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10月25日。

この日は、仕事のあとに、神奈川県民ホールギャラリーの「さわひらき Whirl」を訪問しました。

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さわひらきの作品は、これまで大山崎山荘での2人展「山荘美学:日高理恵子とさわひらき」のほか、上野の森美術館の「ネオテニー・ジャパン」や水戸芸術館の「リフレクション―映像が見せる“もうひとつの世界”」などでも目にしていますが、今回のように大きな会場での個展というのは初めて。

今回は、小型のデバイスを使用したインスタレーション作品と、プロジェクションによる大型の映像作品などから構成されてました。

私がこの作家の作品を好きになったきっかけは、「ソフトフォーカスなモノクロ映像でアパートの中の一部が映し出され、そこに飛行機やラクダ、あるいは足の生えたヤカンなどがゆっくりと動き回る」というシリーズに出会ったときのこと。近代(現代ではない)の御伽草子のようなその作品は、「映像作品=前衛的で難解」という20世紀アート的なイメージを超えるものとして印象に残りました。

ただ、その作品はその後少しずつ変化しており、画中の世界はどんどんと壮大なものになってきているように思います。文学に喩えるなら、御伽草子から叙事詩へ、といった感じでしょうか。色彩や陰影についても、強い色や光を帯びたものが増えた気がします。

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今回の展示で特に意識が向かったのは、室内に漂う水のすがた。質量において絶対的な大きさを持ち、まるで部屋の中に大海原がしのびこんできて、そのままそこに留まってしまたかのように感じることもありました。

これまでに見た作品でも画面なかに水が登場することはあったのですが、その表現にどこか怖さを感じたのは今回が初めてでした。もっとはっきりいうと、私は東日本大震災の津波や浸水を思い起こさずにはいられませんでした。あの震災の記憶は、直接被災しなかった私の中にも確かに刻まれていて、今回の展覧会に限らず、作品の表現によって、ことあるごとにふと浮かび上がってきます。


10年以上前からロンドンに拠点を置くこの作家の震災との物理的・精神的距離というものについては私には知るすべはなく、部屋のなかに出現した大量の水についてはこれまでの作品の延長線上の表現に過ぎないといえばそれまでです。しかし、その一方で、作品というのはひとたび作家の手を離れれば、その展示時期や環境、そして見る人の中に積層された記憶によって、無限にその意味が増幅・合成されていくことから免れ得ないということも、私はこの展覧会であらためて感じたのでした。


…とまあ、ちょっと私の主観が全面に出た感想となってしまいましたが、作品表現そのものについては、この作家らしい「時間のたゆたい」感に満ちていて、今回もさすがというべきクオリティでした。


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吹き抜け部分になったスペースには、いくつものスクリーンが設置され、まるで映像の木立ちのようでした。
by paginademaiko | 2013-02-25 10:08 | アート
10月23日。

この日は所用のため前橋まで。
午後の早い時間に開放されたので、高崎市内にあるふたつの美術館に立ち寄りました。

この日は心身ともに少々疲弊気味…。

最初に訪問したのは、駅の西口からすぐのところにある高崎市美術館
企画展「アート・ツリーズ―つながっていく、樹々の物語」を見ました。

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展覧会を見終わった後は、敷地内にある旧井上房一郎邸へ。
アントニン・レーモンドが自ら設定した自邸を模したもので、この建築家と、高崎の財界・文化人である井上の親交を示すものでもあります。


この建物は、いつ訪れても本当に素晴らしいと感じます。
すまいとして快適であるというのはこういうことなんだろうな、と思います。

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サービスで用意されていたコーヒーを、窓辺の椅子に座って飲んでいるうちに、心と体が解きほぐされていくような感覚を覚えました。

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皮肉なことですが、これまでの同館への訪問経験を振り返り、展覧会を見た時の満足感と、この建築を味わうことで得られる感覚を比べてみると、後者のほうがより豊かであることも少なくない気がします。言い換えれば、この建物は美術館にとっては素晴らしい財産であると同時に、訪問者の感覚に刺激を与えることで企画展へのまなざしをより鋭敏にしてしまう、そんな不思議な力をもった存在であると思います。

続いて、駅の反対側にある高崎市タワー美術館を訪れました。

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主に日本画の展示を行うこちらの美術館は、駅からのアクセスも至便。
金銀の光彩─日本画のきらめき」を見ました。


こちらの美術館は主に日本画を扱っていて、いつみても安定感のある内容。現代アート的な「冒険しちゃった!」的な展示はないけれど、気負いのない鑑賞の時間を保証してくれるというのもまたありがたいもの。


高崎は市立の美術館が駅のすぐ近くにふたつもあって、電車で訪問する者にとっては本当に便利。高崎はSLなど鉄道関係の楽しみも多いので、個人的には偏差値の高い都市です。
by paginademaiko | 2013-02-25 09:55 | アート
10月22日。

写真家・糸崎公朗氏の展覧会を見るために、さいたま市大宮盆栽美術館を訪れました。

大宮の郊外にあるこの美術館は、2010年にオープン。
この地域は古くより、盆栽の生産地として知られてきました。

美術館の外観は、和のテイストが全面に出ています。
企画展のバナーも、老舗の面構えを思わせる雰囲気となっています。

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エントランスからの動線は、まず室内の展示から始まり、そして一旦野外に出た後に、別棟の企画展示室や野外の展示空間へと続きます。

企画展示室以外の主役はまさに生きている盆栽そのもので、なかにはかなりの大きさと重量を備えているものもあり、さぞ管理は大変なんだろうなあ…と感じました。盆栽は、大きいものであっても、その大きさに比して鉢自体は浅く感じられるものが多く、土の部分のコンディションを一定に保つには細やかな気配りが本当に必要そうであるように思いました。


企画展示室は撮影可能となっていました。

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私の名前と同じ銘を持つ五葉松をテーマにした作品に、つい反応。

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作家はこれまでの写真家・美術家としての活動の中で、被写体が「無名」であることを基本的な条件とされてきました。つまり、作家は一見してそこがどこだか判るような「名所」や「名建築」ではなく、「どこにでもあるような街」を撮り続けてきており、それは「非人称芸術」という言葉の提唱によっても示されています。

とすれば、この個展は作家にとって大きな挑戦であったといえるでしょう。なぜなら「盆栽」というのは単なる「鉢植え」とは異なり、「銘」つまり「名」が与えられることにより「無二性」にコーティングされた存在ともいえ、それは作家がこだわり続けてきた「無名性」の対極に位置するからです。さらに盆栽は、銘やつくり手の名前のみならず、場合によっては社会的権力を有する人物によって旧蔵されることもあり、それは重要な属性のひとつとして語り継がれていくこともあります(例えば盆栽美術館には根津嘉一郎や岸信介旧蔵、といった盆栽も収められ、展示されている)。このように、盆栽というのはこれまで作家が距離を置いてきた「名」というものと、きわめて密接な関係を持つモチーフなのです。

今回のシリーズにおいて作家は、まずは対象を部分的に捉えた数十枚のカットを用意し、それを寄せ集める手法「ツギラマ」で作品を制作しています。そこでは被写体はふたたび統一体としての体(てい)を志向しているように見えますが、よく見てみると実際にはそんなに単純なものではないことが判ります。結論からいうと、そこから見え隠れしてくるのは、盆栽という文化に対するプロテストだと私は思いました。というのは、被写体との距離感の差異はカットごとに顕著であり、例えば我々の眼前に細部-例えばほんのりと色づいた花芽など-を詳らかにしてくれる枝があるかと思えば、こちらの視線にお構いなくただただ空の方へと延びていくばかりの枝もあって、本来は鑑賞者の眼前数十センチ以内に収まりながら「愛玩」あるいは「評価」されることを運命づけられている盆栽とは、明らかに異なる気配を放っているのです。なかには、逆光で撮影され、ゆがんだ地平線をその背後に見せる作品もありますが、それもまた「正しい盆栽の鑑賞方法」への対抗心なのではないかと思うのです。

そんなことを思いつつ…

企画展示室を出ると、その被写体となった盆栽の数々を実際に目にすることができました。これもまた今回の企画を楽しむポイントのひとつではないでしょうか。それらは、撮影された時期から時間が経って、すこしだけ違った姿を見せてくれました。


盆栽の展示スペースはは基本的には撮影が不可でしたが、一部は許可されていたので写真を撮ってみることにしました。すると、これをカッコよく撮るというのは意外と難しいことに気づきました。

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それはまるで、実際のサイズと、その姿に仮託された雰囲気‐たとえば数百年の風雪に耐えたかのような気配など-との「差異」が、写真のなかではどこか白々しく曝されてしまうかのような感じでした。これは、大きなものであればあるほど顕著であるような気がしました。小さいものであれば、ミニアチュールに対するようなまなざしを注ぐことができるのでしょうけれども。

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美術館を出たのちは、周辺にある盆栽園をいくつか訪問。
こちらでは、職人さんが剪定をしている様子を見たり、実際にお話を聞くことができたり、あるいは実際に盆栽を購入することができたりと、社会科見学的な楽しさを味わうことができました。
by paginademaiko | 2013-02-13 14:20 | アート
10月21日。

小田急ファミリー鉄道展2012に行ってきました。
会場は海老名。小田急の鉄道イベントを訪問するのは初めてでした。

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行きは千代田線と小田急を乗り継いで海老名まで。

会場で最初に見た車両はバス。リラックマのバス。

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販売ブースも大賑わいでした。

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模型のためのスペースはテントの中に。
ガムテープでズバっとステートメントされていました。

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業務用車両。配色がなんとなく「あさぎり」に似ています。

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車両もいろいろと出ていました。

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ドラえもん電車。

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食べ物のコーナーでは、「箱根そば」も出店していました。

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帰りは相鉄で横浜まで出て、東海道線経由で東京まで戻りました。
10月17日

「鉄道の日記念きっぷ」を使って群馬の美術館を訪問しました。

まずは県東部にある群馬県立館林美術館に向かいます。
こちらの最寄りの路線は東武鉄道であることから、北千住駅から特急スペーシアに乗りました。

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特急停車駅の館林から普通列車に乗り換えて、多々良駅で下車。

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ここから美術館まで徒歩で向かいます。


朝食を食べていなかったので、途中のうどんやさんに立ち寄りました。

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私の場合、おそばやうどんといえばほとんどが駅で食べるものなので、このように職人さんが手打ちで作るものというのは、それだけで高級感がいっぱい。

美術館は、駅から歩いて15分ほどのところにあります。

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この日は「色めく彫刻-よみがえる美意識-」を見ました。

建物は、平たく、ゆみなりになったプラン。

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これに加えて、独立した建物の中にはフランソワ・ポンポンのアトリエを参考に作られた「彫刻家のアトリエ」もあります。

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続いて、次の目的地である群馬県立近代美術館に向かいます。
館林美術館を出たのは13時頃。

多々良駅から下り列車に乗車して、足利市駅までむかいます。

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足利市駅からは、徒歩でJRの足利駅まで。


駅どうしは隣接しているわけではなく、川を渡って、街中を歩いて…というふうにして20分ほどかかりました。徒歩での移動は可能ですが、雨が降っていたり、夏の暑い日などは気が向かないかも。

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足利駅の前には、古い電気機関車が保存されていました。
SLではこのような保存展示はたまに目にすることがあるけれど、電気機関車というのはなかなか珍しい気がしました。

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ここからは湘南色の両毛線に乗車。

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伊勢崎では食べ物を求めてていったん下車し、後続の列車に乗車。
今度はピンクとグリーンのラインの列車でした。


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群馬県立近代美術館の最寄り駅である高崎駅に到着したのは15時過ぎ。
この頃には激しく雨が降っていました。

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ここから40分ほどバスに乗って、そして美術館に到着したのは16時を過ぎていました。そして、閉館後にしばらく駅行きのバスがないことを考えると、乗るべきバスはその30分後ということに。やはり交通の便という意味では改善の必要があることを感じました。


こちらでは「江戸の風雅  旧きをしり 新しきを創った絵師たち」を鑑賞。
ほとんど駆け足状態で見ることになってしまいましたが、江戸絵画の優品を数多く鑑賞することができました。



帰りは、高崎線で東京まで。
by paginademaiko | 2013-02-13 14:03 | アート
10月13日。

銀座でギャラリーめぐりの間に見つけたメゾン・エルメスのショーウィンドー。
今回はオーストラリアのアーティストユニット、ピップ&ポップとコラボした様子。

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この日の夜は足立区の花火大会。
自宅から歩いて行けるので、毎年欠かさず見に行っています。

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この日は生サンマが安かったので、手毬寿司を作ってメキシコ産スパークリングワインとともに楽しみました。
by paginademaiko | 2013-02-13 11:36 | アート
10月12日。

仕事帰りに新丸ビルにふらっと立ち寄り。

ここの7階はちょっとペントハウス風のレストランフロアーになっており、とても気に入っています。ひとりで行くこともあるし、ちょっとカッコつけたい時とかにも使います。

東京駅の写真展も開催されていました。

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そしていちばんのポイントは、東京駅が一望できるテラス。

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サングリアを飲みながらライトアップされた美しい姿を楽しみました。
10月7日。

小田急に乗って川崎市岡本太郎美術館の「記憶の島 ―岡本太郎と宮本常一が撮った日本」を見てきました。


小田急といえば、この秋登場した「 F-TrainⅡ」いわゆる「ドラえもん電車」にも乗らなければなりません。

これはキャラクターにちなんだ列車ということでも、もちろん注目を集めている車両ですが、個人的には、沿線にオープンした藤子不二雄Fミュージアムと鉄道会社の戦略的提携の事例として興味を覚えていました。

この日は、新宿から、岡本太郎美術館の最寄り駅である向ヶ丘遊園まで乗車することにしました。

あらかじめ運用を調べて、新宿駅へ。
構内には撮り鉄さんと思しき人々の姿も散見されました。

そして列車が到着。

こちらの前面部分には、ドラえもんを中心とした藤子不二雄キャラが勢揃い。

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ラッピングは車両ごとに異なっていて、地色もそれぞれ水色やピンクなどバリエーションが豊かです。

こちらはドラえもんが青くなる前の姿。
耳はネズミにかじられちゃったんですよね。

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「ドラえもん」以外にも、「エスパー魔美」とか、「キテレツ大百科」とかに登場する、懐かしいキャラクターがいっぱいでした。20年ぶりに会うようなキャラクターもいたけれど、結構名前を憶えている自分に気づく。

車内には藤子不二雄Fミュージアムの開館1周年を記念する中吊りもありました。

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網棚上の部分の掲出スペースにもキャラクターたちが。
ミュージアムに向かう人にとっては予習の場にもなりますね。

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そして向ヶ丘遊園で下車。
こちらの前面にはドラえもんが大胆にトリミングされた姿で表現されていました。

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ここから岡本太郎美術館までは歩いて20分ほど。

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この日見た「記憶の島-岡本太郎と宮本常一が撮った日本」は、写真を数多く残したことでも知られる岡本太郎と、民俗学者である宮本常一の写真からなる展覧会です。

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この企画を知った時に、私は正直「ついに!」という気持ちを覚えたものです。

というのは、私の蔵書の中には岡本太郎の『忘れられた日本』(1961年)と、宮本常一の『忘れられた日本人』(1960年)という、タイトルも刊行年も近しい本あるからです。後者は、20歳のときに大学で民俗学の授業をとった際に購入したもの、そして後者は26歳の時に、当時勤務していた美術館での岡本太郎の写真展の開催に合わせて求めたものです。

(1907年生まれの宮本は岡本の4歳年上。今回初めて知ったことなのですが、実際にふたりは面識もあったようで、今回の展覧会のカタログには1960年に行われた鼎談の様子も所収されていました。)

それぞれの書籍では、昭和期に大きく社会が変容するなかで、失われゆく生活風習や景色が著述されています。そして、今回の展覧会で伝えられるのも同じく、彼らが旅を続けながら目にした、あるいは探し当てられた人々のくらしです。


モノクロのそれらの写真は、岡本と宮本の撮影したものが同じ展示スペースで交互に展示され、それをみるだけでは撮影者のの区別は難しい。しかし、キャプション等のたすけをもってそれらを見ていくと、それぞれに微妙な違いがあることに気づきました。

これはあくまでも私の主観的な理解になりますが、岡本の写真は、宮本のそれにくらべて明暗のコントラストが強めで、動的。宮本の写真は、岡本のそれにくらべて階調が柔らかく、静的。これはおそらく、写真で記録したかったことの違いによるものでしょう。岡本は、被写体が放つ「気」のようなものを捉えるために、その発信源に集中し、一方で宮本は、被写体の状況をつぶさに残したいという気持ちがあったように思います。思えば、それは先述のふたつの書籍に関しても同じことが言えるように感じます。

岡本太郎という人は基本的には前衛的な芸術家でした。そして、残された映像などを見る限り、その容貌や表情というのは普通の人とは「ちょっとちがう」。旅をするなかで、都会からの異邦人とくに太郎のような独特のオーラを持つ訪問者に対する反応というのは、たずねる土地によっては様々であっただろうから、実際に人物を撮影するには手早くタイミングよく行う必要もあったのではないかと思います。一方、身体の芯まで民俗学者であり、フィールド・ワークが生活の一部でもある宮本は、警戒感を持たれることなく対象に近づくすべを知っていて、実際にそれをゆっくりと記録することができたでしょう。展覧会のチラシには、積まれた漁網のうえでうたた寝する少年の姿を映した写真が掲載されていますが、その写真のかたすみには、それを撮影しているとみられる宮本のシルエットが写りこんでおり、少年に気づかれることなくすぐそばまで近づいているこの研究者の存在を知ることができます。

両者の写真に現れた「動と静」というのはそんなところにも起因するのではないかと、私は思いました。


帰りみち。

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向ヶ丘遊園駅で上り列車を待っていると、反対方面に向かうドラえもん列車に会えました。
by paginademaiko | 2013-02-13 10:57 | アート
10月6日。

「第19回鉄道フェスティバル」に行ってきました。

このイベント、去年までは日比谷公園を会場としていましたが、今年から明治公園に会場が変わりました。


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中川家礼二さんのトークショーの時間に合わせて午前中より訪問。生で礼二さんを見るのは初めてで、駅員さんのモノマネとかも見れたのは良かったけど、司会の方が、礼二さんも出演している映画で、この日DVDが発売される「RAILWAYS」の話ばかりを振ってくるので、ほとんど番宣みたいな雰囲気。ちょっと残念でした。


会場については、全体的に手狭で雑然としていて、日比谷公園にくらべてゆっくりできる場所が減った感じ。そして、以前よりもファミリー層が減って、オタクっぽい人が増えている気が。私は前の会場のほうが好きだったなあ…。

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この雰囲気だと来年はちょっと遠慮したいな。
日比谷公園での復活を望みます!
9月27日。

東京ステーションギャラリーに行ってきました。


こちらは2006年以来、丸の内駅舎の復元工事にともない休館していましたが、工事の終了にともない6年ぶりにリニューアルオープンとなりました。

これを記念する展覧会は「始発電車をまちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート9つの物語」。タイトルからしてとても素敵。

新しい入り口は、丸の内北口のホールのかたすみにありました。

動線は、一旦3階までエレベーターで上がり、そこから3階、2階へと降りてくる流れ。
展示室は、丸の内駅舎の元々のプランを利用し、矩形のほか八角形に近いプランを持つ展示室もありました。

この、「まず初めに来館者をエレベーターで上方の階まで上げ、途中で階段を使いながら下層へ誘導する」というのは、都市型の美術館によく見られる動線のように思います。東京だとサントリー美術館とか、三菱一号館美術館、東京国立近代美術館のコレクション展示室など、それから地方では高崎市タワー美術館など。複数階に展示がまたがっている場合、上から誘導するほうが鑑賞者への負担が少ないというのがその理由でしょうか。


展覧会の内容は9人(組)の現代美術作家によるグループ展で、いずれも旅や鉄道をテーマにした作品を出品していました。

最初に登場するのはパラモデルによるプラレールを使った作品。天井までびっりしとレールが這いめぐっていて、インパクト大。

その後、本城直季による東京駅を被写体とした写真作品を経て、今度はクワクボリョウタの、暗室を使ったインスタレーション「LOST ♯8(tokyo marunouchi)」。この作家の作品は、その1年くらいまえに国立国際美術館で目にしていたく感動して、そのあと越後妻有の里山現代美術館でも見ました。今回で目にしたのは3回目になりますが、そこで気づいたのは、この作品、静寂の中で見れるのとそうではないのとでは鑑賞体験に雲泥の差が生じるということ。人の出入りが多いとどうにも残念なので、鑑賞者の出入りのタイミングをコントロールするくらいしてもよかったかも。大阪の国立国際美術館で初めてこのシリーズに出会った時の感動がいまだに忘れられず、そう思います。

そして、階段を使って3階から2階へ移動。

柴川敏行は、「我々の身の回りにあるものが2000年後に発掘された」という設定で制作した作品を展示。地球儀、招き猫のほか、鉄道をテーマにしたものもありました。

布や刺繍、地図やあしどりをテーマに制作をする秋山さやかの作品も展示されていました。至るところでレンガの壁が露出しているこの美術館に、彼女の作品はとても合っているように感じました。

廣瀬通孝はSuicaを使った作品を展示。指定された位置に、自分のSuicaを置くと、大きく示された地図のうえに、過去の足取りが再現されるというもの。アートのジャンルに、郵便というものを利用した「メールアート」というものがあるけれど、「ICカードアート」というジャンルが確立される日も遠くはないかも!?

大洲大作の写真「光のシークエンス」シリーズは全体的に不鮮明なイメージで、「撮り鉄」さんたちが見たらびっくりしてしまいそうだな、と思うようなもの。しかしそれらには「五能線 鯵ヶ沢駅-陸奥赤石駅」「石勝線 新夕張駅-楓信号場」などと具体的な情報が与えられており、おそらく鉄道ファンなら路線や駅の名前を聞いただけで、その場所の雰囲気も思い出すことも可能。そういう人にとっては自分の記憶と、作家のまなざしを、その鑑賞体験のなかで響かせ合いながら見ることができる作品だと思います。

ヤマガミユキヒロ、廣村正彰は駅や線路をテーマとした映像作品を発表していました。

展示スペースを出ると、そこは丸の内北口のホールの内側にめぐらされたバルコニーとなっています。

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時計回りにそのバルコニーを進むと、ミュージアムショップがあり、東京駅ゆかりのグッズが様々に取り揃えられてました。アートファン、鉄道ファンいずれへのギフトえらびにも使えそう。


駅の中に素敵なミュージアムがあるということは本当にうれしい。
by paginademaiko | 2013-02-13 10:07 | アート
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