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旅2日目。9時間かけて普通列車で広島入り。

この日の広島での目的は、広島市現代美術館で「シャルロット・ペリアンと日本」を見ることです。

駅の改札を出たところにある広告用モニタではこの展覧会の広告がお出迎えしてくれました。画面の下のポケットにはチラシも配架されていて、なかなかよい広報戦略です。

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地下通路にもこんな大きな広報ブースありました。

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スーツケースを駅前のホテルに預け、駅前の路面電車乗り場に向かいます。


乗り場では、貸切運行の路面電車に大勢の学生が乗り込んでいるのを見ました。

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広島には被爆した車両が走っていることを聞いたことがありますが、これがその車両のひとつのようです。修学旅行での利用でしょうか。

私が乗車したのは、そのあとに入線してきたこの車両。

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比治山下という停留所で降りて、山の上にある美術館に向かいました。

坂を上っていると、可愛らしい山椿の花が見られました。

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「シャルロット・ペリアンと日本」は1月まで自分の勤務先で開催されていた、全国で3つの美術館を巡回する展覧会です。こちらは2ヵ所目になります。

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巡回展は、会場となる施設のスペースのサイズや、作品をお貸しいただく所蔵者の事情などにより会場ごとに出品作品の数に若干の違いが生じるものですが、こちらの広島の会場では、スペースにも比較的余裕があり、先の会場では展示されなかった作品が展示されているのを見ることができました。

展覧会観覧後、坂を下りてくると猫の姿も。この美術館を訪れたのは3回目ですが、いつもその行き帰りには猫に出会います。

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帰りは駅まで歩いてみました。
途中からもうお好み焼きとビールのことが頭から離れない。

ということで駅ビル内の「麗ちゃん」でイカ入りのお好み焼きを食べました。
見た目はボリュームがありますが、キャベツたっぷりなので思っていたほど胃への負担は感じられず。

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この日宿泊した「広島グランドインテリジェントホテル」は一泊4600円のプランでしたが、エントランスはヨーロッパ調のインテリアに統一されたエレガントな雰囲気で、お部屋もゆったりとしたつくり。陶製のドアノブにもお花がペイントされていたりして、お値段の割には高級感がありました。


翌朝も早いので、この日は21時過ぎには就寝。
健康的です。

(つづく)
3月9日。青春18きっぷの旅、2日目。
愛知から広島まで移動。約9時間の行程です。

今回の旅は「始発列車で移動」がデフォルト。
鉄旅の朝食は「駅そば」が理想なのですが、今回の旅はタイトな乗り継ぎが多かったので、前日のうちに調達したパンを車内で食べるというケースが多かったです。

始発列車はなぜか東海道線支線の終点である美濃赤坂まで乗り入れる列車。こちらも前から行ってみたい駅でしたが、この日の目的地までの道のりは長いため、支線に入る前に大垣で下車し、ここで、これまた珍しい「大阪行き」に乗り換え。いきなりJR西日本の車両です。

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せっかくなので大阪まで乗りたいところですが、米原駅で新快速の姫路行きに乗り換え。

滋賀県内では近江鉄道のラッピングトレインを目撃。
エレベータ、エスカレーターメーカーのフジテック社がスポンサー。
地方私鉄のラッピングにしてはデザイン的になかなか完成度が高いと思いました。

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京都駅では車窓に103系。

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京都から列車で西に向かうとき、かならず思い出すのが、藤圭子の名曲「京都から博多まで」。好きな男性に会うために京都から博多まで向かう女の胸中が語られるこの曲、その中にはこんなフレーズが。

「二度も三度も恋したあげく やはりあなたと 心にきめた
汽車が行く行く 瀬戸内沿いに」

泣かせてくれます。


と、しんみりしつつも、姫路で若干のインターバルを確保したので、ホームで「えきそば」に駆け込みました。今回は2回目の訪問。注文したのは「牛天のせ」です。

「牛てんて一体どんな食べものだろう」と思っている数秒のうちに提供されたお碗には、薄く切った牛肉のてんぷらが乗っていました。

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食べるときに衣がすぐに剥がれてしまうのが難点でしたが、なかなか美味しい。スタンダードバージョンと価格が50円しか違わないのも嬉しいところです。


姫路からは播州赤穂の列車に乗車。

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そして相生でマッキッキの列車に乗り換え…岡山駅では少々停車。

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岡山駅では「やくも」と「湘南色」の並びが見られました。

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そしてさらに西へ。この区間を18きっぷで乗るのは約10年ぶり。

糸崎でこの日最後の乗り換え。

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そして広島に近づくにつれ私の緊張感は高まります。
というのは、その数日前に広島を通った方から「広島貨物ターミナルでみどりのコンテナをいくつも見た」という事前情報があったから。

その希少さゆえ、ひとつ見られるだけでも相当ラッキーといえる「みどりのコンテナ」。それを一度にいくつも見られるなんて…。

やがて車窓には貨物列車関係の車両が登場。


赤い機関車、めちゃ可愛い!

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このディーゼル氏の古色も素敵。

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あの機関車は「JR FREIGHT」のマークが、ものすごく大きい。

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んん?建物の向こうにみえるあれは…



わぁぁぁぁぁぁぁ!「みどりのコンテナ」が4つも!

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そしてこんなところにも隠れてた!キャー


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これだけ大量の「みどりのコンテナ」を見たのは、イベント以外では初めて。
ふーっと一息ついたところで、気付けば列車は広島駅に到着しておりました。

…ところで、広島貨物ターミナルさん、ちょっと「溜め込みすぎ」じゃない?


(つづく)
3月8日。

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8日間の旅の1日目…といっても、この日は仕事帰りからのスタート。
逗子駅で「青春18きっぷ」に最初のスタンプを押してもらい、普通列車で愛知まで向かいました。

この日は、1月の18きっぷ旅とほぼ同一行程。
沼津で一旦下車し、ホームライナー浜松5号のライナー券を買って、「沼津魚がし鮨」へ。

いつもは「近海にぎり」を食べますが、しかし、この日は違いました。
なんと「デラックス版」がサービス価格。
迷わず、静岡のお酒「磯自慢」とともにオーダーしました。

運ばれてきたゲタを見てびっくり。

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大きな穴子もさることながら、生しらすと桜海老の盛りようをみて、つい「おおバロック!」という言葉が出てしまいました。

この3種は一口では到底食べられないので、まずはお酒のおつまみとしてネタだけ少しずつ食べてみることにしました。

それはそれで美味しかったのですが、私はお酒を飲んでいるときは食べるスピードがものすごく遅いので、やがて通常サイズのお寿司に取り掛かる頃にはネタがやや乾き気味に。そして、生しらすや桜海老に埋もれていた軍艦部分はその重みでちょっと哀れな姿に。

結論。

やっぱりお寿司で大事なのシャリとネタのバランス。
大きなネタのお寿司を食べたいなら、一貫ずつ注文。


翌朝の朝食用のパンを買って、20時ちょうど発のホームライナー浜松5号に乗車。

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座席は1号車の前から3列目、海側の窓側席でした。
今回もホーム・車内ともに鉄ちゃん率高し。

富士駅手前では、東京行き373系普通列車との行き違いを動画で撮影することに成功。

そして西へ西へ西へ…以下略。

(つづく)
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今年度はいろいろな事がありました。
精神的にきつい時期も長かった。


3月8日。
また来年度もがんばるために、春の18きっぷの旅に出ました。
今回は少し長めで、8日間の行程。

大まかな目的は次の通りです。
いつものように、鉄道と美術館のセットです。

1日目 
(鉄)371系ホームライナー浜松

 
2日目 
(美)広島市現代美術館シャルロット・ペリアンと日本
(鉄)東海道線、山陽本線


3日目 
(美)大宰府天満宮宝物殿神戸智行展 イノセント・ワールド
   九州国立博物館
   福岡アジア美術館魅せられてインド
(鉄)山陽本線、鹿児島本線


4日目 
(美)島根県立石見美術館mte!ね。しまね
   島根県立美術館くらしとデザイン 『暮しの手帖』花森安治の世界
(鉄)山陰本線


5日目 
(美)足立美術館横山大観VS竹内栖鳳
(鉄)木次線


6日目 
(美)鳥取県立博物館「鳥取鉄道物語」
(鉄)山陰本線、舞鶴線、小浜線


7日目 
(美)金沢21世紀美術館押忍!手芸部 と 豊嶋秀樹『自画大絶賛(仮)』 」
   金沢21世紀美術館「モニーク・フリードマン展
   京都造形芸術大学 大学院(通信教育) 修了制作展
(鉄)北陸本線、湖西線、東海道線


8日目 
(美)愛知県立美術館うつし、うつくし
   静岡市美術館竹久夢二と静岡ゆかりの美術
(鉄)中央線のワム、東海道線、373系普通列車


それでは、旅のはじまり、はじまり…。


(つづく)
3月4日。

通勤のため東京駅の東海道線ホームに立っていたら、なんだか向かいのホームから「黄色い線から出ないでくださーい!」と殺気だったアナウンスが聞こえてきました。

どうやら最近リバイバル塗装された特急車両がイベント列車として走るらしい。
しかし先を急ぐ私は確認する間もなく普通列車に乗り込み出発。


ところが、私が乗った列車は品川で5分ほど停車することに。
そこで、「あ、あの列車が後からやってくるかも」と待っていたら、予想通りに登場しました。


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あまぎ号というそうです。
2月29日。
朝、目覚めたら、東京にしては大雪。

オフだから青春18きっぷで出かけよう!と一瞬思いましたが、今年はうるう年ということでこの日はまだ2月29日。

ということで、18きっぷとは関係のない「秩父鉄道」に乗りに行くことにしました。

家を出るときに、マンションの階段からも列車を少し撮ってみました。

EF81牽引の貨物列車。

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小田急のMSE。

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そして上野から高崎線に乗り、熊谷で下車。

まずはお昼ごはんを食べるため駅のおそば屋さんへ。
気合いを入れてミニカレー付きのセット。

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「秩父路遊々 フリーきっぷ」を買って秩父方面に向かいます。1400円で秩父鉄道乗り放題なので、熊谷~三峰口(920円)を往復するなら元が取れます。このきっぷは通常は土日祝限定なのですが、沿線の花の名所の開花期に合わせて平日でも利用できる期間があり、この日は長瀞の蝋梅の開花期間という設定で利用することができました。

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寄居駅で貨車を見かけたのでとっさに下車してしまいました。
濡れて、ちょっと哀しそうな顔のヲキフ。

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終点である三峰口行きの下り列車が来るまで1時間もあったので、上り列車に乗って武川駅まで行くことにしました。

やって来たのは秩父鉄道7000系。

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武川駅に着くと、向かいのホームからは影森止まりの下り列車が発車していきました。

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雪の中の赤いデキとヲキフ。

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この駅から乗った三峰口行きの列車は1000系でした。

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扇風機もクラシックな感じです。

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雪化粧の河原。

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ディーゼル機関車。

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三峰口に到着。


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この頃には雪もやんでいました。歩いて秩父鉄道車両公園に向かいます。

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駅にとまっている「蝋梅」ヘッドマーク付きの列車がよく見えました。

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公園の入り口から、手前半分には無骨な貨車がいろいろと並んでいます。

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無蓋車の中には雪が積もっていました。

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デハ。

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アメリカで1922年に製造された電気機関車。

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帰りの列車に乗る前に、三峰口の駅前にある食堂へ。
お土産に秩父錦の小瓶を買いました。

ついでに、この後乗車予定の急行の中で飲もうと思って自分用にワンカップの秩父錦を買ったら、親切にもお店のおばちゃんが燗につけて、持たせてくれました。

三峰口から影森まではこの列車で移動しました。

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影森からは、はじめて秩父鉄道の急行に乗車。
急行券は200円でした。

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暖かい秩父錦を飲めば、冷えた身体も温まり、楽しい1日の締めくくりとなりました。

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帰りは、熊谷から先の羽生まで行き、東武鉄道で東京まで。
フリーきっぷも十分活用できました。
2月26日。東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を見てきました。


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ジャクソン・ポロックは抽象表現主義の画家のなかで最も有名で、伝説的な画家。
若い頃のアルコール依存症、床に置かれたカンヴァスに絵の具を滴り落とす作家のポートレイト、黒く変容していく画面、そして自動車を暴走させたことによる突然の事故死…

日本で始めての大規模な回顧展とういことで、会場には20歳前後の作品から、44歳で亡くなるまでの作品が展示されていました。門外不出といわれており、過去にアメリカで行なわれたポロックの大回顧展でも出品されなかった、テヘラン現代美術館に所蔵されている「インディアンレッドの地の壁画」も展示されていました。このあたりは、イランとアメリカそして日本をめぐる外交・貿易関係の実情が反映されているような気も。

初期の作品はメキシコ壁画運動のアーティストの作品を思わせるような骨太さがあり、そして常に暗さも付きまとっているという印象。やがて画面は抽象化の方向を辿ってゆき、1940年代の中期以降はドリッピングによる細い線が重なり合い、絡まり合うような画風を確立します。

このうちニューヨーク近代美術館の「ナンバー7,1950」は絵巻のような横長のプロポーションが特徴的な作品で、様々な楽器の音を表現した楽譜のようでもあり(白がハープで、黒がオーボエとか)、文字が書かれた呪符のようでもありました。ポロックの功績は「オールオーヴァー」な絵画を生み出したことともいわれますが、画面の縦横比を変えるだけで、こんなにも具体的なイメージ(それは音符や文字に変換できるようなもの)を思い出すような画面になるということが非常に興味深く感じました。

しかし、わずか数年後の51年にはその様式を大きく転換され、画面は黒く粘質を帯びた、より太い線に支配されるようになります。実際にこの時期の作家はアルコール依存症が再発し、精神的に不安的な日々を送っているのですが、それを知らずとも、この頃の作品は見ているこちらも心が穏やかではなくなってしまうようなものでした。

結局ポロックは模索の日々のなかで突然の死を迎えるわけですが、もしこの画家がもっと長生きをしていたらその作品はどうなっていたのだろうかと思います。晩年にその色彩はモノクロームに向かいましたが、それを突き詰めて、究極にオールオーヴァーな画面として筆致すら見えない無地の画面に至ることも考えられます。また、ドランのように古典主義や写実表現へと向かうということも考えられます。自由勝手な想像を広げればきりがありませんが、そこで思い浮かぶスタイルの多くはポロックの没後に展開した様々な運動に実際に現れていることにも気付きます。例えば、ミニマリズム、スーパーリアリズム。

でも、もっと勝手な想像をしてみるなら、もしかしたら他のジャンルに没頭するという展開もあるかも知れません…20世紀の天才と言われる人物を例に挙げるなら、デュシャンのチェス趣味や、ジョン・ケージのキノコ研究みたいに。


この日の夜は目黒の絵画教室「ルカ・ノーズ」で講義。

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日本美術史の概説と、日本美術を楽しむためのポイントについて3時間ほどお話しました。
by paginademaiko | 2012-04-11 18:08 | アート
2月22日。

1月から2月にかけて続いていたハイプレッシャーな日々から一旦の開放。
朝のうちは若干ぼけーっとしていましたが、これではイカンと思い、この日初日の「文化庁メディア芸術祭」に行きました。


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しかし、結局序盤で頭がフリーズしてしまったので、基本的に呆然としながら見学しました。そして「まどマギ」の展示室にヲタさんオーラむんむんの方々が結集していたのが印象に残りました。


自分も10代半ば頃までは、アニメやマンガが大好きで、アニメ雑誌の「アニメージュ」も毎月買っていたし、スクリーントーンを切り貼りしながらマンガを描くような時代もありました。でもいつの間にか興味を感じなくなってしまいました。それは年齢的なものもあるかもしれないし、所謂「萌え系」と呼ばれるアニメの興隆や享受層の拡大とも無関係ではないような気がします。

せっかくなのでここでアニメについても考えてみたいところですが、恥ずかしながら、現在の私は、瞳の大きな女の子がたくさん出てくるアニメについては、鑑賞方法がよく分からないというのが正直なところです。

以下に、かなり主観に満ちた文章が続きますが、自分は現役のアニメファンではなく、反論をされるとつらいものがありますのでどうかご容赦を。



まずは私の偏見から入ります。現在、大量に流通する少女系アニメというのは、プロットやキャラクター設定において享受者が好む「型(タイプ)」というものが存在し、これをうまく活用しているゆえにコマーシャリズムにおける一定程度の成功を獲得していると私は考えています。

たしかに、キャラクター設定における「型」は、能や歌舞伎においても見られ、むしろそれが鑑賞の一助となっているということが出来ます。あるいは、ヴィジュアルの継承という点では江戸狩野が行ってきた図像継承の方法論と比較することも可能でしょう。

しかしこんにちのアニメにおけるヴィジュアルについて考えると、(主に男性の)セクシュアルな視線に応えられる要素(例えば、過剰に大きな瞳、庇護を必要とする年齢を思わせ童形でありながら身体の一部がそれに比して成熟している、あるいは露出の度合いなど)がまるで護符のように備えられているという点で異なります。

一方、キャラクター設定についてですが、例えば「まどマギ」のように「戦闘美少女」と呼ばれる類型においては、彼女たちは様々なかたちで戦闘能力(魔法であったり機械操縦の能力であったり)を備えています。これをシンプルに分析すれば「美しさ」と「強さ」の双方を有することへの賛美、あるいは可愛い外見と戦闘能力のギャップに価値を見出すといったことが挙げられるでしょう。

注目すべきは、ここでそれぞれ対比されている要素が、伝統的には前者は女性に、後者は男性に求められてきたものであるということ。極端に言えば、マチスモな能力を愛くるしい外見で包んでいる彼女たちは「女性性と同時に男性性を有する」ということが出来るのではないでしょうか。

この、男性性を内包する女性に対して成人男性が「憧憬や愛好」を抱くことが、どのようなメカニズムで発生し拡大てきたかについての考察は、私にはなかなかハードルの高いものがあるのですが、いわゆるこのようなキャラクターの出現が1990年代以降に顕著にみられる動向であることを思うと、そこには80年代後半からの政策(85年の男女雇用機会均等法等)や経済情勢(バブル経済等)、そしてそれに続く「失われた10年」におけるジェンダー観の変化のなかで、男性が喪失した(ようにみえる)「男性性」の補填が、いわば「両性具有的な少女たちへの興味・愛好」というかたちで行なわれたのではないか、ということも想像されるのです。極端に言えばゼロ年代中盤以降に登場・拡大した「熾烈な競争のなかでポジションのために闘い続けるアイドルグループの少女たち」も、一種の「戦闘美少女」の類型に属するということが出来るのかもしれません。

「年端も行かない少女たちに闘いを強い(けしかけ)、それを商売とするとは何たることか」
あるいは、私の中の封建主義がそう言っている気もします。

もちろん「萌え系」アニメのなかには戦闘美少女系以外にも様々な類型がありますが、おそらく私がこれらのアニメと距離をもつことになった理由というのは、自らの青年期において実際に「男性」というものを精神的・物理的に知っていくうちに、流通するアニメに内在する「都合の良いジェンダー論」に対して違和感を覚えたからではないかと思います。


フィクションの世界に対して少しむきになって書いてしまった気がしますが…アニメファンの方、気分を悪くされたらごめんなさい。


この日は、北千住で会食ののち三菱一号館美術館の「ルドンとその周辺-夢見る世紀末」へ。


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ルドンの「グラン・ブーケ」は、一見美しい花の群れと見せて、みればみるほど魑魅魍魎感たっぷり。マックス・クリンガーの、「女性が落とした手袋を拾おうとする男」の妄想ストーリーを描いた版画の連作「手袋」はやっぱり面白い…結局は「夢オチ」ですが。


そして、この展覧会のチラシやポスターをはじめとする広報戦略は独特でしたね。
フォントサイズや書体の選択、写真、余白のバランス…デザインの常識をあえて避けているとしか思えない感じで、最初は、入札した業者さんが根本的に素人だったのかな?とも思ったのですが、三菱一号館美術館ならイメージ戦略にお金を惜しむはずもないと考え直し、個人的には「意図的な違和感でインパクトを残す作戦」という結論でいます。
by paginademaiko | 2012-04-11 18:04 | アート
2月21日。

この日は所用で府中方面へ行きましたが15時頃には終了。
京王線で初台まで向かいました。

初台といえばオペラシティー。
その中庭でいつも歌っている「彼」。

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そしてここでの目的はオペラシティー・アート・ギャラリーで開催中の「難波田史男の15年」。

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10代後半から、32歳で亡くなるまでの約15年の作品が、時代ごとに幾つかの章に区切られて展示されていました。
作品の多くは紙に水彩やインクで描かれ、カンディンスキーやパウル・クレー、そしてアール・ブリュットの絵画に共通するような、抽象や具象の間を揺らいでいるようなイメージが描かれています。様々な色が使われていますが、それらはどこか哀しそうな色。

これらの作品から私が連想した言葉は「浮遊感と寂しさ」でした。

その制作人生は短いものでしたが、残された作品の点数は多く、その仕事の豊かな広がりを感じることができました。しかし、やはり禁じえなかったのは、俗っぽい言い方をすれば「きっと暗い人だったんだろうなあ」という感想。もう少し上品に言い換えれば「内省的な人物」となるでしょうか。その最期がフェリーからの転落死、つまり青い海に消えていった、ということも、そんな印象を持たせる一助となっているかもしれません。

生涯の大部分で青年期であった、つまり夭折の作家の作品を思うときは、あわせて「生きた時代」にも目を向けなければならないと私は考えます。難波田史男の場合、その活動期が1960年代から70年代前半という、高度経済成長期にあたります。試みに、ハイテンションな社会を想像しながら難波田の作品を眺めていたら、「時代」と距離を持ち、ひたすらに自己について逡巡する人間の姿が浮かび上がってきました。


続いてICC。この日はあまり時間が無かったので、観覧料無料の「オープン・スペース2011」のみ観覧。久々の訪問でしたが、様々なタイプのメディアアートを見ることができ、楽しめました。

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印象に残ったのは、ハワイの沖合いに設置されたブイで観測される波の状況がそのまま反映されるというグリッド状構造物による作品、デイヴィッド・ボウエン「テレプレゼント・ウォーター」。観測データはアメリカ海洋大気圏局が「公開」しているデータを利用したもので、「自然-(パブリックな)情報-造型」が層状になっている作品といえます。ただ、アートとしてのメッセージ性が少し弱い感じがしたので、若い作家さんなので、その点については今後の展開に期待したいところ。

展示室入り口には、床下に埋められた展示ケースに様々な資料を展示することにより、20世紀の文化史をクロノロジカルに紹介するコーナーがあります。常設なので、いつ行っても見ることができますが、毎回毎回、私の心をとらえてしまうのは、オスカ・シュレンマーがバレエの再現映像。そこでは、球や円錐といった、どう考えても動きづらそうな硬質な衣裳(?)を来たダンサーたちがチョコマカと動いています。20世紀初頭にフランスに登場したキュビスム絵画は、運動や時間といった要素を幾何学的図形をともないながら画面のなかに出現させましたが、シュレンマーは逆にダンスという元来運動や時間をともなう芸術に、幾何学的図形を持ち込んだといえます。

今シーズンの「オープン・スペース」の入り口には、メディアアーティストたちのインタビュー映像もあり、その中にはローリー・アンダーソンの姿もありました。この美術館で行なわれた彼女の展覧会は、私がいままで見たメディアアートの展覧会のなかでも、最も「もう一度見てみたい」もののひとつです。まさしく、パワーとしなやかな発想のお方で、その姿を映像で見るたびにわけもなく勇気付けられてしまいます。
by paginademaiko | 2012-04-02 20:02 | アート
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梅の咲く季節には熱海のMOA美術館に行きます。
というのは、この時期には尾形光琳の「紅白梅図屏風」が展示されるから。

今年は、まもなく貨物輸送が終了する岳南鉄道と合わせて訪問することにしました。


熱海駅からMOA美術館まではバスで10分ほどです。

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いつもはこの屏風が展示されるころは梅の花が咲いていますが、今年は特に開花が遅いようで、まったくといってよいほど咲いていませんでした。

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屏風と10分ほど対面して、熱海駅へ。
昼食に駅のホームでおそばを食べて…再び東海道線で西に向かいました。


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そして吉原駅で下車。
ホームには撮り鉄さんが数名いました。


EF66とワムと製紙工場。

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EF66と富士山。

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ホームの静岡寄りには岳南鉄道との連絡通路があります。
ここを通って岳南鉄道のホームへ。

とりあえずマイ貨物時刻表を頼りに、まもなく発車する予定の貨物列車を探しますが姿が見当たらない。駅員さんに聞いたらこの日は運休とのこと。がっかり。本日の運行状況を確認して、上り貨物列車が見られるという比奈駅まで向かいました。

柱の曲線…モダニズム。

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この朱色!

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工場の中を進んでいくような眺めは岳鉄ならでは。

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車窓より。ワム至近。

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比奈駅で下車すると、ホームには鉄道ファンと思しき方が20名ほどいました。

ここには古参の機関車がとまっていました。

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その時聞こえて来たのは、駅員さんが一般のお客さんを呼び出す声。
そして機関車へと向かうお客さんの姿。
「も、もしや…!?」

早速、窓口で問合せすると、乗車体験を行なっているとのこと。その名も「きまぐれ乗車体験」といい、機関車の運用の間に突発的に設定されるそうです。

ということで、即申込み!!
有料で、1人1500円ほどかかりますが、硬券の1日乗車券(大人と子供用が1枚ずつ)と記念乗車券が付いてくるので、そんなに高いという印象はありません。

まずは機関車の仕組みについて説明を頂いたあと、機関車に乗り込みます。

大興奮でついドヤ顔になる!

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そして運転士さんが「これから200メートルほど動かします」と。


ええっ  ええええー!
「動 か し て も ら え る ん で す か !?」
(受付時の説明をよく聴いていなかった私)


思えば、これまでいろいろな鉄道のイベントに参加してきましたが、実際に運用されている列車の乗務員室のなかに入れる機会は希少。先日のJR貨物の大宮車両所に及んでは1万円のグッヅ購入者のみ乗車の権利が与えられるという状況で苦汁をなめたばかり。

興奮と唖然が入り交ざった状態の私を乗せ機関車は動き始めました。

まずは無線の誘導で後進します。
運転士さんが、運転士さんが隣で運転をしている…!
鼻血が出そうです。

そしてこのアングルでのワム。

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前進。うわうわうわうわ。

そして運転士さんの席に座らせてもらい、計器類の説明を頂きました。

パン下げの指示。

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車内では写真を撮りまくりましたが興奮しすぎのためか、まともに撮れた写真はほとんどなし。

私が降りたのち、ED402は貨物輸送のお仕事を開始。

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入れ替え作業を眺める。

そうこうするうちに、ふと気付いたのはゴスロリ風のピンクのドレスを着た女の子の存在。カメラマンと思しき男の人が同伴している。アイドルさんかな?別によろしいのですが写真のアングルの中に入ると目立ちすぎるので、あまりありがたくない存在ではある。

と思っているところに旅客列車の並びの場面が出現。

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写真を撮ろうと思ったら、彼ら、ヘッドマーク付きの車両の先頭付近で撮影開始。
思わず「ちぃっ」と舌打ちしてしまったのはここだけの秘密。

そして貨物列車は出発していったのでした。

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吉原に戻る為の列車まで少し時間があったので、周囲を散策してみました。

転轍機の標識がたくさん。

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太丸ゴシック体の駅名看板。

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駅員さんが鋏を入れる場所。

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そしてやってきた列車に乗って吉原まで。

吉原駅ではミラーを使ってセルフポートレイトを撮影。ふたつのミラーのうちもう一方には、ワムが写っています。

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そして来た時と同じように連絡橋へと進もうとすると…頭上にこんなサインが。
なかなか個性的なフォントです。

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JRのホームから、最期に正面(側面だけど)からのショットをばしっと。

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天気にも恵まれ、よい岳南日和でした。
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