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8月11日。

「オディロン・ルドン 夢の起源」を見るために静岡市美術館を訪問し、同展観覧後はエントランスホールで開催中の「わた死としてのキノコ 今村源」を見ました。

キノコは、白い壁に囲まれた明るい空間のなか、その明るさに負けまいとするかのように菌糸を放っていました。また、このほかにも不思議な動きをする椅子やテーブルがあちこちに。浮遊感あふれる空間となっていました。

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きのこと言えば、この夏、菌類研究者により「日本珍菌賞」というものが創設されたそうです。それはまさしく珍しいキノコを対象とした素敵なアワード。第1回の受賞キノコを見る限り、どれも極めて個性的なものが並び、今後の展開が楽しみなところ。

ぜひ授賞式のゲストには「珍しいキノコ舞踊団」と「辛酸なめ子」さんをお願いしたいところです。
by paginademaiko | 2013-11-25 08:22 | アート
8月11日。

甲府にある山梨県立美術館で「オランダ・ハーグ派展」を見た後は、この日2か所目の訪問地である静岡市美術館に向かいました。


甲府駅の身延線ホームにむかうと特急「ふじかわ」が止まっていました…が、残念ながら青春18きっぷではこの列車に乗ることはできません。

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普通列車で県境を越えて、そして行きと同様に富士宮で一旦下車しました。

その目的は改札を出てすぐそばにあるあのお店です…開いてる開いてる!

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ここでこの日の2麺目。初めて富士宮焼きそばを食べることができました。

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そして富士駅で東海道線に乗り換え。ホームで列車を待っていると、「キヤ」がやってきました。

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静岡駅には16時過ぎに到着。

静岡市美術館では「オディロン・ルドン 夢の起源」を見ました。


美術館の入り口ではルドンの作品の中に登場する「蜘蛛」が来館者をお出迎え。


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今回の展覧会は国内最大のルドン・コレクションを持つ岐阜県美術館と、ルドンの郷里であるボルドー美術館からの作品から構成されていました。

第1章でまず示されたのは、いかにしてルドンがロマン主義的な抒情性そして自然科学への興味を備えるようになったかということ。そしてそれに続く第2章では、版画や木炭による作品を通じて、「黒」の世界が執拗に繰り返される様子が示されていました。作品の中に描かれた空想上の生き物のなかにはコミカルな表情を持つものもありますが、基本的には不気味さがこの時代の作品を支配しています。

デビューの時期は39歳と比較的遅いといえるルドンは、「黒」の時代を10年ほど続けたあと、一転して色彩豊かな作品を制作するようになりました。主題は花や女性そして神話や聖書の世界に、画材も油彩やパステルへと変化しています。

黒、黒、しかも鬱屈とした黒に辟易していたところに現れたこれらの作品は、正直こちらをほっとさせてくれたものですが、落ち着いて画面の中を眺めているうちに、あることに気がづきました。それはこの時期の作品には「眼をとじて」のように「目を閉じている」あるいは瞑想しているかのように「伏し目がち」の状態である作品が多いということ。それは、目玉そのものが気球になった「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」のように、何かを凝視するような眼が多く登場する「黒の時代」の作品とはまるで対照的。画中の主役による「光の知覚」のあり方の変化は、一体何を意味しているのか…そんな謎が残された展覧会でした。
by paginademaiko | 2013-11-25 08:18 | アート
8月11日。


青春18きっぷのシーズンが始まってから、スイッチが入ったように日帰りで遠方の美術館を訪問を繰り返していたこの夏。この日は甲府にある山梨県立美術館、それに静岡市美術館に向かいました。



朝の5時半過ぎ。三島駅で下りの東海道線を待っていると、貨物列車が通過。


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まずは211系に乗って富士まで向かいます。

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富士駅では「みどりのコンテナ」を発見!これを見ると「今日は運がいい」と思います。


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ここからはまず先発の身延線に乗車。西富士宮行きでした。


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そして富士宮駅で下車。


祝・世界文化遺産登録。


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改札を出たところには富士宮焼きそばのお店がありましたが、まだ早い時間のため営業はしていませんでした。


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後続の列車で甲府を目指します。

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しばらくの間、進行方向の左手に富士川が見えます。


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甲府には9時半ちかくに到着。

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「スーパーあずさ」がやってきました。

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長野色の列車もいました。

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そして駅そばで1麺目。

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そして山梨県立美術館に向かうため駅前のバスターミナルへ。山梨交通のバスは白地に青いラインが入ったデザインですが、さりげなく葡萄のイラストが入っているのはなんとも山梨らしいところ。

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ここからは所用時間15分ほどで美術館の前のバス停に到着。時刻は10時を回ったころでしたが、ものすごい暑さ。まるでお湯の中を歩いているような感じでした。



開催中の展覧会は「オランダ・ハーグ派展」。

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敷地内には大きな鳥の巣のような物体が散在していました。

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現代アートの作品かなあ…と思いながら進むと、どえらくコンサバな雰囲気の看板が登場。

「自然回帰を見つめるための 竹繭郷 もうひとつのふる里」と書いてあります。色のバランスと書体がちょっとホラーっぽかったけど…。

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建物の壁面には同館が重点的にコレクションしている画家、ミレーのバナー。

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そして入り口付近にはミレー作品の画中人物になれるパネルもあります。

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ハーグ派は印象派などに比べれば知名度はそれほど高くはありませんが、展覧会のサブタイトルにある「バルビゾンへの憧れ、ゴッホの原点」はその位置づけを分かりやすく示しています。すなわちハーグ派とはバルビゾン派に刺激を受けつつ19世紀中葉のハーグで誕生し、世紀後半以降のオランダ出身の画家に影響を与えた運動。これまで国内でその作品が紹介されることはあまりなく、今回の展覧会はハーグ派をテーマとした企画としては日本で初めての機会になるとのことでした。



展示は3つの章に分けられており、それぞれ、ハーグ派の誕生に大きな影響を与えたバルビゾン派、ハーグ派、そしてその影響を受けたオランダ出身の画家・ゴッホとモンドリアンが紹介されていました。出品点数約90点のうち多くはハーグ市立美術館の所蔵品とのこと。



第1章ではミレーやトロワイヨン、ドービニーといったバルビゾン派の代表的な画家の作品を紹介。パリで活動し印象派の画家にも影響を与えたオランダ出身の画家・ヨンキントの作品もここに展示されていました。



続く第2章ではハーグ派の作品がそれぞれ風景、農民、家畜、室内そして海景といったテーマに分けられて展示されていました。ここでとりわけ記憶に残ったのはヴィレム・ルーロフスによる「ノールデンの5月」。水辺の表面がつやつやと美しく輝く作品です。オランダの風景画は伝統的に水平線が低めに設定される傾向がありますが、この作品では画面の中で高めに設定されて、そのみなも自体が主役のような存在感を呈しています。制作年代は1882年頃とされているので、憶測にはなりますがもしかしたら印象派からの学習もあるのかもしれません。





最後の第3章はゴッホとモンドリアンのタブローを中心に構成されていました。ゴッホの作品は農婦や集団象、モンドリアンは風車をテーマとした作品。この二人の作家は生年でいうと20年ほど差があり、それぞれの出品作品の制作年代は1880年代と1907年頃~17年といったように開きがありますが、いずれもそれらは作家の代表的な様式を確立する直前の時期の作品ということができるでしょう。ゴッホの作品は日本でもしばしば回顧的に紹介される機会がありますが、モンドリアンのこの時期の作品を見る機会は少なく、やや表現主義的な色彩と筆致で描かれた風景画からは、20世紀初頭に展開した様々な運動に影響を受けながら探究を重ねていた作家の姿を感じることができました。





コレクションによる展示室などを見て、美術館を出たのは12時頃。気温はますます上がっていて、数分でのぼせてしまうような暑さになっていました。なお、この日の甲府の最高気温は40度を越えていたそうです。
by paginademaiko | 2013-11-24 21:03 | アート
8月8日。

青春18きっぷで関東地方の美術館めぐり。
水戸芸術館に続いて訪れたのは千葉市美術館、こちらでは「彫刻家 高村光太郎」を見ました。

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高村光太郎といえば、日本の近代を代表する彫刻家でありますが、その知名度に比べてその作品をまとめて目にする機会というのは少なかったたように思います。今回の企画は生誕130周年を記念したもので、10代から晩年までの作品を通じて仕事を展観する内容となっていました。また、ロダンや同時代の彫刻家による作品のほか、妻智恵子による紙絵(切り紙のコラージュによる作品)も展示されていました。

展示はいくつかの木彫作品からスタート。いずれも光太郎が10代のころに制作したものですが、その技術の高さからは、木彫家として名声を得ていた父・光雲の存在を連想せずにはいられません。

その後の展示では黒々と光るブロンズの作品が続きます。威厳的に表現された男性の肖像が多かったせいもあるかもしれませんが、「久々に見る硬派な展示だ…」という感想を抱きました。

光太郎に限らず、荻原守衛にしても中原悌二郎にしても、日本の近代彫刻にはどこかペシミズムが漂う作品が多い。それは遡ればロダン彫刻の暗さや悲壮感というものに辿りつくだろうし、実際に光太郎自身はロダンを日本に紹介するという仕事もしています。しかし一方でそれは、日本における西洋彫刻の「受容」そして「需要」において見られる「男性的・父性的なもの」と「女性的・母性的なもの」に対する取扱いの差異とというものと無関係ではない気がします。具体的にいうと、近代日本が彫刻に対して強く要求したのは、前者を通じて表現される思索深げなモニュメンタリティであって、その逆に、ロダンと同時代の代表的な彫刻家であるマイヨールの作品が備えるような「朗らかさや豊穣感」というものをこの時期の日本の彫刻に見出すことは意外と難しい。


会場の中盤を過ぎたあたりには壮年期に制作した木彫作品も紹介されていました。1921年から31年にかけて作られたもののうち現存するものは14点だそうですが、会場にはその多くが展示されていました。モチーフは蝉や柘榴といった動植物。それらは着彩される一方でノミ跡も残されており、写実性とともに素材感も示すような表現となっていました。それらはブロンズの作品とは異なりいずれもほぼ実物大で、手のひらで包み込めるような大きさです。

光太郎晩年の仕事として十和田湖の「乙女の像」への軌跡が紹介されたあとは、妻智恵子が最晩年の療養生活のなかで制作した作品が紹介されていました。

その60点あまりの作品はすべて切り紙のコラージュで、そのモチーフとなっているのは花や食材など。使われている紙はどれも薄葉のように繊細なもので、糊を使って張り合わされた部分がしわしわになっていたり、引き攣れていることからも、どちらかというと扱いにくい素材のように思えました。しかしその制約を感じさせないほど、画面の中の色と形は大胆にあるいは繊細に響きあっていて、そこからは瑞々しい詩情があふれてくるようでした。

この展覧会における智恵子の作品の存在感はかなり大きく、実際にその点数も光太郎のそれを越えています。振り返ってみると、その素材の薄い紙は、光太郎の木彫作品の蝉の翅と、その儚げな質感をもって私の頭のなかで結び付けられ、記憶に留められていました。光太郎が残した男性的なブロンズ像よりもはるかに強く。



帰途、久しぶりに京葉線に乗って東京駅まで出たら、構内の通路で福沢一郎の原画によるステンドグラスを発見。


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こちらは以前は丸の内駅舎内の横須賀線ホームに向かう途中にありましたが、改修工事以来その場所から姿を消してしまっていたもの。その行き先を案じていただけに、この再会は嬉しいものでした。
by paginademaiko | 2013-11-02 20:54 | アート
8月8日。

この日も青春18きっぷで美術館めぐり。

その数日前と同様に、三島駅を朝5時ちょうどの初電で出発しました。
行き先は水戸芸術館と千葉市美術館です。

5時半頃、根府川付近で相模湾と朝日を見ることができました。

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上野からは常磐線に乗り換えて水戸に向かいましたが、佐貫駅で見つけた駅名表示がちょっと気になりました。フォントが他の駅と比べて微妙にポップ調なのは気のせいかしら…?


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水戸駅には9時半頃に到着。

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ここからはバスで水戸芸術館まで向かいました。この区間は本数が多いのでいつもたすかります。

この日見た展覧会は「曽谷朝絵展 「宙色(そらいろ)」 」。

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曽谷朝絵といえば、その作品を初めて見たのもここ水戸芸術館で、それは2003年に開催された「こもれび」展でのことでした。その時に見たのはバスタブのようなものにたっぷりと光が降り注いでいるという絵画作品であり、主題とともにその淡いパステルトーンから、若い女性らしい作品であると感じたのを覚えています。

今回の展覧会ではまず、最初のふたつのスペースに絵画作品が展示され、それぞれに、バスタブの作品を含む2010年までの作品と、2008年から13年にかけて制作された「The Light」シリーズが展示されていました。前者は天井から差し込む午前の自然光によりさらにまばゆさが与えられており、一方、後者は箱状の空間の一隅に矩形の光があたっているような内容で、そこでは「主体としての光」が一層意識されているようでした。

次のスペースは暗室状になっていて、空間全体にプロジェクターでカラフルなイメージを投影するインスタレーション「宙」が展開していました。そのイメージは植物に着想を得たものが多いようですが、それらが漂う様子はまるでそこが水中にあるようにも感じられました。ここでは床に寝転んだ状態でこれを鑑賞できるようにクッションなども用意されており、実際に自分もそうしてみると、海の底にいるような気分に。

その後のパステルによる平面作品の展示室を経た後は、ふたたび大きな空間を使ったインスタレーション「鳴る光」が展示されており、ここは先ほどの作品とは異なり真っ白なスペースがベースとなっていました。床と壁には、波打つような形状にカットされたミラー状のシートが貼り付けられ、照明を受けて虹色の光を空間全体に拡散させていました。

これに続く廊下のように長細い展示空間には、平面の小品やインスタレーションのためのエスキスなどが。いくらなんでも出し過ぎかな?という感想は免れませんでしたが、その中にあった「Airport, evening」(2点)は浮遊感と色彩に酔い気味になっていたところにちょっとした刺激を与えてくれました。

最後は「鳴る色」「鳴る光」と名付けられたふたつのインスタレーションが登場しました。個人的には、インスタレーションでは「宙」のほうが格段に表現の完成度が高い気がしていたので、ここにきてさらに「鳴る」シリーズが続いたのは少し意外。

この展覧会では会場全体を通して色彩と光にあふれた世界が展開していましたが、一鑑賞者の感想としては、もうすこし展示方法にメリハリが欲しかったところ。たとえば、新作のThe lightシリーズについては小さめのスペースに1点のみを展示するくらいでもいいと思いました。そうしたらタレルの作品みたいにそれ自体が光を空間中に与えてくれるかもれない…と思ったり。あるいは「宙」のようにもっと暗闇というものを意識してみたり。


この日の次の目的地は千葉市美術館。
常磐線、武蔵野線そして総武線を乗り継いで千葉市に向かいました。
by paginademaiko | 2013-11-02 20:40 | アート
8月4日。

この日は前半に群馬県内でSLに乗車し、後半は高崎と浦和の美術館を訪問するというスケジュールでした。

高崎市タワー美術館の訪問後、向かった先は埼玉県立近代美術館。
こちらでは「浮遊するデザイン 倉俣史朗とともに」を見ました。

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このデザイナーの名前を知ったのは高校生の時のこと。原美術館で開催されていた展覧会を見たのががそのきっかけです。

今回の展覧会では、豊富な資料を通じてその仕事を示すとともに、影響を与えた、あるいは親交のあったアーティストやデザイナーの作品も紹介されており、この人物のクリエイティビティを多角的に再考させるような内容となっていました。


序盤ではデザイナーとしての出発期に影響を与えたプロダクツや雑誌などが展示されていました。特に印象に残ったのは「丹頂型公衆電話ボックス」。携帯電話の普及とともに電話ボックスの数は21世紀に入ってから激減しましたが、1954年にデザインされたこのボックスは、その「頂きが丹い」という意味の名称どおり屋根の部分が赤くなっており、夜はここが光ることで遠くからでも認識できるという仕組みになっていたそうです。

実用性や機能性よりもデザインやインパクトを重視する倉俣の姿勢はその初期からはっきりと示されています。そのアイディアは60年代半ば頃より飲食店やブティックといった商業的な空間を作る仕事において次々に実現され、時には高松次郎といったアーティストとの共働によりアートとデザインの共鳴に満ちた場所も生み出されていきました。

そして椅子「ミス・ブランチ」が生み出されるのは1988年。透明のアクリルの中に造花のバラがまるで浮遊するかのうように閉じ込められたこの椅子には、戯曲「欲望という名の電車」の主人公にちなんだ名前が付けられています。しかしながらそのストーリーに関する印象ゆえか、私はこの華やかな椅子を見ていると不幸な主人公の影がどうしてもちらつき、まるでそれが散華を内包した墓標のように思えてきてしまいます…。

展覧会のテーマ「浮遊するデザイン」のとおり、倉俣史朗が生み出すものはたとえそれが家具というカテゴリの中にあったとしても、常に非日常的な気配にコーティングされています。たとえば、終盤に展示されていた2人用ベッド「ラピュタ」はふつうのダブルベッドの幅を半分に、そして長さを倍にした形状をもち、ふたりの人間が足を向き合わせるかたちで使うようになっています。2人用のベッドというのは通常は一組の男女がお互いの身体を身近に感じつつ使うものですが、この「ラピュタ」はふたりの人間のコミュニケーションを妨げるばかりか、それ以前に通常の住居には搬入が困難なプロポーション。

もしかしたら、このデザイナーが目指したのは、デザイン、そしてプロダクツを人間への隷属から解き放つことだったのではないか…そんな風にも感じました。
by paginademaiko | 2013-11-02 20:22 | アート
8月4日。

青春18きっぷで三島から水上までゆき、折り返して高崎に着いたのは14時近く。

高崎では、駅のすぐそばにある「高崎市タワー美術館」を訪問しました。


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こちらで観覧したのは企画展「アート昆虫ワールド」。近現代の作家たちによって制作された、昆虫にちなんだ作品60点から構成された展覧会です。

序盤には福田平八郎や小茂田青樹の作品など近代の日本画家の作品が展示され、こちらの美術館らしい優美なラインナップとなっていました。一方、日本画については現代の若手作家による作品も積極的に示され、特に早春の花々とともに蟻の行列を描いた上野瑞香の「庭」は、色使いにおいてはドニを思わせるユートピア的なトーンを見せつつも、同時に平安末期の料紙装飾のような構成感覚を示しており、非常に魅力的な作品だと思いました。

荒井経の「甲虫譚」は写実よりもデザイン性を前面に出した四曲一隻の屏風。画面一杯に金雲が広がり、その向こうの暗い空間に時計や電球などに混ざってカブトムシが浮遊する不思議な絵画でした。この金運の表現は洛中洛外図屏風(上杉本)を連想させる形状と密度を持っていますが、その桃山時代の作品が雲の向こうに「地」の部分を表現しているのに対し、現代に制作されたこの屏風では雲の向こうに描かれているのは無重力的な空間つまり宇宙であるように感じられます。

立体作家の作品も紹介されており、佐藤正和重孝による石や金属、そして戸塚鑑二による木の彫刻が展示されていました。

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気になったのは後者の作品で、彫刻と言っても、表面には色が塗られて、蝶の羽や枝の表面などが絵画的に表現されている部分もありました。彫刻と絵画のどちらも不完全な表現に留められており、なにか中心が空疎である印象が残る作品だったのですが、それは果たして意図的なものだったのでしょうか、例えばヴァニタス的な。


その後は埼玉県立近代美術館に訪問するため、高崎線で浦和方面へ向かいました。
by paginademaiko | 2013-11-02 20:14 | アート
8月4日。

この日は青春18きっぷで鉄とアートを満喫。

前半はSLによる臨時快速「C61誕生記念号」に乗車し、後半はふたつの美術館‐高崎市タワー美術館と埼玉県立近代美術館を訪問しました。


まずは三島発の東海道線上り列車の初電に乗車。出発時刻は5:00きっかり。
熱海で東京行きに乗り換えて、東へ東へ向かいました。

「ん…?」
途中で見かけた185系の様子になんだか違和感。

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方向幕が微妙な状態になっていました。

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東京駅には7:18に到着。そして京浜東北線で上野まで。
上野では数分の接続で高崎線に乗り換え、そして高崎に着いたのは9:20。

こちらでは高崎線の開業130周年を記念するラッピング車両を見ることができました。

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この日は八王子と万座・鹿沢口を結ぶ「はちおうじやまどり」号も運行。

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茶色とライトグリーンによるその車両は9時半頃に到着し、その後吾妻線方面へと向かっていました。

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一方、蒸気機関車は着々と発車の準備中。
毎度のことながら高崎駅では多くの観客に囲まれてうまく写真は撮れず。

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ここではあきらめて、おとなしく乗車していざ発車。

高崎と水上を結ぶこの列車は、臨時扱いではありますが、基本的には年間を通して同じダイヤで運行していることがほとんど。9:56に高崎を出て、途中の渋川せ30分ほど停車し、終点の水上には12:04に到着するというタイムスケジュールです。

渋川に停車した際に再び撮影を試みてみましたが…ここでも先頭部分付近は大混雑。

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ということで、とりあえずは物販コーナーなどが臨時で設けられているホームを散策。

この日はキャラクターの着ぐるみさんも登場。会場のスタッフさんが「本日はゆるキャラも3人(?)来ておりまーす」とお知らせしていました。

赤いパンツをはいた渋川スカイランドパークの「スカイくん」、そして渋川市観光協会の「アルティ」はいいとして…

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サロペットに「mo」と書かれた彼はゆるキャラではないんじゃないかなあ…?

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所属がはっきりとわからなかったけれど、グリーン牧場のアイスクリーム売り場の近くにいたので、もしかしたら牧場からやってきたのかもしれません。


そうこうするうちに、機関車周辺が落ち着いてきたのでヘッドマークを含めて撮影。「64」とはその製造から64年目という意味です。

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ついでに客車の最後尾も撮影。なかなか年季が入っております。

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この駅では下りの普通列車による追い越しがあります。115系。昔の車両って、車端部分の形状に暖かみがありますね。

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渋川を出ると、車窓には自然が豊かになっていきます。

そして終点の水上…に到着する直前、私がひそかに楽しみにしている瞬間がやってきました。

それは貨物列車との行き違い。

前方を確認すると、駅を出発したばかりのその列車の先頭部分が見えました。

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やがてその列車は隣の線路を通過。EH200のトップナンバーでした。わーい!

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水上駅では「おいでちゃん」が乗客を迎えてくれました。なんとこの日はいつもの着物姿ではなく駅長さんスタイル。そのせいか、足の開き方といい、普段よりも身のこなしがアクティブな感じでした…ずいぶん若々しく感じられたけど、おいでちゃんは本当のところ何歳という設定なのかしら。

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駅から歩いてすぐのところには、機関車の整備を間近で見られる場所があります。

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こちらは駅よりもやや北側に位置するので、新潟方面からやってきて水上を終着とする列車も見ることができます。

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この日は、後半に高崎を浦和で計2か所の美術館を訪問する予定でしたので、往路はSLに乗らず普通列車で高崎まで向かいました。そして高崎駅ではこの日の1麺目。高崎線130周年記念のおそばです。

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130周年にちなんでかきあげに13種類の具材が入っているとのことですが…実際のところは何が入っているかよくわかりませんでした。
7月31日。

山種美術館にて「生誕140年記念 川合玉堂 ―日本のふるさと・日本のこころ―」を見てきました。


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川合玉堂(1873-1957)の作品をまとめて見るのは、2011年に神奈川県立近代美術館 葉山で開催された「川合玉堂展 描かれた日本の原風景」以来です。


この展覧会では、3つの章にわけてその画業が紹介されていました。

第1章は青年期から壮年期にかけての軌跡をたどる内容でした。15歳の時に描いた写生による画巻には、ぶどうなどの植物、虫や魚、それに鳥など様々な対象が収められ、まるで博物誌的な雰囲気。科学的なまなざしで対象を捉えようとする若き日の作家のすがたが伝わってくるようでした。

橋本雅邦の作品に感銘を受けその門下となった20代前半以降の作品は、その影響が作品からも強く伺われます。特にそれは奥山のふところで滝や岩場が織りなす情景を描いた作品で顕著。また、その前半生における集大成ともいえる「行く春」は、普段、所蔵館である東京国立近代美術館で紹介されていることも多く実際に見たことがある方も多い作品だと思いますが、今回の展覧会では玉堂美術館が所蔵する小下図が展示されていました。

美しい四季とともに人々の営みを描くということは、いつしか作家が生涯を通じて取り組むテーマとなっていきます。しかし、実際にその作品を展観してみると、構図や描法の振れ幅は意外なほどに大きく、作家が長きにわたって多くの模索を重ねてきたことが察せられました。一方で、会場には「紅白梅」「磯千鳥図」といった、明らかに琳派を思わせる作品も展示されていましたが、その闊達な表現からつい抱いてしまったのは「もしかして本当は風景画よりもこのような作品のほうが得意だったのかも」という感想。

続く第2章は「玉堂とめぐる日本の原風景」と題され、1935年以降つまり60代前半から83歳で亡くなるまでの間に制作された作品が展示されていました。

画家としての成熟期を迎えたこの時期は、戦争を経て戦後に至る激動の時代にあたりましたが、玉堂は一貫して風景に向き合い、同時に、新たな表現にも挑み続けました。例えば、この時期の作品には西洋の絵画の研究が感じられるものもあり、「山雨一過」では木立の描法にスケッチ的な雰囲気が認められ、あるいは「朝晴」では雄大な山岳表現にロマン主義的な視線が伺えます。

そして最後の章では、書簡や余技として描かれた作品、それに横山大観、竹内栖鳳や川端龍子らとの共作による三幅対も紹介されていました。

玉堂の作品は晩年にむけて一層の情趣‐別の言葉を使うなら「のどけさ」に包まれていきますが、よく見るとその作品の中ではいくつかの視点からの描写が巧みに組み合わされていることが判ります。それはちょっとでもやり方を間違うと画面がバラバラに崩壊してしまいそうな行いではありますが、そこでは人々の姿がまるで扇の要のように据えられることによって、見事にそれを免れています。玉堂の作品のなかに描かれる人間の姿は、どれも比較的小さなものですが、その多くは労働している状態にあり、どの作品を見ても彼らがどんな作業をしているのかが分かります。この構図や人物の描写から感じられるのは、この画家が本当に表現をしたかったのは自然というよりも、それとともに生きる人々の営みだったということ。そして、もしかしたらそれは戦時や戦後の日本における急速な社会の変化とも無関係ではなかったのかもしれません。
by paginademaiko | 2013-11-02 19:45 | アート
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