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脱ぎたい…そして、裸で…。
そのような気持ちになってしまいました、「ヴェルナー・パントン」の会場に於いて。

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1924年生まれ、デンマークが誇るデザイナー、ヴェルナー・パントン。
東京オペラシティーで開催されていたこの展覧会を訪れたのは会期終了間近、12月24日。
自分の勤務形態では祝日の翌日が休みとなる為、天皇誕生日の翌日に当たるクリスマス・イヴは基本的に毎年休みなのです…この美術館は祝日の翌日も開館し、かつイルミネーションが見られるということでこの日に足を運びやすく、自分は昨年もこちらに展覧会を見に来ておりました

会場に入ると、黒い背景の暗い部屋に、パントンデザインのカラフルな椅子が次々と登場。
トランペット、ピーコックと名づけられた椅子は粗いメッシュ状の構造で形作られた基盤に鮮やか且つ深みのある色のクロスで包まれたクッションが座面として取り付けられた作品。パントンは様々な素材で個性的な形状の家具を製作していますが、それらに共通するのはいずれも深みのある美しい色をまとっているといこと。彼は「自分の好きな色の椅子は座り心地がよい」という言葉も残しています。

その先には、夜を思わせる紺色の空間。シフォンのような同色のカーテンで包まれた円形の舞台には組み合わせ自在のシステム家具でしつらえられた空間が、このデザイナーが考える居住空間の一例を示しています。

この展示室の後半では、パントン・チェアーが登場。試作段階から現在に至るまでのエディションが時系列に沿って並べられていました。そしてその隣に展示されていたのは…「ご主人の前でヌードになる」という1970年の作品。パントンの椅子の前で、金髪の女性モデル、アマンダ・レアが次々と服を脱いでいくという連続写真です。最後の写真は、パンツを脱ぎ終えた女性が、ついでにカツラも脱ぎ去っているのがどこかコミカル。

この写真に刺激されてかどうかは、分からないのですが…。
その後、箱状の空間に照明が様々なレヴェルで吊り下げられている作品を見ているうちに、私はふと脱ぎたくなってきたわけです。


パントンのデザインの特徴には、プラスチックといった新しい素材を積極的に用いているということ、そして家具や照明の「高さ」に対する考えがが従来のそれから大きく脱却しているということが挙げられます-たとえば吊り下げタイプの家具や、床近くに設定されたランプシェードなどー。特に照明は、それ自体が美しい形を持っているだけではなく、光もその形状に拠って様々な表情を見せるものであり、それは部屋全体を美しく見せる意図が明確に感じられるものです。
女性の身体を実物以上に美しく見せてくれることも間違いないでしょう。

多くが有機的な形をもつ家具の場合も、裸での鑑賞がある意味正しい作法と呼べるかも。プラスチック製の家具の場合はちょっと冷たいかもしれませんが…。

会場内に設けられた「ファンタジー・ランドスケープ」というスペース、そして大画面での映像資料の前では起伏のある床(壁)が用意され、そこに身をゆだねることも出来ました。最初から最後までカッコイイ展覧会でした。

この日はクリスマス・イヴ。
オペラシティーには例年の如く大きなツリーが出現しておりに華やかな雰囲気でした。


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2009年は、その後12月27日に目黒区美術館の「文化“資源”としての炭鉱展」、28日にワタリウム美術館にて「ルイス・バラガン邸をたずねる」を見て展覧会納め。

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今年も様々な作品、方々に出会うことが出来たことに感謝します。
そして来年も様々な素晴らしい出会いがあることを期待しつつ。
by paginademaiko | 2009-12-31 18:41 | アート
川村記念美術館で「色彩と静寂 月光のアンフラマンス」を見て来ました。

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「アンフラマンス inframince」という言葉については、実は良く知りませんでした。
美術館の広報媒体によると、生みの親はマルセル・デュシャンであり、彼によればアンフラマンスとは目に見えない「次元の境界線」、例えば2次元と3次元の境界域などを示す概念だそうです。この謎に満ちたアーティストによると、身近な事象に例えるならば、席を立ったあとに残る温もりもまたアンフラマンスであるとのこと。すなわち「存在」から完全なる「不在」への移行の間には、その人の微かな体温のみが存在する時間・空間があり、これを「境界域」と見做しているというわけです。
美術館によるテキストによれば、デュシャンはこの「境界域」に潜むものに芸術の源泉を見出した、とも語られています。なお、展覧会名にて「月光の」という言葉が添えられているのは「夜が明けてなお早朝の空に消え残る月もまた、アンフラマンスと言えるでしょう」とのこと。

デュシャンの名が出てくるだけで妙に身構えてしまうのは自分でも情けないばかりですが、気を持ち直して「それって要するに、エレベーターに乗ったときに感じる残り香で、直前までそこに居た人が男性か女性かを察してしまうような感覚じゃないかな…?」と思ったり、また、「アンフラマンスの領域を知覚するには視覚以外の感覚も必要そうだ…」と思いながら、美術館に向かいました。

美術館に到着しますと…池のほとりに、球をゆがめたような、様々な色の塊がごろごろと転がっています。これは益田洋美さんの作品、「PLAY THE GLASS」。
建物の入り口に向かう途中、右手の森の中にもいくつか発見しました。

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企画展の展示は2部からなっています。第1部は、通常はコレクションから日本美術が展示されている1階の展示室を会場とし、順路終盤にある2階の企画展示室が第2部の会場となっています。

第1部、入ってすぐ右手のガラスケースの中には2つの作品がありました。デュシャンの『マルセル・デュシャン・ノート』、そして南北朝時代の「十一面観音菩薩像」です。デュシャン・ノートはさておき、「観音」は「音を観る=視覚をもって音を認識する」という意味を持つことから、視覚と聴覚の境界域のアレゴリーとしての登場でしょうか?

ただ、カタログによるとこの展覧会には仏教美術関係の作品がこれ以外にも「当麻曼荼羅図」と「地蔵菩薩独尊来迎図」(3点とも出光美術館蔵)が出ていますから、この3点は「様々な世界」-例えば六道など-を、その境界域を超えて遍歴することできるものを表現した作品として展示されているのかも知れません。

この部屋を出ると再び展示はコレクション展示となり、いつものようにシュルレアリスムやダダの作品が並ぶ展示室を進みます。

1階から2階に上がるための階段に近づくと、廊下の左手にロスコ・ルームへの入り口、そして廊下の突き当たりには天井近くに小さな窓があり、その向こうは森となっています。
この窓はまるで一枚の絵のようであり、その奥の緑色はロスコ絵画の重力から自分を解放してくれるようだと、私はいつも思います。

2階も引き続きコレクションによる展示、今度はアメリカの抽象表現主義以降の抽象絵画が中心となります。最も多くの作品が展示されているのはフランク・ステラ。シェイプド・キャンヴァスによるペインディングや立体的なパーツがコラージュされた作品が豪快に展示されています。ステラの作品は色面を白っぽい線が隔てるという、比較的古めの作品が好きなのですが、実はこの線は「塗り残し」によるもの(おそらくマスキングテープを剥がした跡)。

日本の伝統的な絵画においては「塗り残し」によって何かを表現するということはごく普通に行われてきたものです。例えば月、雲、そして雪。
では、ステラのような作家が塗り残しを画面の構成要素とする理由とは何なのか。

西洋美術においてセザンヌの「塗り残し」が多くの議論を呼んできたことは周知の通りですが、それは「塗り残し」が「未完」の象徴であるからです(一方、日本美術において「塗り残し」が議論の的とならないのは「何も書かれていない部分」がが画面を充足させるための重要な構成要素のひとつとして認識されてきたからです)。そう考えてみると、工業製品のようにフラットなカラー・フィールドで覆われたステラの絵画の構図を支える線が「塗り残し」であるといことは、「完成」のなかにひそむ「未完」と見なすことができるのではないでしょうか。この作品は企画展「色彩と静寂 月光のアンフラマンス」の出品作品ではないけれども、「完成」と「未完」のはざまにあるものとして、あるいはこの作品もアンフラマンスの領域にかかる作品といえるような気がしました。

第2部の入り口には小野田賢三さんによる「Twilight」がありました。
プロジェクターから光の三原色が投影されることにより壁面に白い矩形を生み出しており、その投影された光の前を横切ると、自分のシルエットが赤や黄色、青といった色で壁面に現れるという、体験型の作品です。

会場内に入ると、松本陽子さん、ホセ・マリア・シシリア氏による少し暗めの絵画が展示されていました。蝋を使用した支持体が特徴のシシリアの作品は、かつての鮮やかなタイプのもののほうが好き、近作のそれは固まった血のような色が少し苦手です。

その先にはエンマ・クンツのコーナーがありました。
クンツは(1892-1963)、スピリチュアルなもの、あるいは自然界にある薬草や鉱物などを使用した治療を手がけた人物です。会場には、定規と色鉛筆によって無数の幾何学的な模様で埋められた方眼紙が展示されていました。その展示面積、作品の点数の多さ、そして広報媒体での作品の扱われ方から、この展覧会で最も重要な位置を占めているのがこの人物であるのは確かなのですが、そこに展示されていた作品を、アートと見なすかどうかは、微妙なところ。アートとそうではないものとの境界域にあるという意味でのエントリーという解釈も出来るのですが…。

第2部ではその後、渡辺えつ子さんや伴美里さん、小池隆英さんによる明るめの絵画作品が続きます。栗田宏一さんの「moom_water_soil_sun」は、日本各地から採取した土がシャーレに入れられたものが等間隔に、縦横27×27=729個並べられるというインスタレーション。土の色の多様さを認識させるものですが、カタログによると、最初に水を与えられたそれが乾燥し、ひび割れていくという「変容」もまた作品の一部であるとのこと。
アンフラマンスの文脈で考えるならば、「採集」と「造形」の間から派生したアート、といこうとになるのでしょうか。

(採取した土を用いた作品といえば、先日、YUKARI ART CONTEMPORARY で見た“南条嘉毅「際景」~伊勢詣Ⅰ~”は、風景画を描く際にその場で採取した土を使うという方法で制作された作品が出ており、非常に興味深かったです。なによりも、絵が非常にかっこよかったですし…)


展示室を出たところに置かれていたのは渡邉修さんの「暗箱」。箱型のピンホール・カメラのような仕組みを持つ作品です。ただしピンホールは丸い穴がひとつではなく、不定形の穴が無数にあるというつくり。箱の手前側に張られたスクリーンには窓の向こうにみえる夕暮れ時の風景が穴の数だけ逆さまに映っており、風景のかけらが反復する様子にはさざれ石の肌にも少し似ていました。
by paginademaiko | 2009-12-31 18:30 | アート
掛川の「資生堂アートハウス」を訪れたのち、東海道線で今度は東に向かい、静岡駅で下車。こちらでの目的地は、今回の展覧会をもって展覧会事業を終了する「静岡アートギャラリー」。こちらでは、「THE LIBRARY」と「この場所で」という二つの展覧会を見ました。

こちらの施設を訪問したのも初めて。
駅前のビルの中、という立地はとても便利ですが、スペースのつくりはいかにもオフィスビルという雰囲気です。

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「THE LIBRARY」は本をテーマにした、45組のアーティストによるグループ展。多くは実際に触れることも出来ます。作品によっては触る際には白手袋をはめなければならないのですが、これは作品に触るときの緊張感も同時に演出させ、作品との出会いをひとつの「体験」として記憶させる巧みな仕掛けとしても機能しているように思いました。

個人的に好きなアーティストの作品も多く出ており、また作品のコンセプトがパネルで丁寧に展示されていましたが、やはり天井高や照明が不十分なスペースに小さな作品がたくさん並べられているという状態は作品の魅力を伝えるには決して良い環境ではなく、(大変失礼な言い方になりますが)公民館で子どもの作品を展示しているような軽さを感じてしまいました。これは同スペースにて同時開催されている「この場所で」の展示にも言えることであって、例えばワタリドリ計画さんの作品は内容自体はすごくユニークなものなのですが、ヘタウマ系の作品ということもあって、その面白さを伝える以前に粗雑な印象が先立ってしまうような気がしたのが何とも残念でした。

ただ、この二つの展覧会の企画自体は大変素晴らしいということはここではっきりと述べておきたいと思います。また、美しくまとめられたカタログも資料的価値の高いものです。
決して恵まれているとはいえないハードに対して、このような魅力的な企画を展開されているということに対しては素直に敬意を表したいと思っています。

なお、来年は北口に「静岡市立美術館」が開館し、このスペースでの活動はそこへと引き継がれるそうです。新しいスペースで展覧会を見るのが楽しみです。
来春には市内にある県立美術館もリニューアルオープンとなりますから、静岡ではアートに関する熱いトピックが続きそうですね。


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by paginademaiko | 2009-12-31 18:28 | アート
『装丁をめぐる旅』、2日目の16日は、この冬初めての「青春18きっぷ」をつかって静岡まで。
品川駅の臨時ホームからの出発です。

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熱海で乗り換え、最初の下車駅は三島。
そこからバスに乗り、先日オープンしたIZU PHOTO MUSEUMへ。
…が!!なななんとこの日は休館。水曜日が定休だそうです。
寒風が、身に沁みる…。

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気を取り直して、再び三島駅から東海道本線に乗り、西へ。
次の目的地は掛川にある資生堂アートハウス

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開催中の企画は「小村雪岱展 遥かな江戸の面影」。埼玉の企画に比べると規模は小さいですが、「おせん」関係資料や、資生堂の意匠部で働いていたときの作品、装丁を担当した書籍などが丁寧に展示されていました。「おせん」については前日埼玉でストーリー解説入りのスライドショーを見たことが役に立ち、作品を見ただけで場面状況を思い浮かべることができました。

雪岱の描く女性は、鈴木春信の描いた女性をさらに繊細にしたような姿(鏑木清方曰く「細緻なること春信に過ぎてゐる」-埼玉県立近代美術館「小村雪岱とその時代」チラシより)。そして、その細い肢体から放たれる「ものがなしさ」と「なまめかしさ」は極めて独特です。その気配は全身が描かれている場合だけではなく、たとえば開口部から出された腕一本からも強烈に感じることが出来ます。女性のしなやかな体つき表す言葉として「柳腰」というものがありますが、雪岱の描く女性には「柳」というよりも「すすき」、それも「薄」「尾花」ではなく「芒」という漢字を充てたくなります。

展覧会後半では、雪岱が装丁を手がけた書籍がまとめて展示されていました。
本は少し表紙と裏表紙をすこし開いた形で自立しており、表紙裏の部分も見えるように展示されています。本によっては、表紙よりもその裏側の部分のほうが華やかなものがあり、まるで裏地に華やかな紋様をあしらった羽織のようでした。私は文学についてはあまり詳しくないので、それぞれの本の内容についてはよく分からないのですが、それでも本のタイトルと表紙絵、そして表紙裏の意匠からは様々な想像をめぐらせることが出来ました。

その中で気になった書籍に、「由縁文庫」というものがあります。
表紙は秋草を手前にして橋上の女性を描いたものなのですが、表紙裏には西洋風のスミレの意匠が。「由縁」は「ゆかり」と読み、これは紫色を表す言葉と同音であることから、ヴァイオレット=スミレが配されたのではないかと私は推察したのですが…いかがでしょうか?
by paginademaiko | 2009-12-28 09:26 | アート
埼玉県立近代美術館の「小村雪岱とその時代 粋でモダンで繊細で」を見たあと、京浜東北線で上り方面へ一駅移動。浦和駅から徒歩5分程のところにある、うらわ美術館の「オブジェの方へ」を訪れました。こちらは「本」をテーマにした作品によって編まれた現代美術の展覧会です。


海外作家の作品では、冒頭にて未来派の本なるものが登場。ボルトとナットで綴じられた本…たしかに未来派です。そのほかにはデュシャンによる“Priére de toucher(どうぞ触って)”と記された、ラバーフォーム製の乳房が表紙にあしらわれた本や、オッペンハイムによる本の内部をくりぬいてそこに手袋を納めた作品などもあり、どことなくフェティッシュさが漂う作品が…。手でページを繰ることが前提となるパーソナルな所有物、という側面が強い「本」ゆえかもしれません。

日本人作家については福田尚代さんの作品に興味を覚えました。
特に面白かったのは文庫本の小口(つまり背表紙と対をなす部分)を彫刻することによって、細長い人体のようにみせる「羅漢シリーズ」。まるで円空仏が肩を寄せ合い並んでいるように見えるのですが、反対側をみるとそれは本の背表紙が並んでいるに過ぎない…。

会場後半では、「焼く」と題されたセクションなどもありかなり本たちはかなり過激な扱いを受けています。それはまるで知の蓄積に対する焚刑のようでもあり、東京国立近代美術館で展示されていた河口龍夫の作品-知の蓄積とその伝達を表現した鉛コーティングの百科事典-とは対照的な作品なのですが、あるいはこれらは知を土壌とみなした「野焼き」のような行為にも思えるのでした。


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この日はその後乃木坂まで向かい、国立新美術館の「Domani」展へ。すぐ近くにあるShonandai MY Galleryに寄ってから、銀座の枝香庵の「わたしの中の小川未明 -イメージと創作-」を訪問。こちらは小川未明へのオマージュをテーマに纏められたグループ展で、この日は「野ばら」の朗読もありました。このお話は小さい頃に読んだ記憶がありましたが、あらすじはほとんど忘れていたようです。おそらく、童話でありながら子どもがわくわくするような話ではなかったのでしょう。朗読を聴いてみて、あらためて読んでみようという気持ちになりました。

未明は1882年生まれですから雪岱と同時代の人ということになります。
by paginademaiko | 2009-12-28 09:09 | アート
12月15日と16日の2日間、「本」「小村雪岱(せったい)」をキーワードに『装丁をめぐる旅』をしました。
旅といってもそれぞれ日帰り。1日目は埼玉方面、2日目は静岡方面に向かいました。


最初の訪問地は北浦和の埼玉県立近代美術館で開催中の「小村雪岱とその時代 粋でモダンで繊細で」。この日は展覧会初日にあたります。


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自分が小村雪岱(1887-1940)の名を知ったのは院生時代のことでした。が、この作家について知っていたことといえば、川越出身で、挿絵画家として江戸情緒あふれる作品を多く残した人物で代表作は「おせん」の挿絵、ついでに自分が好きな作品は「雪の朝」ということくらい。

埼玉県立近代美術館ではこの作家を、コレクション展示において小企画を組むなど様々な機会で取り上げることがありましたが、企画展の主役にするのは初めてのことです。

若い頃の作品としては「春昼」(1908年)が記憶に残りました。雪岱は東京美術学校で下村観山に学ぶなどアカデミックな教育の場では日本画を修めており、この作品もこれは花咲く野辺を色彩豊かに描いた作品となっています。
私は、線の美しさで知られる作家がこんなにも多様な色を使っていたことにまず驚いたのですが、数秒後には「濁った」あるいは「浮遊した」感じの表現についルドンによる花の絵を連想していました。清廉でありながらもどこか退廃的な気配は「浮き」世を描いたその後の作風に通じるものがあるように思います。

また、展覧会序盤では、この作家が若い頃に資生堂所属の意匠担当者として活動していた時期の資料として香水瓶も展示されていました。ここからはモダンなセンスを備えたインダストリアルデザイナーとしての側面が伺えます。

会場では、雪岱が装丁や挿絵を手がけたことから、同時代の文学に関する資料も豊富に出品されていました。中でも、雪岱にもっとも縁の深い作家として取り上げられていたのが、その雅号の命名者でもある泉鏡花。装丁などについては文学について詳しくないと十分に理解できない部分もありますが、一方、雑誌の表紙などはそれよりも気楽に臨めました。

また、雪岱の代表作である、朝日新聞に連載された邦枝完二の小説「おせん」の挿絵については、スライドショー仕立てにしたものが字幕によるストーリー解説入りで上映されており、あらすじを理解するのに大変役立ちました。美人ゆえに様々な男性(それも、くせ者ばかり)を呼び寄せてしまう運命のおせん…。
ストーリーはかなり大人向けです。


美術だけでなく、文学好きの方にも必見の展覧会です。
あるいは、アートファンの方は文学に詳しい方を誘って訪問するのもよいかもしれません。
by paginademaiko | 2009-12-27 22:09 | アート
東京国立近代美術館で「河口龍夫 言葉・時間・生命」を見てきました。

入場時。出品リストを手にとって気が付いたのは、作品名ともにそこに小さなテキストが添えられているということ。それもかなり分かりやすい文章で…。あまりにも上手にまとめられていて、現代美術の展覧会としては違和感を覚えてしまうくらい。

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展示は3つの章に分けられています。
第1章のテーマは「ものと言葉」。最初の展示室に入ると、「DARK BOX」「光(電球)」など、「閉ざされた」構造を持つ作品が並んでいました。入り口と対面する壁には水色の制服の会場スタッフさんが立っています。どうしてこんなに目立つ場所に立っていらっしゃるのか、と不思議に思っておりますと、その左右にドアを発見。その奥が体験型の作品となっているのです。こちらは「閉ざされた空間」の中に訪問者が入ることができる作品。

続く展示室では、「光」など様々な言葉がくりぬかれた板が水平に吊り下げられ、その上から照明が当たることにより床面に文字が投影される「関係-光になった言葉」がありました。出品リストには次のような一文が…“「光」や「言葉」は題名と矛盾しないけれど、「闇」という文字が光って映し出されているのはどうでしょうか”。
この作品では文字は光と闇の両方が存在することによってそのフォルムを初めて明確にすることができることから、ここでは光も闇も同格の存在であるということでこの出品リストにある「問い」には答えることができると私は思うのですが、それよりも自分がこの作品に関して興味を覚えたのは、3つの要素=「光源、切り抜かれた板、床面」が揃うことによって初めて文字を我々に認識させているという点。つまりこの作品では「光と闇」と「光源、切り抜かれた板、床面」という、それぞれ2つと3つの要素からなる組み合わせが、各々水平・垂直方向に存在し、交わっているのです。

その先に現れる、細長い展示室では鉄、そしてやはり言葉を使った作品が続きます。
例えば「関係-叡知・鉛の百科事典」。鉛で形作られた百科事典が棚に並ぶこの作品、作家によると鉛は放射能からの隔離を意味しているとのことで、蓄積された知の保存をイメージしたものだそう。現代の経塚といったところでしょうか。たよりない字て「鉛の世界大百科事典」と手書きで書かれているのが、妙に味があって面白い。

その後、黒板と同じ肌をもつ地球儀や、8角形のプランを持つ空間の壁面に銅線で国境線が表現された作品など、「地」を意識させる作品が続きます…。

このように第1章の終盤では「空間」を意識させる作品が続いていますが、続く第2章にはまるでそれと対を成すように「時間」というものがテーマとして設定されています。

この章では「時間」と「ヴィジュアル・イメージ」との面白い関係を考えさせるような作品に出会いました。「COSMOS」は星空を写した写真からなる作品で、その画中ではいくつかの星に対してその光が地球に届くまでの時間が添えられています。解説テキストによると、「我々が同時に様々な時間を見ていること」に気づかされる作品とのことですが、このテキストから再び作品に眼を向けると、さらに想像力を膨らんできました。我々が知る「星の光」というのは、直線的にこちらへ向かってきた光を認識しているのものですが、同時に地球に住む人々は古来より、出自の異なる光の点を「平面的に」つなぎ合わせて星座というものをそこに作り出してきました。そういう意味では、星座というのは我々に対して直角に与えられたものを、平行的に構成することにより生み出されたものということができるでしょう。この作品では、実際には光の属性としての「時間」が強調されているようですが、「垂直」と「平行」との交わりという点では、第1章で展示されていた「関係-光になった言葉」にも通じるものがあるように思います。

「関係-時のフロッタージュ」も興味深い作品でした。
「化石をフロッタージュすると、過去の時間に現在の自分が直接触れ合っているような気がする」という作家の言葉が添えられていますが、その言葉から改めて気づかされるのは「紙」が文明のアレゴリーであり、非常に古いものと「現代」の間に存在するフィルターでもあるということ。そういえば日本に紙の製造方法が伝わった年代が日本史の教科書に出いていたような…と思い、後でしらべてみたらそれは推古朝、610年のことでした。ちょうど来年で1400年ということになります。

「生命」と題された第3章では、種子を「生命」の象徴とみなし、これを鉛でコーティングするという作品が多くありました。
種というのは「眠っている状態」を思わせるものですが、同時こちらでは種以外にも「眠り」を想起させるような素材を使用した作品が見られました。例えばそれは、より分かりやすい例だとチラシなど広報媒体でも使用されていた、ベッドを支持体とした「睡眠からの発芽」などを挙げることができます。しかし、それよりも一層の巧みさを感じさせたのは「ラベンダーのプール」。ラベンダーの香りがするプールに、小さなお皿がたくさん浮かべられ、その上にラベンダーの種が置かれているという作品です。ラベンダーは催眠効果で知られる植物ですから、種の現在の状態である「眠り」がさらにその効能によって強調されていると捉えることが出来ます。種以外のアイテムによる「眠り」という要素の強調は、種子が持つ「潜在的目覚め」を一層力強いものとして感じさせるための仕掛けのように思えました。

展示の最期に現れたのは、蓮の種で覆われた木造船…「木馬から天馬へ」という作品です。
これはもともと日本海で使用されていた漁船で、使われなくなっていたものを作家が譲り受けたものだとのこと。引退した船を使用した作品といえば、近年見たところでは大竹伸朗(直島)蔡国強(広島市現代美術館,2008)によるものが思い浮かびますが、この船の場合はこれも蓮の種で覆われた木馬を伴っており、「大きな老人」と「小さな幼児」が対比的に表現されることにより、生命の連続性を思わせるものになっています。

「眠りと目覚め」がそれぞれ「死と再生」と読み取れる第3章の最後に現れたこの作品を眼にして、自分の頭に浮かんだのは「常世への乗り物」という言葉です。
「常世」とは記紀神話において我々が生きる「現世」と対峙する(あるいはその外側にある)世界として描かれているもので、死者の世界あるいは理想郷といった「現世とは異なる時間が流れる異郷」と解釈されています。また、舟はこの二つの世界を行き来するための乗り物として、古くより葬礼の場において表現されてきたものです(たとえば、舟を象った棺は世界各地にみられますし、日本の装飾古墳には死者の乗り物として舟が描かれます)。

「閉ざされた空間」で始まったこの展覧会、最後に登場したのは時間と空間を切り開きながら、不可視-未可視という言葉のほうがふさわしいかもしれません-の世界を運行するような船でした。
最初と最後の作品がこのようにある程度比較可能な性格を持っていると、鑑賞者としては展覧会の満足度が高くなるような気がします。



東近美を出た後は、地下鉄東西線で大手町まで出て、徒歩で「三菱1号館美術館」へ。
駅から向かう途中には丸ノ内のイルミネーションを楽しみました。丸ノ内らしい、大人っぽいデザインです。

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三菱一号館美術館では4月6日の開館に先立ち、竣工記念展として「一丁倫敦と丸の内スタイル」が開催中です。
「三菱1号館」は、元々は1894年にコンドルの設計によって建てられた建物で、この度その復元に伴い内部に設けられたのが「三菱1号館美術館」です。現在開催中の展覧会は2部構成となっており、1部ではオリジナルの一号館の竣工からその復元までを、歴史資料やドキュメントにより紹介するという内容で、美術館の展覧会というよりも展示内容は博物館的です。一方、第2部は現代のアーティストによる作品展示で、神谷俊美さん、ホンマタカシさん、梅佳代さんによってこの建物の復元を記録した写真が出品されていました。梅佳代さんの展示スペースでは、工事現場で働く人々のポートレートがテーマとなっていて、会場内での撮影も可。お兄さんたちの等身大パネル(実際には少し大き目な気がしましたが)も用意されていて、一緒に写真撮影が出来るようになっていました。

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こちらの美術館は、建物が明治時代のオフィスビルのつくりを踏襲しているためか、比較的小さな部屋を渡り歩くという動線になっています。また、引きをとって作品を見ることができるスペースが比較的少ないように感じたので、作品によっては展示が大変そうだなと思いました。特に、開館記念展にあたる「マネとモダン・パリ」では多くの人が訪れるでしょうから、混雑するとさらに作品が見えづらくなりそう…と。ただし、19世紀後半の都市に生きる人々を描いた作品は、このレンガ造りの建物に如何にも似合いそう。

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by paginademaiko | 2009-12-24 13:47 | アート
岐阜旅行は1泊の行程。
宿は岐阜駅から徒歩数分のところでした。

岐阜駅前には繊維関係の問屋街があります。
夜と早朝に通ったため、昼間の活気のある状態は見ることができなかったのは残念ですが、幾すじものアーケードが碁盤目状に並ぶその町並みはなかなか壮観で、各ストリートの入り口に設置された趣向を凝らしたデザインの看板にも興味深さを覚えました。

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2日目の目的地は岐阜県東南部、旧明智村(現恵那市)にある「日本大正村」です。お隣の愛知県には明治時代の建築が数多く移築されている野外博物館「明治村」がありますが、この「大正村」はかつて大正時代に生糸産業で栄えた地に残る洋風建築や町並みをそのまま見ることができるというもの。ジャンルとしては博物館やテーマパークよりも「まち歩き」に分類されるかもしれません。立村は1984年、当初は町おこしの一環として設立されたようです。


まずは岐阜から東海道本線で名古屋まで出、前日とは違うホームの店できしめんを食べ、ここからセントラルライナーで恵那まで。この区間では、都市部を抜けると左右に紅葉が美しく見え始め、この先の行程への期待が高まります。

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恵那からは明知鉄道に乗り換えます。
本数は3時間に2本くらい。きっぷを窓口で買うと、出てきたのは硬いきっぷ…!
車両は1両、ワンマン。線路は単線。発車後まもなく勾配のきつい坂を登りはじめます。力強い音が良い。

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車窓に紅葉を眺めながらいくつかの無人駅を経て…約50分で明智駅に到着しました。

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駅前の商工会館で観光地図を調達しますと、エリア内には4つの有料展示施設があり、散策の拠点となっていることがわかりました。入館料は4館共通で500円。また、これ以外にも無料で観覧することができる施設が点在しているようです。

早速、「大正路地」と呼ばれる小路をぬけそのうちのひとつである「大正村資料館」方面へ向かいます。

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「大正村資料館」の向かいにある「逓信資料館」は無料でした。入ってみますと、郵便、電信、電話に関する資料が常設展示されていましたが、それによると現代における最新の通信機器はファクシミリとのこと。むしろここまで時差があるとキャプション自体に資料的価値を感じます…。ここは空調なし、外より寒く3分でリタイア。

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黒壁に柳が添えられた「大正村資料館」は木造4階建て、手動エレベーターがついた大正時代の繭蔵を利用したもの。教科書や玩具、音楽関係の資料など大正時代の生活を伺わせる資料が豊富に展示されています…がこちらも空調なしのうえ、靴を脱いでの観覧のため寒さとのたたかい。敷地内にはお土産コーナーと休憩所をそなえた建物があります。ここでは温かい椎茸茶のサービスで迎えられ、ついのんびり…。

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その後「うかれ横丁」を通り、「大正時代館」へ。
うかれ横丁は中馬街道の一部で、かつてこの町が生糸産業で栄えていた頃には飲食店が並んだ繁華街でした。この道の左右の建物をつなぐ渡り廊下の下を通ると、左に飲食店の入り口、そして右には閉店中のグリル。飲食店の入り口の奥には「山菜そば」「五平餅」という手書きの看板が見えます。暗い間口からわずかに伺えるレトロかつ怪しげな雰囲気がかなり気になったのですが、大正時代館の隣にも古いカフェーがあるとのことでしたので、それと比べてからどちらに入るかを決めることにしました。

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大正時代館は比較的新しいたてもの。1階では明智町の歴史に関する資料が、2階では大正天皇に関する資料が展示されていました。有料の4つの施設のなかで、もっとも展示が整理されていたのがこちらでした。

隣にあるカフェーは古い喫茶店という雰囲気でした。
未知の世界を体験したいという興味から、結局うかれ横丁にあるあの店へ。

店は建物の地下にあるという作り。店内にはカウンターに、かなり簡素な背もたれ付きベンチに低いテーブル。カラオケセットもあります。ここはスナック!?
カウンター席にはおばあちゃんが座り、その奥には普段着のマダム。
妙に興奮しながら自分もカウンターに座り名物五平餅を頼むと、「カレーしかない」とのこと。ではカレーを…。


この店、元々は明治時代から続くキャバレーで現在は「バー アミー」という名前で営業中とのこと。私が入ったのは裏口のほうだったのです。あらためて表口から臨んでみますと、その門構えは、映画のセットのような完璧さ!歩き回るとよいことがあるものです。
建物の上の部分は歴史ある旅館で、マダムのお兄さんは13代目の当主。おじい様はこの地出身の画家山本芳翠との親交があったそうで、お父様も芳翠研究者として著作を残されています。

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お店を出ると空模様はさらに沈鬱、午後2時頃だというのに空気はひんやりしています。
その後「おもちゃ資料館」で古い玩具を見てから、「大正ロマン館」へ向かいました。
こちらには大正村の初代村長となった女優の高峰三枝子さん、そして同村議会議長春日野清隆氏の記念室、そして山本芳翠作品の展示スペースなどがありました。こちらの建物自体は平成のものですが、その裏手には元禄時代の民家が移築されています。ここの囲炉裏は身体を温めるのに大変役立ちました。


明治・大正期の建築をひととおり見た後、最期に「八王子神社」へ。
石段をのぼりきると、見事な紅葉越しに明智の町を一望することができました。

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大正村は、観光地としては刷新が必要な部分が多くあると感じましたが(特に資料の扱い方など)、出会った方々はみな親切であり、気持ちよく一日を過ごすことができました。大きなハコモノを作るというよりも文化資源をリンクするという発想は現在ではより評価されるものですし、今後はその良さを活かしながらリ・ブランディングが進めばいいなと思います。
日本画家、神戸智行さんの作品を初めて知ったのは2006年のことでした。
「イノセント・ワールド」というシリーズを目にし、明るさと静けさを持つ小さな画面に心を動かされたことを記憶しています。

本来であれば気にしている作家については積極的に情報を収集すべきなのですがそこは生来ずぼらな私、次に作品を見られる機会を受身で待っていたところ、先日たまたま目にした岐阜県美術館のチラシに神戸さんの名を発見しました。「アートのメリーゴーランド」という岐阜県ゆかりの若手作家を取り上げた企画展に作品が出品されるとのこと。岐阜は近くはありませんが、岐阜市には一度も訪れたことが無く、以前から県美に行ってみたかったということもあり旅の準備を始めました。

名古屋経由、岐阜駅で下車。美術館に到着したのは午後1時頃でした。
文化施設が隣あい、建物の周囲には公園がひろがっています。館内のプランは1階中央を貫く長いエントランスホールの左右に収蔵品展、企画展の展示室、そして県民ギャラリーなどが並ぶつくりとなっており大型の施設という印象をうけますが、実際に来館者が利用するのは1階部分のみなので、最初に建物に入ったときの印象よりも展示のボリュームはそう多くはありません。

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「アートのメリーゴーランド」では岐阜県ゆかりの7名の若手作家の作品が紹介されています。
「メリーゴーランド」という言葉には不思議な響きがあります。これは遊園地における最も古典的なアトラクションのひとつではありますが、その古典さゆえにしばしばそれは郷愁をともなって扱われるこもあり、あるいは、回転する間だげ出現する夢がその動きが止まるとたちどころに消滅するという虚像的な性格を備えるものでもあります。言い換えれば、それはアナログ的な夢の時間の製造装置であるゆえに様々な連想を我々に与えるものなのです。(以前、清澄白河のギャラリーでKATHYによるパフォーマンス「炎のメリーゴーランド」を体験したことがあります。かなり怖かったです。)
 
展示室に入り最初のスペースで紹介されるのは長谷川喜久さんの作品。大型の日本画を中心とした構成、画中では様々なモチーフが写実的な形状をともなって描かれていますが、それらの組み合わせ、構図ともどこか超現実的です。多くの作品に共通するのは、そこに描かれているものよりもはるかに巨大な存在感が画面全体から漂ってくるということ。この感覚を的確に表現する言葉を私は持ち併せていないのですが、おそらくこの感じをもっと強烈にすると「曼荼羅」という言葉で語りたくなってくるような気がします。例えば「鬼と亀」という作品ではその亀が古代インドの宇宙観で語られる「地球を支える亀」を想起させるといったように。あるいは、画面の中に、「円形」または振り子の軌跡のような「弧」が散見されることもその理由のひとつかもしれません。

長谷川さんの展示の中には「CIRCUS」という作品もありました。木下大サーカスのテントを正面からとらえた作品ですがまるでそれは熱気を孕んだ真っ赤な山のよう。つい奥田元宋が描く、燃えるような紅葉に覆われた山を思い出してしまいました。

岐阜県美術館の展覧会の最初の展示室で不穏な気配を漂わせるこの「木下大サーカス」の像容は、先述したようなメリーゴーランドという展覧会の名称が帯びる気配と微妙な化学反応を見せ、その後の会場構成への期待を盛り上げさせてくれました。

吉本作次さんの作品は土色・茶色をベースとした色調で描かれています。イラストレーションのような軽いタッチと単純化された目鼻立ちを持つ人物表現もかなり特徴的。銭湯などすこし昔の日本を思わせる場所を描いたものと、「スザンナの水浴」のように西洋の宗教画の主題を表現したものがありましたが、内容を読み解こうとするほど妙な気配に心がザワザワしてしまうような作品でした。画面の中にはしばしば妖怪めいたような造形がみられ、例えば雲はダイダラボッチの姿を思い出させました。作品の中にはこの気配がさらに濃厚に表現された、まるでロベルト・マッタが描くようなしつこい感じを思わせるような、人間以外のものが画面を支配しているようなものもあり、まったく油断できませんでした。

村瀬恭子さんの絵画は先日ヴァンジ彫刻庭園美術館で見た経験が記憶に新しいところ。鑑賞者が画面の中に入ることを拒んでいるような絵画だと今回も感じました。この方の画面構成は独特。カンヴァスの表面は平らな筈なのに、その表面を凹状に削り進めていくことにより世界を表出しているような印象を受けます。

今回のグループ展の出品作品のうち、もっとも穏やかで緩やかな表面を備えていたのが傍島幹二さんの絵画。そのスペースに至るまでに展示されていた作品が比較的「強め」のものだったので、気持ちと眼を落ち着けてくれるような、よいタイミングでの登場にありがたさを感じました。この作家のスペースに関しては、自分が空間全体を楽しむという姿勢で臨んだためか、特定の作品の画面をはっきりと思い出すのが出来ないのですが、手元のメモには「水辺の二人」という作品名が残されていました。

近年インスタレーションを眼にすることが多い大巻伸嗣さんの作品については、展示室内における展示のほか美術館のホールで公開制作が行われていました。白い花が増幅してゆきます。この人が生み出す作品を見ると「粘菌」という言葉をひとつのキーワードとして想起したくなります。静かなしたたかさをともない、増殖するものとして。

続く奥村晃史さんの作品の主人公は羊や兎たちで、小道具として食器や果物が添えられます。ファン・エイクなどフランドル系の油彩画を思わせる描き方ですが、その一方で、変形の支持体や、合わせ鏡を使ってエンドレスに画面が続く仕掛けを用いるなど、トリッキーな要素が多く見受けられました。

今回のお目当て、神戸智行さんの作品は最期のスペースに。
この数年間に制作された作品数点とあわせ、この展覧会のために制作された屏風形式の作品が展示されていました。
(ここで作品名を控えておかなかったことに猛反省…。この展覧会ではカタログ、出品リストともに制作されておらず、後から思い出そうとすると手元のメモとチラシだけが頼りなのです)
神戸さんの新作は、画面と平行に左から右へと流れる川を、間近から見下ろすようにとらえたもの。画面の大部分は水面下に広がる世界が描かれており、そこにはカエルや魚など様々な生物が描かれています。
河岸部分が画面上部に認識されることから、描き手は川の中に立ちその眺めに接していることになり、ひいては我々鑑賞者もそのような感覚を追体験することになります。

みな底と河岸はいずれも丸い石で覆われています。水の上に頭を出している石はそんなに多くはないのですが、空気に曝されたものは過剰なほどの白さを感じさせ、まるで太陽の光で漂白されてしまったかのよう。一方水面下の石は様々な色が与えられており、水面をもって隔てられる二つの世界の間には強い断絶を感じさせます。しかし、作品をさらによく見てみると、この両者をつなぐものとして小さな生き物たちが重要な役割を果たしていることに気が付きます。水から上がったばかりと思われる生き物が、足跡を残しながら真っ白な石の上へと登っているのです。

神戸さんは、美しいものを、さらに美しい絵にするタイプの作家さんだと思うのですが、私がこの作家さんのことを好きな理由は、描かれているものよりもむしろ構図なのではないかと思っています。その意味では、今回出ていた作品の中ではこの新作よりも2006年の「陽のあたる場所」のほうがむしろ好みなのですが、質感や色をふくめた表面に関してはやはり最新作が他のものと比べても格段に深みがあり、ぜひ今後も、引き続き作品を見させていただきたいと思いました。


「メリーゴーランド」を見終わって…。
遊園地もサーカスと同様、元はテンポラリーなものであり、また、展覧会も同じく会期が終了すれば消滅するという点でこれらと共通しています。最初の展示室にサーカスの絵があったのもこのあたりとの関連がしのばれます。

美術館はハコを持つと同時にそのコンテンツ=展覧会を作っていくものでもありますが、一方で、美術館の外ではハコを持たずに展覧会を生み出すということも規模の大小に関わらず広く行われています。
これに関してここで触れたいのは、ハコを拠点とせず移動展覧会方式で展覧会を企画し、その都度それにふさわしいハコでこれを発表されている御殿谷教子さんが2008年発表された展覧会名に引用した「ルナ・パーク」という遊園地。

「ルナ・パーク」という名前は1901年にニューヨークで2人の男性によって考案・発表された『月世界旅行』というパノラマショーをもとに1903年にコニーアイランドに作られた遊園地の名からとられています。ニューヨークの「ルナ・パーク」はその後44年まで経営が続けられましたがアトラクションの出火がもとで閉園しました。ちなみに、日本でも明治から大正期にかけて浅草や大阪の新世界にこれを模した施設が開業・経営されていましたが、いずれもその夢の時間はニューヨークのものよりもさらに短くいずれも10年ほどで閉鎖されています。

岐阜での展覧会の名称や出品作品の中に現れたメリーゴーランドやサーカスという言葉、そしてこれらが持つ「移動」という要素と「展覧会」の掛け合わせから連想の先に現れたアメリカの「ルナ・パーク」は、いずれもアトラクティブな時間とともにその儚さが背中合わせに存在するものです。
しかし、「アートのメリーゴーランド」展において、この企画の中に暗い気配を感じさせないのは(そもそも県ゆかりの若手作家を紹介する際に暗さや儚さとともに演出するなどあり得ないことではありますが)一時的な夢の製造装置をを若い作家たちの通過点として見做しているからでしょう。

「ルナ・パーク」という名称を自らの企画に冠した御殿谷さんも、パンフレットのなかでアメリカの「ルナ・パーク」の形成と、あえてその終焉までを明記していることをみると、やはり「展覧会」を「消滅を前提とした通過点」として強く意識していたのかもしれません。
どうでしょうか?
by paginademaiko | 2009-12-19 17:20 | アート
11月下旬、こだまに乗って岐阜に行ってきました。
岐阜県美術館で開催中の「アートのメリーゴーランド」とそのアーティスト・トークを見に行くためです。あと紅葉も。

今回は、東京からの往復新幹線+岐阜市内1泊で22,000円というツアープランを利用しました。ただし新幹線はこだま限定。この各駅超特急には久々に乗りましたが、さすがに所要時間の長さを感じました。停車駅の多さに加え、停車時の通過待ちが非常に多い。かなり大げさにいうと、乗車時間のうち半分は駅で停車しているような印象です。さすがに、東京から名古屋まですっと乗車しているのは多分私一人だったような気が…。

(こだま、という名前についてはとてもいいなと思っています。これはもともと新幹線開業前に東京・大阪間を運行していたビジネス特急に与えられた名前を引き継いだものですが、それは東京と大阪の間を「一日で行って帰ってくることができる」という意味に由来するとのこと。)


名古屋には9時過ぎに到着。
岐阜には午後到着すればよかったので、午前中のうちに名古屋市美術館を訪問しました。

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こちらで開催中の展覧会は「絵画と写真の交差 印象派誕生の軌跡」。
出品リストを手に取ると…出品点数の9割程が東京富士美術館からの出品でした。
展示は全部で8つの章から構成されています。「遠近法500年の扉」と題された第1章では16世紀以降の絵画や書籍のほか、18世紀末以降に制作された様々なタイプのカメラや視覚装置が展示されていました。続く第2章はタルボットによって撮影された19世紀中葉の写真が、「印象派前夜」と冠された第3章では19世紀後半に世界各地で様々なカメラマンによって撮影された写真が紹介されています。のちに印象派展の会場として写真館の一室を提供したナダールの名もここに。この章では併せて森や田園およびそこに暮らす人々を主題とした絵画と写真、そしてジャポニスム関係の資料として広重の浮世絵や日下部金兵衛の作品も展示され、印象派誕生の土壌には写真以外にも「郊外」「異国趣味」といった要素が強く関わっていたことを示します。

印象派の画家たちによる作品が登場するのは第4章「印象派の誕生」以降。
ブーダンやマネの作品もここに含まれます。印象派の画家による絵画制作と写真との濃密な関係が語られるのは続く第5章であり、こちらにはドガが描いた踊り子の作品(ベオグラード国立美術館蔵)とともに、画家の死後アトリエから発見された踊り子の写真(フランス国立図書館蔵)が展示されていました。

その後再び展示の主役は写真となり、第6章ではピクトリアリスムの文脈から作品が取り上げられます。その中でもある意味で究極の「ピクトリアリスム」といえるのがウィリアム・モーテンセンの「壷にミルクを注ぐ女性」。タイトルからも察せられるとおりフェルメールの有名な作品の図像を引用したものですが、これはやはりカメラを使って絵画を制作していたことで知られる17世紀オランダの画家に対する、写真家からの返信という形でのオマージュといえるでしょう。

展覧会は地下1階のスペースへと続きます。ピクトリアリスムとは対照的に、写真というメディアの特質を追求した表現による作品が並ぶ第7章には、マン・レイやナジの作品もありましが、私がここで注目したのはエドワード・ウェストンによるヌードです。湿り気を感じる裸婦の肢体に、つい思い出したのは秦テルヲの絵画
これらの写真の制作年代は1920年代ですからまさしくアメリカにおけるデロリズムです。

エピローグとして位置づけられた第8章において、その最後を飾るのは杉本博司の「インペリアル・モントリオール」、1995年。舞台にむかってカメラを据え上演時間の間シャッターを開き続けたシリーズのうちの1点です。一方、タブローによる作品で最も時代の下がったものは1940年代末のモランディーの絵画(これ以外にウォーホルのシルクスクリーンあり)。訪問者として率直な意見を述べるなら、展覧会名「絵画と写真の交差 印象派誕生の軌跡」におけるこの章の役割は少し分かりにくかったです。絵画のほうも現代作家の作品があったほうが展覧会の着地点としてしっくりくるような気がしました。

お昼頃再び名古屋駅に戻り、新快速で岐阜まで。所要時間は約20分。
もちろん乗車前にはホームできしめん!これははずせません。
by paginademaiko | 2009-12-14 13:32 | アート
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