませんが、どうなのでしょうか?)。

ビゴーは滞日中および帰国後において、時として「美好」なるサインを用いています。富国強兵の世のジャーナリストであれば「美豪」「毘号」ぐらいにしてもよさそうですが、「美を好む」という意味にしたのはやはり、青春時代にジャポニスムに出会い、憧れ、日本に暮らした彼の人生を象徴的、肯定的に現しているような気がします。


この展覧会では、写真美術館ならではの構成として、当時の時事的写真が併せて展示されていました。磐梯山の噴火については、その頂上の様子を捉えようと山にカメラマンが押し寄せる様子をビゴーが風刺的に描いていますが、実際に当時の写真を見てみるとその迫真性のみならず絵画的な表現は、それもまた価値のあるもののように感じました。
by paginademaiko | 2009-08-29 06:07 | アート
東京都写真美術館の収蔵品によるシリーズ展、今年のテーマは「旅」。
第2部 となる今回展のサブタイトルは“「異郷へ」写真家たちのセンチメンタル・ジャーニー”、戦後世代の日本人作家による作品で構成されています。


「夏だし、旅の写真なんてイイワネエ…」と軽い気持ちで入場。
するといきなり内藤正敏氏による、即身仏の写真。つまりミイラですね。とんでもなく遠い「異郷」へ旅立って、もう帰ってくることはない人のことですね。続いて、このほか強烈な閃光のもとにあらわにされたイタコや老婆達の姿。
同行者「あ、エクトプラズムが口から出てる!」…それはお餅を食べているところですよ。

秋山亮二氏のシリーズ、その名も「旅行けば…」。
こちらはもうすこし身近な人々が被写体となっています。ベビーブーム世代の青春時代とみられます。団体旅行、観光地のカップル…。この時代は日本そのものが急成長の若者であったのかもしれません。ところでタイトルの中に「国道」という文字を見つけましたが、国道という言葉に、私はなんとなく昭和を感じてしまいます。フランク永井の名曲「夜霧の第二国道」の影響でしょうか?

土田ヒロミ氏の作品は「俗神1969-74」シリーズより。
高度成長とリンクして、霊場・聖域をふくめ日本各地が俗っぽさに染められた時代を切り取ったものか。終盤では「聖地×俗っぽさ」のパイオニアにして大御所、「浅草」の点景が登場、「素人の芸人」とうタイトルが面白かったです。


牛腸茂雄氏の作品は、毎度毎度とにかく構図がカッコイイと思います。
作品から20メートルくらい離れてみても、きっとカッコイイ。

アラーキー、「センチメンタルな旅」。この展覧会に不可欠なことは論を俟たない。

森山大道氏の作品はセンチメンタルというよりハードボイルドです。どこからか燃料とタバコのにおいがしてきて、こちらの髪の毛に残るんじゃないかと心配になるくらい。
画面のなかで水平な線が忌避されている。この人は三半規管がひとのつくりとすこし違うのではないかと思います。

いい加減、心がヒリヒリしてきたところで、須田一政氏の写真でクールダウン。
そして柳沢信氏の写真は川崎と萩の景色を対にして。一瞬、都会と伝統的な町の対比かと思いますが、萩がラジカルな町であったのはそう遠い昔のことではない。

最後に北井一夫氏のシリーズ。今回の全体の出品作品には、対象に自らのセンチメンタリズムを憑依させるタイプと、対象と自分との距離を置くことによってセンチメンタリズムを表現するタイプがあるように思えたのですが、北井氏の作品は後者の代表的な例かと。
by paginademaiko | 2009-08-26 12:46 | アート
笠間から水戸までは、友部で乗換え約30分。
去年の「ぐるっと北関東」と同じくこの日の最終目的地は水戸芸術館
展覧会は、「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」。

森英恵ファッション財団が応援してきた若いアーティストたちによる展示。
出品作品にはそれぞれ「創る」「履く」「着る」…等のテーマが冠されています。

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最初の展示室は「創る」というテーマ。西村優子さんの作品は白い紙に規則的な折り目を与えることによって弾力や伸縮性のある立体へと変容させた、紙の彫刻。横山玄太郎さんの作品は手のひらを象ったもの。まさに「手で創る」というテーマのオープニングを象徴するような作品。

次に「履く」。ユニークな表情の下駄、靴はそれぞれ鈴木千恵さん、上延哲也さんの作品。

「着る」は、東京都庭園美術館での展示も記憶に新しい、清川あさみさんの作品。展示室中央には巨大な白い円錐形、その頂点へと視線を伸ばすとそこには人体を象ったものが。どうやら円錐形はスカートに見立てられているよう。その表面には手形やそのホネ形がペイント(あるいはプリントか?)やアプリケで施されていますが、それは上方へと引き上げられるカンダタに群がる手のようですこしホラーを感じます。
加えて、裸婦の写真に直接刺繍を施したものも数点。
支持体となっている写真はすべて同じものと思われますが、刺繍はそれぞれ異なる仕様。身体を覆う細かい模様に、ヴィールスのようなものを想像してしまいましたが、あとから考えてみるとそれは心模様を表現しているような気も。たとえば恋をしているときのモヤモヤとか、チクチクするような感じ。

「描く」をテーマにした展示室では3名の作家の作品で構成されています。
城田真由子さんのイラストはデザイン画から出発したもの。様々なファッションアイテムをとにかく描き込みまくる。それはまるで「かぶき」や遊里の遺伝子をひいている如く。
きたざわけんじさんの作品は壁一面をつかったイラストレーション。宮越明子さんはファブリックによる小さな小屋を出品。屋根は小さなクッション状のピースで覆われていますが、それらのいくつかには文字が書かれ、Lunatic, Strawberry short cake, Milky Way といった単語がみとめられます。小屋の中にはツメモノによる人形、すこしネオテニー。

細長いスペースでは杉野服飾学園の学生による「織る」をテーマにした展示。
一人一点の小品による作品が壁に並びます。タテヨコに素材を組むという「織る」という動作に様々なメッセージが、文字通り織り込まれます。

会場の終盤では森英恵さんや出品作家へのインタビューが上映されていました。

その後、森英恵さんの作品のパネル展示を経て、最期に「煌く」として本橋理子さんによる作品展示。今回の展覧会で最も私が心動かされたスペースです。

小学生の頃図工の時間で体験した紙による版画のような構造。
ですが本橋さんのそれは様々な厚さの紙を使用し、また表面からは見えない紙片と紙片の間にもパーツを仕込みます。そしてその作品が美しい姿を見せるのは逆光で作品を見る時。表面を覆う紙片の奥に、レントゲンのように様々なイメージが出現します。例えば、リュックサックのなかに隠れたおにぎり、女性のおなかのなかにいる赤ちゃん、傘のなかに隠れた子ども…。
会場では、作品ごとにその後ろに設置された照明がゆるやかに点滅しています。作品がその光に照らされる一瞬、その秘密が明らかにされ、かと思うとそれは目の前から消えてしまう…のくりかえし。その光のリズムもたいへん心地よく、前衛的な作品の数々をみたあとの気持ちを静かに落ち着かせてくれる、まるで食後に供された上質なお茶のような展示でした。
by paginademaiko | 2009-08-20 10:15 | アート
北関東を18きっぷでまわる旅。この日2ヶ所目の訪問地は茨城県の笠間です。
日光からふたたび宇都宮に出、宇都宮線で小山まで南下。こちらで水戸線に乗換え、笠間駅で下車しました。
笠間での周遊はレンタサイクルが便利、駅前の観光案内所で借りられます。

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笠間日動美術館で開催中の企画展は「ひみつ基地 木津文哉の不思議な空間」。

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古い壁、扉、廃物あるいは廃物寸前のものなどをトロンプ・ルイユ的な遠近感で表現した作品を中心に。「飛び出し坊や」をモチーフにした作品も…。

「飛び出し坊や」についてはその考現学的な面白さに、10年ほど前から興味を持っています。これは比較的関西、西日本でよくみられる子どもをかたどった平面あるいは立体のサインで、電柱のかげや路地から飛び出すような演出のもと設置され、ドライバーに子どもへの注意を喚起するものです。ですが、道によっては明らかに設置過多であったり、車道に近い部分のパーツがもげていたり、地域での手作りのものが多いことから完全に著作権が無視されている例も散見されるなど、ツッコミどころ、いや鑑賞ポイントの多い愛すべき存在なのです。NHK「美の壺」で取り上げられる日も遠くはない?
(詳しくは「飛び出し小僧の研究」を参照)

ところで会場に展示されていた木津氏の写真…。筋トレ中のプロレスラーみたいな写真でした。会場に展示された作家のポートレートではインパクト大な部類に属するかと。
(同じく会場に展示されていたスーツ姿のお写真はインテリ教授風でした)

その後自転車で笠間稲荷方面をまわり笠間駅で自転車を返却。
駅の側には「駅前横町」という、10軒ほどの飲み屋が軒をつらねる路地がありました。どの店もよく言えばノスタルジックな雰囲気で、わるく言えばさびれた感じで、昼間見る限りどの程度現役なのかよくわかりませんでしたが、ネオンがともる時間にはかなり昭和なムードに包まれるのでしょう。なぜかこの路地には、他所ではみたこともない漆黒色トンボがたくさん飛んでいて、すこし怖かったです。昼間歩くべき場所ではないような気がしました。

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つづく
by paginademaiko | 2009-08-19 20:03 | アート
昨年、夏の「18きっぷおさめ」として出かけました「ぐるっと北関東」の旅。
今年は「18きっぷ初め(ぞめ)」でいって参りました。
訪問地は、日光、笠間、水戸です。

上野駅より宇都宮線で宇都宮まで向かい、ここで日光線に乗り換えます。
久々に利用したこのホームは、他の番線とすこし違う雰囲気。
車両をはじめ、様々な標識がレトロでクラシックなデザインに統一されていました。列車が走り始めると、沿線の駅でも同様の装丁。どうやら日光線全体でブランディングがなされているようです。
乗客は外国人観光客が3分の1ほどを占め、物見遊山の賑わいで満たされた列車は杉並木と並行しながら山懐へ向かいます。

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大正時代の建物である日光駅では、内装が外観に合わせて整備され、さらに駅員の制服も特別にデザインされているという徹底振り。素晴らしい。
駅長さんにはぜひ立派なおひげを生やしていただきたいものです。
(たしか松山の「坊ちゃん列車」でも明治大正風の制服が採用されていますね)

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日光といえば東照宮、ですがこの日の目的はその隣にある「小杉放菴記念日光美術館」。
神橋を右手に、冷たそうな水が豊に流れる川を越えたところにあるこの美術館には、今回が初めての訪問。開催中の企画展は「間島秀徳 Kinesis/水の森 -小杉放菴とともに-
現代の日本画家・間島秀徳氏の作品と放菴の作品を組み合わせて展示し、日本画というジャンルについて再考をするという試みです。

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間島さんの制作方法は少しユニーク。その画面は、下地の上に膠や水で溶いた胡粉や顔料、大理石の粉を吹き付けて、パネルを縦・横・斜めに傾けることによって生み出されます。

ほとんどの作品は青を基調色としています。
展示室へとつづく通路では、直径30センチほどの円形の作品が目線より高めの位置に数点展示され、まるで青い惑星による多重奏。それぞれに山脈あり、クレーターあり。

展示室1の正面に半円形の大画面。小杉放菴の「泉」です。これは東京大学の安田講堂の壁画のための習作、制作は1925年。中央の泉を3人の女性が囲むという表現はポスト印象主義やナビ派の絵画を思い出しますが、樹下にくつろぐ女性は天平的。
この展示室では、間島氏と放菴の作品が対比的に配置されていました。

展示室2では、間島氏の作品を中心に展示。
最初に迎える壁面では、左下に放菴の「湖上魚夫」、右上に間島氏による銀色の月のような「Kinesis №297(silver)」。文人画的世界のなかの漁夫を21世紀の月が見下ろすという、もはやこれはキュレーションによるインスタレーション。

会場では作品のほか、茨城・五浦の六角堂での展示風景の記録映像も上映。
その側では、二曲一隻の屏風3点(二曲三隻と呼ぶのが正しいのでしょうか?)を内側向けに組み合わせ、内部に六角形の空間を出現させた作品「Kinesis no.316 hydrometeor」を展示。六角つながりですね。
この「Kinesis no.316 hydrometeor」は以前、東京国際フォーラムのエキシビジョン・スペースでも見たことがあるのですが、2度目の対面でまた新たな感想も。この屏風は内側が青色であるのに対して外側が黒に近い色で、私はむしろ「水」というよりも「夜」を連想しました。夜といってもおそらくそれは夜空のことで、あるいは自分は無意識のうちに「水」=「地球」と「夜空」=「宇宙」を対比をしていたのでしょうか。

小杉放菴について最後にもう1点。
白雲幽石図」。宙に浮かぶ巨石の先頭に座るひとりの男(放菴本人といわれています)。
絵そのものの面白さもさることながら、しかし、展示の文脈と併せて見るとそれはもう宇宙からやってきたエア・クラフトにしか見えません。


(つづく)
by paginademaiko | 2009-08-19 14:25 | アート
東京都庭園美術館で現代美術の展覧会が開催されています。
Stich and Stich ステッチ・バイ・ステッチ 針と糸で描くわたし

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邸宅を元としたこの美術館、訪問者を最初にむかえるホールでは手塚愛子さんの作品が展示されていました。
わずかに透明感のある、大きな白い布が部屋の手前と奥を遮っています。
この「スクリーン」にはピンク色の糸によるステッチによって、数十のイメージが表されています(デスクトップ全体に散らばったアイコンのよう)。これらのイメージは過去の美術作品からその形を借用しているようで、例えば、ベラスケスの「ラス・メニーナス」、「玉虫厨子」「天寿国繍帳」といった作品、そのほか神話や聖書の登場人物を見つけることができます。

ですが、まもなく鑑賞者は、この作品はこの判じ絵を楽しむためにあるのではないと気づかされます。スクリーンの裏側にまわると、そこにはハッとしてしまうような造形が待ち構えていました。
前面に配されたイメージのそれぞれ裏側からはピンク色の糸が部屋の奥へと伸び…たわみによる緩やかな孤を描きながら上方のある一点に纏められ、そうかと思うとその糸束は一気に一すじの滝のように床へと至り、床には糸が楕円形の海となって広がる…。

ここで考えざるを得ないのは「イメージの背後にある文脈」のようなもの。
そして「表現することの理由」というのは少なくとも近代以前においては洋の東西に関係なく非常に限られていたのではないかということ。例えば、崇拝、荘厳、権力…。

続いて、村山留里子さんの作品。
村山さんは支持体の「表面」をビーズや造花で「ゴッテリと」「色彩過多」に埋め尽くす作品を制作されていますが、私はその作品を見るたびに「過剰」という言葉を思わずにいられません。ですが、今回は「表面」ではなくマントの裏側やあるいはマネキンの内部の空洞を埋めるような作品を出品。鑑賞者が覗き込む行為を誘発していました。

伊藤存さんの作品はドローイング的。
無意識下のものが出てくるような、自動筆記みたいな風合いです。

奥村綱雄さんの作品「夜警の刺繍」。
壁にはB5サイズよりも小さな横長の作品が数点展示されています。表面は薄いパイル地のようで、色は白っぽいものから茶色っぽいものまで。展示室にはそのほかに警備員の制服に、1点の写真。
奥村さんは、警備員の仕事に従事する間ブックカバー大の布に細かいステッチを通し続け、それを作品として発表しています。ちなみに布が茶色っぽくなっているのはあまりにも長い時間それを手にしていたためついた手垢とのこと。
写真は、仕事中に刺繍をする作家の姿をとらえたもので、どこか隠し撮りのような雰囲気。
しかし画面の奥で針を通す人物像はフェルメールの作品も思わせます。
あるいは、作家と同じく小さな画面に時間を凝縮させたこのオランダ人へのオマージュも含まれているのでしょうか。

nui project (ヌイ プロジェクト)からは二人の作り手が参加。
このプロジェクトは、鹿児島の知的障害者の施設で展開されている、刺繍による創作活動です。今回は棺おけや紋章に着想を得た形の表面をビーズで埋め尽くすような大島智美さんの作品、そして糸を団子結びすることによって生み出された形が、固い泡のようにオーガンジーの表面を覆う吉本篤史さんの作品が展示されていました。

秋山さやかさんの作品。
地図を布にプリントし、自らの足取りや体験、感情の動きをステッチで表現した秋山さんの作品。ところどころにボタンや様々な素材のかけらも綴られています。
これは紙とペンでもできることなのかもしれないのですが、糸を運ぶリズムが歩くという行為ととても合っていますし、また何度も通る場所などはそこにボリュームやうまれ、時間と行為の厚みの可視化という点でも非常によい方法だと思います。

竹村京子さんの作品は、写真や、壊れた物の表面に薄布をかぶせ、そこにステッチを施すというもの。写真を用いた平面作品では、被写体の人物のシルエットを再現し、壊れた物はそれを修復するような縫い目を与えます。これらに共通するのは、ステッチはイメージは布の下にあるものと形状ではリンクするものの、同時に時差を感じさせるつくりになっているといことでしょうか。

チラシの表面も飾っている、清川あさみさんの作品。
美女のヌードを写した写真の表面に、直接針を通すことにより刺繍が施されています。
これは実物をみるととても痛々しく、紙に糸を通すことが意外と暴力的な行為であるということに思えてきます(つまり、布に針を通してもその穴は傷とはならならず布は再生も可能であるが、紙の場合は傷として痕跡がのこるということ)。

庭園美術館で現代美術の展覧会を見るのは初めてでしたが、作品と空間がどれも調和していました。
人々が暮らし、集まることを考えて作られたそれぞれの部屋は、布を使った作品と相性のよさを感じさせ、また、モダンでありながらノーブルな造りが軽い素材の作品をしっかりと支えているようにも見えました。

この日は庭園入り口にあるカフェ「茶洒」を初めて利用してみました。
テラスも魅力的ですが、涼みたい気持ちがまさり店内奥のカウンターへ。
面する窓のむこうには美しい和の庭、一方照度の低さは都内のバーのよう。昼なのに夜のような雰囲気が不思議なスペースでした。夜もオープンし、お酒の種類も充実しているので閉館後の利用もよいかもしれません。

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庭園美術館は展覧会によってそれぞれドレスコード割引が設定されています。
今回は刺繍の入った服(飾りステッチやネームは除く)で行くと入館料が割引になるそうです。
by paginademaiko | 2009-08-10 09:19 | アート
お台場に行ってきました。「ガンダムを見に行こう」と誘われて…。


ゆりかもめでレインボーブリッジを渡ると…見えてまいりました。1分の1スケールの、ガンダムの背中。
「台場駅」で下車して会場の潮風公園へ。森の中をぬけるとやがて視界がひらけガンダムの全身が姿を現しました。背面側から近づきます。
すると、像の側に「ガンダム立像警備 ALSOK」というキャプションを発見、「立像」って…なんだか仏像っぽい!そして、そこには巨大な足型まで。仏足石ならぬガン足石です。

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像の正面では多くの人が見上げて感嘆。11時過ぎには音楽とともに目がひかり、顔が動き、そして胸や腕から霧が噴き出し…。「オオーッ」というどよめき。

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その後ガンダムの頭上には虹が出現。霧によるものでしょうか?


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私はガンダムファンではないですが、その巨大な像を人々が見上げる姿などはまさしく仏教文化圏における巨大石仏信仰をみるような気がいたしましたね。
ガンダムと、ガンダーラ…実は深い関連があるのかも(ないと思います)。


お昼すぎ、同じくガンダム関連ということで八王子夢美術館の「大河原邦夫のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム」を鑑賞。こちらは40代前後の男性一人客の割合が高かったです。



この日の最後の訪問地は同じく中央線沿線の三鷹市美術ギャラリー
ここで「牧島如鳩展」を見ました。
これは強烈な展覧会でした。展示室は完全にパワースポットと化していました。
パワーを与えられたのか、吸い取られたのかはわかりませんが…。

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牧島如鳩(1892-1975)は、南画家でありハリストス正教徒である父の意向により若き日に神学校に入り、山下りんより絵の手ほどきを受け、ニコライに絵の才能を認められました。牧島はその後伝教者として各地を転々とするなかでもイコンなどを描き続けるのですが、いつしか仏教を主題とした作品も制作されるようになり、のちにこの二つの宗教は絵のなかで出会い、混ざり合い、きわめて特異な姿をあらわすようにさえなります。

1947年に制作された「三聖図」は竹林の中に三人の人物が描かれ、右からキリスト、釈迦、中国風の衣装を着た人物(孔子でしょうか?)が描かれています。これは完全に「聖★おにいさん」の世界(そういえばこのマンガのなかでイエスとブッタがアパートを借りて住んでいるのは立川でしたっけ…)。
そして、さらには千手観音みたいなキリスト、「キリストの復活」みたいな釈迦、母子共に白毫のある「聖母子」像が表現された作品や、あるいは「千手千眼マリア」と題された作品まで。

この展覧会でもっとも特筆すべきはやはり「魚籃観音像」でしょう。横長の画面中央には官能的な観音様がくつろいだ姿勢で蓮台に座り、向かって左にはマリアや天使、右には菩薩形のような人々…とおもいきやこちらには弓矢をもったクピド(?)も描かれています。雲の上にのり空中にあるこれらの登場人物のはるか下方には当時牧島が住んでいた小名浜が俯瞰で描かれています。

浮遊する神々の下に俯瞰した港湾部を描くという点では原田直次郎の「騎龍観音」や本田錦吉郎の「羽衣天女」を思わせますが、孤高の崇高さを感じさせるこれらの作品にくらべると「魚籃観音」では主役の官能性(豊かな胸があわらになっています)や天上のにぎにぎしさが目立ち、仏教やキリスト教というよりもギリシャ神話や日本の神話といったものを感じさせます。この作品は、小名浜の豊漁祈願のために制作されたもので、完成時にはトラックにのせて練り歩いたそうです。まさしくそれは祭の山車のような様相であったのかもしれません。小名浜ではその後大漁が続いたそうです。
by paginademaiko | 2009-08-02 19:23 | アート
東京国立博物館、平成館では現在ふたつの展覧会が開催されています。
「伊勢神宮と神々の美術」「染付」。
見に行ってきました。

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「伊勢神宮と神々の美術」は古事記など古文書からスタート、しばらくテキストばかりの資料が続きます。そしてまもなく「伊勢参詣曼荼羅」が登場。何種類かが展示され、さらにパネルでその他の例も紹介されていました。建物がいまにも歪んで倒れてしまいそうな素朴な表現から、幾分描きなれているようなものまで幅がありましたが、いずれも参詣者で賑わう境内の様子を活き活きと伝わってきます。

続いて神仏習合の資料。鏡に線刻された阿弥陀来迎図は、すこし鑑賞者が見る角度を工夫しないとよく見えませんが、まことに優美な表現です。
古神宝関係では金属製の小型のはたおりが出品されていましたが、それが出土品と知り小さな驚き。繊細なつくりなので、よく残っていたなと思いました。
会場後半では、現在使用されている神宝、そして神像が展示されていました。大分・奈多宮の神像については、キャプションにある制作年代よりも古様なかんじがしましたが、地域のせいもあるかもしれませんね。

平成館で開催されているもうひとつの展覧会「染付」は中国、ベトナム、朝鮮半島および日本で作られた染付を展観するもの。展覧会の名にたがわず、会場は染付だけが並び、キャプションや出品リストの文字まで青系でまとめるという徹底ぶりです。

日本では「染付」と呼ばれる、白地にコバルト系の顔料で紋様を描いたやきものは元時代の中国で生まれ、それは大陸においては「青花(せいか)」と呼ばれています。その技法はのちに日本や朝鮮半島、ベトナムでも製造され、西洋への輸出品としても人気を博すようになります。

展示は、存在感たっぷりの元時代の壺から始まります。
開口部から裾かけて、平行線でくぎられたブロックにはそれぞれ異なる紋様が描かれています。豊かなふくらみをみせる胴部分には、中国ではおめでたいモチーフである魚が蓮や水草に囲まれており、いかにも福々しい相をもった作品。

透明感のある肌をみせる明時代の作品につづいて登場したのは、ベトナムと朝鮮時代の染付。ベトナムのものは中国のものほど透明感や白さはありませんが、ぬくもりのある風合いと小刻みな紋様に親しみを覚えます。朝鮮のものは日本の数寄者たちにも愛された、少し枯れた感じの味わいが魅力的です。

ここでふたたび中国で焼かれた器が登場しますが、こちらは中国国内向けではなく輸出用として制作されたものが中心。それまでの中国製の染付にはみられないような、様々な器形が展示されていますが、その多くは日本の茶人の好みにあわせて制作されたものです。

日本における染付の生産は、17世紀に有田で始まりました。やがて各地で日本独自の様式が展開しますが、今回紹介されている鍋島焼もそのひとつ。鍋島藩の贈答用として発展した鍋島焼は精緻かつ上品な紋様もみどころですが、これ以外にも高台という目立たない部分に施された縦縞模様「櫛高台」を見るのもひそかな楽しみのひとつです。

会場のおわり近くでは、東京国立博物館蔵・平野耕輔コレクションの伊万里の大皿がまとめて展示されていました。紋様のみのものから絵画的なものまで様々ですが、それぞれ個性的。白地に青一色で表現されていますが水墨画と同様に他の色など不要と思えてきます。
by paginademaiko | 2009-08-02 18:55 | アート
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